虹ヶ咲ヒーローorナイト&キング 作:コントラポストは全てを解決する
夕雲茜は頭を抱えた。先日ライブをした嵐珠がツイドリのトレンドに載ったり、スクールアイドルまとめランキングで食い込み魔神していたり、女帝の才とか言われ始めたりしたから。
確かに才能は確かなんだよ。才能は。
人は基本受動的だが誰よりも非日常を求めている。だから勝手に引っ張って人生を楽しくしてくれそうな女帝モードの嵐珠が刺さったのも大いに分かる。需要と供給という単純な話だ。
でもさぁ……
「見て見てアカネ!アタシすごいでしょ!これならひまりにだって負けないわ!」
「落ち着きなされ子犬さんや」
これだぜ?(訝しみボブ)
アイドルエンペラーという仮面を剥がした瞬間、なんかちょっと言い方に棘のあるストレス製造機が待ち構えているのだ。やはり憧れや理想は夢で終わらせるに限る。
「人気を取ってきてくれたのはありがたいが、これステージ交渉どうしたの?子犬が使った金ヶ谷のステージ、予約でいっぱいだったでしょ?」
「?……電話とお金出したら次の日に枠を用意してくれたわよ」
「運も味方してんのかー」
「?……これくらいは出来て当たり前でしょ?手順通りにやっただけじゃない」
「うーーーん、そうだね。その通りだ」
ランジュの使ったステージの公式サイトはメアドしか載ってない。しかし、検索ブラウザに戻りステージ名+電話番号で検索すると一発で電話番号が出てくるのだ。おまけに電話だと二時十三分から三時五分まで……みたいな中途半端な時間で予約が出来る。メアドだと出来ない。
このように嵐珠の使ったステージには軽い罠が仕掛けてあるのだ。それを初見で看破し、さらに『出来て当たり前』と言われたら短気なやつは殴りかかるだろう。
「うん、ちゃんとやってくれたのはありがたいよ。これでランジュのレベルも知る事が出来たし。あと、次やる時はボクも参加するね。どの道完璧ワンマンアイドルなんてすぐ死ぬし」
「人気出ないの?ソロの方が他の人に振り回されなくて良いと思うのだけど」
「過労の方。純粋に死ぬ」
「そうなのね……アカネが言うなら従うわ」
「ありがと」
あっけなく指示が通り拍子抜けしてしまった茜。もっとこう唯我独尊を地で行き、『人の指図なんて受け付けねぇ!』って感じの物を想定していたために調子が狂う。
思った以上に純粋無垢な嵐珠の姿を前に、どう反応を返したものかと悩む茜。好感度が上がったと思われると厄介なので、今の自分の態度が顔に出ていない事を願うばかりだが……嵐珠は嵐珠でこれまた不可解な顔をしていた。困惑……いや、これは意外性に出会った時の顔。
「どったん、ボクの顔見て」
「……前から思っていたけど、茜って変わってるわよね」
「変わってなきゃ民も時代も動かせない。余は王ぞ」
「そうじゃないわ。いつもはこう……これくらい一緒にいた人はアタシと話さなくなっちゃうから」
嵐珠からは絶対出ないと思っていた『心の痛みに悲しむ顔』が現れ、茜は酷く混乱した。まさかこんな所でお目にかかれるとは誰も予想できまい。あまりの驚きに、茜はついつい顔を逸らしてしまった。
「ふーん……あぁ、あれじゃない?面白うな人だと思って近づいたけど、思ったよりヤバイ奴だった的な。良くも悪くも君は我とインパクトが強いからね。アイデンティティに悩んで厨二や根性を煩わせるパンピーから見れば、嵐珠はオリジナリティーの固まりすぎる。人を霞める個性キラーってやつだ」
「何を言っているのかよく分からないけれど、たぶん気遣ってくれたのよね?ありがとう」
「良いさ、別に。民への理解は王の矜持なんだから。それに、パンピーなんて普通の人ごっこをすれば簡単に擬態できるし。ボクとボクの知り合いで試したから信憑性もバッチリだよ」
「やっぱり変わってるわね、茜って」
案外、自分の中の当たり前を語っていたら天才自慢みたいで嫌われた……みたいな事が起こっていたのかもしれない。それなら頭の良い栞子しか長年付き合えなかったのにも納得が行く。
どれもこれも嵐珠の中の当たり前。嵐珠から見た世界の常識。出来て当たり前が出来ない事に理解が示せない。
今まで嵐珠の事を『人の痛みが分からないやつ』だと思っていたが、普通の人程度には人の痛みがわかるやつだと言う事がわかった。
「ちと話がズレたな。それで、次はどこでライブがしたい?力を示した今なら追い分からせで好きなやつに嵐珠の実力を見せつけられるよ」
「……同好会に、ランジュの実力を見てもらいたい。それでアタシに付いてきて欲しい」
「じゃっ、オープンキャンパスの時にライブしよ。ちょうど同好会がイベント作ってるから枠貰って来るよ」
「良いの?」
「華のためなら何でもする。スポンサーっていうのはそういう生き物だ。客もボクも面白くなるなら展開なんてどうでも良い」
「よくわからないわ」
「分からなくていいよ。そっちの方がボクにとっても都合良いから」
願わくばこのまま綺麗に事が運び、みんな幸せな生活が送れるようになって欲しいと茜は願った。いつも通り騒がしい日常が通り過ぎて、皆がどんちゃん騒ぎとありきたりな毎日を過ごせる生活。
その全部が璃奈を輝かしてくれるから。
◇
新しい理事長が来たと同時に茜丸と連絡が取れなくなっちゃいました。ライブイベントを作ったからアドバイスを貰おうと思っていたのに。あとちょっとした相談。
ちょっとした相談というか本当はこっちがメイン。でもメインを主題に話すと絶対に逃げられるのでイベントで釣りたかった。しかし、待っていたのは釣るための連絡すら取れないという安定のオチ。
ほんとに茜丸はさぁ……。
「せつ菜先輩、そろそろ筋トレしながら辞書読むのやめませんか?」
「辞書じゃないです広辞苑です」
「いや変わらな……広辞苑ってそんなに感動するものなんですか?」
「だって茜君が私のために買ってくれたものですもん」
「気持ちは分かりますけども……そんな背表紙が折れ目だらけになるまで読み込まれるのは怖いというか……」
「……それは……でも、あれからまた会ってくれなくなっちゃって……寂しいから……」
問題の悩みの種、せつ菜先輩がしっとりしてる。
せつ菜先輩がしっとりしてる!!!!!!!
湿気の対義語か特効薬だと思ってたのに。なんなんですかね、これ。時空の歪み?
このままでは同好会が湿度陥没アトランティスになって、恋のバミューダトライアングルが完成してしまいます。私の想定してた三角関係からかけ離れすぎてて溜息すら出てくる。というか六芒星作れるくらいには矢印がおかしな事になってますよ。
ほんとに、なんでこんな事になってしまったのでしょうか。本人はりな子単推しで周りも理解の上だったのに、棚ぼたワンちゃん狙いでここまで女を惹き寄せ続けて来た。ここまで来るともうそういう系統の異能なのでは?って疑いたくなります。
「茜丸と付き合いたいとかはないって、前に話していた気がするのですが……」
「交際と結婚が一番の幸せだなんて誰が決めたんだって茜君言ってました」
「……もう手段やポジションは問わないと。なんでそこまで茜丸のことを……」
「かすみさんだって茜君大好きじゃないですか。一緒ですよ」
「いや……それはまあ、そうですけど……」
シャンシャインビーチの擬人化であるせつ菜先輩をここまで湿地サイドに落としたのは拍手ものなのですが、落とした瞬間にどっか行くのはやめてくれませんかね。見てくださいよこの面倒くささを。マジモンのオンナのダルさです。せつ菜先輩が女になってしまいました。茜丸はさぁ……。
それと個人的な苦情なんですけど、ただでさえ幻めいてる人なんだからそんなポンポン消えないでください。GPS仕掛けてくださいって言ってるようなものですからね?
あと……言うか言わぬべきは分かりませんが、りな子のAmazonカートに貞操帯が入っていたのでそろそろ関係進めた方が良いですよ。
「かすみさんは茜君に会えなくても良いと」
「めちゃくちゃ会いたいですけど。電話も昼も放課後も全く姿を見なくなったので仕方なく我慢してるだけです」
「鬱憤だらけじゃないですか」
「仮にも初恋相手ですよあいつ。私だって一応女の端くれですし好きなものは好きなんです。なのに茜丸はいつもいつも自分勝手に暴れまわってこっちの気も知らずに勝手に問題片付けて。でもやり方が綱渡りだからヒヤヒヤしてばっか……!はぁ……もっと休めよ……あと、学生らしい繋がりとかさぁ。そんで私にかまえ……!!!」
「私より拗らせてるじゃないですか。擦り切れそうと言うか」
「いや、まあ……どうかしてるのは自覚してるんですよ……。あんな育児コマンドを使わなきゃいけないほど四歳児な男とか、趣味を疑われても言い訳できません。でも、好きなんですよ……商談デートで良いから一緒にいたいくらいには……」
ちょっと今だけ初期かすみんに退化しますね。そう言えばちゃんと気持ちを吐いた事ってなかったですし。
私は茜丸が好きですよ。面食い感は否定しませんし劇的なイベントを経験したわけでもありません。最初だって茜丸といるの落ち着くな〜ってだけの心持ちでした。
でも、異性に対して家族同様の安心感と特に遠慮のない距離感を半月で取れるくらい馴染んだ自分を見たら、さすがに否がおうでも『相性良すぎじゃね?』って思うじゃないですか。
それに、最初の最初は普通の恋をしていたんですよ。ドキマギなんかもしちゃったりして。あの回りくどい茜節だって初期の頃はかっこよく思ってました。盲目も良いところなのは分かってるので黙っててください。大人っぽさに憧れちゃう年頃なので。
でも、初期の私のまま茜丸の可愛さ賛美を貰っても、たぶん普通のヒロイン程度の勢いで終わっていたと思うんです。夏の海で告って距離感が出来た友達で関係が終わる……そんな、ありきたりな顛末。
だから思うんですよ。今の関係を終わらせたら駄目だなって。棚ぼたとか関係なく、こいつのいない人生とかパテ抜いたハンバーガーだし逃がすのは論外だって。
死は救済派閥の茜丸を生き地獄に縛り付けようとしてる理由がこれです。ずっと言ってる私のため。
でもその自分勝手が茜丸一番の好物です。出会った頃から今の今まで、茜丸は嫌われ覚悟の我欲ワガママを言える人間が大好物です。
そして私は誰よりもワガママをこしらえてる女。怪我を覚悟した勇気より、人の醜悪を利用した嫌われの勇気の方が好きって茜丸は言ってました。なら私は勇気の塊です。
開き直り……?えぇ、はい。開き直ってますしおそらく私は茜丸信者と笑われるでしょう。
けど持ち歌でもビリーバーとブレイバーって言ってるので語弊もないですし嘘も言ってません。おうおうなんだ文句あんなら会場用意して語り合ってあげますよ。拳で。
あと、茜丸ってアカシックレコード教なんですよ。得も利益も、出会いも別れも、生き死にも、全てはサダメの下の予定調和。なので恋の駆け引きなんて信じてません。勝つ時は勝つ、負ける時は負ける。相変わらず思想強いですね。
話を戻して。
そんな茜丸が相手だから、私も堂々と茜丸が好きって伝え続けられるんです。結果がどうなろうがすべてサダメと言う名のプロット通りなので。私の判断全てが予定調和。
なら恥じる必要とかないじゃないですか。むしろプロット通り物語が進んだだけなのに何を恥じろと。
「──だから、どれだけバカで、どれだけ危なっかしくても、私は茜丸が好きです。汚くて嫌いだった私の人としての欲求も、茜丸は全部受け入れて可愛さに活かしてくれます。こんな優良物件を手放すなんて私には出来ません。関係も形も関係なく離れたくない。一生私に可愛いって言わせるんです」
「自分勝手や自尊心を有効に使ってるの……すごい茜君みたいですね……。相性すご……。かすみさん、結構本気で茜君を寝取ろうとか考えてたりします……?」
「そこまで言いますか……」
「熱意がすごかったので……。茜君が好きになるわけですね……」
「ぇ、あっ……あの……す、すき……とは……?」
「……いえ、忘れてください」
教えろよ……いけない口調が。体が熱くなってきたせいか、荒れた姿が出てきてしまいました。耳も赤くなってる気がします。こんなにボロが出たのは初めてすぎて戸惑いが止まらない。これだから茜丸は……(責任転嫁)
そもそもですね、多感な学生の前にあんなフェチズムブレイカーをお出しするのが悪いんですよ。狙えと言ってるようなものでは。
「普段の態度から勘違いしてましたが、かすみさんも皆さんと同じくらい茜君が好きだったんですね。友達のような距離感だったのでつい。耳、赤いですよ」
「見ないでください……」
「それに、ちょっと安心しました。最近のかすみさんは茜君に合わせすぎて、大事にしなきゃいけない女の子の夢まで枯れさせていましたから。もっと面倒くさくて良いんですよ?式はドバイで盛大にやりたいとか、新婚旅行は南極が良いとか」
「いや……その……」
「それに、茜君相手だと乙女の反応ができないーって、しずくさんにも話していたじゃないですか。これでやっと乙女になれますね」
くっ……なんか今日の私、すごいおかしい……。いつもはこれくらいじゃ赤くならないのに……。回想で昔の気持ちを思い出しちゃったから?それとも茜丸に会えない鬱憤?
「あー……!もう……!はっず……」
「茜君、最近成長しましたからね。かすみさんの耐性も崩れ始めているのでしょう」
「ま、マジですか……」
残酷すぎる。成長したって事は、普通の高校生みたいに故意に人を落とすようになるって事ですよね?アピールなんかもしちゃったり。私、友達申請貰っだけで落ちるのでは?