桜の花さく頃に~ メモリーズ –春–   作:飛鳥 螢

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これは3作目の話になります。
まずは春の話から。




坂の途中で

 風に吹かれ、またひとひら桃色の花びらが舞い落ちる。

 それを目で追いながら、自分は桃色に(けぶ)る桜の大樹を仰ぎ見ていた。

 この花が咲く頃になると、いつも思う。

 あんな人生しか与えてやれなかった彼女の事を。

 おまえは、幸せだったのだろうか——と。

 こんな自分などと一緒になって、それで良かったのだろうか——と。

 だが、何度問いかけても、それに答える者はもういない。

 自分は、彼女の口からその答えを聞くことは永遠に叶わないのだ。

 そう、あの日から——

 

 

「すっかり葉桜になっちまったな……」

 学校へと続く長い桜並木の坂道をゆっくりと歩きながら、俺は呟いた。

 町でも有数の桜の名所であるこの坂道は、春になると満開の桜で薄桃色に染まる。

 風に吹かれてひらひらと舞い散る花びらが下の並木道に溜まり、まるで薄桃色の絨毯を敷き詰めたようになって、毎日この長い坂道を登る生徒達の目を楽しませ、鬱々(うつうつ)とした気分を一時(ひととき)忘れさせてくれるのだ。

 だが、花が散ってしまった今、目の前に続く味気ないアスファルトの坂道を見ると、やっぱりうんざりする。いくら土地が安かったからって、何も山の上に学校を建てなくてもいいだろうに——と。

「はい、少し淋しい感じがします。でも、若葉の緑も綺麗ですから」

 そう応え、渚は並んで歩く俺に微笑んだ。

「若葉の緑ねぇ……」

 新緑など、この時期何処だって見られる。代わり映えのしない風景だ。

 だが、どんなモノにでもそれのいい処を見つけられるのは、渚の美点だろう。

 先入観や偏見など持たず、他人の言葉にも左右されない。あるがままにそれを受け入れ、自分の目と心で見て感じたものをただ信じる。こいつはそういう奴だった。

 ——だから、不良なんて言われている俺なんかとも、こうやって付き合えるんだろうな…

 でなければ、あの時この坂道で気紛れに声を掛け、その後も何となく放っておけなくて世話を焼いたくらいで、俺が校内でも有名な不良だと知った後でも全然怖れもせず、こんな俺を頼りにして頑張ろうなどとしないだろう。

 ——そんな奴だから俺は、こいつの力に少しでもなれたらと、ガラにもなく思ってしまったのだ。

「部員、どうすっかなぁ……」

 俺は部活休止となっている演劇部再建の為の部員集めに、ここ数日声を掛けた数少ない知り合いの顔を思い起こし、小さく溜息をついた。

 まぁ、皆受験で忙しい三年なのだから断られても無理ないのだが、他にアテもない今、部員集めは前途多難だった。

「すみません、私なんかの為に。岡崎さんには色々と骨を折って頂いたのに……」

「別におまえが謝ることねぇよ」

 うなだれる渚に、俺は慌てて言った。

「手伝うって言ったのは俺なんだし、むしろ全然役に立ってない俺の方が悪い——」

 と言いかけて、俺は言葉を途切れさせた。

 渚は急に話すのをやめて立ち止まった俺を不思議そうに見やり、その視線の先を見た。

 そこに、坂道の真ん中で(たたず)み、新緑に映える並木の梢を仰ぎ見る一人の女子生徒がいた。

 その顔に渚も見覚えがあった。

「確か創立者祭の時、クマの着ぐるみを着ていた——」

「智代……」

 坂上智代——この春この学校の二年に転入してきた。美人で人望があり、ケンカがやたらと強い。俺と同じ不良と言われている悪友の春原(すのはら)などそれが気に入らず、度々智代にケンカを吹っかけては返り討ちにあうのが恒例になっていた。

 毎回俺はそれに付き合っているものの、一度も春原に加勢した事はなく、ただ見ているだけだった。春原のやられっぷりを見るのが面白いから。

 ちなみにこの間、春原が盛大に蹴り倒された後で、智代を演劇部に勧誘してみたが、これから生徒会長選挙で忙しくなるからと、きっぱりと断られた。

「何をしているんでしょうか?」

「さぁな……」

 あんな所に突っ立って何を見ているのか、桜並木の上に何かあるようには見えないが。

 小首を(かし)げる渚にそう応え、俺はその答えを本人に訊くべく声を掛けた。

「おい、智代」

 いきなり名を呼ばれ、驚いた様に智代は振り返った。

「岡崎……」

「おまえ、そんな所で何やってんだ?」

「別に、ただ桜の木を見ていただけだ」

 明瞭簡潔に智代は応え、チラッと俺の隣にいる渚を見た。

 ぺこりと渚が頭を下げる。

 それに軽く会釈を返し、智代は俺に視線を戻した。

「おまえこそ、こんな所で何をやっている?」

「何って、学校に行く途中だが」

 それ以外にどんな理由があるというのか。朝っぱらから制服を着てこんな長い坂道を登る。

「そろそろ行かないと、予鈴が鳴るぞ」

 俺は自分の腕時計を示して言った。

 既にこの坂道を登って登校してくる他の生徒の姿はなく、坂道の途中にいるのは俺達三人だけだった。

「そうか、もうそんな時間か」

 軽く眉をひそめ、智代は頷いた。

「声を掛けてくれたことを感謝する。ありがとう」

 そう言って智代は颯爽と(きびす)を返した。

 が、急ごうとしない俺達を不審に思い、足を止める。

「どうした、お前達。早く行かないと遅刻するぞ」

「ああ、まぁそうだな」

 そう応えた俺の声に、予鈴のチャイムが重なった。

「急いだ方がいいぞ、智代」

 と、俺は他人事のように言う。

「何を言っている。それはおまえ達も同じだろう」

「いや、俺達は後からゆっくり行くから」

 今更急いだところでそう大差ない。HRはダメでも一限には十分間に合うし。

 それだけでも、一限など殆ど出たことのない遅刻常習犯の俺にとって、渚と出会う以前に比べたら褒められるべき快挙だった。

 だが、智代はその言い分を一蹴した。

「いいや、そうはいかない」

 長い髪を翻して取って返し、俺の前に立つ。

「間に合うよう努力もせずに遅刻するなど、この私が許さん」

 と、智代は俺の隣にいた渚の腕をむんずと掴んだ。

「え?」

「走るぞっ」

 そう昂然(こうぜん)と言い放つと、智代は意表を()かれて呆気に取られる俺の目の前で渚の腕を引っ張り、そのまま猛然と坂道を駆け上がった。

 いきなり腕を掴まれてびっくりした渚は、智代に引きずられる形でその後に付いて走り出すしかなかった。

 一体何が起こったのか思考が追いつかず、俺は呆然と遠ざかる二人を見ていたが、ようやく事態を呑み込むと愕然となった。

 渚が智代に拉致された事に。

「お、おいっ、待てよっ」

 チャイムの音が鳴り響く中、俺は慌てて二人の後を追った。

 

 

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