鋼鉄の筒の中、大きく揺れるコックピット内で視界が明滅した瞬間、すべてが静かになった。
相手の機体の操縦席狙いの射撃がずれ、脚部を撃ち抜かれた損傷で機体制御が上手くいかず市街地のビルに衝突したらしい。
頭に水気を感じる、血が出ていた。
そして顎が痛いまま、呻くように言葉が漏れる。
「嘘……みんな死んだの…?そしてあいつは…どこ…」
あいつは恐ろしい死神だった。
古臭い機体だった。
市街地における3次元起動による空戦能力に優れるペイル社の最新機体に搭乗した私達が遥かに有利だったはずだった。
戦力差も5対1、負けるはずがない。
敵軍の戦線が後退し、その追撃も終わってから掃討戦中だった。
その最中に堂々と現れた死神。
奇襲ではない、完全な遭遇戦。
あいつが自身に掛かる重力を無視したように一気に推進部を吹かしてこちらに突っ込んできたのだ。
それからはまるでガンマンの早打ちのような殺戮だった。
バタバタと一蹴で仲間を殺されたのだ。
後に聞くところ、接敵から15秒で私たちの部隊は壊滅したそうだ。
先ほどまで私たちであったのに。
もう、気づいた時には私しかいなかった。
この任務の直前まで「残っていたお菓子の最後のひとつを誰が食べるか」なんて笑って話をしていた家族のような仲間だった。
一口で舐めるような感じになるけど、みんなで分けようって言っていたのに。
互いに戦争から家族を仲間を守りたいと願っていた。
私達の誰かが死んでも私達は忘れない。
そんな戦場の絆のような部隊だった。
それが、そんな大切だった命が15秒で消えたのだ。
呆然とするしかなかった。
「う…」
思わず機体の拡声器をONにしてさらにはオープン回線にして必死に生き残りを探した。
こんな簡単に、静かに殺されるなんてありえない。
なにも出来なかった。
手も足も出なかった。
すべての生き残ったカメラで周囲の状況を確認すると、私の仲間だった機体の躯の中心部すべてにぽっかりと穴が開いていた。
コックピットが正確に動力部を避けて撃ち抜かれていた。
正確な射撃と正確な刺突。
確実で正確な殺害。
「なんで私は生きてるの?」
『瞬時の判断力、回避行動、とても直感的だった、他は、迷いがあった』
返答があった、勿論仲間からではなく、私達を滅茶苦茶にした化物から。
そいつは静かに現れた。
市街地用の都市迷彩の装甲に似合わぬ右肩に青い薔薇のマークが添えられた旧式の機体。
敵国の正規軍が使用する機体よりも2世代は前の機体。
戦争は常に最先端の兵器を用意した方が勝利する。
本来、警戒に値しない機体だ、空戦能力をほとんど持たない亀のような機体なのだ。
それが戦場の古い王のように威厳すら感じるようにこちらを睥睨する。
こいつだ、こいつが。
『動けば殺す』
すっと、私の目前の下、つまり操縦席に既にライフルが置かれていた。
「あなたは誰?」
私の声に、僅かにライフルが揺れたような気がした。
『……戦場が変われば立場も変わり、向ける銃口の先もこうやって変わるというだけか』
『恨んでくれて構わない』
その死神の声は同い年の少女の声音、いやもっと幼いのかもしれない。
病んでもなく、熱狂的でも、強硬的でもない、ただ静かな声。
だが、意志と信念に満ちており、判断力と行動力に満ち、敗北、そして死すら恐れぬ者の声。
それでいて母のような優しさすら感じる声だった。
悲哀すら感じる。
なんだこいつは。
得体が知れない。
全身が総毛立ち、震えが、涙が止まらなかった。
「どうして…こんな」
死んだ、どうして殺された。
『少し時間が残っている、だから、こうなってしまった理由を…せめて、できる限り答えようか、理由がわからない敗北は恐怖の感情にしかならない』
『まず、掃討戦を甘くみた君たちの指揮官の責任だ』
『君たち戦闘ユニットの任務に対する誠意は間違っていなかった』
『そもそもの任務を用意した君たちの指揮官が悪い』
『君たちの大人たちがまとも過ぎたんだ、大人に弱い武器を、君たちに強い武器を与えた、その機体は最近搬入されたものだろう』
『機体の理解と慣熟のために安全度が高い戦闘の可能性が低い任務か、遊ばせていたのか』
『よく言うだろう、戦場で甘さを見せたら死ぬと』
『私のような軍事会社の人間以下の犬達は常にこのような、誰もやりたくもない仕事に駆り出されることが多い、撤退戦の殿は特に使い捨てても惜しくもないからだ』
『その中には勿論、利益のために自らの命さえ平気に弄んできた凶暴な獣がいる、金のために積極的に誰もやりたくもない仕事をする存在、それしかさせてもらえない存在も』
『そうして誰もやりたくもない仕事をしてきて生き残ってきた奴らは大抵、狡猾で冷酷だ』
『そして強い、それが人間同士でも、MS戦でも』
『安全な戦闘なんて経験したことがないから、こうして簡単に殺したり殺されたりが出来てしまう』
何を言っているのか理解できない。
こんなにも簡単に私達を殺しておきながら、こいつは優しくそう語りかけてくる。
去年まで学校にだって通ってたのに全部壊された、それから住みよい平和な国が欲しかっただけ、そしてそれを守りたい、だから、そのために戦っているだけなのに。
疲弊し、何処までもやせ細っていく、ただ、ただ苦悶を広げていく。
しまいにはみんなが同胞であったものもそれ以外の民間人も見境なく殺戮した。
間違った戦争は終わらない。
そんな殺戮者達から守りたいからとさらに銃を向けあってきた。
私たちはそんなお互い様の戦いを繰り広げてきたのは知っている。
だけど、こんな風に崩れた瓦礫の中で無意味に殺されるなんてあんまりだ。
『次があるのなら、まだ戦わされるのなら、注意した方がいい、私たちのような戦場を選べない存在は特に』
『殺しはしない』
「殺しておいて…」
『君も死にたくはないだろう、私の雇い主の戦線は既に後退している、そちらの救助はきっとすぐに捕まる』
『救難信号を出しておくといい、あってないような規範だが、救難信号を出しておけば、今のタイミングなら誰にも殺されたりはしない』
『殺して欲しくはないだろう、生きていれば、これを経験にするしかない』
『君のような私たちが別の機会で凌辱されて無惨に殺されないように』
何もかもが四方に聳え立つような恐怖。
心を殺されたような気さえもした。
何もかもが間違った世界で、この声の持ち主は何も間違ったことを言わなかった。
しかし、すべてが間違っている。
戦場でこんなにも慈悲深いなんて矛盾している。
そんなのがいるとしたら、きっとそれは人ではない何かだ。
仲間たちの仇であるのに、それなのに。
「なら……殺しておきながらどうして?」
『本当は殺したくなんてないさ、君もそうだろう』
『私も殺されたくはない、だけど殺したし、殺されてきた』
『私もいつか殺される、だからといって憎しみや怒りで八つ当たりのように無意味に進んで殺すつもりもないだけだ』
たくさん殺しておいて今更、救うとでも言うのか。
「…あなた頭が可笑しいの?……言っている意味がわからないわ」
『言っている意味が分からない、そう思うなら、もし、戦わなくて済む立場であったら、もう戦うな』
「あなたたちみたいなのがいるから…戦った…」
『そうかもしれないな、私は君たちの明日の味方にすらなれるような邪悪な存在だ』
『そうだ、殺す必要がないから殺さないだけで、いつだって殺せる』
『私は―――戦いで誰かを選んで殺したりはしない』
最後にそう言い残して、その怪物は機体を反転させて歩いて去っていた。
その後、そいつは何度も戦場に現れ、多くのMSを破壊したという。
戦場に咲く青い花は多くの人々から恐怖された。
「これが貴方の最後かもしれないから聞きたいんだけど」
「突然なんだ?葬式か?私が死んだら宇宙葬で頼むぞ、今なら300ドルくらいの奴があってな、前々からネットで簡単予約してあるから、それで」
「多分、会社側は宇宙でプカプカ死んでる貴方が他の会社に回収されたりして貴方のクローンとか作られたりするのは絶対嫌だと思ってるから難しいと思うわ」
「まじか」
「まじよ、死んだら回収されて研究素材だと思うわ、確実に」
「わかった、いよいよ駄目になって死ぬときはこの指定座標で上手に死ぬから、こっそり君の方で回収してくれ」
「そもそも貴方ならそんな余裕があってそれができるのなら生き残れるでしょ」
「生身の部分はダイヤモンド葬にして、残ったパーツは中々のレアメタルだからそれを装飾品にしてアクセサリーを作ってフェルシーとペトラと…君に」
「重い、重くない?そんなの普通に渡しても絶対喜ばないわよ?しかもわたしにも!?」
「世話になったので、少しだが、お礼くらいしておきたい」
「あら、そう思ってくれてたのね」
「でも、私は何も持ってないからな、元から生きてる人間扱いもされていないので、死んでも何も残らんし」
「貯金とか」
「口座は一応あるけど、あれは私の任務のための活動予算、死んだら消えるやつだな」
「予算」
「そう、予算、だ」
「知ってたけど……そういうものなの?」
「……まだ、会社の備品扱いだからな私は、もともとの売値が今君が使ってるイヤホンとかマイクのシリコン部分くらいだ」
「ところで、聞いていい?」
「真面目な話だったか、すまんな」
「別にいいけど…私たちが初めて出会ったあの当時、貴方は何歳だったのかしら?」
「確か11か12……だったかな?法律や条約とはなんなんだろうな、守っている場所なんて私は見たことがないんだが、今もこれだ」
「私は当時18…はぁ、本当に呪われた悲しい世界だわ……やってられない」
「そうだな」
「どうしてそもそもあんなところにいたわけ?」
「当時、私は雇われて君たちの国の政府軍とドンパチやりあってた、あの時、既に戦線の後退は完了していたんだが、そこで逃げ遅れた馬鹿な将校がいたらしく、その救出作戦で私が強制的に参加させられた、捨て駒だな」
「強制参加の捨て駒」
「そう、その作戦中に正規軍の味方がうっかりヘマをして盛大に敵に発見されて、戦闘が始まって、それから私が囮役になって味方を逃せとか命令されて頑張ってたらそのまま味方が全滅してしまって3日ほど途方に暮れて迷子になって彷徨っていたら、そのまま掃討作戦中の君たちの部隊と鉢合わせてしまった、という話なんだが……」
「ちょっとまって、迷子?……迷子にやられたの…複雑だわ…」
「機体自体が最初から迷子だった、索敵のためのセンサー類の一部が元から破損していた機体だったんだ、あれは現在位置がなぜか常に狂ってる機体だった。
直前の作戦で推進剤も殆ど残っていなかったし、だからゆっくり目視で方角を確認しながら機体を歩かせて帰るしかなかったし、水も食料もなく餓死寸前で、正直、君たちと出会った時『終わった』と思った』
「そんな感じには見えなかったけど」
「相手は当時のペイル社の新型機5機だぞ?どうせ降伏してもそのまま過酷な拷問の果ての処刑が待っていただろうし、残った推進剤で一か八かに賭けた」
「それで勝ってしまうのが貴方よね…そしてそのあと本当に味方になるとは思わなかった」
「雇われた期間中に戦争でこちら側が勝ちすぎてしまってな、そのあと会社側が反政府勢力と報酬で揉めて戦闘したりして、会社がそのままそっち側に付いたんだ…。
休暇で街を歩いていたら石とかよく投げられたり、酷いときは囲まれて撃たれたりした」
「あれは正直どうかと思う」
「よく街を出歩けたわね、どうかと思うわ」
「みんな出歩けないから買い出し係やらされてた、当時は本当に末端の少年兵だったんだ、使い捨てカイロくらいの扱いされてた、本当に命がけでトイレットペーパーをよく買いにいかされてたものだ、懐かしいな」
「命がけでトイレットぺーパーを買いに行かされてたことを懐かしむ使い捨てカイロ」
「馬鹿にしてるのか?」
「…じゃ、じゃあ、あのパーソナルマークは?そんな使い捨てカイロにつくものじゃないでしょう?」
「あれか、使い捨てカイロにはつくようなものでもないな、確かに」
「今や伝説とかになってるでしょ?」
「前に乗っていた人のやつだろうな、多分、知らんけど」
「……そのまま伝説になったわけね」
「そのせいで、なんか目立ってしまってな、最近知ったんだが、それでなんか会社が損害とか出すたびに責任とか適当に押し付けられ借金漬けで、一生この背丈の改造されたようだ、そこには似たようなやつがダース単位でいて、全員眼が死んでた、そして全員死んだ」
「摩訶不思議ね、あなたの人生…それでいいの?」
「今は結構楽しいよ、好きなプロテインが毎日飲めるし」
「摩訶不思議だわ」
「確かに、昔は問答無用で4回くらい私を殺しにきていた君が今や私のオペレーターだ、世界は不思議に満ち溢れている」
「あなたを追っていたの、それで貴方が部下になるとは思わなかったわ」
「もう後ろから撃たないでくれよ、頼むから」
「後ろから撃ったことないでしょう?」
「前任者は撃ってきた、どっかの企業の雇われの暗殺者だったらしい」
「なにそれ……で、どうするの?」
「とりあえず戦闘管制をよろしく頼む」
「やるしかないのね」
「やるしかないだろ」
「あなたっていつもそう、それでどうせ生きて帰ってくるでしょ」
「神様がいるのなら、もう、いい加減にしろっていつも思ってる」
「もう、いい加減に死んどけって神様がいつも思ってるんじゃない?」
「………」
最初は軽い筋トレ、気づけばこのトレーニングルームにおいて一つのイベントが催された。
誰が最後まで腕立て伏せをし続けられるか。
パイロット間でよくあるレクリエーション。
全員沈んだ後、さらに100程度を追加で私はこなした。
最早、誰も私をただの女児みたいな何かだと疑うものはいなかった。
この程度の性能をちらつかせるだけで多少なりともリスペクトが得られたようでプロテインは無事ご馳走になることが出来た。
「旨い、BCAAが豊富で体に染みる…」
BCAAつまり、分岐鎖アミノ酸は筋トレに必須の栄養素、回復力を高め、持久力を向上させる。
このチョコレート味のプロテインは特に配分量が多く、そして美味い。
特に私のような改造された身体にはこのような栄養素を積極的に取る必要があるせいなのか、長時間後のサウナの後のポカリスエットのように体に染みこむような気さえする
そうして運動後の発汗もなくゴブゴブとプロテインを飲んでいるとフェルシーともう一人の茶髪の女の子が心配そうに私のお腹を触ってきた。
「2リットルくらいのんでるけど…大丈夫?…あれ、全然…」
「嘘、あ、マジ?」
それを見て、聞いた男たちはあきれ顔だった。
「この子バケモンか、何かか?」
「もう、俺の好きなだけ飲んでいいけどさ…さすがにお腹壊すぞ?」
流石にこんなことで怪物扱いされてはたまらないので、おやつは最後にして、いまだに沈黙している男に声をかける。
彼は最後まで全身全霊で戦った。
「合格かな?こんなチビでもこの学年にわざわざ転入した理由がわかったかな?そして君たちと違って一切無駄のない体こそパイロットとしては実は有利だということも」
「一切無駄のないチビというのはよくわかった」
背中からかけられた声に沈黙していた男は腕を痙攣させながらも必死に体を起こして、滝のような汗を流しながら負けずにそういった。
その負けん気は素直に尊敬できる、このようなプライドはパイロットには必要不可欠な素質だ。
「失礼だな……少しはあるというのに」
わざとらしく自分の胸に私は八の字で手を添えた。
「先輩…女の子に失礼っすよ?」
「そうそう」
「ちげーよ!そういう意味じゃねーよ!」
「冗談だ」
「…はぁ……一応知ってたぜ、優秀な奴が来るってな、最初は嘘かと思ったが」
「疑いは解けたようだ」
「いや、まだ、わからないがな」
にやり、と少年が笑う、まるで若い獅子のような純粋さを湛えていた。
「短い間だけど君のことがよくわかった気がする、つまり決着はパイロットらしく、というのをお望みかな?」
「グエル・ジェターク殿」
「話が早いな、そうだ、どうだ、やるか?―――今なら何も賭けなくていいぜ?」
「本当にいいのかな?」
私も不敵に笑う。
「あ?俺に勝てるってか?」
「きっと今なら勝てる」
「あ?」
「今なら碌に引き金も引けないだろう」
「ああ……くそ、わかったよ……ウィンディーでいいか?」
「こちらもグエルでいいかな?」
「好きに呼べ……で、来たばっかりだ、なんかあったら俺に言え」
中々可愛い男だ、わかりやすい。
これは将来苦労するタイプだわ。
「なんだよ、その眼は」
「君のことは好きになれるタイプの男だな、と思ってな」