「ほぅ、やはりここにあったかの」
俺の
「ジィさん、知ってたのかよ」
落とした場所が何処なのか。なのに散々人に捜させやがって。
「いや」と、不満顔の俺に幸村がゆっくりと
「だが、あるとしたらここかもしれんと思っておった。——まだ、この八重桜を見ていたいのだろうとな」
「どういう意味だ?」
俺は眉根を寄せて幸村を見た。
それに答える代わりに幸村は俺の手から小箱を取り、フタを取って中を俺達に見せた。
そこには一房の髪の毛と年季の入った飾り気のない指輪が一つ入っていた。
「先生、これは……?」
「亡き妻がわしに残したものだ」
渚の問いに、幸村は微かに表情を
もう随分前に亡くなった妻の遺髪と結婚指輪だと。
「妻は桜の花が好きでの。特にこの自分と同じ名の桜が」
そう言って仰ぎ見た桜に、幸村は目を細めた。
「中でもここの八重桜はこんな山の中で人知れず咲いている所為か、何処よりも見事な花を咲かせての。偶然これを見つけてからは、毎年この時期になるとこうしてこれを持って花見に来るようになったのだ」
「………」
「生前何一つしてやれなかったからの。罪滅ぼし……いや、ただの自己満足かもしれん」
自分の話を聞いてなんと言ったらいいか分からず口を閉ざす俺達に、幸村は顔に深い悔恨の色を
「今更こんなことをして妻が喜ぶとは思えんがの。むしろ恨んでおるかもしれん。それならどうして生きてる内に連れてってくれなかったのかと」
「そんなこと……そんなことはないと思います」
自嘲する幸村に渚は
「奥様はきっと喜んでいると思います」
「仕事馬鹿で家庭を顧みず、妻の最期を看取ることすらできなかった。辛い思いをさせて待たせるだけで、いい思いなど何一つさせてやれなかったのにかの」
だからこの小箱がたとえ見つからなくても仕方ないと思っていたのだ。それが、彼女の意思なのだろうと。もう自分の許から離れたいという。
そう言う幸村に、渚は胸に両手を重ね合わせて自分の想いを口にした。
「それでもです。奥様はきっと幸せだったと思います。だって、亡くなられてからも、ずっとこんな風に先生に想われているんですから」
「ああ、だからその小箱もこうしてジィさんの許に戻ってきたんだろ」
俺も渚に口添えしてそう言った。幸村を慰める方便ではなく心から。
ふと脳裡に、何故かさっき見た男に寄り添い、嬉しそうな
『ええ、こうして毎年あなたと二人この桜を見に来れて、それだけでわたしは十分幸せですよ』
そんな女性の声が聞こえたような気がした。
「……そうかの」
幸村にもその声が聞こえたかどうかは分からない。
だが、一瞬目を見開いた幸村は、そう呟くと小箱の中の妻の遺品を見やり、そして、満開の八重桜を仰ぎ見た。
「本当にそうだといいの……」
その細められた瞳の端に、うっすらと涙が滲んでいたように俺には見えた。