よくアタシに会いに来てた新人の女性トレーナーと雑談をし続け、契約したのは6月の下旬。
彼女に決めたのはトレーナーという視点だけでなく、ウマ娘であるアタシの立場で物事を考えようとしたのが気に入ったから。
それにプラスして心が広く、自分が嫌いなものでも相手にその考えを押し付けないというとこがいい。
ガンプラについても話ができ、そういう趣味の人を嫌っていないというのもよかった。
むしろそういう趣味を嫌ってないどころか、彼女もガンダムが好きだったようで中でもSEEDの登場キャラについて誰が2番目にかっこいいか論争を始めてしまった。(1番目は砂漠の虎)
1時間かけて話し合ったら、意気投合しちゃってアタシのトレーナーはこの人しかいないってなった。
そういう楽しい話もしつつ、これからのトレーニングプランや想定デビュー時期が決まったあたりで教官に教わる最後の日になる。
教官と、その教官と一緒に練習してきた13人の子たちに感謝の気持ちを伝えたい。
そう思ってアタシは前にルドルフたちに渡したドライフルーツクッキーをバッグに入れて持ってきた。
もちろん市販ではなく、マサトの手作りだ。
生徒会の人たちより人数が多いため、マサトにはすごく頑張ってもらった。その代わりにご褒美として手料理と頭をなでなでしてあげたから不満なんてないでしょ!
授業が終わり、ジャージに着替えながら今日で最後となる練習がもうないのかとなんか変な感じ。
今までは他の子たちと同じメニューをやっていたけど、明日からはトレーナーの元でアタシのために組まれた練習が始まる予定。
これからは先にトレーナーと契約しているエースとも併走がしやすく……いや、別に今までも乱入して走っていたからそうは変わらないかな。
トレーナーと一緒にいて、何がどれくらい変わっていくんだろうと考えるとすっごいワクワクしちゃう。
空が半分ほど曇り空の下、アタシは同学年の子や後輩の子たちと練習を始める。
でも、これからを楽しみにしてテンションが上がっていたから、普段以上に張り切りすぎちゃって教官に怒られちゃった。
そうして楽しく練習を続けたあとの休憩時間。
それぞれが飲み物を持って、コース脇にある木の下にある日陰で涼んでいたので、アタシが自慢したい例のモノを配ることにした。
「みんな! アタシは今日が最後だから、感謝の気持ちとしてクッキーを持ってきたんだ」
アタシの声を聞いた何人かの子たちがアタシの前に集まってニコニコしながら待っている。
アタシは甘いものが好きなお行儀がいい彼女たちにビスケットを渡していく。練習で疲れて倒れながらも、頑張って手を伸ばしている子にも渡すのを忘れず。
でも全員が来ているわけじゃなく、あまり話をしたことがなくて遠慮している子たちもいる。
その子たちのところにも行き、クッキーはどう? と言って欲しがる子には渡していった。
なごやかな雰囲気だったけど、あるウマ娘にクッキーを渡し、他の子にも渡していたときにアタシへと寒気を感じる視線を向けられた。
そのウマ娘はダイワスカーレットっていう中等部1年の子。
身長はアタシやマサトより少しだけ低い。
鮮やかな赤色をしている髪は腰までの長さがあるツインテール。前髪部分には銀色で綺麗な装飾をしているティアラを着けている。
胸がアタシよりもグッと大きく、中等部1年なのにこの大きさはすごい。こういう胸はポイントで好きになってくれるファンもいるのでそういう意味ではちょっとだけいいなぁなんて思う。でもレースでは邪魔に感じるけど。
その子は普段から丁寧な言葉遣いだけど、アタシはそんな姿に違和感があって好きになれなかった。
ネコを被ってるからとかじゃなくて、目的のためには自分すら偽れるその精神的な部分が。
でもこの時だけは違和感なんてなく、一瞬だけ素の姿が出たんだと思う。
クッキーを口に入れるまでは上品な雰囲気だったけど、食べてからは驚き、何かを懐かしむ優しい笑み。そしてアタシへと向ける、笑顔のままだけど威圧する気迫がすごくて離れていても感じることができる。
味が変なわけじゃないと思う。昨日アタシも事前に食べて味見はしたし。前に食べた時と変わらない、アタシの好きな優しい味だった。
時間が経ってから味が変わったのかな、とさっき配っているときに配り終えるのを我慢できなくて食べてしまったけど、やっぱりおいしかったけどなぁ。
それなのにこうなるのは嫌いなドライフルーツでもあったのかな。でもそれだったら途中で優しい笑みを浮かべる理由にはならないよね?
事務的な会話しかしたことないから、愛称でもなくスカーレットと名前を短くして呼んでいるその子はアタシの近くへとやってくる。
その様子は普段の話をする時と違い、どことなくプレッシャーを感じる。言うなれば、模擬レースで他のウマ娘たちと会う時のような。
「好みの味じゃなかった? だったらごめんね」
「いいえ、すごく私好みの味でした。それでですね、先輩に聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「いいよ。なんでも聞いてよ」
クッキーの味や触感についてだろうと思い、ここまで気迫あるのは味以外でよっぽど言いたいことがあるんだろうね。
それをスカーレットから聞いたら苦情としてマサトに言ってからかってあげよう。うん、今からすごく楽しみ!
思い切りからかいたいから、どんな質問でも答えてあげる気でいる。
「ありがとうございます。あのですね、これを作ったのはシービー先輩じゃないですよね?」
「正解! アタシはお菓子なんてのは作れないからね。仲がいい子に作ってもらったよ」
「それ男性の方ですか?」
「よくわかったね。性別が違うと細かい味に違いが──」
味で性別まで推測できるのかと驚いたけど、言っている途中でその子の笑みが消える。
今まで太陽のように明るい雰囲気だったのに、月のない夜を連想するような背筋がぞっとする冷たい表情。
そして他のウマ娘や教官から背を向けて、アタシ以外に表情が見られないような位置取りをし、さらにじりっと1歩近づいてくる。
お互いの息遣いが聞こえるほどの近さにまで。
「その人、アタシに紹介してもらえませんか?」
そしてまだ言い終えていない話を塗りつぶすように、ゆっくりと落ち着きながらも力強く言葉を重ねてきた。
その言葉を聞いた一瞬だけ、世界から音がなくなった。風や周囲の声、コースを走るウマ娘たちの足音さえも。
今だけはこの場所にアタシとダイワスカーレットしかいないんじゃないかと錯覚する。
その錯覚が事実だというように、すぐに音は戻った。
知らないうちに呼吸を止めていたアタシは深く息を吸って心を落ち着ける。
たぶんスカーレットは前にルドルフたち生徒会の子たちにクッキーをあげたように、おいしいクッキーを作れてアタシと仲がいい男の子へ興味を持っている。
威圧されたと思ったのも好奇心がすごいから勝手に勘違いしただけ。
でも……それも少し変な気がする。
というのも好奇心があるのにワクワクするでもなく、喜びと怒り、恨みに感謝。
そしてアタシにはわからない感情も混じっている声を聞くと、すぐに返事をするのはためらっちゃう。
「ええと、その男の子と知り合いたいの?」
「はい。こんなおいしいクッキーを作れる人とは仲良くなりたいんです。また食べたくて」
「それならアタシが持ってくるよ。何か報酬があれば作ってくれるし」
「……先輩はその人と仲がいいんですか?」
「まぁね。よく遊ぶ仲だよ」
そう言った瞬間、スカーレットの深紅の瞳、その中にある瞳孔がぎゅっと細くなった。
まるで刺すような視線でアタシの背筋に強い寒気と恐怖がやって来る。
今までこの子には感じることのなかったプレッシャー。
それはアタシが無意識で1歩下がるほどに強くて、これほどのプレッシャーは今までの併走で感じることなんてなかった。
ルドルフやエースとは違う怖さがある。
でもこんなにも威圧感をかけられる理由がアタシにはわからない。
もしかしたら、おいしいクッキーを作れる男の子にを自分のモノにしたいという隠れた欲望とかがあるのかな?
でもこのプレッシャーで迫られたら大抵の男の子は逃げちゃうよね。こういう子と仲良くできる男の子がいたら、その男の子は早くスカーレットと恋人になってあげて欲しい。
つまりは仲がいい男の子が欲しいという嫉妬だよね。
そんなピンポイントな嫉妬だといいなぁ……。
「でしたら、ぜひともその方に会いたいです」
「んー、それは遠慮してもらっていいかな」
「どうしてですか?」
「スカーレットとは今まで話をしてなかったから、君がどういう性格の子かわからないし。アタシの大切な友人は繊細で、正直に言うと知らない子を紹介したくはないんだ」
もっと柔らかく断ることもできたけど、アタシの直感でスカーレットには紹介しちゃいけない気がする。
そもそもとして、マサトはウマ娘の子がそれほど好きでないと思うし。他に妹ちゃんに厳しくされた前例があるから年下のウマ娘は好みではないはず。
「それなら仕方がありませんね。シービー先輩がそういうのなら」
「ごめんね。教えられないぶんアタシのもあげるから」
「はい、ありがとうございます」
アタシが持っているクッキー3枚を手渡し、スカーレットは綺麗なお辞儀と明るい笑みを浮かべて受け取ってくれる。
それはまるでさっきまで見ていた表情の全部が見間違いだったんじゃないかなって思うぐらいに。
スカーレットが離れていくと、知らないうちに緊張していたアタシは安堵のため息をついてしまう。
それからアタシは教官や他の子たちに味についてとか、別れを惜しみながら休憩を続けた。
その少しあとに休憩が終わって練習が再開したけど、スカーレットは体調が悪くなって吐き気がすると教官に言って練習を終えた。
アタシたちから離れて校舎の中へと戻っていく後ろ姿は、落ち込んでいるようにも見えた。
とても珍しい。
あの子は体調が悪くなっても練習の見学をしていた。帰るなんてことはこれが初めて。
アタシのせいで気分を悪くしたかなぁと思いつつも、考えてもいない優しい言葉で嘘をつくのは嫌だからこれでよかったはず。
よかったんだよね?
それに何かあるならアタシに言ってくるでしょ、とスカーレットのことを考えるのはやめて練習に集中する。
なんたってこれが教官のところでやる最後の練習だから。
そして明日からはアタシのために組まれた練習が始まるから、すごく楽しみ!
だけど、さっき見たダイワスカーレットの暗く細い瞳孔が脳裏からはがれなかった。
◇
次の日、昼休みになってご飯を食べ終えたアタシは、今日からトレーナーと初練習をするよと伝えたくてルドルフへ会いに生徒会室へと向かう。
事前に連絡していたから1人で生徒会長の席で座って待ってくれていた。
アタシは片手をあげて元気よく挨拶をし、ソファーへと勢いよく座る。
「いやぁ、ここのソファーはいつ来てもふんわりしているね」
「来客も多いから質のいいのを用意してもらったと前生徒会長から聞いた。こうしてシービーも喜んでもらえると嬉しくなる」
高級感ある革張りの椅子は見た目的にはあまり感触はよくなさそうだけど、座ってみると体を包み込む柔らかさがある。
背もたれに体を預けると、さらに良し。
座っているだけで気持よくて、ぼぅっとしている時間を過ごすのも悪くないと思えてしまう。
「そういえば昨日の放課後、私の元にダイワスカーレットという中等部1年の子が来てね。先輩である君のことを聞いていったよ」
「スカーレットが来たんだ。昨日は練習途中で気分悪いって言って帰ったけど……練習前かな。アタシのことを聞きたいならアタシ本人に聞けばいいのに」
「本人から直接は聞きづらかったんじゃないか? 来た時間は放課後からある程度時間が経っていたよ」
「そうなると体調が悪くなったあとか。そうまでしてアタシの何を聞きたかったんだろう」
「なかなかにかわいいことを聞いてきたよ。今から聞かれたことを言うが、これを聞けばシービーも微笑ましく思うに違いない」
「へぇ、あの子が! いったいどんなことを聞いたの?」
昨日は理由がわからないけどアタシへと威圧感を向けていたスカーレットが、いったい何を聞いたのかすごく興味がある。
ルドルフがにんまりと笑みを浮かべているからきっと楽しいことに違いないね!
「昨日、君が手作りのクッキーを配ったと聞いたんだ。シービーが作った人は男の子と言っていたとダイワスカーレットが言っていてね、それは仲のいいマサトいう少年だと伝えた。
そうしたら、その相手にすごく興味を持ったよ。君と恋愛しているのかや、年齢はいくつだとかね。
きらきらと輝く目だったから、よほど君の恋愛話を知りたかったんだろうな」
楽しそうに言うルドルフとは違い、その話を聞いたアタシは変に思った。
きらきらと輝く? 恋愛話を知りたかった?
それはアタシが知っているダイワスカーレットらしくない。
彼女は普段からネコの皮をかぶっていて優等生っていう雰囲気を出しているのに。
いや、そもそも昨日の休憩中の時はそういう感じではなかった。今思えば、あれはアタシに行き場のない恨みをぶつけているかのような。
あの子は何をしたいんだろ。
「それで何を教えたのさ」
「クッキーがどれだけおいしかったのか。男の子はシービーと同年齢で彼はマサトという名前だということをな。シービー本人は気づいていないが、きっと恋愛に違いないと私は言ったよ」
「いやいやいや。アタシたちはどっちもそんな感情を持っていないから。ただ一緒にいると居心地がいいってだけだし」
ルドルフはどうにもアタシに恋愛を結び付けたがる癖がある。
生徒会メンバーに少女漫画好きやラノベ好きの子がいるから影響を受けていて、そう考えたくなっちゃっているのは困りごとのひとつだ。
「他には話しても問題ないと思う普段の素行を話したよ」
「アタシ、真面目な時は授業態度がいいでしょ」
ルドルフは軽くため息をつくと、温かい笑みを向けてくる。
ダメな子ほどかわいいって感じの雰囲気を出されるとアタシもちょっと、ほんのちょっとだけ自由にしすぎたかなって反省はする。
でも縛られる人生なんてつまらない。自分で好きなように生きていたい。時には人に迷惑をかけるかもしれないけど。
だけどそうは怒られないと思う。雨が降ったから休み時間中に走り出して授業に遅れる。
河川敷に生えている草の朝露がすごく綺麗で、それを見て授業に遅れかけたりもしたけど。あ、1度だけ遅れたことがあったっけ。
2階の窓枠に足をかけて降りようとしたら他の子や先生にすごく怒られたことがあったなぁ。あれは高いところから飛び降りたら気持ちよさそうだなと思ったんだった。
まわりが熱心に止めるものだから飛び降りはできなかったけど。
「君は注目されているウマ娘だともっと理解したほうがいい」
「そうかな?」
「そうだとも。その走りの能力だけでなく、君の生き方がかっこいいとあこがれる子たちもいるんだ」
「好きなように生きているだけなんだけど。それにアタシ以外にアタシみたいな子は見ないけど?」
「それは君が周囲への興味が弱いだけだ。君の真似をしようとする子は時々見る」
「ふぅん。アタシの真似をしてもアタシにはなれないから自分だけの生き方を見つければいいのに」
「それを探すために君の真似をしているかもしれない」
「ふぅん……」
アタシは深く考えずに行動することが多いから、そういうのは理解できない。
必要となるなら理解しようと努力することはあるけど。
ここで壁にかかっている時計を見ると昼休みが終わる時間が近づいている。
「そろそろ戻るよ。今度、一緒に併走しようね」
そう言って手を振って生徒会室から出ていく。
ドアに手をかけた時、ルドルフがアタシへと声をかけてくる。
「あぁ、シービー。今、思い出したことがひとつあるんだ。それが『その男性の名字は大城ですか?』と言っていてな。私はわからなかったが。もしかしたら君の友人であるマサトさんの知り合いかもしれないな」
それは言葉にできないほどに驚き、立ち止まる。ルドルフに何か言おうとしても口に出てこない。
いや、むしろ言ってはいけない。
アタシは確信した。
ダイワスカーレットは、マサトに厳しくあたっていた妹ちゃんだ。
誰にも言ったことのないマサトの名字。それを知っている子なんて、この学園にはいないはず。
マサトの家族であり、マサトに優しくしなかった妹。その妹ちゃんがまさかこんな身近にいるとは思わなかった。
こんな近くにいてわからなかったんだから、マサトなんてもっとわからない。これってすっごくマズいと思う。知らせなきゃ。
放課後に電話、いや直接会って話をしよう。電話だとどこから聞かれるかわからないし、メッセージだとうまく伝えられる気がしない。
情報は早ければいいわけじゃなく、きちんとアタシの中で整理しないと。
ルドルフから色々な情報が出てしまったことに対してマサトに申し訳ない気持ちと緊張を持ちながら教室へと戻る。
そう、緊張だ。なんだかひどく胸がざわざわする。
この嫌な感覚は雨の日に雷が落ちてくるような。落ちる場所次第では大切なモノがメチャクチャになってしまうようなそんな緊張。
つまりアタシはきっと今、焦っているんだ。
ドキドキする心臓の鼓動を手で抑えてあるく。
すると同学年の子たちが歩いている教室前の廊下。その中にあの子がいて怒っているらしく耳を後ろへと伏せ、は背筋ピンと伸ばして立っていた。
それを見てアタシの足が止まる。
どうしようと静かに焦りながら、立ち止まっているだけのアタシと目が合うと、スカーレットはすごく嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべた。
「先輩。大城マサトという16歳の男性を知っていますよね。その人、私の兄さんなんです。それで……生徒会長さんからあなたが私の"兄さん"と仲がとてもいいと聞きました」
廊下の窓から入る太陽の光に照らされ、アタシの前にゆっくりと優雅に歩いてくるダイワスカーレットは綺麗だった。
太陽光を反射する赤い髪には天使を連想するような美しいキューティクルの線が浮かんでいて、それこそ本当に大切な“誰か”をどこか遠いところに連れて行ってしまう存在なんだと感じるぐらいに。
妹にしたい子は誰ですか?
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ミスターシービー
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ダイワスカーレット
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シンボリルドルフ
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カツラギエース
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アストンマーチャン
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ウオッカ