虹ヶ咲ヒーローorナイト&キング 作:コントラポストは全てを解決する
先日、茜のもとに「ヤバいやつが来た」とかすみから報告があった。なんでも死ぬほど高飛車でナルシストで無自覚に口が悪い。そんな茜のカモになるために生まれて来たような女がやって来たらしい。
そしてその女は同好会部員を一人一人褒めたあと、自分の所に来ればもっとレベルアップ出来るとアイドル部に勧誘(という名の強制転部)を試みたとのこと。
面白そうとは思えた茜だが、正直なところ今はそれどころではなかったので、かすみと璃奈に対処を任せて持ち場に戻った。持ち場というか言い訳をするための準備。
発端は夏休みラスト2日。そこでしずくが消えたのだ。それに違和感を覚え念の為対策をしていたのだが、予想より早く相手が動いた。
『全部調べあげたから今度自白しろ』
これが桜坂しずくの消失と茜と出かけたがる謎への返答。デートの約束を取り付けたら後出しで王手をかける。何とも悪趣味な詰め将棋だった。
しかもわざわざ自分のために長崎まで行ったのかと思うとあまりの嫌われ様に笑ってしまう。
そうして降り掛かった危機感に怯えつつ、突如として息吹いた眼の前の嵐気流に口元を結んでドン引きしていた。
「夕雲アカネ!あなたをアタシの部に入れてあげるわ!」
見ただけで分ける。『あっ、こいつかすみさんが言ってたヤバいヤツだ』と。何とも自意識過剰でナルシストで人の心が分からなそうな人間だこと。
こういう輩は仕事が上手くいかない人、理想の仕事に付けなかった人、就職に失敗した人、そういう人生の迷子を見つけた時に努力不足とかほざき煽り散らかすのだ。そう相場が決まっている。
そんな面倒くささを漂わせ、最早あしらうのすらダルいと思わせる存在。カモが新芽の生えたじゃがいもを50個背負ってやって来たのだ。そりゃダルい。じゃがいもは半分に切って土に埋めるとしてカモの方はどうしろと。おそらくだが味がたぬきなので本当に使い道が思い浮かばなかった。
「えーーーーと……スゥ(迅速冷却)……部活の内容聞いても良い?」
「アイドル部!実力ある人を集めて才能を持ったアイドルをたくさん頂点にするの!」
「えらく良い枕をお使い慣らしとるんどすなぁ」
「ここは現実よ?寝不足なの?」
「そだねぇ、夢の中なら良かったのにねぇ」
茜は察した。こいつ己の才と立場で大体の事が解決して来たタイプの人間だと。ずっとパワープレイで自分の意見が通せて来たから配慮や気遣いがない。おそらく親に財力で英才教育されてるパターン。
おまけに自分が正しいと信じれば他所の意見に耳を貸さなくなるクソコテだった。アホくさ。
じゃがいもカモの頭が悪すぎる。
この無駄に顔と身体が良いだけで脳みそが伴って無さそうなアホ面の名は…………そういえば名前を聞いてなかったと茜はメモ帳を取り出す。ブラックリストに入れるからちゃんと聞いておかなきゃ行けなかった。
「部活云々の前に名前聞いても良い?事故詳解は円満交渉の材料だからさ」
「良いわよ。アタシの名前は鐘嵐珠。スクールアイドルをするために日本に留学して来たの。よろしくね」
「うんうんありがとー。じゃあボク用事あるから帰るね」
「待つラ」
ブラックリストに入れたから帰ろうと思ったのに。茜は自分の厄介がってる顔が目に入らないのかとめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。それでもひるまずこの嵐は荒らし行為をする訳だが。
「ランジュが名乗ったんだからアカネも名乗りなさいよ!」
「名前割れてるのに名乗る意味とは。そもそも事故照会だし。とりあえず家に帰ってパッパの書室から辞書でも貸りてくると良い」
「よく分かんないけど、自己紹介を提案したならアカネもして!常識でしょ!?」
「常識っていうのはね、社会の歯車を円滑に回すためのグリスでしかないんだよ。だからフリーランスのボクには刺さらない」
「なっ……!?」
シャロちゃんみたいな詰まり声が出てきた。痰でも絡んだのだろうか。
とりあえず出会い頭から感じていた事だが、やはり嵐珠には敵対姿勢を見せて接した方が良いと茜は判断した。
簡単に恨みパワーを抱くけど、馬鹿だからそこまで賢い復讐劇が思いつかず泣き散らすだけ。せいぜいドスでドスっと行くのが関の山だろう。
ただ、扱いを間違えると璃奈やかすみ、ライブ中のせつ菜、その他大勢に凸をかますなどして厄介な被害を呼びそうだった。
というわけなので、全てを踏まえてヘイトは茜に向けておく事にする。
「はぁ……わがままな嵐だこと……。とりあえず話しは聞くから落ち着いてくれ」
「謝謝。何から知りたい?」
「アイドル部ってなんぞ?一応部活化の条件だったら同好会もクリアしてるし、そこで良くない?顧問探して申請すれば部費貰える同好会が出来上がるよ」
「違うわ。スクールアイドル部はプロの学生を出すための部活よ。本気でスクールアイドルをする場所なの」
「半分企業事務所的な?」
「話が早くて助かるわ。さすがアカネね」
なるほど……つまり株を9割買収して乗っ取った後に即分解も出来ると。
こうして無事に嵐混乱嫌がらせの素の解体方法が判明したわけだが、やっぱりまだ面倒臭いので待機を決め込んだ。これは最終手段にしておく。
「で、珠嵐の役職はどこ?代表取締役?幹部?スポンサー?」
「嵐珠自身もアイドルをやるの!すごいでしょ!」
「すごいにぇー。ソングライターや振り付け考案担当は見つけた?MV作るなら動画編集担当も見つけんと詰むから気をつけなはれや」
「大丈夫よ。でも、その子一人だと大変だからアカネにも手伝って欲しいの」
「どれくらい入るのかは知らんけど、手持ちアイドルの曲全部一人で作れないのそいつ」
「そんな事したら倒れちゃうでしょ」
侑は全部一人でやってるのに?そいつ本当に有能なのかと茜は疑った。いや、おそらくこれは徹夜や強制ショートスリープを決め込まなきゃいけない程度の有能。茜と同じタイプであり、最悪の場合は早死する系の天才。そして高確率で鬱るからあんまり信用出来ないタイプの人間だ。
対して高咲を見てみろ。あいつ3食食って毎日9時間寝てあれだからな。茜からすればこの世で1番狂ってるクリエイターは侑であり、不眠と減食を極めてる程度の天才とか眼中どころかモブ以下の認知しか持つ価値がないのだ。
「おすすめの人材斡旋するから一応そっちも検討しといてくれない?」
「アカネが言うなら」
「同好会に高咲侑って言う人がいたでしょ」
「あの人は普通の実力しか持ってないわ。ランジュの求める域に達してない」
おーーーーーーーーーーーーっと。
いや落ち着け、確かに茜から見れば侑はすごいやつだが、珠嵐及び世間一般からすると侑を判断出来る材料が現時点での実力しかない。確かにそこだけ見るなら普通だった。
やばさを知るにはそこに追加情報として作曲歴3ヶ月と、健康生活維持を加えなければいけないのだ。そうして初めて異常性に気づけるようになるので心情の理解は出来る。
しかし創作で1番必要なのは楽しむ余裕。そして楽しむためには集中力がいる。集中すると脳が疲れるため日頃から十分な休息が必要。休息には健康な生活と言う土台が必須。
なので言ってしまえば、侑は確実に大成する大株と相違ないのだ。
確かに茜の期待票が大部分ではある。しかし当たると分かっている株なら投資家はみんな買うだろう。
ただ、やはり投資の怖さはそう簡単には拭えない。初心者及び未経験者は足踏みしてしまうものだ。
そう、初心者や未経験者なら。そもそも惹かれないから興味が持てないし、関心が薄いから大して調べない。
だからこそ目の前の何も見えてないヤマアラシはお粗末だし、そんな奴の語る本気とか遊びが過ぎると茜は思うのだ。対策もなしに東大に行きたいと言っていいのは小学生までである。
この女が楽して稼ぎたいのか、楽して承認欲求を満たしたいのか。楽して何がしたいのかは知らない。
だが、茜の中じゃ『さてはやりがい搾取以外特にできることねーなオメー』案件だった。
ブラック職場が確定し、そこに行かなくてもやって行ける力が自分には元からある。はてさてこいつの話に乗る意味とは。そもそも初手から断る気満々だったわけだが。
「で、その侑先輩が不採用になった会社に入ってボクは何が出来るの?」
「本気の環境で活動出来るから、経験とプロとの仲間内が広がるわ!機材も最先端よ!それに機材自体じゃなくて修理も融通が効くの!すごいでしょ!」
「普通。もっと他に興味そそられる内容ないの?」
「ふつ……ら、ランジュのママはこの学校で理事長をやってて」
「しょぼい。次」
「しょっ──!?」
理事長かぁ……と茜は悩んでみる。大統領の娘だったら従う事が出来たのに。
仮に理事長の娘に協力しなかったとして、その程度で茜の脅威になるイベントが起こるかと問われれば無理と答える。せいぜい退学になって終わりだろう。
そうなったらずっと気になっていた通信制に行けるので、少しだけリターンすら見えてしまった。別に璃奈は自分がどこに行こうと家に帰って来いって言うだろうし。
最新機材についても今の自前機材で利益を得られている上、修理も璃奈から教わったので問題がなかった。むしろ璃奈と2人でならサイバーテロリストをおもちゃにして遊べるので、それに比べれば嵐珠の提案はダウングレードとしか思えない。
あと最新機材を用意できるならプラモ生成機を用意して欲しい。今の茜には美プラを作れる環境が必要なのである。
「ラン珠嵐太郎が持ってる入社特典ってあと何があるの?」
「ご飯出せる……とか」
「我が主の飯支度があるからいらない。あとは?」
「ランジュと一緒にアイドルが出来る……」
「ボクが仕える王はただ1人だからどうでも良い」
「……お金」
「理事長が娘に使わせる程度の金とかいらな──待て。その話の順番からすると他の奴らに金出してないの?」
「だ、だって部活だし……」
有識者のプロフェ使っておいてこの形態なの素直に引く。確かに茜はやりがい搾取をやめろとは言ったものの、だからと言ってやりがいを正式な給与にしろとは一言も言ってない。
なんでこいつは悪い方向にコマを進めてしまったのかと頭を抱えた。経営ヘッタクソ過ぎて茜ですら逃亡を視野に入れてしまう。それほどまでに酷い。
「まあいいや……とりあえず情報足りんから嵐太郎のアイドル方針だけ聞かせて。そこで判断する」
「皆を魅了して……夢を与える、頂点のアイドル」
「うんうん。ちゃんと目指すものは見えてるんだね。立派で良いじゃん。考えとくから今度詳しく話聞かせてよ。はい、これボクのメアド」
「……謝謝」
「うん。それじゃまたね」
スペックと財力はあるので育て方次第では光るのだろうけど、正直そこまでするほどの好意が茜にはなかった。好意もそうだが時間もない。ここ直近はしずく対策とVS栞子戦で予定が埋まってるのだ。
しかし、嵐珠といて一応の収穫もあった。どこもかしこも同好会みたいに明るくやって行けるわけでは無いのだと。
ガチガチに鬼練してスタメン絞ってる部活より、和気あいあいとした同好会の方が茜には価値があると思えた。この考えを栞子の思想グレードアップに応用できないだろうか。
とりあえず部活のデータは絶対に必要なため、茜は家に帰ったあと菜々へ連絡を入れた。
◇
『菜々ちゃん先輩、部活の体験入部したいんですけど良い場所知りません?同好会以外で』
まだまだ暑い九月の頭。
夕雲茜姉離れ計画の第一歩として、茜をどう部活にぶち込むかを愛と話し合っていた夜。ラインにこの一報が届いた。
茜関連でここまで綺麗に事が運ぶのは非常に珍しい。あまりの興奮に勢いで長文を送りそうになったが、一旦深呼吸。生徒会業務をしているつもりで菜々は応対した。
『愛さんがバスケ部の助っ人を探しているのですが、いかがですか?練習試合にも出られるそうですよ』
『球技苦手です。バスケはスリーポイント用の砲台になる事しか出来ません』
『十分では。たまに3点入れるだけで良いのでやってみましょうよ』
『スポーツの悪い所が出ますけど良いですか?』
『怖いこと言わないでください。ちゃんとスポーツマンシップを意識してやってくださいね』
黒子のバスケ中学生編みたいな事をする気なのかと若干不安になる菜々。流石の茜と言えど、そこまでの能力は備わっていないと思いたい。
とはいえ絶対やらかすのは茜の態度からして察せたので、菜々は愛に相談し対抗策を練りまくった。願う事なら普通にプレイして普通に勝って欲しい。