虹ヶ咲ヒーローorナイト&キング 作:コントラポストは全てを解決する
「この前璃奈りーに素で好きって言いかけた」
「はっ?」
服屋雑貨屋アクセショップ。件の三人で回っていた時に出た茜からのふとした言葉。発端はかすみが放った「皆との近況について語れ」という今回茜と出かける原因になった調査の文言 。
「えーーっと……その好きってどういう?」
「多分ジャンルとしては異性に向けるやつ。前後の事情はハショるけど、璃奈りーが必死に気持ちぶつけて来る姿見てたらポロッと出そうになった。すごい自然に言いかけてさ、びっくりしすぎて逆に笑っちゃったんだ。そのあと風呂でも永遠笑ってたし」
「なんで言わなかったんですか」
「吐いたら後戻りできなくなるから」
──吐けよ。いや…………吐けよ。
こっちは後戻りできない瞬間を死ぬほど望んでいるというのに。
あまりの歯がゆさにかすみの中の何かがハジケそうだった。なんでこうここぞという時に限ってスレスレ回避を発動してしまうのか。
こんな事なら璃奈を連れてきて盗み聞き出来る環境をセッティングしておくんだった。
「【好き】って言葉一つで関係が進展すると思ってるんですか?ビジネスは?」
「なんか璃奈りー見てると進展ポイントたくさんありそうだな〜って思えて。フラグ踏まないようになんとかしてる」
「りな子の何が嫌なんですか」
「ボクを選ぶセンスの無さ」
「茜丸でセンスないなら他の人達なんてアカマンボウでは」
「璃奈りーの性格でボクを選ぶセンスの無さが嫌。ダサい」
"璃奈を幸せにできる存在は自分じゃない"
言外にそう語った茜にかすみはため息を吐いた。言いたいことは分かるのだが、もうちょっと同情が出来る言い方をしてくれないかと心の中で愚痴ってみる。
更に言えば、既に悪役モードの茜とも普通の会話が出来るようになったかすみにとって、現在の状況は翻訳という作業しか生み出さないタイパの悪い時間でしかなかった。
「茜丸はりな子が気持ち押し殺して他の男で諦める所を見たいと?なんの意味が?」
「そう考えるとボクがいたのは間違いだったのかもね。まあ、その内なんとかするよ。責任は取る」
「じゃあ、この書類に名前書いてください」
「……婚約届けって何?おままごとレベル100?」
「この間二徹したりな子がパワポで作ったそうです」
「ボクの知らない二徹なんだけど」
「そりゃそうですよ。私が今でっち上げた二徹ですし」
「無意味〜……じゃあその紙どっから出てきたの?」
「この間彼方先輩がカバンから落として行きましたよ」
「ジョークはもうお腹いっぱいかなって」
「潮時ってやつです」
「嫌じゃ」
彼方がどんどん無限の彼方に飛び立っていく。この先輩は一体どこに向かっているのだろうか。そもそも茜を仕留めて何になる?体温は高い方だが愛情は寒冷地並に冷えっ冷えなのに。
「もう誰からも逃げられないんですし諦めましょうよ。地元戻ってもしず子がいますし。知ってますか?しず子って自家用ヘリ持ってるんですよ」
「それは最近知ってボクも不味ったなって考えてたところ。まあ、みゃー子がいるしいざという時はアメリカンゴージャスライフでも送るよ」
「前から聞きたかったのですが、なんでそんな露骨にミア子好き好きオーラ出してるんですか?カモフラ?自分に似てるって部分を含めても過剰だと思います」
「似てる云々省くとなると………なんだろうね、なんとなく好きだから好きとしか言えない。ただ漠然と……あと居心地が良いからとか。やっぱり陽だまりの下は落ち着く」
「…………付き合おうとか考えたりは?」
「妄想はしたけど妄想止まりだよ。近づきすぎたら眩しすぎて焼き焦げるって思ったから」
その言葉を聞いた後、かすみは数秒の間をおいて「なるほど」と返した。
眼の前にいる茜は儚げだったけど、その目の中に写る純粋さには死ぬほど見覚えがあった。かすみの記憶には……というか全国民の記憶にあるであろう顔。
──この男は、小学校低学年の子供に起こる『理由とか特に無いけどなんとなく単純に異性が好きになった』を今経験しているのだ。
ほんとに今更すぎる。なぜに今?演技でもギャグでもなくモノホンのガチで今そこ?
『なんで?』とかすみの中でクエスチョンが溢れ出す。図らずとも意識せずとも、頭の中で殴られたり監禁されたりする茜の光景が思い浮かんでしまった。
そんなぶっ飛び過ぎた捏造メモリーは一旦しまい込み、かすみは胸に芽生えたモヤッとした気持ちへの対処に当たった。同情や母性でもない不思議な気持ち。ただ一つ言えるのは、これが『危機感』の類いであるという事だけだった。
「…………かすみさん?なんで頭撫でるの?」
「……あー、えーっと……すいません。胸から手先までがむず痒くなったのでザラツイたものが欲しくて」
「照れ隠し?」
「かすみんはですね、これでも繊細で恋に恋する普通の乙女なのですよ。深入りはご法度です」
「なんかその感じ懐かしいね。出会った頃みたい」
そう言われて思い出したかすみと茜が出会った頃の記憶。最早今の自分と違いすぎて、幼少期みたいな懐かしさすら覚える初期の初期。茜とひまりに可愛さの極致を見出し、雛が如く後ろをついて回った全ての始まり。
「あの頃の私はめちゃくちゃ子供でしたからねぇ。自分好みの男が出て来たからとすぐ後ろを追いかけて」
「良いんじゃない?可愛い子に慕われて嬉しくない男はいないでしょ」
「茜丸は初手『お金?それともお腹?』って言ってきましたけどね」
「なんで急にボクが出てくるん」
「先から今までおめーの話しかしてないですよ」
「かすみさんが……恋……?ボクに?振った覚えないけど」
「確かに恋は半月で終わりましたが、失恋はしてませんよ。秒速確認でステップが進んだだけです」
「よくわからん」
「でしょうね」
小学生ロマンスしてるお子様には到底理解できない領域なので仕方ない。当のかすみはそのお子様に恋をしている訳なのだが。
「一応聞くけどしずくさんにその話した?」
「前にしましたが反応薄かったですよ。私が冷めてるとかなんとか。この間なんて式上げなさそうだねって言われましたし」
「挙式かー……まあ、正直その金で家具から教育まで徹頭徹尾対策しまくった方が良い気はするけど……実際のかすみさんはどうなの?式アンチ?」
「微妙……としか。式のノリで中途半端な状態になるならやりませんし、そこを区切りに本気になれるなら喜んでって感じで…………茜丸が雰囲気に呑まれて初夜とかエアプですし普通に式上げる派閥で良いです」
「勝手に結ばないでくれ」
「別に良いじゃないですか。りな子のことが片付いたらあの世目指す事くらいしかやる事がないんですし。だったら最後くらいサ終サービスで時間くださいよ。50年くらい」
「毎日閉店セールしてる店じゃないんだから……」
自分の終活に付き合う必要はないからさっさと就活の準備をしろとかすみに言ったのだが、一片の酌量もなく笑って拒否されてしまった。
「璃奈りー応援派閥だと思ってたけど違ったんだね。皆側?」
「いえ、同好会全員りな子応援派閥ですよ。機会があったらハイエナするつもりでアンテナ張ってるだけで。ひとまずしず子以外は大して変わりません。今更なんですがなんでしず子と殺し愛してるんですか?」
「秘匿義務があるから詳しくは言えないけど、言うとすれば仁義漫画みたいなもん。ケジメの話」
「しず子が手を汚すとか嫌なのですが」
「平気へーき。ボクに人権なんてないから」
「……………なるほど」
あんまりわかりたくなかったけど、しずくが茜を刺したい気持ちが分かってしまった。茜はよくある自己犠牲系主人公を5倍濃くしたような人柄であり、それで一悶着を起こそうものなら一番嫌な形で人の記憶に残ってしまう。なのでしずくの夢的に放っておけなかったのだろう。
そしてなにより、茜自身がこの類の自己犠牲を嫌っているのだ。事情なぞ問わず、相手が自己犠牲を見せようものなら普段異常に暴れまわり事を片付ける。相手が犠牲になる前に。
加えて、茜は以前『人を道具扱いする上でやっちゃいけない扱い方がある。それは自他問わず道具を犠牲覚悟で限界使用する事だよ』と語っていた。しかし今は語り手本人がそれを破っている。まるで自分はいくら犠牲になっても良い例外だとでも言いたげに。
それを許す同好会役員なんて誰一人としていないのだが。
「茜丸、ここに名前書いてください」
「……それさっきの届け出だよね?書いたらどうなるの?」
「りな子を振ったら私行きです。祝儀って30011円が良いそうですよ」
「呪いでは」
「死な不の呪いで綺麗じゃないですか。茜丸ってこういうの好きですよね?」
「不死の呪解ってか。やかまし〜」
死ぬほど書きたくないけど、かすみの圧がすごいので茜は仕方なく書類に記入をした。しかし、こういうのは印鑑を押さないと効力が出ないので、茜からすればママゴト同然であった。やはり六法知識はすべてを解決する──
「…………かすみさん、なんでシャチハタ持ってるの?あと何故に2セット?」
「はい、夕雲印です。かすれないようにしてくださいね」
「ちょっと待てい」
「私を誰だと思ってるんですか」
「せめて質問をさせろ。質問を受けてから言葉を吐け」
「学びを推奨したのは茜丸ですよ」
「学習内容の癖」
他所様の印鑑を所持とかそんなん現場ネコでしか見た事ないぞ、と。茜は眼の前にいる脳みそぶっ飛び宇宙ガールに訴える。百歩譲って自分の印鑑を持ってるのはわかるけど、なんでこっちの名字まで持ってるんだ。勝手に婚姻届を出される昔の男性アイドルの気持ちがわかってしまったぞ。一生わからないままで良かったのに。
「一応聞いておくけどこれ返品効く?」
「起訴までは出来るでしょうけど、おそらくカウンセリングの一環として何事もなく閉廷すると思いますよ。茜丸とかメンクリ連れていけば薬もらえる人間ですし」
「障害者減刑って悪い方向に働くことあるんだ……」
「また一つ賢くなりましたね。あっ、そっちの印鑑は茜丸にあげるのでご自由にどうぞ」
「むしろ返して貰わないと不安で眠れん……」
「私がなにかやらかすとでも?」
「今目の前でやらかした女が何言ってやがる」
闇金の保証人にでもする気だろと言われたみたいでふてくされるかすみ。茜相手にそんな悪徳紛いな事をするはずないだろうに。
確かに言い分は分からなくもないのだが、『勉強してたから今日まで文明が続いたんだぞ』と教えてくれたのは茜じゃないか。人の本質は試行錯誤の繰り返しと、それを積み重ねた末に成功を掴む"学び"だと。
それにならってたくさん六法全書を読んで化粧品の成分を覚える要領で暗記したのに、この仕打ちはあんまりではないか。
「嫌いな人間ならまだしも好きな相手にそこまでする人なんていませんよ。好印象バフかかってるのに。ほら、茜丸も前に言ってたじゃないですか?自分の嫌いな食べ物を美味しく調理できるのが真の料理人だって。あれです」
「いや、確かに好きなものだとプラシーボ効果で勝手に加点されるから満足してなあなあで終わるって話はしたけどさ……プラシーボされるくらい点数稼いだ覚えがないんだが?」
「まあ、ただのイケメンが茜丸と一言一句同じ言動したって嫌われるだけですが。でも茜丸は可愛いですし、そこで大分稼いでるんですよ。ただの屁理屈も可愛さが食われればツンデレです」
「それミミッキュとか二口女みたいに見た目で釣ってるだけでは……?ボクは妖怪じゃない」
「化け猫がなんか言ってる」
「誰が寄生ノミだと」
「そこまでは言ってません」
自分は妖怪じゃないと茜は訴えたが、それと同時に栞子からいつもUMAを見る目で見られていた事を思い出した。しかし茜は『それでも』と言い続けた。
「そもそも文化祭でアーマー玉藻やってたじゃないですか」
「違いますー。あれは狐耳ジャンヌですー。ただのオプションでーす」
「うちのクラスはみんな玉藻判定でしたよ」
「趣旨を伝えるのって難しいんだねぇ。言葉とか言う音じゃなくて視覚一発だから間違えようがないと思ってたんじゃが」
「あの格好で女も引っ掛け回してたならそりゃ妖怪判定入って当然ですよ」
「営業だし。大して注意されなかったから、カワイコぶってるで無反応貰うかなって。栞っちの反応も薄かったから平気なのかと」
「栞っち……あぁ、会長さんですか。そういえばアイドル部と同好会の感動的うんちゃらかんちゃらってまだ続いてるんですか?」
「一応。ちょっと寄り道してるけど」
最近はボチボチ茜とも会えるようになったので冷めたのかと思ったが、ずいぶんと長続きしている様子。一個人の趣味として茜がここまで時間をかけることはしないので、やっぱりこの男は誰かに何かを伝えようとしていると確信できた。相変わらず情報量が足りなさ過ぎるけど。
「私がやっておく事ってなにかありますか?」
「今のまま知りたい事を知り続けてくれるならそれで良い」
「他には?」
「明後日から栞っちのお姉さんが理事長代理として来るから、ちょっと生活が変わるかも。スクールアイドルが好きらしくてさ、お姉さん主体でなにかイベントがあったり。それか学校名義でイベ参加」
「姉妹揃って権力者なのすごいですね」
「栞っちの幼馴染のご両親がここの理事長」
「因果律バグりすぎでは…………というか理事長ってコネでやらせて良いものなんですか……?」
「それで入っても実力なきゃ一ヶ月経たずに降ろされるよ。無能より生徒のほうが知性あるから」
「ああ、IQ差がありすぎると最早別生物見てる感覚になるってやつですか。居心地の悪さで相手が勝手にやめていくと」
「だからコネとして理事長票貰えたなら大丈夫だと思う。むしろ栞っちの方が荒れてやらかすかも知れん」
「念の為引っ越し対策しときます」
「さすがに部転はしないと思うけど……まあ、手札は多い方が楽しいしね」
なんでただの部活アイドルがここまで会議しなきゃいけないのかは定かではないが、別にめんどくさいわけじゃないし楽しいから良っかと2人は流した。
そろそろ歩夢が戻ってくるので会計を済まさないといけない。
「…………いつの間にかカゴの中が凄いことに」
「さすがにこれはボクでも使い切れんな。結構話すのに夢中になってたからしょうがないとは言え……かすみさん、半分良い?」
「最初からそのつもりです。ほとんど共犯みたいなものなのですしね。あっ、シミパックと炭パックってどうします?茜丸はこういうの使いませんよね?」
「璃奈りーの顔面に叩きつける用だからそのままでお願い。こっちもかすみさんの分は別けとくから。とりま終わったらここ集合で」
「了解です」
買い物かごの中がコストコへ行った時みたいになっていたので二人で頑張って元の棚に戻してきた。さすがにこれは学生らしさを捨てすぎている。
加えてお店に申し訳ないことをしてしまったので、お詫びに店の一番高い品を買って歩夢にあげた。やっぱり可愛い人に使ってもらいたいじゃんと二人で歩夢を説得し、2時間かけて相手の意志を追ったあと帰路についた。