桜の花さく頃に~ メモリーズ –春–   作:飛鳥 螢

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夕暮れの坂の途中

「幸村先生、小箱が見つかって良かったです」

 夕暮れの坂道をゆっくりと下りながら、渚は自分の事のように喜んで言った。

「つか、俺達が奔走しなくても、結局ジィさん一人で見つけられたんじゃねぇか」

 何となくくたびれ損のような気がして、俺はぼやいた。

「そんな事ありません。桜の花びらの中に埋もれてたんですから、宮沢さんのおまじないがなかったらきっと分からなかったと思います」

 確かにあの小箱は俺達の手によって見つかった。幸村に教えるまでもなく。

 どうやらあのおまじないは本人の持ち物限定ではなく、無節操に効くらしい。しかも個数制限無し。まさか効果は一生とかいうんじゃないだろうな。と、俺は心配になって、あの後宮沢に会いに資料室へ行った。

 そして、まだ資料室にいた宮沢に「おまじない百科」の例のおまじないのページを調べてもらった結果、あのおまじないの効果はまじないをした時の探しているモノ限定と言う事で、一応あれで俺達のおまじないの効果は切れたらしい。

 大体おまじないなんてものは効くかどうか分からないから、効果があると有り難くおもうのだ。それが恒久的に効くとなると、それはもはやまじないではなく単なる「呪い」である。そんなもの有り難くもなんともない。

 俺がそんな事を思っていると、ふっと渚は目を伏せて呟くようにぽつりと言った。

「……わたし、幸村先生の奥様が亡くなられていたなんて知りませんでした」

「ああ……」

「あの時、先生がとても辛そうに見えたので、わたし思わずあんな事を言ってしまいましたけど、先生の奥様は幸村先生の事恨んでいらしたんでしょうか」

「さぁな……」

 昔、幸村とその奥さんがどんな風だったか知らない俺が、そんな事判る訳がない。

「けど、おまえが幸村に言った事は、多分間違っちゃいないと思うぞ」

 そう言いながら俺は、裏山の八重桜の許で見たあの中年の男女——俺達にしか見えなかった、美しくも穏やかなあの情景の中で(たたず)んでいた幸せそうな二人の姿を思い出していた。

 なんであんなモノが視えたのか分からない。けど、俺は何故か確信していた。あの二人が若かりし頃の幸村とその奥さんなんだと。

 だから俺は、あんな嬉しそうな表情(かお)をして幸村に寄り添っていたあの女性(ひと)の人生が、幸村の言った様な、何一ついい思いをした事もない辛いだけのものだったとは思えなかった。

「そうでしょうか?」

「ああ、毎年形見持って花見なんて、そんだけ想われてた女性(ひと)が不幸な訳ねぇだろ」

 と、不安そうに俺を見る渚の頭に、ぽふっと俺は手を乗せた。

 それで安心したのか、渚は表情(かお)を綻ばせて俺を見返した。

「そうですよね。亡くなられてからもあんなに想われて、ちょっと羨ましいです」

「そうだな……」

 そう応えながら、俺はふと自分の母親の事を想った。お袋は俺が物心つく前に事故で亡くなっていた。だから俺には母親の記憶は殆どない。親父が俺の前で死んだお袋のことを口にした事がなかったから尚更に。

 ——親父は、死んでからもお袋のことを想ってたんだろうか……

 だから再婚もせずにいたのだろうか。いや、あんなロクデナシだから、単に相手がいなかっただけだろう。

 そう親父は——

「岡崎さん?」

「あ…、なんだ?」

「いえ、岡崎さん、急に恐い表情(かお)して黙ってしまったので、どうしたのかと」

「あ、いや何でもない」

 あんな親父の事など考えたくもないのに、お袋の事を想っていたらついそっちまで考えが及んでしまった自分が腹立たしかった。が、それを渚に気付かれたくなくて、俺はその場を取り繕うように話題を振った。

「それよりおまえ、今日もこれから夕方の買い物か?」

「あ、はい」

 そう応えた渚は、それで思い出したように言葉を継いだ。

「そうです、岡崎さん。今朝お母さんに今日の夕食、岡崎さんを誘うように言われてたんです」

「早苗さんが、俺を?」

「はい、どうでしょうか? 何か予定でもありますか?」

「いや、特には——」

 どうせ家に帰ってもすぐに出て、何時ものようにコンビニで弁当買って学校の寮の——

 と、そこまで考えて俺はある事を思い出して思わず声を上げた。

「あっ……」

「岡崎さん、どうかしましたか?」

「あ、いや……」

 そう言えば、幸村と一緒に体育館の倉庫裏に戻った時、待っていたのは智代だけで春原の姿はなかった。だが、探していた幸村と小箱が見つかって、取りあえず目的は達成したんで、その時誰もその事を気にも留めなかったんだが——

 ——まさかあいつ、まだ裏山の中に居るなんて事は……

 あり得るかもしれない。

 真っ暗な雑木林の中を彷徨(さまよ)う春原の姿を想像し、俺は表情(かお)を曇らせた。

 そして——

「まっ、いっか」

 フェンスの扉の鍵はもう閉めてしまったことだし、たとえ一晩くらい山の中を彷徨ったとしても死にやしないだろう。春原だから。

 それに飽きっぽい奴だから、ジィさん捜すのに飽きて先に帰ったかもしれないし。

「岡崎さん?」

「ああ、じゃあ今日の夕飯、遠慮なくおまえン()でご馳走になるよ」

 春原の事などあっさりと忘却の彼方に放り投げ、俺はにこやかに言った。

 そんな事は知らない渚は嬉しそうに「はいっ」と返事をし、俺達二人は肩を並べて長い坂道を下って行った。

 

 

 渚の家で夕飯を食べた後、俺は学校の寮の春原の部屋に行ってみたが、一体何処で何をしているのか、夜中を過ぎ、俺が帰る頃になっても春原が戻ってくる事はなかった。

 

 

〈桜の花咲く頃に 了〉

 




 この話の冒頭のモノローグは朋也でなく幸村先生でした。
 真の主人公は幸村先生です。

 それにしても春原は何処に行ったんでしょうね?
 次回作までには帰って来て欲しいものです。
 次も春の話になる予定です。
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