ブルーアーカイブ 外伝『カナン秘密協定』編   作:清姫

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新しい生活

 ドスドスと不機嫌そうに足音を鳴らし、早足で歩くミカに連れられ数分。

 

「......」

 

 怖い。

  

 テラスでは感情を爆発する姿を見せたが廊下に出た途端、無の表情に変わってしまった。

 これからの事を色々聞きたいけど、今の彼女に話しかける程の勇気は......。

 

 そうこうしている内に寮の最上階。

 

「後ろ向いててくれない?」

 

「はい!」

 

 ミカの言葉に身体を震わせ、勢い良く急旋回。

 腕を掴まれたままの為、変な体勢になってしまっているが、そんなことを気にしている余裕はない。

 

 開錠音が聞こえる。

 

「本当にあるし......」

 

 中に入るとそこは、正に豪華絢爛という言葉に相応しい部屋。

 

 通常の寮の部屋より数倍は広い面積に白を基調に揃えられた家具、しかもそのどれもが見ただけで高いと分かるブランドものばかり。

 寝室は勿論、それぞれの用途に沿った部屋があるようでまだ何個か扉があった。

 そんな空間に、一つの段ボール。

 恐らく僕の荷物であろうそれを、不機嫌に一瞥。やや棘のある物言いで手を離し脇を通り抜けソファへ。

 

「すごい......ですね」

 

 思わず声で出てしまった。

 

「そう? 向こうではこれくらい普通だったんじゃない?」

 

 勢いよく座ると、ポケットから取り出した端末で何やらポチポチし始めた。

 

「......」

 

 気まずい......。

 普通の人ならここで、空気を和ませる為に会話を行うのだろうが、今まで友達と呼べる友達はいなかった僕は何を話したらいいかさっぱり分からない。

 直近を振り返ってみても、テラスでの会話以外では「はい」、「ごめんなさい」、「ありがとうございます」の三つしか口にしていない。

 

「......」

 

 両手に持った端末で何処かに連絡を取っているようで、画面をタップする速度が上がるにつれ、顔色が次第に不機嫌な方向へと傾いていき、気が付けば夜に。

 

「この部屋から出ないでよね」

 

「ど、何処へ「ご飯」はい......」

 

 言い残すとミカはそのまま扉を開き、外に待機していた生徒達と出て行ってしまった。

 

 広い部屋に僕が一人。

 時計の針が動く音。

 

「......」

 

 流石に何時までも立っている訳にもいかず、遠慮しがちに自分の荷物へと近づき、恐る恐る封を開いた。

 そこには、整頓された自分のモノ。

 やはりティーパーティーの命令だからか、荷物に対して嫌がらせをされるということはないようだ。

 

 蓋を閉じ、出来るだけ邪魔にならない隅にそれを移動させると、再び中身を見る。

 

 数着の制服に、ボロボロの体操服、それから教科書などの用具それと必要最低限の生活必需品。

 私物と言ったらこれだけ、他に何もない。

 

「終わっちゃったな」

 

 時計に見たら、先ほどと針の位置が変わっていない。

 何をやるにしても、先住者の許可なくするわけにはいかず、手持無沙汰になってしまった。

 

 キュルルル......。

 

 静寂に木霊する小さな音。

 発生源は僕のお腹。

 

「お腹空いた。今日は朝から何も食べてないから流石に何かお腹に入れておかないと」

 

 壁に背を向け腰を卸す。

 スカートを丁寧に手で押さえ、整えながら正座をすると、片手を段ボールにツッコむと底を探り、ある物を取り出す。

 

「テーブルは......汚しちゃ悪いし。――ここでいいや」

 

 長方形の段ボールで出来た包装を開け、傾けると手の上に出す。

 中から現れたのはやや大きめのビスケットが五枚と小さな袋に入ったピーナッツバター。

 水はない。

 つい先日、水筒を失くしてしまったからだ。

 

「いただきます」

 

 膝の上にプラスチックの袋を丁寧に開け、その上に乗せたビスケットを一枚摘まむと、半分程切っておいた袋から出したピーナッツバター塗り、そこをパキリと一口。

 

 粉が零れないようにゆっくり、離してから咀嚼する。

 

「いち、にい、さん」

 

 少しでも満腹になる様に、口の中で限界まで噛み砕いてから、ごくんと飲み込む。

 

 静かな部屋の隅にポツンと僕一人。

 見渡す限り豪華な家具に包まれながら、食事をしているとどこかお姫様になったようで、自然と頬が緩む。

 

「ふふふ」

 

 ちょっといい気分になりながら、同じようにビスケットにのせると口に入れた。  

 

 

 

 

 ミカは何時にもなく不機嫌だった。

 

『手伝って上げたいのは山々ですが、こちらも立て込んでまして――』

 

『君が任された仕事だろう?』

 

「ナギちゃんもセイアちゃんも」

 

 心の中の声が漏れ出てしまっているのを気にすることなく、上品ながらもやや雑な所作で皿に載った料理を切り分け口へ運ぶ。

 

 胸からせり上がって来そうなどす黒い感情をグッと抑え、頭の中で整理する。

 

 ミゾレの言う通り、自身の好き嫌い限らずそれが派閥の為ならば喜んでと言わないまでも我慢して与えられた仕事をこなさなければならない。それが、副首長という立場にいるのならば尚更。

 

 ナギちゃんやセイアちゃん、他の派閥の副首長と比較して自己評価としてもやや真面目さに欠けている事は自覚している。

 実際、そうなのだから取り繕わない。

 けれど、今までティーパーティーから下された仕事はサボったことはないし、それら全て完璧に完遂した。

 さっきだって、死ぬ程嫌だったのにあの学校(・・・・)の関係者を先輩の所へと連れて行く仕事も顔を顰めつつも、やり遂げた。

 

 それなのに「世話係になれ」だなんて。

 先輩は私があれを心底軽蔑しているのを知っている筈だ。

 「嫌いな事」? 嫌いなんて言い方生ぬるい。あれは忌むべき存在。あいつを部屋に押し込むまでどれだけ殺してやろうかと思ったか分からない。

 

 ――あの学校もあいつも潰れちゃえばいいのに。

 

「ミカ様?」

 

 ないかを察したのか、食事を共にしているパテルの生徒が食事の手を止め、ミカを見る。

 

「何かな☆」

 

 反射的に外面と言う名の仮面を被り、返事する。

 溌剌とした笑顔で、人を安心させる声音で。

  

「いいえ。何やら顔色がよろしくなさそうでしたので」

 

「顔色? 大丈夫大丈夫☆。別に普通だよ――このお肉美味しいね」

 

 当たり障りのない会話で流し、食事をすませる。

 味何て分からない。

 目の前の事で頭がいっぱいだったから。

 

 自室に帰る途中、ナギちゃんかセイアちゃんの任されている仕事を変わるからと交渉を持ちかけようと再びポケットから端末を取り出したが、二人が任される仕事内容と量を想像すると、直ぐに端末をポケットにしまい込む。

 

 仮にここで変わって貰ったとしても、その仕事をこなす自信がない。

 末端なら兎に角、副首長が任される仕事だ。一つ一つが重要でトリニティ全体に影響を及ぼす。それを『頑張ったけど無理でした』では余りに無様だろう。

 

「はぁ......じゃあ、私がやるしかないじゃん」

 

「? ミカ様?」

 

「うんうん。何にもないよ☆」

 

 部屋の前まで来ると、贈ってくれた生徒と挨拶を交わし、仮面を外すと中へ。

 そこには、部屋の端に正座をし段ボールから取り出したであろうレーション、それも、ビスケットに少量のピーナッツバターがあるだけの一番安く人気のないものを取り出して、食べていた。

 とてもではないが、トリニティの生徒に見えない彼女を見ていると視線を感じたのか齧ろうとしていた物を離し、顔をこっちへ。

 

「おかえりなさい」

 

「......ふん」

 

 跳ね除け、「床汚さないでよね」と言い残し、備え付けの浴場へ歩いく。

 

「これじゃ、私が悪者みたいじゃん」

 

 湯舟につかり、一人そう呟いた。

 

 

 

 

 

「怒らせちゃったかな」

 

 手に持ったビスケットを見ると、急いで口に放り込みゴミを片付けると足を崩し、膝を抱えながら彼女の帰りを待つ。

 

「出たら謝ろう」

 

 十分.....二十分......。

 

 平坦な時間が眠気を誘い、両膝に顔を埋めた時、風呂場の扉が開く音。

 

「......」

 

 顔を上げるとそこには湯気の上がったミカが寝間着姿で立っている。

 

「あ、さっきは......その、すみませんでした」

 

「......何で謝る訳?」

 

「え? だって、怒ってるような感じ、でしたから」

 

 目の下瞼が一瞬上がり、顔を歪めると返事もせずに踵を返し、何処かへ行ってしまった。

 

 どうしたら分からず、下を向いていると足音が近づいてくる。

 そこには毛布と水の入ったペットボトルを持ったミカが。

 

「お風呂入って良いから。洗濯物は下の籠に入れないでよ私のあるから。それと、今日はソファで寝て――これ毛布。私寝るから最後電気消して、あそこスイッチ。じゃ」

 

 畳みかける様に話、水と毛布を押し付けると、そのまま寝室へ。

 

「あ、あの!」

 

「何?」

 

「すみません」

 

「だから何のすみませんなの?」

 

「毛布と、あと水」

 

「すみませんじゃなくてありがとうでしょ」

 

「すみません......」

 

「ッチ!」

 

「あ! 違います。ありがとうございます!」

 

 僕の言葉を最後まで聞くことなく、ミカは寝室へ。

 扉が閉まり、暫く経って手触りの良い毛布を抱きしめ、隣に置くと水で喉を潤す。

 

 それから、お言葉に甘えお風呂で身体を洗うと、寝間着が無いので下着姿で毛布に包まり慣れない手つきでリモコンで電灯を切る。

 

「おやすみなさい」

 

 静かな部屋に小さな声。

 その後直ぐに、寝息が聞こえた。

 

 

 

 

 

「......」

 

 目を覚ます。

 時計の針は五時を指しており、窓からは弱弱しい光が差し込んでいる。

 

「ご飯買いに――」

 

 言葉の途中で言うのを貯めた。

 本来なら、日付が変わる時に起きてアビドスへ食料を買いに行くのだが、寝ぼけていて自身の財政状況の悪化を失念していた。

 

「どうしよう」

 

 レーションはどれだけやりくりしても一週間持たない。

 水は幸い、ミカがペットボトルをくれたから食堂に行けば手に入るが、人間水だけでは生きていけない。

 

 先々の事を考え不安でため息を零しながらあらかじめおいて置いた新しい制服に袖を通し、ミカが起きるのを待った。

 

 七時になるとミカが寝室から出て来た。

 

「おはようございます」

 

「......」

 

 相変わらず、コミュニケーションを放棄したような態度。

 寝ぐせ姿のまま、洗面所へ。

 数十分後、何時もの髪型のミカが制服姿で出て来る。

 

「使っていい、でしょうか?」

 

 遠慮しがちに洗面台を指さす。

 流石に歯磨きも洗顔もなしでは、人としての何かがかけてしまう。

 

「一々許可とらなくていいから――」

 

 そう言い残し、廊下に続く扉に手をかける。そして、外へと出ようと途中まで開いた時、少しの間制止し、それから開いた。

 

「おはようございます。ミカ様」

 

「おはよ☆ 悪いんだけど今日の朝食は部屋まで持ってきてくれない?」

 

「かしこまりました」

 

「二人分ねー!」

 

 顔を洗っていると、向こうから聞こえて来た。

 二人分......てことは僕の分も含まれていると考えても良いのだろうか? いいや、早計はダメだ。

 前はそうやって騙された事がある。

 過度な期待は禁物..............でも、美味しいんだろうなぁ......。

 

 キュルルル。

 

 男のように顔を洗い、ホテルのアメニティのような歯ブラシで歯を磨き、碌に鏡を見ずに部屋に戻る。

 すると、椅子に腰をおろしこちらを見ているミカがいた。

 

「座って」

 

 仏頂面に底冷えする声に、肩を震わせながら恐る恐る床に座る。

 そんな僕を見て、また眉間に皺を寄せ「椅子に座って」っと言う。

 

「ごめんなさい」

 

「だから! ――話進まないからいいや。......これからの事で話す事があるの」

 

「はい」

 

「ミゾレ先輩からの言われた事だから、これから最悪卒業まで一緒にここで暮らさないといけないかもしれないから、今からここのルールを言うね。もし、違反したら廊下で寝てもらうから」

 

「ひぃ」

 

 1.部屋の外に出る時は必ず聖園ミカに許可をとる事。

 

 2.全ての優先権は聖園ミカにある。(聖園ミカが緊急時と判断した場合は別)

 

 3.自分の部屋の掃除は自分でする事。(汚いと判断した場合は追い出す)

 

 4.生活に必要な物は全て聖園ミカに言う事。(我慢していると判断した場合は追い出す)

 

「部屋......」

 

「何?」

 

 手渡された紙を見ながら、恐る恐るミカを見る。

 

「部屋、貰えるんでしょうか?」

 

「何時までもリビングに居られちゃ私が人呼べないでしょ」

 

「そう、ですよね。ごめんなさい」

 

 バンッ!!

 

 突然、ミカが机を叩く。

 それに、ビクリと身体を震わせる僕。

 

「次意味なく謝ったらブン殴る......」

 

「ご......はいぃ」

 

 ちょうどその時、ノックが。

 「どうぞ」とミカが言うと、扉が開き数人の生徒がワゴンを付き、入って来た。

 クローシュの隙間から食欲をそそる匂いが鼻腔を擽り、腹を刺激する。

 

「ありがと☆」

 

 統率のとれた動きで純白のテーブルクロスを敷き、スプーンやフォークと言った食器を僕達の前に並べる。

 手早くテーブルメイキングが終わらせワゴンからテーブルへ、食事が配膳された。

 

「ねぇ」

 

「? いかがいたしましたか?」

 

「何で私とこの子の料理が違うの?」

 

 ミカの問いに言葉を詰まらせる生徒達。

 確かに、テーブルの上に乗っているクローシュを被せられた皿はミカと僕では僕の方が少ない。

 

「私は二人分って言ったよね」

 

「えっと......」

 

 互いに見合わせ、狼狽える生徒達。

 ピンっと空気が張り詰める。

 

「あ、そっか! きっと聞き間違えたんだよね☆ 悪いんだけどあの子の食事私の同じのと交換してきてくれる?」

 

「は、はい! 只今!」

 

 並べた倍の速度で僕の前から食事が消えていき、「失礼しました!」と声を揃えながら外へと出て行ってしまった。

 

「あのままでも良かったですけど」

 

「ダメ」

 

 両手を顔の前に組み、目を瞑りながら続ける。

 

「それに、あれじゃ貴方を苛めてるみたいじゃない」

 

「そんなこと」

 

 慣れてる。

 そう言おうとして言葉を噤む。

 

「そこも、そこに居た貴方も大っ嫌い。だけど、誰かを意味なく傷つけるのはもっと嫌なの」

 

 瞳を開き、ナプキンを開き膝にのせ食事を始めた。

 

「す――ありがとうございます」

 

 一瞬鋭い眼光が肌を貫く。

 

「別にお礼言われることやってないんだけど」

 

「それでも、ありがとうございます」

 

「......変なの」

 

 食事が運ばれてきて、僕も朝ごはんを食べた。

 

「美味しいです」

 

「あっそ」

 

 それは、今まで食べて来た中で一番美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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