虹ヶ咲ヒーローorナイト&キング 作:コントラポストは全てを解決する
ストレスフル……ストレスハーフなアイドル部にて、愛は日課の同好会への連絡と璃奈との井戸端を楽しんでいた。ストレスはすごいが璃奈が茜と上手くやれているので何とかその事実を癒やしにしてメンタルを保っている。おまけに茜を家に引き戻すことにも成功したらしい。
それに今日は部長に予定があるとかで午後は休み。なのでさっさと帰り支度をして部室を出た。
「……あれ、弟くん?どうしたのこんな入口で。中入る?」
「いえ……これからちょっと嵐珠と飯を……それで待ち合わせが部室前なので……」
「すごい嫌そうな顔してるけど……大丈夫?」
「場所が……遠い……」
「そ、そうなんだ……」
てっきり嵐珠とのご飯が嫌なのかと思っていたが距離の問題だったらしい。それでもなおこの死にそうな顔なのだから相当ストレスなのだろう。
「断れなかったの?」
「接待はしといた方が良いかなって……特段断る言い訳も思いつかなかったですし……」
「子供がそこまでする必要ないよ。代わりに断っとく?」
「いえ、大丈夫です……。人の金で食う焼き肉は美味いらしいのでそれを試してきます……」
「……なにかあったらちゃんと連絡するんだよ?」
「はい……」
そして直後に嵐珠が到着し茜は連れ去られた。ものすごく心配だし尾行くらいなら許されるのではないかと考えたが、特に何か助けになる事が出来るわけでもないので大人しく茜からの連絡を待った。
◇
迎えの車が出迎えて来たため、即行でバス停までダッシュした茜。こんな車に乗ったら途中で逃げるという選択が取れなくなってしまう。
「そんでどこでご飯食うの?サイゼ?」
「ビュッフェよ」
「なにそれ」
「バイキングみたいなもの……かしら。会計はランジュが持つから安心しなさい」
「ふーん、何があるの?フライドポテトある?」
「今日はシャトーブリアンや黒トリュフを使った料理だったかしら」
「しゃとー……猫の品種?」
「高級ヒレ肉の呼び方よ。アカネなら毎日食べてると思っていたのだけど、意外と疎いのね」
「食おうと思えばいつでも食える。ただ諸事情で自炊してるだけ」
正直なところ、高級食材なんて人間社会内で見た希少価値が高いのと、ほんのちょっと他より味が美味しいだけで大枚をはたく程ではないと茜は考えていた。有り体に言えば興味がない。
「あんまり詳しくないけど、高級料理ってあれでしょ?イクラと同じ製造工程なのにイクラよりバカ高いスズキ目のイクラとか、チョコだかキノコだかわからないやつとか、カタツムリとか」
「……もしかしてキャビアとトリュフとエスカルゴの事言ってる?」
「多分それ」
「偏見すごいわね……でもビュッフェで出るのはだいたいそこら辺よ。あとは季節によって蟹とかフグとかマグロとか」
「伊勢海老フルで使ったクソデカエビフライある?」
「そんな下品なものないわよ……」
「つまらないねぇ」
なんと言えば良いものか、食のありがたみが分からない金持ちのおしゃれファッション臭を感じ取った茜。その答えにたどり着くなら今すぐ帰宅コマンドを使うのだが。
「疑問なんだが、高い飯ってなんのために食うの?」
「気品の為?マムがそうだけど、地位があると普通の食事が似合わなくなってくるのよ」
「それ仕事の会食の時だけしてれば良くない?なんでわざわざ私生活に持ち込むん」
「他から変に見られないため……とか」
なるほど……と、茜は一つ頷いた。ランジュのトゲが強いのは親の教育が厳しかったが故のもの。そこまで察した茜は警戒した態度を緩めた。
「ボクは『学生の本分は勉強』という教えで育った手前、勉強が好きだ」
「そ、そう……えっと、それと今になんの関係が……?」
「その中でも、ボクは精神論の研究と食育に関しては誰よりも力を入れている。ランジュにもあるだろう?食べ物への感謝とか、残さず食べる、みたいなもの」
「い、一応……?えっと、結局何の話をしているの?」
「まあまあ、聞き給えよ」
母親に似た壮厳な態度を見せる茜に、ランジュは自然と背筋を伸ばしてしまう。目の前の男は本当に年下なのかと目を疑ってしまうほどに、今の茜は母に似ていた。
「でさ、ボクは動物や植物が好きで、出来れば無駄に殺したくないっていう少し古い考えを持っているんだ。だから、別に殺さなくても良い動植物を殺して食べる、所謂『高い物』があんまり好きじゃない」
「そ、そうだったのね……。ごめんなさい……」
「あぁ、ボクの好みの問題じゃなくて。ランジュに写る今のボクは、子供に見えるかい?」
「み、見えないわ……」
「多分だけど、気品ってこういうのでしょ?」
「……そう、かもしれないわね」
さながら、気品は本人からあふれるオーラであり、服や食のブランドはおまけだとでも言うような……そんな表情。怪しい笑顔で嵐珠を見つめてくる茜。
怪しい笑顔……それは嵐珠が苦手とする茜の顔。これを見ているとそのまま茜にのまれてしまう……そんな錯覚を覚えるのだ。だから、茜が狐のようになったら嵐珠は顔を逸らすようにしている。
「け、結局、あかねはアタシに何を言いたいの……?」
「帝国と王国が永遠に和平を結べない理由」
「えっと……つまり……?」
「安心したまえ。これはもう過去の話だ」
「わけがわからないわ……」
オシャレ目的の飯が嫌い、行き先には高級料理を作れる自分に酔っているであろう意識高いシェフが待ち構えている──茜がそういう考えで生理的に高級ブランドを嫌っていることは理解できた。
しかし、話しをすればするほど、茜がなにを考えているのか、何をしたいのかが分からなくなって行く。まさしくそれは、人を騙す狐のようで、嵐珠は再度茜から目をそらす。
そして、茜の怪しさが嵐珠の危機感に火を付け、冷静さを喪失させてくるので余計に推測が立てられない。
「嵐珠、ちょっと行きたいところがある。着いてきて」
「えっ、ちょ……」
茜に手を引かれ、嵐珠は目的地から反対の方向に進む事となった。
◇
10分くらい歩いただろうか。嵐珠が辿り着いたのは『上原』という表札が掲げられた平凡な一軒家だった。
「歩夢先輩、なんかご飯ください」
「えっ……え……?」
「あ、あかね……!急に来たら迷惑でしょ……!」
なんだか久方ぶりに茜とあった気がする歩夢。色々と込み上げてくるものがあった。
頼み事に対する困惑と、ちゃんと元気にしていた安心感……そして、現時点での最重要警戒人物と同伴して来た事実に対する不安。
色々な物が込み上げ、混ざり合い、歩夢は一瞬だけ言葉を失ってしまう。そしてその身を無意識に茜へと寄せながら、歩夢はひと先ずの事情聴取を始めた。何がどうなり今に至るのかを。
「え、えっと、あかねくんはどうして嵐珠ちゃんと?」
「一緒に飯食いに行く約束をしていたのですが、ボクが店の予約日を間違えてたあげく、本日が定休日だったためご覧の有り様です。そんでダメだったのでここに来ました」
「材料ないんだけど……待てそう……?」
「ああ、そこはご心配なく」
茜と嵐珠が手ぶらだったので買い物に行こうと思った歩夢だが、支度を始めた直後に愛がやって来た。もう訳がわからない。
「あ、愛ちゃん?どうしたの……?」
「弟くんにお使い頼まれてね。はい、いい感じの魚」
「これは……ホッケ?開いてないの始めてみました……ありがとうございます。連絡通り後でお金渡しますので」
「別に良いよ。何かあったら連絡頂戴って言ったのはアタシだし、それに魚屋のおじさんがまけてくれたやつだからね。あと弟くんにはいつもお世話になってるし」
「世話とか温情とか良いですから。ややこしくなるので貰ってください」
「王様がそんなケチなこと気にするものじゃないと思うけど」
「愛さんを国民に入れた覚えはありません」
「でも友達じゃん?」
「友達ごっこです。勘違いしないでください」
「 あはは、相変わらずで逆に安心しちゃうよ。じゃっ、あとは若い人たちで」
「愛さんも食べるんですよ。何言ってるんですか」
「国民じゃないし友達ごっこなのに?」
「払うもんは払う。ビジネスの基本です」
「律儀だね〜ほんと」
あとは素直になってくれれば完璧なのに──なんて愛と同じことを考えた歩夢。
愛までやって来たこの状況。ここまで来たら断ることは出来ないと歩夢は腹をくくった。そもそも断る気がなかったわけだが。
「じゃっ、そういうわけなのでおじゃましまーす」
「あかねくん、次はちゃんと連絡してね?」
「ごめんなさい」
「大丈夫。びっくりしちゃっただけだから」
茜の申し訳なさそうな顔を見て、そういえば少し前に『たまには顔が見たい』とメッセージを送っていた事を歩夢は思い出す。茜は優しい子だから、きっと気遣わせないようにこうしたのだろうと、歩夢はなんとなくで感じ取った。
「あっ、ランジュちゃんも上がって?」
「お、お邪魔するわ……」
ぎこちない嵐珠の姿に、茜とは違う子供っぽさを感じた歩夢。茜と一緒の時は警戒しなくても大丈夫なのだと気を緩めた。
「せっかくだし皆でやる?ランランってこういうの大丈夫そ?」
「え、えぇ……多少なら……」
「弟くんと歩夢は大丈夫だから……おっ、可愛いエプロンみっけ」
「愛さん先輩、なんでこっち見るんですか」
「いやだってアタシ達もうキティさんとか着る見た目じゃないし」
「歩夢先輩のやつじゃないんですか?」
「これは小学生の時に侑ちゃんがくれた手作りのエプロンで……使いたいなら良いよ?」
「なんかちょっと断りずらくなったな……」
結局思い出を無碍にすることは出来ず茜はキティエプロンを装着し、愛は元気に写真を撮り始めた。
距離感なく姉弟のような愛と茜。微笑ましく思いながらも、少しだけ羨ましくも思った歩夢。茜との気さくな関係というのはやっぱり憧れてしまうものである。
そして、嵐珠は終始困惑していた。ご飯は美味しかった。
◇
嵐珠には気に入った相手をビュッフェに誘うという習性があった。河原での殴り合いと汚い屋台での相席ラーメンは世界の共通コミュニケーションだから(当社比 )。
人の気持ちに疎い嵐珠とて、茜がうっすら自分を避けているのは薄っすらと感じ取っていた。だから、一緒に食事をすれば仲良くなれるだろうと信じ切っていたのだ。
しかし、まさかその食事先が茜の地雷だったとは誰が分かるだろうか。
誰彼問わず高級が好きではないことを知った。歩夢の家で食事をご馳走になって分かったが、茜が好きなのは家族団らんやテレビを見ながら談笑して和やかに過ごす食事だった。
イベントや行事でのハッチャケではなく、日常の細やかな幸せが一番好きな人だった。
そんな茜の姿を初めて見て、初めて知って、茜の見方が変わった。
今までの印象では、呼んでも来ないし隣にいたとしても小言か屁理屈を永遠ネチネチ捏ねてくる悪友。
けれど、今日の茜は何かのために嫌われ役を買ってでてるような、そのためにあの罵詈雑言を使っているような、そんな不器用な温情を持った人に見えた。
嵐珠のこの感覚は確信と見て良い。じゃなきゃ茜に対する愛と歩夢の好かれ具合に説明がつけられない。あれを嵐珠がやったら確実に嫌われる。
加えて、茜の料理手際を見ていたがやたらとサポートに手慣れていた。おそらくこの男は行動で示す優しさは得意だけど、言葉で語る気遣いが酷く不器用なのだと思う。
矛盾というかこの2つは同じ物のように感じるけど、嵐珠も薄っすらと感じ取れただけなので、細かく説明しろと言われても無理と答える。
でも、そんな嵐珠でも語れる成長はあった。
嵐珠は、茜の事を何も知らなかったのだ。自分の中で勝手に同じ括りにカウントしていただけ。同類だと思いこんで、自分のペースに巻き込んでいた。
そして、これは茜に対してだけじゃない。きっと昔も、今と同じ過ちを繰り返していたのだと思う。
何をどう間違えたのかはまだ分からないけど、もっと人の痛みを感じるべきだった。分からなくても、もっと知ろうとするべきだった。
……そんな気づきを得た。けど、それと同時に問題が生まれた。
『人の痛みをを感じ取る方法が分からない』
茜のように優しく、歩夢のような気遣い上手。嵐珠が知っている人の中で、温情に優れているのはこの二人。
元の性分もあるのだろうけど、茜に関しては絶賛半グレ中だ。でも優しい。というか怒らない。
一体どうやったらその域に辿り着けるのかが嵐珠には分からなかった。
でも、聞いたとしてもきっと答えは返ってこない。この優しさを当たり前にして来たものであり、おそらく言葉では表せない習慣として根付いている。だから言語化出来ない物をマニュアルにして用意しろと言われても無理と言われるだろう。
それに加え、これは嵐珠自身か自力で答えにたどり着かないといけない気がするのだ。遠回りな道だけど、茜を理解するにはこれくらい頑張らなきゃダメ。だからイバラの道でも頑張る。
そう、嵐珠は決心して皆で作ったご飯を食べた。