虹ヶ咲ヒーローorナイト&キング 作:コントラポストは全てを解決する
高咲侑は未知の生命体との邂逅に酷く困惑していた。眼の前のデロデロのユルユルに溶け切った、かろうじて身内と呼べる何かに酷く混乱していた。
一体この人は……いや、この人に一体何が……
「それでですねー、茜君が私のめんどくさいところが好きだ〜って言ってくれてですねー、本気でボクに向き合ってる姿が好きだーって……でへへ……うぇへへへへ……」
「そ、そうなんだ……」
誰この人。いや中川菜々だけど。
少なくとも侑の知ってる中川菜々は、こんなバカップル症候群を発症した付き合いたての彼女じみた顔はしない。それとするとしても恋する乙女の顔が限界だと思うのだが、過程はどこに捨ててきたのだろうか。
「……えっと、茜に褒められて嬉しいって話で合ってる?」
「はい!茜君って私のこと権力持ってるだけの邪魔な人間だと思ってるのかなって最近悩んでいたのですが、この間茜君の方から気にかけてくれて嫌われ覚悟のお説教をしてくれてですね!私の自分勝手さに落ち込んでたら『せつ菜先輩は自分勝手につっ走れる面倒臭さと熱意が取り柄』って褒めてくれて!あと終わったら買い物に行こうって笑ってくれたんです!茜君が初めて私の前で警戒心ゼロの普通の笑った顔を見せてくれたんですよ!!!!あと広辞苑買ってくれました!!!!!」
「……簡単にまとめると?」
「茜君は私が好きです!!!!」
纏めて貰っといてあれだけど、多分違うと侑はなんとなく察した。おそらく茜は『そういうめんどくさい人も嫌いじゃない』と言っただけで、菜々に好きと言った訳では無いと……菜々の場合茜の好みにストライクすれば当たり判定だから、結論的には間違ってないのかもしれない。
「それでずっと広辞苑持ってたんだね。そういえば前も茜から本を貰ってたけど、あっちの本はどうだったの?」
「すごい面白かったですよ。タダで貰って良かったのか今でもたまに悩むくらいには」
「茜って速読得意だし買ってすぐ読み終わってーって感じだったのかな?内容はどんな感じの本なの?」
「子供でも分かる言葉で書いてある格言系の作品です。少し哲学じみてるので茜君が買うのも頷けます」
「私も読んでみようかな。それって確か茜がずっと前に中古屋で買ったやつなんだよね?ブックオフ行けばあるかな?」
「ネットでは見ないのでおそらくそこら辺を探ればあるいは……」
「元々数がない感じ?それとも非売品とか。ほら、大学の先生から貰うくらいは出来そうじゃん茜って」
「そういえば茜君、大学教授の知り合いがいましたね」
「えっ、ホントにいるの?」
あの子はほんとに学生なのかと侑は耳を疑った。相変わらず内心も人脈も能力も訳のわからない男である。思えば思考回路と同じくらい茜の交友関係は謎に包まれていた。
それについこの前だって、当選倍率10倍と言われていた音楽コンサートのチケットをコネで貰ったと侑に自慢してきたし。発端は侑がそのコンサートに行ってみたいと冗談で茜に相談した事から。一緒に行こうと言われたしめちゃくちゃトキメイた。
そして今度は大学教授。一体どこをほっつき歩いたらそんな大層な人と出会えるのだろうか。
「茜って実は飛び級してたりする?高校はただの経験目的みたいな」
「いえ、推薦で来たと言っていたので他の方と同じように進学して来たものかと」
「推薦……やっぱり頭良いんだ。今更と言えば今更だけど」
「よくクラスの子の勉強見てるって璃奈さんが言ってました」
「へぇ……茜のことだし女子率の方が高いんだろうなぁ……」
「だいたい比率はトントンらしいですよ?外面が良いので分け隔てない人って思われてるらしく、周りが勝手に盛り上がって団結するとかなんとか」
「魔性じゃん……」
どのみち璃奈が不機嫌になるのが目に見える。しかも茜は頑張ればワンチャン行けそうな感じを常時出してくるから、加減も諦め時も掴みにくい。正にゲーセンのUFOキャッチャーみたいな存在なので、璃奈の胃が休まることはないだろう。
「璃奈ちゃんってクラスで茜と話せてるの?」
「昼休みなら少し話せるらしいですよ。放課後と家なら好きなだけ話せるので何とか耐えてるとのことです」
「それは……結構フラストレーションが溜まりそうだね……」
「でもお忍びカップルみたいな事が出来るのずるくないですか?」
「菜々さんもしたいの?カップルごっこみたいなやつ」
「めちゃくちゃしたい。放課後にこっそり待ち合わせしてそのままデートしたい。ゲーセンとか雨に降られてラブホに入るやつとか」
「……菜々さんって茜にそういう感情向けてたんだね。友達志望なだけかと思ってた」
「私の好きには区別がないので色んな好きが混ざってるんです。まとめてぶつけてるため自分でも時折紛らわしくなりますが……仕訳する余裕が生まれず。でも、茜君はそういうのも全部受け止めてくれるんです」
「いつもあしらわれてる気がするけど……菜々さん的にはあれで良いの?」
「雑に扱い私に嫌われようとしても、心の奥底ではいつも気にかけてくれてるので特には。アイドルをやっていても会長をしていても落ち込んでいても、いつもと変わらず気遣いながら雑に世話を焼いてくれる。そういうやり方なんだってこの間気づけたので」
「そ、そうなんだ……」
菜々にとって暴走しても熱意でやっかまれるような態度を取ってしまっても、それでもなおいつものテンションを貫き一緒にバカをやってくれる存在が嬉しいのは侑にも分かる。
だがやはり菜々がメスの顔をしているところを見ると時空の歪みを感じてしまうのだ。なんというか見てるこっちもむず痒くなるというか、えも言えぬ違和感と現実のズレに乗り物酔いのような眩暈が芽生えてしまう。
「えっと、いつから茜のこと好きなの?」
「区切りみたいなものはありませんが……おそらく最初から好きだったんだと思います」
「意外と曖昧なんだね」
「茜君が特殊なので上手く感覚が掴めず。もしかしたらすごい距離が近いだけの女友達感覚なんじゃって思ったりもして」
「ああ、茜って距離の詰め方独特だからねー。近かったり遠かったり、仲良くなったと思ったらすぐ会えなくなったり。気まぐれな猫そのもの」
「でも可愛いから許せちゃうんですよね。許すというか構いたくなる」
「なんかこう見ると人が寄ってくるのも頷けちゃうねー。放っておけないって言うよりついつい無意識で気にかけちゃう」
やっぱり魔性じゃんと心の中で笑う侑。自分も茜にかまけているので本当に今更だし人の事も言えないのだけど。とは言えさすがに菜々レベルになるのは難しいと思えた。おそらく行けたとしても軽いヤキモチを焼くくらいだと思う。
「てっきり侑さんも茜君が好きなのかと思っていたのですが、友達感覚だったんですか?」
「友達感覚というか、ついつい身内ノリみたいな感覚で接しちゃって。見た目もあるけど話し方がうちのおばあちゃんに似てる時があってさ。親近感が湧いちゃってるのかも」
「茜君がご老人と同じ考え方をしてるって事ですか?」
「そうかも。あはは、変な話だよね」
「いえ……まあ、時折悟ってはいますので……」
老人……と言われ妙にしっくりきてしまった。人生を70年80年生きた老人の経験と同じ出力を出さる茜の頭。なんだか茜の事が遠い存在に思えてきてしまい、菜々は少し寂しくなった。やはりもっと仲良くなりたい。
「……デート、ですか。誘ってみようかな……今ならなにか分かるかもしれませんし……」
「コートがどうかしたの?」
「あ、いえ、デート……あの!茜君をデートに誘う時ってどう誘ったら良いと思いますか!」
「えっ、相手が相手だし誘うより放課後に無理やり連行するとかじゃないとダメじゃない?LINEで誘ってOK貰った人とか見たことないよ?りなちゃんも基本直談判だって言ってたし」
「な、なるほど……」
「まあ、菜々さんならいつも通り自由に連れ回すだけで良いと思う。茜って相手を怒らせて別れようとする時はあるけど、自分から帰るってなった事ないでしょ?だから、まっすぐ茜を好きって言える菜々さんなら大丈夫」
「……侑さんは言えないんですか?」
「あはは、匂いの嗅ぎ過ぎで何言っても建前みたいに思われちゃってねー。狼少年状態で話す言葉全部やっかまれてる感じ」
自業自得だと笑いながらも物憂げな顔をする侑に新鮮味を覚えてしまう。侑でもこんなに弱ることがあるんだなと。頼りがいがあって、なんでも心よく引き受けてくれて、可愛くて時折かっこよくて、たまにお茶目。女に持てそうな女という印象が強い。けれど、そんな侑にも手放しに甘えたい時があったのだろう。
皆と一緒に力を合わせるのが侑のやり方。しかし侑は力を纏める『人』の役を担うからその分メンツが大事になってくる。力が力である限り人がいないと動かせないから。
だからその立場を捨てて弱音を吐いて弱くなれる存在が必要だった……のかもしれない。あくまで菜々の憶測だが、侑本人すら自覚できてないであろう侑の弱さと、侑にとっての茜の大きさを予想してみる。
結局、菜々にも侑にも茜は必要不可欠というだけの事なのだが。
「歩夢さんに甘えたりは?」
「なんだろうねー、やっぱり私も女だからなのかな?見た目でも言葉でもない何かで茜に惹かれてる。」
「2人って言葉遣いが違うだけで気遣い上手なのは一緒ですし、惹かれてしまうのも仕方ありません。適度に励まして相手を動かしながら、足りない部分を自分で埋めるタイプ」
「だとすると茜ってリーダーよりサポーターの方が向いてるのかな?」
「おそらく……璃奈さんとのやり取りを見る限りでは、ですが」
「なんとか上手いこと茜の真価?真髄?みたいなのを見られたら良いんだけどね。でも、そもそも茜がそこまで懐ける人がいないし……やっぱりここだよねー。ここさえクリアすれば茜に無理させないで頼れる方法が見つかるんだけどなー……」
「見えないところで自主的に片付けてしまうとは言え、やっぱりお礼はしたいですよね。『自己満足』って判断されない茜君のためのお礼。ですが、茜君の仕事量を減らすのって本人的にはどうなのでしょうか?裏目に出そうな気がして」
「…………まあ、楽しそうにはしてるけどさ」
疲労困憊で死にかけのような顔もするし詰まってる時はコスメでもごまかせないレベルのクマを作る。ご飯を抜くのなんて当たり前でよくお腹をきゅるきゅる鳴らすし、食べないくせに璃奈の飯は絶対準備するから璃奈本人に叱られる。
正直璃奈がいなきゃ五回くらいは死んでた可能性すらあるけど、それでもやっぱり表情だけは楽しそうなのだ。
特に璃奈がストレートに関わる時の顔はすごい。平和を願い協会で祈りを捧げるシスターのような面持ちで地獄のような仕事量をこなす。
「うーん……スクフェスの企画とか計算書類とかの管理を……こう……秘書みたいな立ち位置でやって貰う……とか?でもなんか茜っぽくない……」
「型にハマって動くのが大嫌いですしね、茜君って」
「支える事が本質なのに自由に一人でやらないと上手くいかない──やっぱりちょっとズレてるよね。でもゲームで言うステフリ間違えたってわけでもなさそうだしさ」
「どちらかというと項目がなくて唯我独尊に行くしかなかったって感じですよね」
「そうそう。小中一人ぼっちだったのかなって思うくらいにはそこら辺の感性が育ってなくて。どう見ても本で読んだだけで信じてないって顔してたし」
「4月とかほんとに酷かったですよね。優しさも気遣いも好意も全部、相手が欲求満たすためのオママゴトって疑がってなかったですし」
「やっぱり璃奈ちゃんと一緒にいたから治ったのかな?」
「まぁ……どこからどう見ても相性抜群ですからね、あの二人」
「100%ドンピシャクリティカルを引いちゃったんだ。そりゃ勝てないわけだ」
璃奈の笑ったところが見たいし、幸せになるところも見たい。それに自分の知らない事も教えて欲しい。こうして茜を止めるのではなく、制御をしてくれる。璃奈が一緒に挑戦してくれるから余計懐く。
端的に言えば都合がいい。良くしてくれるからお礼もする。そのお礼で相手も満足して助かってる。そしてこれら含めたエゴの幸せをお互い受け入れているからストレスもない。茜の行き過ぎた強火思想以外は文句の付け所がないベストパートナーなのだ。肝心の文句の付け所が最大の難所であり一番のストレスなのだが。
「茜の謎すぎる死生観の原因がわかればなぁ……。ひまりちゃんに絶対注意されてると思うんだけど」
「家でひまりさんが帰ってくるまで待ち伏せなんて出来ませんし……しずくさんも秘匿義務があるらしいので……。とはいっても悠長に待ってる時間もない。クリスマスあたりに仕掛けますか?」
「謎解きに夢中みたいでアレだけど……茜相手ならそれで良いのか。どこまで行っても私欲が入るのが人だって言ってたしね。今だけはあの捻れがありがたいよ。とりあえず茜に頼んでスクフェスにひまりちゃん呼べないか頼んでみる」
「私も本人に連絡入れてみます」
「うん、ありがとう」
茜と、皆と、いつまでも一緒にいたい。それは皆の共通認識。
されどこれだけ一緒にいるのに誰一人として茜がちゃんと笑った所を見たことがない。いつもいつも可愛さか悪役で取り繕って日常的な年相応の顔を見せない人間。菜々が見た笑顔だって、素が混じっただけで本物の笑顔じゃないのはわかってる。
そんな不安や喪失感をチラつかせるからこうして同好会が滾るのだ。そろそろ自分の価値くらいは分かって貰いたいところである。