虹ヶ咲ヒーローorナイト&キング 作:コントラポストは全てを解決する
宮下愛は生まれてはじめて「カツアゲ」というものに遭遇していた。
こういう時はだいたい主人公ぜんとした他人が助けてくれるものだが、生憎今回はそう単純に終わる事象ではないので戸惑いが止まらない。
「ふーん……茜はこういう顔をするのね。私の前だといつも余裕ブッた態度なのに」
「あはは……。カリンも誘ってみたらどう?多分喜んでくれると思うよ」
「前にスライムザウルスあげたけど返されたわ」
「いや……あれはどう見ても貢いでるって感じだったし……」
「結構男の子って難しいわよね」
「男の子っていうか弟くんがレベル高すぎるだけっていうか」
宮下愛は生まれてはじめてカツアゲというものに遭遇していた。
朝賀果林から茜との思い出(写真)をカツアゲされていた。
いや、カツアゲは語弊があるかもしれない。正確には麻薬の売買………こっちのほうが酷いのでカツアゲに訂正し、愛は人に見せられる範囲の写真を果林に送っていた。
「それにしてもこれが茜、ねぇ……そっくりさんを疑うくらい顔が子供。ほんとに茜?」
「いや、カリンの前でも……そういえばしてなかったね。ふたりきりの時もそうなの?」
「変わらず靡かずいつも通り。年上を引っ張るのが好きなのかと思ってたけど案外そうでもなさそうだし」
「結局誰にも本当の気持ちを見せてないって事なんだよ」
「璃奈にも?」
「りなりーにも」
珍しく大きなため息を吐く愛に果林も事の重さを感じた。その顔は正しく弟を心配してる姉の顔。しかし、愛から見た最近の茜が考察の余地を生んでいるのも事実なのだ。
実際は考察というか、愛の中にある勝手な妄想と戯言でしかないのだが……端的に言うと、茜のあの警戒心はほんとに警戒心なのかと考えるようになった。
だって当たりが強いだけで、茜が守っているのは自分ではなく別の誰かだから。確かに選り好みと言うか近しい存在ほど動きが大きくなる偽善さはある。だが、そもそも警戒心って自分が傷つかないために危険な場所から逃げる本能だったはずでは。
なのに茜は逃げるどころか死地に飛び込みかすり傷を負いながら、地雷と空爆は運良く避けて問題を全部片付けている。そして何食わぬ顔でまた別の死地に行くのだ。
それが茜にとって得なのは愛だって分かっている。だからこその妄想。茜の昔の知人に話を聞いたわけでもなく、茜の経歴を調べ上げたわけでもない。そもそも茜の損得基準すら知らない。
そんな考察というには何もかもが不足していて、あまりにも情報と熟考が足りない大部分を愛の想像で済ませた妄言。だから戯言。
でも、それでも愛は茜の本心に近づきたかった。相変わらず茜相手だと微塵も役に立てないし、なんなら気遣われてしまう始末だが。
「あなたって最近大人びて来たわよね」
「カリンみたいってこと?」
「私は周りにそう思われてるだけよ。今のあなたはなんというか……現実的な、身の丈にあった人の支え方をしてる、みたいな……」
「アタシ、自分の事をそんな何でも出来る超人だーって思った事とかないけど……」
「それはそうなんだけど……こう……一回大きい挫折をして立ち上がった人の顔をしてる、的な?」
「挫折……確かに弟くんに全く寄り添えなくて落ち込みはしたけど、でも挫折って言うほど大げさじゃないし……」
「うまく言葉に出来なくてごめんなさいね」
「ううん、大丈夫」
確かに以前の自分は知り合い全員を助けられてる気でいたけども。だが、目の前の人を助けるのなんて当たり前で、どこかで誰にも気づかれず啜り泣いてる人も纏めて助けられなきゃ意味がないのだ。 少なくとも茜はこの考えを持って生きており、そんな茜だからこそ愛は茜に寄り添う事ができない。茜は誰よりもヒーローで、言ってしまえば愛ですら助けられる側だから。
それに茜が語っていたが、本当に助けが必要な人ほど周囲への主張をやめるらしい。迷惑を気にしてるのはもちろんなのだけど、そもそも人に頼るという考えに行き着かないほど切羽詰まってるので、察してアピールをしてる暇がないのだとか。
確かにそういう人の存在は聞いた事があるし、璃奈も最後の最後はいつも一人で泣いていた。しかし、愛が見つけられた見えない何処かで泣いている人は璃奈だけであり、それが一層茜との差となり突き刺るのだ。
おまけに、ここら辺の悩みを茜に勘付かれているのだ。愛が昨日茜と一緒に帰った際、「優しさは相手の観察とそれによる行動分析で成り立つもの。つまり推理能力です。愛さんはボクより経験浅いんですし、そんな躍起にならなくても大丈夫ですよ」と言われてしまった。もうあらゆる面で立つ瀬がない。情けなさすぎる。
端的に言えば優しさにこそ苦労が必要と言うことなのだ。そしてそれを最近はひしひしと感じる。
弁解しておくと今まで全部が無駄だと思っているわけじゃない。ただ、茜に接した時と同じような事を過去にしてなかったかと疑うようになった。
助けられる時も、うまくいかない時も、結果が千差万別なのは昔から承知しているはずだった……しかし、別に成功も失敗も決めるのは相手自身じゃん?と今更ながらに気付いたのだ。言葉で助かったと言われても、内側ではまだ何か本題があったかもしれない。そう、一度考えを挟むようになった。
「まあ……なに?なんていうんだろ……こんな人になりたい!って目標があってやって来たんだけどさ。一番助けたい人の助けに大してなれなくて。りなりーの時も、今もそう。弟くんの事が全然分からないんだ」
「璃奈に関しては大丈夫じゃない?日に日にあなたへの信頼が強くなってるし。茜に関しては……そもそもあの子、なにを手助けだと認識するの?」
「アタシ達の前だと『何でも出来る人』で通してるけど、多分あるの。最近ちょっとずつ粗?みたいなの見せるようになったから尻尾は掴めそう」
「茜が?そんなすぐに隙を見せるなんて思えないけど」
「大事な部分は今も分からないままだよ?でも、りなりーとかすかすの前だとたまに緩くなるんだ。あとせっつーの話してる時」
「せつ菜の前ではしないの?」
「せっつーの前で甘くなると面倒くさい事になるって、前に弟くんが言ってた」
なんじゃそりゃ、と果林は思い悩む。そして愛も聞いた当初に同じ感想を抱いたので苦笑いを浮かべた。キツく当たるならまだしも優しい対応で何が拗れるというのか。
「あれかしらね、せつ菜って逆境に立ってからが本番みたいなところがあるから。そこに甘さが加わったら崩れるみたいな」
「あぁー…………確かに一番最初もアイドルで傷つかないようにって同好会封じてたしね。他所でやれってスタンス。そのために固い嫌われキャラまでやってさ」
「あの頃って茜とはどんな関係だったの?」
「もう出来上がってたってせっつーが言ってたよ」
あの時点で今と同等な関係。切り替えがすごすぎて最早女優だった。そしておそらくだが、茜に深く関わった順でなら菜々は一番最初に茜と出会ったことになる。なので菜々が茜と関係を持てた道筋を辿って行けば、もしかしたら夕雲茜の最短尻尾掴みルートに到達できるのかも……なんて考えながら、愛は果林に写真を送り続けた。そろそろ人には見せられないゾーンが始まる。
◇
夕雲茜には直近の悩みがあった。優木せつ菜及び中川菜々が厄介ストーカー化したという割りかしデカい悩みがあった。
学校では常に遠くから見張られ、部室でも近づきたそうにじーっと視線を送られる。お昼なんかはお弁当を握ったまま茜の教室の前でそわついている。多分見つけてアピールと言うよりかは一歩の勇気が出ない状態だと思うのだが……そもそもお前そんな繊細なやつじゃなかったやろと、厄介な変貌ぶりに気色悪さを感じていたのだ。実際、一週間前にコアラホールドもされているため繊細さの証拠が一つとしてない。
しかし本日、菜々がストレスで泣く寸前まで達してしまったのでこっちから突撃した。茜もストレスだったので、苦労の末のカタルシスが消えた今の菜々に突撃したのだ。これは放っておくと後々面倒臭い事になる。
「菜々ちゃん先輩。めんどくさいです」
「め、めんど──ごめんなさい……」
「一体今更なにを足踏みしてるんですか。いきなり普通の女みたいなしおらしさ出されても気色悪さしか覚えられません」
「いえ……その……私、前みたいに勝手に突っ走しっちゃったかもって、冷静になってしまって……。生徒会長じゃなくなって、私だけの立場で会いに行こうと思ったらそう考えちゃって……」
「そもそもボクは前を知らん」
なんかいざこざったのは知ってるが詳しくは知らないので、茜にとっては菜々の失敗とか『教科書のコラムに載ってるどうでもいい歴史程度の扱い』しかできなかった。
「私……以前の同好会で張り切りすぎて、皆さんの気持ちを考えずに突っ走っちゃって……『ついていけない』って半分解散状態にしちゃったから……」
「えっ……菜々ちゃん先輩のブレーキってそんな簡単な事で作れたんですか???そういうのもっと早く言ってくれます?」
「か、簡単……。そんなに嫌だったのに、なんで私から離れなかったんですか……?」
「先輩がしつこかったのと、ブレーキを学んだ状態だからなんとかギリギリ粘れてた……的な。まあ、人の痛みがわからない状態からちょっと分かるようにはなれたので、これからもその内なんとかなるだろって未来投資をしておきます」
「無理して一緒にいるの、茜くんは嫌じゃないんですか……?」
「人の本気は千差万別ですからね。色んな本気のデータがなきゃ菜々ちゃん先輩二号が出てきた時の制御ができないので。というか、ボクが関わるなと言ったくらいで菜々先輩が止まるなんて思えません」
「それは……でも……」
煮え切らん。乙女心か怪しいホルモンでも打ってきたのかは知らないが、性格が違いすぎて扱いにくいことこの上なかった。あまりにも度が過ぎたダルさなので、茜はもう結果だけ話して帰る事を決意する。人気アイドルは暇じゃないのだ。
「今は菜々ちゃん先輩の本気に付き合ってくれる人がいる。その人達も楽しい。そしてその楽しい空間が璃奈りーを輝かせる。こっちの迷惑も経費のうち。誰も損してないこの黄金比に何か不満でも?」
「もっと茜くんが喜べる方法があったりしたら良いなって……」
「誰もそんなの望んでないし頼んでない。それ以上気遣いの盾に隠れた保身を見せるならボクは本気で貴方を嫌いになります」
「……ごめんなさい。また勝手に走っちゃいました……」
「別に良いですよ。人間なんて失敗繰り返さなきゃ戦争すら終わらせられないゴミ種族ですから。ボクが実験台になってあげるのでさっさと経験積んでください。学ばない人間は誰であろうと嫌いです」
「……ありがとうございます」
「はい。うじうじ期終わっならさっさと帰りますよ。買い物行くので荷物持ってください」
カバンの中から取り出したエコバックのケースを渡され、それを受け取ったら茜は置いていくように先を歩き始めた。ここで差し伸ばすのが手のひらじゃないのが茜らしくて笑ってしまう。
「やっぱり……優しいですね、茜くんは……」
「広辞苑アンチとは相も変わらず変わった家庭ですね、先輩のお家は。電子辞書でも買いましょうか?」
なんの冗談でもなく財布を取り出した茜に再度笑ってしまう菜々。こうしていつもと変わらない茜を見ていると、自分は何をそんなに考えていたのかとバカらしくなってしまう。
思えばこの人って出会った頃からこういう性格だったなと、菜々は今までを思い出した。相手の苦悩とか気にもとめず、いつでもどこでもTPOなぞ知らんとばかりに乱雑対応を貫き通す。
でも、そんなラフさが酷く心地よくて。それに茜自身に関わる事以外なら嫌々言いながらも茜は付き合ってくれた。むしろ面倒くさがるだけで、茜は菜々の趣味やオーバーワークを咎めようとしない。皆と同じようにオタク文化を理解してくれて、お世辞にも美味いとは言えない自分の料理を食べ、真っ向からムカつく文句と偉そうな指導をしてくれて、筋トレをし過ぎてもそれを追い越し菜々の心をへし折る形で止めてくれる。
確かにやり方は酷いけど、茜は真正面から菜々の全てを受け止めてくれるのだ。おまけに頼りがいのある異性。あまりにも理想の居場所すぎて加減が出来なかった。
「あの、茜くん。これから茜くんのこと『好き』って言って良いですか」
「今言ったやん。いや前から言ってたやんけ」
「こういう真面目な雰囲気の時に真面目な顔で言ったら逃げるかなって……だからずっと留めていたのですけど……。でも、どうしても言いたくて……」
「つまり今までのはおふざけだったと」
「ぇっ……ち、ちが……そういう事ではなく!」
「はっはっは。相変わらずめんどくせー先輩ですね。スパイスから作るカレーみたいだ」
「ひ、ひどいです!」
いつもと変わらぬ乱雑な対応。生徒会長だった時と同じ乱雑な対応。何も変わってない。身の振り方も、菜々へかける言葉も。生徒会長だった時と何一つ変化がない。
茜は最初っから菜々とせつ菜の内側しか見てなかった。家柄や役職なんて、評価項目どころかエッセンス目的にすら使われてなかった。
正しく全部愛の言っていた通り。帰ったら愛に謝ろうと菜々は心に誓った。
「……茜君は、どうして私といようと思ったんですか?出会った頃も、その後も。前に璃奈さんが言っていたように、逃げれば解決だったって私も思います」
「権力と財力と知力には逆らわない主義──」
「茜君ならそれくらい振り払えるはずです」
「食い気味ですね……。これを考慮してなお話すとなると……暇つぶしになりそうだったから?」
「面白半分……ってことですか?」
「半分どころか100%面白いもん見れるって途中で分かってたので、とりま様子見とくかって感じです。結果菜々ちゃん先輩のしおれた面拝めましたし、やっぱりボクの目に狂いはなかった。めんどくさい女って見てる分には楽しいですからね」
「うっ……これからは加減気をつけます……」
「アホですかあなたは。半端に推されても営業感じて萎えるだけです。仕事やスポーツでもないのに手抜きしてどうするんですか」
「え、えっと……私の事がめんどくさかったんですよね……?」
面倒くさくても、いくら文句を言われようとも、我欲のままに突き進むのが『好き』なのでは──と茜は首を横に捻る。『好き』に対して否定を喰らおうがなんだろうが、物の価値は本人が決める事なのだ。
それなのに、なぜこの女はいきなり自己肯定の権利を他人に握らせたのか。 茜が多少やっかんだところで歪む人間じゃないと分析していたのだけど。
「好きだからこそ面倒くさくなるんですよ。好きだから愛も拘りも共有したい気持ちも全部強くなって、本気になりきれない半エンジンと噛み合わなくなりズレていく。確かにブレーキは必要ですが、誰もエンジンまで止めろとは言ってません。むしろ本気になれない人間とか御免被ります」
「……じゃあ、面倒くさくても良いんですか……?面倒くさい人は、面倒くさいままで……私はこのままで良いって事ですか……?」
「菜々ちゃん先輩が面倒くさくなかった時期なんてないんですし、今更では?それにさっきも言いましたが、皆は今の先輩を受け入れてくれる人達です。このままの方が人のためですよ」
「……それは、茜くんから見ても、私はずっと面倒くさかった……って認識で、間違いないですか……?」
「えっ、はい。初めから今まで菜々ちゃん先輩を面倒くさくないとか感じたこと無いですけど」
「……………そ、そうですか……。な、なるほどなるほど……。ほぉ、へー……。ずっと、そうですか。最初から、ずっと、めんどくさかった…………ふっ……ふふっ、ふへへ……」
いきなりオタクみたいなキショい笑い方をしだした中川氏にストレスの果てを見出す茜。なにか限界に至らせるショックでも与えてしまったのだろうか。
もとより菜々の勢いに関しては面倒くさいだけで嫌いじゃなかった。むしろ好意的に見てるまである。それくらいなら中川菜々だって分かっていたはずなのに…………そういえばこの人を褒めた事がなかった気がすると茜は記憶を辿った。
しかし、茜に上から目線で褒められるよりも、愛や歩夢に全肯定をして貰った方がやる気が出ると思うのだ。そこだけが微妙に気がかりとして残るが、菜々の調子が完全に戻ったため茜は深く考えるのを辞めた。
そして予定通り菜々をショッピングモールに連行したわけだが、心做しか菜々の面倒くささに磨きが掛かった気がする。距離や言動は変わらないけど、茜を見る目が変わっていた。これは捕食者の目。
このあとにラブホにでも連れて行かれるのかと身構え、防犯のためにと広辞苑を3冊買って菜々に持たせた茜。結局ホクホク笑顔のまま駅で別れてお開きになった。相変わらず何を考えているのかが分からない人である。