「結局間に合っちまったな……」
「はい、坂上さんのおかげです」
昼休み、いつもの様に二人で中庭の植え込みの石段の縁に座って昼食を取った後、今朝の事を思い起こして俺が言うと、渚は胸の前で両手を重ね合わせて心から感謝して言った。無理矢理智代に走らされ、三階の教室に着く頃には息絶え絶えで顔面蒼白になっていたのにだ。
そして、二人を追ってあの坂道を全力疾走する羽目になった俺はというと、午前中は自分の席で机に突っ伏して死んでいた。
——まぁ、俺に付き合わせて渚まで遅刻させる訳にはいかないか……
渚と違ってとても感謝する気にはなれなかったが、その点だけは智代に感謝してもいいかもしれないと思った。
俺は頭の後ろで腕を組み、新校舎の二年の教室のある二階窓を見やった。
それからふとその下、校舎脇にある植え込み辺りに目を留める。
そこに一人の老教師がいた。
古文の幸村だった。一年の時の俺の担任で生活指導などもやっており、よく知った顔馴染みの教師だった。
幸村は片手を腰に回し、もう一方の手で植え込みの繁みをかき分けるようにして、その下を覗き込んでいる。
何をやってるのだろうか。
気になって立ち上がった俺は、幸村の許へ行ってみた。
「ジィさん。何やってんだ?」
声を掛けると、幸村はゆっくりと
「うむ、探し物をしておる」
「探し物?」
「うむ、この位の箱なのだがな」
と、幸村は指で箱の大きさを示してみせた。
片手の掌に乗るくらいの大きさである。
「ここいらに落としたのか?」
「いや、分からん。気が付いたら無くなっておった」
軽く
「なにしろ今日は、校内をあちこち歩き回ったからの」
「あのな……」
何処に落としたか分からないのに、アテもなく闇雲に探してどうすんだ。
「あの、よろしかったら、探すお手伝いしましょうか?」
呆れる俺の横手から、一緒にそれを聞いていた渚が遠慮がちに申し出た。
「ほぅ、すまんのう」
「いえ、先生には色々とお世話になりましたから」
「おまえ、幸村に世話になった事あったのか?」
不良と言われ不真面目な生徒である俺は、一年の時担任だった他に生徒指導で度々厄介になり、こうして学校を辞めずに三年生になれたのも幸村のお陰と言えた。だが渚は一年留年してダブっているといっても、それは病気で長期休んでいたからだ。それに定年間近と言われている幸村は、近年殆どクラスを受け持ってなかった筈で、渚とは接点がないように思えた。
「え? えっと、それは——」
俺に言われて初めて気付いたように渚は口ごもったが、すぐ思い出して言った。
「——伊吹先生の結婚式です。ここで式ができるよう幸村先生には色々と助けて貰いました」
「あ、ああ……、そうだったな」
渚に言われて俺も思い出した。
渚が一年の時の担任で、三年前までこの学校の美術教師だった伊吹公子が結婚すると知った俺達は、彼女がこの学校で式を挙げるのが夢だと聞いて、その希望を叶える為に幸村に頼み込んで学校に掛け合ってもらったのだ。
だが、つい最近の事にも関わらず、それについて思い出そうとすると記憶が所々曖昧で、俺は訳が分からなくなる。
なんで俺は渚の知り合いと言っても殆ど面識のない公子さんの為に、あんなにも必死になったんだろう。そこに至るまでに何かもっと大切な事があったような気がするのだが、どうしてもそれが思い出せなかった。
「はい、では先生の言われた所を順番に探してみます」
「うむ、わしももう一度心当たりを探してみるかの」
と、俺が物思いに