だからふたり暮らしが始まった   作:あーふぁ

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7.当たり前に隣にいる友人

 買い物を終え、シービーと一緒にアパートへ帰って来た時は夕方の午後6時過ぎ。

 今からだと晩御飯を作るのも面倒だし、こういう時は実家暮らしは辛いこともあったがご飯や掃除をしてくれる生活がいかによかったかを今になって理解できる。

 でも家にいても心の安らぎがないから、祖父の家で1人暮らしのための勉強をして今を頑張れている。

 それに加えて、小さい頃から家に戻ってくることが夜遅い母やまだ家事ができなかった頃の妹のために頑張った成果を得てはいる。

 それでも生活をすると足りなくて、シービーに助けてもらってはいるが。

 夕食ひとつ作るのも大変で、楽をするためにカップラーメンでも食べるかと考えながら自宅前のドアで立ち止まる。

 

「それじゃあな、シービー」

「またね、マサト」

 

 そういって挨拶をすると俺は鍵を開けて家へと入る。

 その後ろをさも当然のようについてきて、俺と一緒に靴を脱いで上がる。

 自然な流れに気づくのが遅れて立ち止まるがシービーは俺を気にせずにちゃぶ台のところまで行くと、座布団の上へどっしりと座り疲れたような大きく息をつく。

 バッグを置き、くつろぎ始めた姿は自分の家へと帰ったかのような。

 

「なぁ、聞きたいことがあるんだが」

「なぁに?」

「お前の家は隣だろうが! なんでこっちに来てるんだよ! さっき、きちんと別れの挨拶をしたよな? お前もまたね、って言ったよな!?」

「え、だから来たでしょ。別れの挨拶をして、部屋にあがって再会。どこもおかしくないでしょ」

「いやいやいや。家に戻って飯を食えよ、飯を。ウマ娘なんだから飯を抜くわけにはいかないだろ」

「マサトの手作りご飯でいいよね」

「よくねぇよ。もっと飯のことを考えてくれよ」

「よし、わかった。ご飯について考えたからさっそく実行するよ!」

 

 シービーは勢い立ち上がると、バッグを置いたまま黒髪をなびかせて颯爽と俺の家から出ていく。

 バッグを持っていけ、と言う余裕もなくシービーは靴を履いていなくなった。

 その息をもつかぬ速さに感心どころか、いい姿勢で飛び出していったのにあきれてしまう。

 ……だが待てよ。シービーが普通に帰るわけがないだろ?

 さっき、飯を食えと言ったときに間を開けてから返事がきたし。

 

 なんか俺の部屋に居座りそうな気がしたので急いでドアに行き、鍵に手を伸ばそうとした時にドアが勢いよく開いていく。

 開けた勢いで部屋に入ってくるシービーを慌てて避けるも、バランスが持てなくて床板へと尻もちをついてしまう。

 ……尻がすごく痛いんだが。

 

 非難の意を込めた無言の抗議で、手にカップラーメンを3つ持ったシービーを睨むと困り顔のシービーは空いている方の手で俺に手を伸ばしてくる。

 目の前へと来た手をしっかり握り、助け起こしてもらう。

 

「ごめんね。怪我はしてない?」

「ああ、大丈夫そうだ。次からは急がないで来てくれ」

「うん、すごく反省してる」

 

 耳がしょんぼりし、謝ってくれたシービーを見ると怒りの気持ちはまったくなくなってしまう。

 手を握ったまま、俺とシービーはなんでかお互いを見つめあうという変な状況になる。

 

「なぁ、シービー」

「どうしたの?」

「手、離してくれよ」

「まだダメ。男の子の手をさわるのって小学生以来だからさ、すごく新鮮なんだよ」

 

 興味深く手を見つめながら、手をぎゅっとにぎにぎしてくる。

 それがなんだか恥ずかしくなって振り払おうとするもシービーの握ってくる力が強くて振りほどけない。

 俺も妹と母以外に手を握られることはないから新鮮ではあるが。

 

「同じ年齢の男の子ってアタシたちと違うんだね。かくばっているというか、骨がしっかりしている?」

「俺はお前の手がくすぐったくて変な感じだ。すべすべしているし」

「ありがとう。毎日ハンドクリームを塗って手入れしていてよかった」

 

 無邪気な笑顔がすんげぇかわいいんだけど?

 普段はイケメンでかっこいいけど、今は俺とシービーしかいないから力が抜けた自然な笑みだ。

 心がときめくまではいかないが、テレビで見るアイドルよりかわいいんだが。

 少しだけ鼓動が強くなったものの、ちょっとの時間で落ち着くと深く息をついてシービーになら何をされてもいいやという気持ちになる。

 

「で、俺の家で飯を食うのか。1人は寂しいってわけでもないだろ」

「寂しいよ。今日が楽しかったから余計に。だからさ、初めて手を繋いだ記念にご飯を一緒に食べようよ! カップ麺は持ってきたしマサトはお湯をくれるだけでいいから」

「わかった。わかったから、手を振り回すな! 痛いんだって!!」

「ありがとう、マサト!」

「わかったから手を離せ! お前の力は強すぎなんだ!!」

 

 耳と尻尾、あと繋いだ手をぶんぶんと振りまわすシービーに苦情を言い、解放された俺とシービーは中へと入っていく。

 台所へ行くと俺は痛んだ手首を気にしつつ、ヤカンふたつを使ってガス台でお湯を沸かしていく。

 

 あとはちゃぶ台でラーメンにお湯を入れて食べるだけ。

 自分の分を食べ終えたあとは2つ目のラーメンを食べ始めたシービーを見ると、1度の食事で複数のカップ麺を味わえるのはちょっといいなと思う。

 たくさん食べる必要があるウマ娘は食生活にすごいお金がかかるから、シービーと一緒にご飯を取るとうちの母親は仕事を頑張っていたんだなと離れてからわかることもある。

 まあ、母は仕事が夜遅い、出張でいないということもあって妹とふたりきりが多かった記憶のほうが多いが。

 

 ご飯を食べ終え、カップ麺のカップを捨てたあとはガンプラをすぐ作るという雰囲気でもない。

 座り直した俺たとはぼぅっとしていたが、ふと聞きたいことを思いつく。

 

「なぁ、シービー。トレセン学園って走ること以外に普通の高校と何が違うんだっけ」

「別にそんな変わらないんじゃないかな。授業内容にレースのことを勉強しているぐらいで。あ、でも今日わかったことがあるよ」

「あー、俺んとこの学校に来たときか?」

「そう。女の子たちと話をしていて化粧の授業があるのってトレセン学園ぐらいだって」

「化粧って親から教わるもんじゃないのか」

「それだけだと足りなくて。アタシたちはレースやライブで化粧を変えるからね。細かく言うなら衣装によってかな」

 

 言われてみるとメディアに露出することが多いから自分たちでやらなきゃいけないのか。

 全部が全部、トレーナーや学園の関係者がやると大変そうだからな。 

 しかし授業で学ぶってことを知ると、シービーの肌がすべすべで綺麗なのを強く実感する。

 髪もツヤがあって綺麗だし。

 

「え、なに急にじっと見てきて。すっぴんだから見ても楽しくないでしょ」

「意外と楽しい。今まで意識して見たことなかったが、肌が綺麗なんだな」

「スキンケアはしっかりやっているからね。しかし、意外と嬉しいね」

「今ので嬉しくなることあったか?」

「こうやってマサトが褒めてくれることが嬉しいんだよ。細かいことも見てくれているんだなぁって」

 

 シービーは髪に手をやると、ふわぁっとなびかせる。癖っ毛が強くてハネが多いけど、長い髪ってのは男心に響くものだ。

 なんか知らないけど、女性の髪は揺れるだけでつい見てしまう。通学途中や学校でも目で追ってしまう。

 じっとシービーの髪を見つめていると、今度は両手の甲を俺へと見せつける。

 だが、それが何の意味をしているのかわからなくて首を傾げてしまう。

 

「……その手のどこを見ればいいんだ?」

「爪だよ、爪! ほら、爪用のヤスリで磨いているんだけど気づかない?」

 

 そう言われてもまったくわからん。言われて爪にツヤがあるか……? と思う程度だ。

 そもそも爪を磨いても意味があるのか? わざわざ注意して見ることもないし、爪切りで形を整えておけばいいんじゃないのか。

 

「しなくてもいいんじゃないって顔してるけどさ。これやると爪が綺麗に伸びるし、ネイルもやりやすくていいんだよ」

「そう言われても俺にはそこまで重要性を感じないなぁ」

「んー、このガンプラにだって同じことを言えない? 雑に切るとプラスチックが白化するでしょ。でもデザインナイフやヤスリで削れば見栄えがよくなる」

「そう言われると爪を磨くのも重要な気がしてくる」

「でしょう? マサトに恋人ができたなら、こういう細かい部分に気づくと好感度がアップするよ」

「それはぜひとも覚えておかないとな!」

 

 今は1人暮らしに慣れる途中だが、余裕ができれば恋人が欲しいところ。

 理想としては物静かで髪が長い子がいい。胸が控えめで声は低めだとさらに良し!

 あと趣味に心が広いことも大事だ。

 

「細かい変化に気づく男の子はモテるよ。さて、それじゃあガンプラを作ろっか!」

 

 そう言ったシービーはうきうきとてバッグからEGストライクガンダムの箱を取り出していく。

 箱の封を解くと、説明書を取り出しては楽しそうに読んでいく。

 スナップフィット、タッチゲートがあるんだと感心しながら。

 だが待って欲しい。なんで俺の家で作る?

 作り方を教える、とは言ったがそれは困った時に助けを呼ぶというのじゃないのか。

 

「ここで作るのかよ」

「え、だって教えてくれるって言ったじゃない」

「言ったけど、わからなくなった時だと思ってた。初めてなんだから1人で静かにやるのがいいでしょ」

「全部わかんないや! プラモデルって作るの初めてだから、もう不安で不安で!」

 

 すっごくニコニコと明るく楽しそうにそんなことを言いだすシービーに少しイラッとし、説明書を取り上げようと手を伸ばす。

 だが、シービーは俺の手をかわす。

 プラモデルは1人静かに作るものだという意識がある俺としては、最初だからこそシービーには1人で作り始めて欲しい。

 その後でよくわからなくなったら聞きに来るのは構わない。

 だから、説明書を取り上げるまで俺は手を出し続ける!

 2度、3度と手を伸ばすも失敗し続け、ならばと箱を取ろうとするも素早く動いたシービーによって箱を取り寄せられた。

 

「……うん、もう好きにやってくれ。俺は見守っているから」

「だよね。マサトも作り方にこだわりがあるだろうけど、こういうのは人によって自由だからね」

 

 ため息をついてあきらめると、シービーはちゃぶ台の上に箱と説明書を置いてガンプラが入った袋を破いていく。

 そうしてランナーを手に取ったところで悩み始めた。

 

「どうした?」

「これさ、手で取れるって言うけどニッパーは使わなくていいの?」

「使ったほうが切り取ったあとに綺麗な断面になる。手でちぎると、切断面がざらざらになって見た目がいまいちになる」

「それなら取ってくるよ」

 

 そう言ってシービーは部屋を出ていくと、すぐに道具を手に持って戻ってくる

 ちゃぶ台の上に置かれたのは未開封パッケージのニッパーにデザインナイフ、紙やすりだ。

 

「これらがあれば足りるでしょ?」

「充分だ」

 

 シービーはパッケージを開け、ニッパーやデザインナイフを使って作り始める。

 使い方や出来具合について助言をしつつ、俺はシービーの楽しそうな姿を眺める。

 説明書を睨みつつ、手に持ったパーツのゲート跡を慎重に削り取っていく真面目な表情。

 それらは新鮮で、いつもの笑顔やのんびりとした雰囲気とは違う真剣な様子はとてもかっこいい。

 段々と時間が経つにつれ、俺に聞いてくることは減って眺めることしかなくなる。

 

 まぁ美人なシービーの顔を眺めても飽きないからいいが。

 眺めつつもなんか食べたいなと思い、立ち上がっては自分の分だけお菓子やジュースを用意する。

 ポテトチップスの袋菓子や小さなペットボトルのジュースをちゃぶ台の上に置くと、シービーは手を止め、うらめしそうに見てくる。

 ……なんだよ、これはあげないぞ。俺はやることがないんだから、ジュースぐらいいいだろ。

 

 シービーの視線を無視し、袋菓子のパッケージを開けると大きく開けた口を俺に向けるシービー。

 無言の要求にため息をつくと、ポテトチップスを2枚重ねて口に放り込んでやる。

 

「ありがと」

「自分で取ってくれよ」

「それだとプラスチックの細かいゴミが入っちゃうよ。それにさわったあと、手を拭くのが面倒だし」

「じゃあ作り終わるまで我慢してくれ。残りは足と武器だけだろ」

「その頃にはアタシの分がなくなるでしょ。マサトが暇しているからお仕事を作ってあげたのは偉いと思わない?」

 

 なんか偉そうにしているのがいらついたので、最初以降はシービーに何も与えることなくポテチをばりばりと食べていく。

 シービーが苦情を言ってくるが無視。

 ポテチはコンソメ味が最高だな!

 

 それからシービーはポテチへの恨み言を俺にぶつけながら合計で1時間半をかけて作り上げた、EGストライクガンダム。

 それをちゃぶ台の上でまっすぐに立たせ、銃撃姿勢などを取らせて遊ぶ。

 おおげさと思うほどに喜んで腕や足を動かしているとこっちまで嬉しくなる。

 

「マサトはさ、プラモデルって何のために作っているの?」

 

 ストライクガンダムにポーズを決めて立たせてから、そんな不思議なことを言う。

 作りたいから作っているでは答えにならないだろうし、でも深い返事もできないよなぁと考えた後に返事をする。 

 

「何のためにっていうか、作っていて楽しい以外にあるのか」

「どういう楽しさなのかなって」

「あー……自分の手で形になっていくのがいいな。あと数を作っているうちに技術力が上がっているのが目に見えるのもいい」

「そっか。そうだよね。アタシも今、完成が近づいてきて楽しいもん」

「他には部屋に飾ると満足感がある」

「作って終わりじゃないもんね。これから先もこの子にはアタシを楽しませてくれるんだよね」

 

 深い意味があるようなないようなことを言うシービーは作ったストライクガンダムを箱にしまうと、片付けるとじっと箱の絵を眺め続ける。

 いったい何を考えているんだと気になり、声をかけようとした瞬間に勢いよく顔を上げた。

 

「よし、決めた!」

「何をだ」

「アタシのトレーナーになる人はプラモデルを嫌がらない人にするってことをだよ」

「……そういう選び方でいいのか?」

「いいんだよ。どれだけ優秀でも相性が良くない人ならストレスでお腹が痛くなっちゃうよ。最近は仲がいい新人トレーナーの女の子がいるから、その子の心が広かったら契約してもらう予定」

「心が広い?」

「んー、なんて言えばいいかなぁ。アタシが自由に走りたいことを肯定してくれる人。みんな3冠も夢じゃない! って言ってくれる人が多くて困っているから」

 

 シービーから聞いた話なんで裏付けなんてのは取れないが、シービーは期待のウマ娘らしい。

 だから色々な人にスカウトをもらったけど、みんな目標が立派すぎるみたいなことを言っていた。

 

「走るという、そのことだけを楽しんでいたいんだよ」

 

 シービーの苦悩は俺にはわからない。普段は自由に行動し生きているのを見ているだけに。

 

「じゃあ、そのトレーナー予定の人にレース愛、いや情熱を語ればいいんじゃないのか」

「あー、そういう話はまだしたことがなかったよ。向こうからアタシ好みを待つだけだったけど。アタシ自身が言うのもありなんだよね。

 そっか。そうだよね。アタシが考える楽しいレースの話に興味や目を輝かせた人と契約すればいいんだ!!」

 

 悩みがなくなってすっきりしたシービーは立ち上がっては大きく元気な声でそう言う。

 

「ありがとう、マサト。すっきりしたよ!」 

「助けになったのならよかった」

 

 誰かの助けになり、感謝されることは嬉しくていいことをしたんだと自分自身に自信が持てる。

 シービーと一緒にいて同じ時間を過ごしていくだけでもなんだか楽しい。




次話はちょっとだけ重くなるかも。

誤字報告をしていただけて嬉しいです! ありがとうございます!

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