実家にいたときにあまりできなかった趣味がある。
それはプラモデル製作だ。
幼い頃、祖父に連れていってもらった自衛艦見学ですっかり興味を持ち、作り始めたのは懐かしい。
はじめは接着剤で作る艦船模型が好きだったが、接着剤や塗装の匂いを嫌った母と妹によって製作は禁止。
それを回避するためにマンション暮らしだったから中学2年生の頃まではベランダでわずかな時間の隙間を見つけては熱心に作っていた。
ベランダは外だから作れる時期や時間、洗濯物を干す時には使えなくなったから。
まぁ、やりすぎて接着剤禁止令が出て、それを必要としないガンプラを熱心にやっていた。
でも妹がプラモばかり作る俺を嫌っていて、インドアよりアウトドアの遊びをしようとウマ娘の強い筋力によって力づくで連れていかれたのは何度もある。
機嫌が悪かった時には俺が作ったものを目の前で罵倒し隠すことも。
キレた俺は口喧嘩をし、手を出して力づくのケンカをしたがウマ娘である妹に押し倒されて負け続けた。
それがあったからプラモデルは本で見るだけになり、新しく作った趣味として妹と一緒にランニングや筋トレといった、妹が喜ぶことを渋々ながらするようになった。
母からはおにいちゃんなんだから、と言って自分がやりたいことを我慢させられていた。
母と妹が勉強や運動でも1番を目指せ、と言い続けてくる期待に応えようと努力をしていたのに。
自由がなかった。楽しくないことをされ、趣味も次第にできなくなって。
きっと親や妹は俺の将来のため、とそう思っていただろうが。
でもそんな苦しく我慢をし続ける生活は2か月前に終わり、自由を得た。
今は生活が落ち着き、道具を部分的に買い直した6月最初の日から俺の新しいプラモデル生活が始まる!!
プラモデルを作ると決めた日は高校でもうきうきとした気分で過ごし、家へ早歩きで帰る。
家にある道具はニッパーにデザインナイフにパーツオープナーと紙やすり。それにガンダムというアニメ作品で登場したロボット。
その総称として呼ぶ、いわゆるガンプラだって用意している!
他にも道具は揃えたいけど、祖父からもらう生活費はあまり趣味に使い過ぎるのはよくない。
段々と時間をかけて集めていきたい。
早足で自宅があるアパートへ向かっていくと、アパート前でシービーと遭遇。
ちょうどジャージ姿のシービーと一緒に帰宅時間が重なったらしい。
今の時間は午後4時と明るく、天気が悪いわけでもないのに早く終わったみたいだ。
「シービー、おかえり。今日はもういいのか?」
「ただいま、マサト。今日はすごくいいことがあったら友人と一緒にお祝いをしてきたんだ。教官の練習は途中参加できないからね。自主練はこれからするけど」
シービーはもう楽しくて仕方がないという笑みを浮かび、尻尾やウマ耳は元気にぴこぴこ動いている。
「お祝い事かぁ。それはいいことだ。嬉しいことがあったらお祝いするのは大事だからな」
「ありがと。そういうマサトも何か嬉しいことがあるっぽいけど?」
「今までできてなかった趣味を今日からまたやるんだ。実家から解放されて自由にできるからな」
「そっちもお祝い事みたいな感じ?」
「そうだな。うん、お祝いだな」
言われて考えると確かにお祝いだ。引っ越ししてから最初のガンプラ。それはお祝いの儀式と言ってもいいかもしれない。
シービーは何かを考えるような顔を一瞬だけしたあと、笑顔になっては俺の背中を押してくる。それに力いっぱい抵抗しても力負けをし、押されながら自宅へと戻った。
鍛えているウマ娘だけあって、単純な力だけじゃ抵抗は無意味だと改めて実感してしまう。
家に帰ってからは着替える暇ももったいなく、学生カバンをそこらに放り投げるとさっそくプラモ作りを始める準備をしていく。
ちゃぶ台の上を綺麗に片付けてから作業道具。
そしてHGUCジム寒冷地仕様!
1度は作ったことがあるけど、邪魔と言われ捨てられる寸前で段ボールにしまうことで難を逃れたガンプラだ。
家に帰って取って来れないため、新しく作ることにした。
スミ入れ用のペンも買いたかったけど、塗料系をひとつ買うとツヤ消しスプレーなどを買いたくなるためにしばらくは塗装はなしで作っていく予定だ。
……うん、ガンプラは量産型こそが素晴らしい。
ガンダムアニメをたくさんは見ていないものの、主役機と違って量産機は見せ場が多くないが頑張っている姿が共感できる。
以前は艦船模型を作っていたけど、ガンプラは作りやすいのがいい。
箱を開け、説明書と部品であるランナーを分ける。
そして説明書どおりにランナーを手に持ってニッパーで切り取っていく。
"パチン"
と、切り取った瞬間に乾いた音が響く。プラスチックがニッパーで切り取られた音。
この乾いた音で感動する。
家にいた時はこの音がよく響いたので、妹の様子を見ながらビクビクと作っていた。
だがもう気にしなくていい!
いつどんな時でも作れるというのはすごくいいことだ!
1回ニッパーを使っただけで感激し、テンションが上がるのは自分のことながら変な人だと思う。
でも仕方がない。仕方がないんだ。
自分の自由な時間で、好きなものを作れるというのは。
これからはお金をちょっとずつ貯めて道具を揃え、艦船模型を作れるぐらいに充実させたい。
いや、ロボット物も好きだからそっち方向の塗料でもいいんだが……。
生活も落ち着いてきたし、バイトをやってみてもいいかもしれない。
ただ部活というのにも魅力的だ。
まぁ、そういうのはこの子を作り上げてからにしよう。
そうして無心な気持ちで作業をしていく。時間をかけ、丁寧に。
──そうしてどれくらいの時間が経った頃か。30分、または1時間かもしれない。
作業前に時計を見ることがなかったから時間経過がわからない。
頭と胴体、両腕部ができたところでチャイム音が部屋に鳴り響く。
ニッパーを手に置き、ドアののぞき窓から見るとシービーがいた。
今日は遊ぶ予定はなかったが何かあったのか?
ドアを開けるとシービーの両手にはご飯の材料が左右の手に持ったビニール袋に入っていた。
「やっほ!」
「家の鍵を忘れたのか、お前は」
「いやいやいや。突発的に行動するアタシでも鍵は忘れないさ。そんなにしっかりしてない? アタシってば」
「そうとしか連想できない行動じゃないか。買い物帰りなのに、俺のとこへ来るってのは」
「あー、そう思うかもね。ところでさ、あれやってくれないかな」
「なんだよ、あれって」
「あれだよ。新婚の人がよくやるあれ。ご飯にする? お風呂にする? それともア・タ・シ?」
上目遣いで楽しそうにふざけたことを言うシービーに、俺は問答無用で勢いよくドアを閉め鍵をかける。
ひさしぶりのリラックスタイムなんだ。緊急でもない限りは呼ばないで欲しいところだ。
チャイムとノックの音が響く中、俺はちゃぶ台へ座り込むと寒冷地仕様ジムを作る作業を再開する。
作っているうちに音は静かになり、隣の部屋からドアが開き、閉まる音が聞こえる。
結局シービーの目的がわからなかったが、単に遊びたかっただけかもしれない。いや、もしくは自主練に誘いたかったとかかも。
実際そうだったとしても俺は忙しいから一緒には行けないが。
作り終わってから何の用だったか聞いておかないとな。
深く息をつき、気持ちを入れ替えて作業を再開する。
このジムは顔がイケメンでいい。この頬部分にあたるダクト部分がお気に入りだ。
でも今回は塗装できないからダクトはシールを張って我慢しよう。
女性で言うならすっぴんでも綺麗だけど、化粧をするとより美人だよなっていう気持ちで組み上げたジム寒冷地仕様の頭をテーブルに置いて眺めているとノックの音が聞こえる。
それはドアからではなかった。
ベランダの窓。
いたのはシービーで、ガラス越しに両手を振りながらいたずらが成功した子供のように笑顔を振りまいてくる。
普通ありえないことが目の前に存在していると脳がエラーを起こして現実を認識できない。
5秒ほどして脳が復活し、隣から飛び越えてきたんだなと推測し、ひどく大きなため息をつく。
いくらウマ娘の身体能力が高いとはいえ、落ちたらどうするんだよ。
仕方なくシービーを部屋に入れることにし、ベランダの鍵を開ける。
「いやぁ、強引でごめんね」
「すっげぇ驚いたからもうやめてくれよ」
ごめんと言うシービーは履いていた外靴を脱いで部屋へと入ってきた。
「それでいったい何の用事だ?」
「用事がないけど急に会いたくなって……」
床に両ひざをつき、上目遣いでそんなことを言ってくるからイラッとしてくる。
「よし帰れ今帰れ早く帰れ」
「ごめん、ごめんって! 用事はあるから! ……男の子にはこれでお願いがすぐ通るってエースが言ってたんだけどなぁ」
「いいから早く用件を言え」
妹で上目遣い耐性を得ていなかったら危なかった。うちの妹より美人なシービーにならなんでもお願いを聞いてしまうところだった。
また変なことをするまえにシービーの背を押してベランダへ戻そうとするも、力強く抵抗したシービーは踏ん張って1歩も動かない。
押し続けても俺が疲れるだけなので押すのをあきらめ、部屋の隅に置いてあるざぶとんを手に取ってシービーの足元へ置く。
そこにあぐらで座るシービーの向かいに俺も同じ姿勢で座る。
「えっとね、嬉しいことのおすそわけに来たんだ」
「おすそわけ?」
「うん。今日エースがね、あ、エースはアタシの友人でフルネームはカツラギエース。で、エースのトレーナーが決まったからお祝い事をしたんだ」
「あー、さっき持っていた袋いっぱいの食材をこれからシービーの部屋でパーティするってことだな?」
「もうカフェテリアでしたよ。アタシはキミともお祝いをしたいんだ」
「……俺はまったく関係していなんだが?」
「アタシがしたかったの。嬉しいことを共有するとさらに嬉しくなるからね」
「まぁ、シービーが幸せそうなら俺も悪い気はしないが」
気分的で行動が突然すぎるシービーだが、こうやって友人を祝って喜んでいる姿を見ると温かい気持ちになる。
トレーナーが付くのはすごく大変だとニュースで見たことがあるし。
これだけ喜んでいるシービーを見ると、その比較として俺に厳しく冷たい妹が脳裏に来るが頭を軽く振って追い払う。
「えっと、ちょっとだけ怖い顔したけど大丈夫?」
「いい子であるシービーと比較して、嫌な奴を思い出したんだ」
「そんなのはいい子のアタシと一緒にご飯を食べて忘れよう! 材料費はアタシ持ちだよ!」
「俺、お菓子以外はまともに作れないのを知っているよな?」
俺がシービーにお菓子を渡し、お返しに料理をもらうのは3日に1度程度。
これほど頻繁にシービーの料理を食べていれば、俺よりも料理が上手なのはわかっている。
まぁウマ娘的感覚なのか、1度に渡してくる量が多くて3食続けて食べては、ようやくおかず1品を食べ終えるほどだ。
「だいじょーぶ。アタシが作るから。一緒に食べたかったんだ。これから予定があるって言うなら帰るけど」
そういうシービーのウマ耳は左右ばらばらに動かしており、気持ちは少し不安になっている。
ガンプラを作る予定はあるものの、急ぐことでもない。それにシービーが料理中の間は作れる。
自分のことよりも、今はシービーと一緒にカツラギエースって子のお祝いをしよう。
「いや、予定はない。一緒に食べるか」
「やったね。それじゃ、すぐに来るから!」
「次はドアから来いよ!」
シービーはうきうきした様子で勢いよく立ち上がると、窓を開けて丁寧に閉めてからはゲームを連想するパルクールな移動でベランダから素早く出ていった。
綺麗な黒髪をなびかせた後ろ姿を感心しながら眺めてしまう。
そんなに俺と一緒に食べたいだなんて。人恋しかったのか。
普段はわがままというか、自由過ぎる子だけど、こういうかわいい部分があるから憎めない。
俺はドアへ行って鍵をはずし、ドアを大きく開けて来るのを待つ。
すぐにやってきたシービーの両手にはさっき見たビニール袋を手に持っていた。
「マサト、ご飯を作りに来たよ!」
「うまい飯を期待しているぞ、シービー」
おかずをもらうことはあったけど、こうして家に来て作ってもらうことは初めてだ。
シービーが台所へ行き、材料を整理しているのをぼぅっと見ていると思うことがある。
美人な女子高生にご飯を作ってもらうって贅沢なことだと。
俺が知らないだけで、他の男子高校生から見ればうらやましがることがもっとあるんじゃないだろうか?
シービーとは自然と気苦労なくいられるから、そう感じ取れないだけで。
ううむ、と悩みつつも今の時間は心穏やかになれるからシービーには感謝している。
誤字報告をしてくれる方がいて、嬉しいです。
ありがとうございます!