虹ヶ咲ヒーローorナイト&キング   作:コントラポストは全てを解決する

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48.アイドルとの関わりさえなければ完璧な男

 夕雲茜はバカである。

 

 推しのためなら恵比寿の市場に赴きやたら高い食材を買い込み高級レストラン張りの夕食を作る。

 

 推しのためならアホみたいな金をかけ実質使用不能だったライブステージを復活させたあと、無銘がどれだけ名を広められるかデータを取るという建前で推しをいの一番に立たせる。

 

 推しがマシンりなちゃんボードのアップデートを望むなら、海外から脳波タイピング装置を取り寄せメインプログラムの解析データとボード用に組んだフローチャートを無償譲渡する。

 

 

 そしてこの話を巨尻の妖精しずくちゃんに話したら『お前アタマおかしいよ……』と素直に引かれた。そこまでするのはもう事務所の職員なんだよとかすみにも指摘された。

 

 

 しかしよく考えてみて欲しい。推しのVや推しのドルちゅーばーにスパチャしまくって破産するこの時代。

 もはやいくら金を積んだかなんて瑣末な問題なのである。アイドルガチ勢にすら閉鎖的なものはなくなりイケメン陽キャですら推しに100万貢ぐ時代。

 金は友好手段であり愛情表現では無くなった。あとコアなオタクと同じ額を貢いでくれるファンが増えたのでイベントでの規制が強化出来るようになった。

 

 金は友好の証でありいわば最強の応援フライヤーである。もう金額=ガチ恋パワーじゃなくなったのだ。気軽に金を積んでも良くなった上にいくらでも積んで良いならいくらでも積むだろ。

 ついでの話として語るが、たかだか5000万溶かしたくらいで騒ぎすぎだと茜は愚痴る。今の時代こんな端した金じゃ大したことは出来んから。東京ならせっっっまい二階建てマイホームが作れるかどうかといった安倍である。

 あと可能性の追求のために貯めた金だから実質投資資金。NISAは現代のトレンドだぞ。茜は信託ではなく自分で投資運用するタイプだが。

 

 加えてアイドル活動に必要なデータ収集という名目なので実質経費として落ちる。だからなりふり構わずありったけを全ブッパした。というか資金稼ぎのために作った株式会社烏清掃の装置も制御基盤とシステムコードは茜と璃奈が作った。えーあいそふとはご存知の通り。

 打ち明けると1番金がかかる部分を全部璃奈と共に片付けたから金が浮きまくったのだ。なのでこれだけ無茶な事をしても数十万ほど残ってしまう。

 

 残った金は侑への依頼金に使った。能力あるやつには金積んでナンボなので残高を全ブッパしたのだ。

 やはり金だけ出してどんな結果が出てくるかを待つガシャポン感は投資の醍醐味である。

 

 

 そうして待ち焦がれること早一ヶ月。時は満ちた。

 

 

 電工りなちゃんボードに対抗して作った有機ELディスプレイ搭載のオーダーメイド電子Fun。Selection Yabber Narrative(選択性創作会話)式ライブグッズシリーズ第1号機。通称SEYANAうちわ。

 皆さんご存知ホノルル御中に設計図と基盤送ったら1万円でガワを作ってくれた。やはりスキル、自前スキルは全てを解決する……!

 

 まあ、璃奈ライブ専用の電光掲示パターンしか入れてないので他所では使えないのだけど。

 しかし茜からすれば姉と璃奈以外に推しを作る気がないし作れもしないので特に問題では無かった。

 

 今頃璃奈は舞台裏で侑と打ち合わせでもしているのかなーとか何とか呑気に考えながら、スマホでここ一ヶ月のスケジュールを見直す茜大将軍。

 素晴らしいほどの重労働。PCも機器の組み立ても歌もダンスも茜対策も全部この期間にぶち込まれている。相変わらず素の労働パワーがおかしい女だが、璃奈が茜を止めても止まらなかったように茜が璃奈を止めても止めることが出来ないのだ。

 両者譲れない正義があるので引く気がなかった。

 

 そもそもAIを作っていた時期ですら、就寝を30分遅くしないと勉強をする時間が取れず学校についていけなかったのに、そこから更に負荷をかけるとか死ねと言われてるのと同義なのだ。

 だけど実際は疲労困憊で一瞬死にかけたくらいで今もライブをやるくらいの元気はある。肌荒れも内蔵機能の低下もない摩訶不思議なイカれた体をしていた。本当に訳が分からない。

 

 しかしそれでこそ天王寺璃奈。それでこそ人間。自分の進化に必要なのは己の時間ただ1つ。実力が上のやつを倒していけば良いと言う話でもないのだ。

 そも真の強者というのは全力を出した寸分の差で勝つのではなく、相手の力量を見極めそれに対応出来る戦術を立てるために頭を使い、そして試行錯誤してる内に勝ってしまうもの。

 柔と剛で全てを制したから勝てた。強いやつが強さを活かしたから勝った。勝ったやつが強さの道を主張出来る正義。勝ったことが報酬であり誰に勝ったかは副産物でしかない。

 

 璃奈は初めから強者だった。言ってしまえばナチュナルボーンオーバーロード。天王寺璃奈だから耐えられただけでそれ以外だったら耐えられなかった。茜が調整を効かせてなんとかギリギリ耐久したとは言え一般人なら死んでる労力なのだ。

 もはやキャリアウーマンの道は確約されたようなものであり、そこらの大卒より有能だからきっと両親と同じ道を辿る。

 

 

 そう言った具合にバ火力を誇る璃奈ボディーだが、ご両親を見るに親譲りなのが伺える。基本深夜に帰ってくるのだがいつ見てもピンピンしてるし、何回かお礼と言う名目で8万を渡そうとしてきたことがあった。まさに上澄みの思考回路。

 帰りが遅いのも仕事ができないのではなく有能過ぎて周りが頼りすぎるから帰宅できない状態。通称出禁(会社から出るの禁止)を食らっているパターン。現実の人間らしい雑すぎるヒーローの使い方。困難の壁を代替してくれる都合の良い代行装置。

 会社作ってこの2人をヘドハンしようかと茜は考えたが、すんでの所で踏みとどまった。璃奈との関係がややこしくなるので実行するなら匿名でやった方が良いと結論付けたから。

 

 そして件の親2人だが、璃奈ママにはこれからも娘をよろしくねとよく言われる。しかし予定では1年後辺りに出会う以前の関係へと戻るはずなので気まずさしか無かった。

 昔の友情が夕雲流ビジネス交流術に似ていたのかは知らないが、天王寺夫妻には茜と璃奈が友人同士に見えているのだ。

 その結果『友達じゃないです』って言うと『じゃあなんで一緒にいるん?』的なめんどくさい話題に発展するので、愛想笑いと『はい』の返事1本で誤魔化す道しか用意出来ず。

 

 一昨日辺りは少し璃奈の体調を心配していたママ殿だが、事情を聞いたらしく納得の意を見せてGOサインを出していた。見極めが早い。色んな経験を積ませる意味を理解してるし、自分の主観だけで物事を判断しない良質な両親だ。

 茜おじさんの豆知識だが、苦労を積んだ親というのは選択肢の提示の仕方が上手い。茜の父もそう。だから子供も沢山の知恵をつけ物分りと頭が良くなり扱い易くなる。結果教育者側もストレスが無くなる幸せスパイラル。

 子供の頭が悪いと嘆く教師や親を見てると十中八九無知を攻めてるし、勉強のやり方も意味も教えず脳死でやれやれ言うだけ。自分の評判を気にしてオーソドックスな習い事しかやらせない。ピアノ習字水泳が大半。そして塾を単元の理解度増進に使うのではなく復習の場として使う。本来その役目は親が子と一緒に問題を解いてやりがいや楽しさを分かち合うわけなのだが、どういうわけか無能な親ほどそこら辺を全部塾に押し付ける。アホくさ。

 

 時を戻そう。

 

 愛娘の言葉というバフはあるにせよ、なんて言って納得させたのかは気になったので本人に尋ねたのだが、『内緒……』と語っただけでトイレに逃げてしまった。

 おそらく巧妙な頭脳戦過ぎて話すのが大変だったんだろうと茜は予想する。

 

 

 そうして無事ご両親からの承認も得たので心置き無く理想を追い求めることにした茜。

 璃奈と出会って少し経った頃から思っていた『最高のステージと最高の曲と友達の絆っていう究極のシチュでライブして欲しい』というユートピアが叶う目前まで来た。

 このために頑張って来たし、これが成功すれば契約の9割が完了するので璃奈も茜を手放すことになり仲間と前に進めるのだ。これ以上の喜劇は無い。これが見たくて天王寺璃奈という未知の可能性に触れたのだ。

 そしてその背中を拝めると思うと感動で涙腺がうるっと来てしまう。誰だってわが子が補助輪なしで自転車に乗れたら嬉しいものなのだ。肝心の茜が親ではなく補助輪役なのだが。

 

 それはそれとしてだいぶ予定を詰め込みすぎたなと茜は猛省したのだが。

 

 スクールアイドルは1回のライブで1曲しか歌わないが、その代わりフル尺で披露するのがテンプレ。学業との両立で疲れているのでそんな何曲も覚えてられないのだ。その道1本のプロに比べて練習時間が短いせいで体力作りもできないおまけ付き。

 正直なところ学生というのは元気が有り余ってるだけで死ぬほど辛い疲労への耐性がない。なのでやりすぎると壊れてしまう危険性があるのだ。

 茜はその道に璃奈を巻き込んでしまったので期間中は他所はほっぽって全力で依怙贔屓した。だってそうしないと最悪倒れるから。

 

 言い訳になるかもしれないが、と茜は語った。

 別に辛い道だからと言って悪いことばかりでは無い。イバラの道でもそれは道。英智の道は未知の道。「脇道寄り道回り道、しかしそれらも全て道」、そうビューティー青木も言っていた。

 

 簡潔に言うと体力が無いので1本1本のライブにめちゃくちゃ熱が籠るのだ。中学高校は1番感情にのめり込めるので熱意だけなら大人に勝ってる。

 感受性が豊かな時期だから音楽もアニメも些細なことで記憶に残るし、揺さぶられた刺激を大人になっても求めた結果似たような曲を選ぶようになる。アイドルもそれと一緒。

 

 だから見せて欲しい。天王寺璃奈の本気を、心の繋がりを。積み上げたものを。アイドリングラーメン(友情マシマシ絆固め)を。

 

 まあどんな曲が来ようと今日は後方舞台袖プロデューサー面すると決めているし、ライブ耐性は既に獲得済み。反論の余地などない完璧で確立された確定勝利。負けようがない(フラグ建築)。

 

 

 開演。うちわの電源ON.

 

 

 選曲はツナガリがコネクトする曲。やっぱりデビュー曲だし思い入れあるよねと茜は納得。最初の曲を大事にする精神は大事である。

 

 

 2曲目はドキピポ☆エモーション…………2曲目?茜のデータにはない披露パターン。スクールアイドルが体力維持したまま同レベルのパフォーマンスを連続でやるのは理論上不可能なのだが…………この女は何してるんだ?

 いや侑に金渡したから新曲が来るのは茜でも理解出来る。そもそもこっちがメイン。だけどメインなら体力満タンのトップバッターとして使うものでは?

 

 あまりの異常事態に茜の脳は餌を大豊作されたドン引き猫みたいになっていた。何かがおかしい。いやおかしいのは璃奈そのものだと言う結論は出ている。出ているのだが、人の範疇を超えたオーバーパワーを見せつけられて夢オチが来るのを疑った。

 

 璃奈の原動力がさっぱりわからん。全力出せとは言ったが全力以上を出せとは一言も言ってない。

 まさかこの女隠れてオーバーワークしてたのか?と茜は不安を募らせた。朝もさっきも今も体調に不調はなさそうだが、帰ったらはちみつとレモンとカボスとグレープフルーツを突っ込む事が決定。この曲が締まったら即行連れて帰る。

 

 

 なんか知らんがキュムペタ ∞ LovEmotionとかいう2個目の新曲が始まった。

 

 

 は???????

 

 

 どういう事だと茜は記憶データを探る。侑には1曲分の金しか渡してないしそもそも新曲2個分とかいう練習時間をどこで取ってたのか。全くもって検討がつかなかった。

 あまりにも線が繋がらない光景に茜は再度夢オチを疑ってしまう。

 

 一応批評としてライブ自体は最高だった。そこに文句は1つもない。見積もっていた以上の物がお出しされて大満足である。ステージの演出ともよくマッチしていたしやはりこの箱は璃奈のために作られた場所。

 おそらくこれから二番煎じがわんさか出てくると思うが今はそんな事どうでもいい。

 

 家に帰ったら健診する。絶対に。確実に大腸か胃袋辺りが悲鳴上げてるはずだから。なんでそんな頑張っちゃたんだと茜は頭を抱えて舞台袖にいる璃奈を迎えに行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 帰宅。罵声。エモーショナルカウンター。

 

「やりすぎ」

「身体……元気……。あんまり動く気力、ないけど……」

「気力も何もめっちゃ疲れてる時の顔してる」

「じゃあ……茜くんが面倒見て……」

「皆も璃奈りーのこと気にかけてるしちゃんと連絡してからね。話はそのあと」

「明日……にしたい……」

「ちゃんと出来る?」

「出来る……」

 

 疲れがヤバいから今日は休ませてって事で一旦見逃した。これ多分ご飯も食えないぐらい酷い状態だぞ。一体全体どんな覚悟を決めたらここまでの無茶苦茶を押し通せるようになるんだ。

 

「はぁ……とりあえず今は栄養と水だな……果物はあとにして……冷蔵庫には豆腐とササミとネギ……今やってるスーパーはないから、コンビニか。ちょっと行ってくる」

「豆腐と生姜と醤油……あとゆで卵ある……それ食べたい……」

「わかったよ。お家バイキングは明後日に回すけど良い?」

「少しだけ……ケーキ食べたい……」

「ん。じゃあ準備するからお風呂入っておいで。ちょうど溜まったはずだから」

「んっ……ありがと……」

「こんな事で感謝しなくて良い。いつかで良いからもっと健康に気を遣いながら出した成果でお礼を言ってくれ。ヒヤヒヤしちゃって気が気でならないんだよ」

「加減……分からないから……だから、私のこと見てて欲しい……ずっと……」

 

 もしかしてそれ言うためだけにこんな馬鹿げた事したの?自分の命を盾にしすぎだろ。こちとらただの講師なのになんでそこまで固執するん。塾の先生がこのレベルで生徒と仲良くなったら職質入るよ。

 あと過労死はある日急に症状が畳み掛けて来るからマジで止めて。マジで。動悸がおかしくなって呼吸もできなくて、睡眠麻痺みたいな苦しみ方をしながら死んでいくんだぞ。

 これだけは擁護も見過ごす事もできない。素質はあるけど鍛えて無い体だからまたいつか同じことをしたらどんな結果が待ってるかが分からない。

 

「この情報量じゃファンも混乱して心を見せるどころじゃないだろうし、今日の疲れは完治に数ヶ月かかる。良いことなんて何も無いから二度としないで」

「茜くんが見ててくれるなら……しない……」

「…………はあぁー……わかったよ……高校卒業しても璃奈りーといるって約束する。だからもう命張るのは禁止。張りたいなら鍛えて土台作ってからにして。やり方教えるから」

「んっ……約束……」

 

 脳裏に浮かんだ璃奈りー入院ルートはなんとか回避できそう。というか何回も言ってるけどここまで無茶して身体壊してないのが奇跡だからな。

 マージで危ねぇ。璃奈りーの謎バフと保険で教えといた疲労軽減のレモンとお香とストレッチがあったからギリギリなんとかなったけど、次同じ回復法使ったとして持つかどうか。

 恋もしてないのに命短し恋せよ乙女みたいな事しなくてええんよ。しかも今回は女の価値として命じゃなくて人間の寿命そのものを削ったからな。バカじゃねーの。

 

「なんでボクの方が疲れてるん……はあぁ……とりあえず風呂ね、風呂。早く入っておいで」

「…………ちょっとだけ仮眠したい……」

「じゃあシーツかけるからお待ちくださいませー」

「膝枕……」

「ギャル子先輩の?」

「茜くんの……」

 

 人のももより枕の方が絶対寝心地良いと思うんだけど……璃奈りーが望んでるなら受け入れるしかないか。

 ちょうど良いから歩夢先輩に送る資料今作っちゃおう。いつデータ収集しようか考えてたが良い感じのチャンスが来たし。

 というわけであとのケアはギャル子パイセンとポムポムパイセンに託す。

 

 

 ◇

 

 

 とある異国のどこかの地に、鐘嵐珠という癖の強い女がいた。

 彼女はある種の完璧主義を抱え、己のクソ高スペックに自信を持ち、そして優秀ゆえにやらかし発言が多かった。

 ジョージ・グレンを1/100くらいに薄めたやらかしと言えば良いか。それを定期的に繰り返していたのだ。

 

 結果、無事知り合いは厳選されて行き最終的に残ったのは幼なじみとネットで友達になった14歳の女の子だけ。

 何も悪いことをしてないのに何故か離れて行く人達に心を痛めながら、人の痛みは理解しょうとしないけど自分の痛みは主張する在り来りな一般人メンタルを持ってジョージ・グレン生活を繰り返した。

 

 一方の幼なじみは今月に入ってから少し上機嫌だったのだが、今日電話をかけたらテンション少し落ちていた。一体全体なにがあったのか。

 

「栞子……どうしたの?すごい落ち込んでるけど」

『いえ……その……前に話した子がいたでしょ?その人がその……アイドル好きで……熱がすごくて……』

「薫子みたいになりそう?」

『うん……なんでも出来る、どんなことにも適応出来る素質がある……あるのに……学生アイドルに熱中し過ぎてるせいで余分な時間を過ごしてて……。アイドルにさえ関わらなければもっと……遅くても来年辺りには世界有数って名乗れる大企業を作る事くらいは出来たはずなの……なのに……ほんと……』

「無問題ラ。ちゃんと話せばわかってくれるはず」

『だと良いんだけど……』

 

 8月13日、父親に実業家の高校生と面会出来るから一緒に来ないかと誘われ、本社の応接室で相席したのが栞子と茜の出会いだった。

 一体どんな高スペ高身長な透かした男が来るのかと身構えたが、実際来たのは自分と同じくらいの身長をしたやたらラフい格好の女……男。面接の場でも交渉の場でもないとは言え仕事関係でモロに私服を来てやって来た茜に混乱したのは今も思い出せる。

 父親はそんな事など気にせず熱心に交流を図り結果として対談事態は円滑に終わった。あまりにも違和感なく進むので、世間の間でスーツが廃れたのでは?と栞子は錯覚してしまい帰ってから姉や母親にしつこく確認した。しかし全然現役を張っているご様子。

 

 服装があれすぎるのに普通のビジネス会談をやっていた摩訶不思議な光景に混乱が止まらず、いつもの栞子からは考えられない勢いとスピードで連絡を入れた。

 お時間良いですかと伺って、社会人の服装とマナー意識、そこら辺の観念を茜に問うたのだ。

 

 どんな意識高いエッセイが返ってくるのかとドキドキしてたら、『だってあの服クソ暑いし冬だとクソ寒いじゃん。様式美特化で機能性最悪だから着るだけで萎える。ほら、ボクって多機能ギミック大好きでしょ?だからあんな対ボク用デバフ特攻拘束衣服とかやる気が落ちるだけなんよね。パフォーマンス下がるの分かっててそれ着るとか無能も良いところじゃん?デバフ背負ってビジネスとか社会舐めてるとしか言えん』っと。

 言外に礼儀の果てにスーツがあるだけで、スーツ来たから礼儀というのはお手軽簡単選択すぎて失礼だぞと告げられた気分だった。

 仮にスーツのせいで業務効率落ちてる会社があったとして、それでもなおスーツを着せるアホみたいな組織で働きたい?とも問われた。

 

 栞子はショックというか衝撃を受けた。礼儀やマナーは社会人になってから、覚えるのに特に苦労するものだと散々教えられて来た。しかし肝心の茜はそもそも一から作っていたのだ。

 茜のやり方が広まればマナー講師や礼儀作法の歴史など意味をなさなくなるので、その部分に危険性を感じ指摘をしたのだが、『木から落ちた猿の断末魔みたいで気持ちいいじゃん。様式美で大して頭使わなくても品行方正に見て貰えたんだし、散々甘い汁据えたんだからもう良くない?』と意図的にやっていた事が判明した。なんというか最初の印象は『癖が強い』の一言に尽きる。

 

 だがしかし、結局は栞子好みの本気パワーと信理パンチだった。自分の中で世界が広がった気さえした。有り体に言えば人の可能性の新天地を見た……そんな心持ち。

 

 だからこそ茜が薫子と同じ道を辿りそうになっているのをどうにかしたいのだ。

 仮にアイドルにハマるとしても、見るべきはあんな無銘ではなく既に名を馳せた世界レベルのスターにするべきだと誰もが思うだろう。

 なのにどうしてこうも……出来る人間ほど肝心な部分で間違えるのか。

 

 茜の好きなアイドル自体もそう。工業に適性があるならそれを磨けばアイドルよりもっとたくさんの人を笑顔に出来ると言うのに。

 どれだけ熱を入れても運がなければ遊びと変わらぬ成果しか出せないアイドルなんてやらず、勉学に勤しめば今よりずっと良い道を歩めるはずなのに。

 なのに、なんで皆は遊びに重点を置くのか。地方のアイドルイベントも、ラブライブも、どれもこれもあやふやな採点方式で頂点に立つ要因は運が6割。全く持って何も測れていない。時間の無駄とさえ思えた。

 

 別に栞子とて娯楽=全悪と決めつけているわけではない。息抜きにゲームをするくらいなら受け入れることが出来る。

 しかし世間の人達は延々にゲームをやり続け、今の時代ゲームでも稼げるから〜と生半可な覚悟で操作ハンドルを握り続ける。

 ゲームだって本気で仕事にするとしたら操作ハンドルの構造やゲームがどう動くかの理解、相手の動きを9割読める心理学、ここら辺の知識は最低限は必要なはず。機械音痴と名高い栞子でもそれくらいは分かるのに。

 けれど実際はなにかうるさく叫び散らしながら知性を感じない獣帰りをするだけ。それでお金を稼ぐ?どうやって?と栞子は勤勉のきの字もない中途半端な人たちに呆れを向けた。

 

 

 結局楽して稼ぎたいだけなのかなと嫌気がさし、先人達の苦労や体験を己のサボり癖で侮辱する輩に失望した栞子。こういう愚者は茜や姉以上に選択を間違える。というか肝心とかここ一番とかそういうの関係なく常時間違えてる。

 思い出作りに全力を出して友達とゲームをしながら、終わったら通話を繋げたまま勉強会。そういう形なら受け入れられるのに。

 

 やはり人は誰かに管理して貰わないと甘えてしまう生き物なのだ。ゲームばっかり。アイドルばっかり。夢中になりすぎてやらなきゃ行けない事を疎かにしてしまう。だったら、適性でも見ながら皆が得意分野で輝ける環境にした方が断然良い。これなら誰もが自分の力を活かせる。才能がなくて諦めるなんてこともしなくて良い。

 

 そして、栞子にはそれを見極める力がある。

 

 だからまずは茜をアイドルから引き剥がす。茜が好きなアイドルは嵐珠の作るアイドル部に入れて本気にさせる。

 きっとこうすれば皆幸せになれるはず。本気で頑張れば、きっと茜のように人を輝かせられる人になれるはずだから。栞子はそう確信出来た。

 栞子自身が人を導く姿を見せれば、茜もちゃんと正しい道に戻ってくれるだろうと期待を馳せて。

 

 

 そんな栞子の理想と夢を聞き、嵐珠はご機嫌な返事を返した。やっと栞子の事をわかってくれる人が出てきて自分の事のように嬉しくなったから。

 

 

『嵐珠はこっちに来たあと何から始めるの?メンバーの目処は?』

「無問題ラ!友達が依頼受けてくれたの。あとは日本でスカウトしたい人が1人」

『そっか、スクールアイドル頑張ってね』

「ありがと。栞子も頑張って」

 

 お互いに決意を固め熱を燃やした。『茜をどう説得すればいいか』、そうお互い頭の中で思慮を巡らながら。

 

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