【完結保証】鬼目と名無しくん(仮)   作:奥州寛

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 公募に落ちた腹いせに「公募作品ってこういうのが好きなんだろ? アアン?」という気持ちでブチ切れながら書いた作品です。完結済みなので順番に投稿していきます。

 もし「そうそうこういうのでいいんだよ」と思ったら高評価、ブックマーク他、感想や推薦レビューとか書いてもらえると嬉しいです。


はじまり

――八月二十九日 昼

 

 

 俺は小さい頃から誰かを助ける場面によく遭遇するタイプだった。

 

 去年行った野外フェスでは、いつの間にか隣にいた参加者が心臓発作を起こして倒れていたり、土手を歩いていると子供が川に落ちていたり、電車を待っていたら隣の人が急によろけて、危うく目の前でスプラッタな光景が広がりそうになったり。おかげで家には感謝状やらなんやらが二桁くらい飾られている。

 

 そういう訳で、待ち合わせの遅刻をすることは日常茶飯事で、大体の知り合いがそれを理解してくれていた。

 

「ごめんごめん、歩いてたらおっさんが熱中症で倒れててさ」

「ったく、おせーよ志藤。前々からそれ見越して早めに出ろって言ってるだろ」

「早めに出た結果こうなったんだよ」

 

 大体の知り合いがということは、それを理解してくれない知り合いもいる訳で、待ち合わせの喫茶店で不機嫌そうに俺を睨んでいる沢村もそのうちの一人だった。

 

「はぁ、まあいいや……んじゃ問題集写さしてくれ」

「いや解くのを手伝う、だからな」

「どっちも変わんねえよ、全部アタシがお前の言うとおりに書いてるだけだろ」

 

 そう言って、彼女はフラペチーノをずるずると啜る。

 

「女の子がそんな音を立てて啜るなよ」

「あ? いいだろ別に、ジェンダーフリーって奴だ」

 

 そう言って沢村はストローから口を離す。先端は噛み跡のせいでヨレヨレになっていた。

 

 俺は溜息をついて、抹茶ラテに口を付ける。

 

 こんな口調と性格だが、沢村はれっきとした女の子である。デニム製の短パンから覗くしなやかな太腿と、オーバーサイズシャツの上からでも十分わかる胸のふくらみ、そして綺麗に染められた金髪の奥にある長い睫毛、見た目だけは美人と言えるだろう。

 

「じゃあまずは因数分解の公式から始めようか」

「ああ、それでさ、こないだ家族でハワイ行ってきたんだけど」

「一問目の途中でさっそく脱線しないでほしいんだけど?」

「いいじゃん。どうせ明後日が三十一だから最終的に写さしてくれんだろ。へへへっ」

「まあ、それはそうなんだが……はぁ」

 

 俺は溜息をついて問題集を閉じる。沢村がこうなったらもうお手上げである。

 

「で、ハワイで何があったの? 明菜ちゃん」

「えっとねー、大変だったんだよ、優紀くん!」

 

「……ごめん、気持ち悪いから元に戻そう」

「奇遇だな、アタシもそう思った」

 

 皮肉といら立ちを込めての名前呼びだったが、想像以上に気色が悪かったのでお互いにギブアップした。

 

「で、何で大変なんだよ、ハワイって言ったら観光地だろ、楽しい以外の感想聞いたことないぞ」

「行く前はアタシもそう思ってたさ、だけど全部台無し、近くで爆発が起こって、それ以降はずっとホテルに籠りっぱなし」

 

 そういえば、ハワイでなんかテロがどうのとかニュースでやってた気がする。最近多いから気にもしなかったけど、結構危なかったな。

 

「――んで、唯一持って帰れたのがこれ」

 

 そう言って、沢村はポケットから不細工な毛糸人形のような物を取り出す。

 

「なにこの絶妙にキモいの」

「ヴードゥー人形だってよ、現地の御守りっぽい何からしい。もう一個買ってあるから、これは志藤の分な」

「どうせならアレ買ってきてくれればよかったのに、ナッツ入ってるチョコ」

「お土産に文句付けんな、アレは始業式の日にドンキで買ってきて配るから我慢しとけ」

 

 もうそれハワイのお土産じゃないだろ。というツッコミは置いておいて、そのキモい人形を受け取り、鞄にしまう。

 

「てか、ハワイ行ったなら、銃とか撃つ機会あっただろ」

「ああ、それはハワイで経験した唯一いい事だった」

 

 そう言って沢村が身を乗り出すと、オーバーサイズシャツの襟が大きくはだける。それはもうシャツの隙間から覗き込めと言わんばかりに。

 

「すげーのなんのって、結構反動がすごくてさ、男だったら簡単に抑えられたんだろうけど、もうアタシは六発撃ったら手の感覚が無くなっちまってさ」

「ふーん、そりゃよかった」

 

 興奮気味に話す沢村は、どうやら俺の視線が彼女の顔を見ていないことに気付いたようで、はっとしたように身体を引っ込めた

 

「ばっ……! 見るなっ!!」

「大丈夫大丈夫、アングル的に見えるとしたら俺くらいだし」

「志藤に見られるのが嫌なんだよ!」

「そっか、ごめん……じゃあ、夏休みの宿題を始めようか」

「絶対反省してないだろお前」

 

「だって見えたもんはしょうがないじゃん」

「そりゃまあそうだし、アタシも不注意だったけど……ああもうっ!」

 

 沢村は頭を掻きむしる。俺はそんな彼女をよそに問題集を開きなおした。

 

 

――八月二十九日 夕方

 

 

「じゃ、また明日」

「ああ、今日はこんくらいで勘弁してやるよ」

「それ宿題を手伝ってもらってる奴の言う事じゃないからな?」

 

 沢村は手を振って帰っていく。最近は日没後に治安が悪くなるので、女の子をあんまり出歩かせるのも悪い。

 

 結局のところ、あの後も話は脱線に脱線を重ねて、宿題はほとんど進まずに終わってしまった。わざわざ電車に乗ってまで会いに行ってやったというのに、なんとも恩知らずな奴だ。

 

「……」

 

 まあ「電車に乗る」と言っても各駅停車の一駅分くらいなんだけどな。ただし俺の最寄り駅は快速が止まらないので、乗る列車に注意しないといけない。

『次に三番線に参りますのは、快速――』

 

 元々そう多くない各駅停車だが、朝夕のラッシュ時にはほとんどと言っていいほど本数が減る。迅速に社会の歯車を回すためには、なるべく早く都心まで労働力を運ばないといけないらしい。

 

 時刻表を見ると、やっぱりしばらくは各駅停車がくる気配はない。こうなると一駅分くらいは歩いて帰っても時間的には変わらないような気も……いや、でも今から改札を出直すのも面倒だし、このまま待って居よう。

 

 駅のベンチっていうのは、意外と座る人が多くない。目の前を通るサラリーマンのおっさんとか、部活帰りの坊主頭とかは、椅子で一休みよりも、早く帰りたいって気持ちの方が強いし、今の時間、快速に乗るつもりならすぐに来るので座るまでもない。

 

 そういう訳で俺は空いているベンチに腰掛けると、到着した快速列車から降りる人たちをなんとなく観察する。今は夏休みだから疲れた表情の人と、楽しく遊んだ帰りの人が大体七:三くらいで混じっていた。

 

 この駅は、俺の最寄り駅と違って私鉄の乗り換えが沢山ある場所なので、降りる人も多ければ乗る人も多い。窮屈そうに歩く人たちを見て、俺はほんの少し優越感を抱いた。

 

 この人たちは、家に帰ったらどんな生活をしているんだろうか。そんな事を考えていると、俺の隣に誰かが腰かけてきた。身体を軽くどかして、座った相手を見る。

 

「おぉ……」

 

 思わず感嘆の声が漏れた。隣の相手はスーツに身を包み、綺麗な黒髪と薄く切れ長の目をしていた。大人びた格好だが年齢は同年代くらいで、リアルなCGとかAIイラストで作ったような、現実感の無い美人だった。細長い荷物を持っているけれど、竹刀とかだろうか?

 

 こんな美人が隣に座るなんて、今日はラッキーだ。気付かれないように、変な奴だと思われないように振る舞わなければ。

 

 しかし、そう思うほど身体は落ち着きが無くなり、そわそわしてしまう。そんな挙動不審の俺に対して、美人さんはじっと前を向いている。そんな状況で、彼女は唐突に口を開いた。

 

「志藤優紀」

「……え?」

 

 初対面の美人に名前を呼ばれる。なんて事は全く想像できなくて、自分の名前だというのに理解するのに数秒を要した。

 

「あなたの名前、それで間違いない?」

「え、うん、まあそうだけど、君は――っとぉ!?」

 

 質問に答えた瞬間、腕を掴まれて立ち上がらされた。敵意は無いようだけど、一体どうしたんだろう。

 

「私と一緒に来て」

「へ? どわぁっ!?」

 

 答える前に、目の前で開いている電車のドアに引っ張り込まれる。

 

「ちょ、一体何すんの!?」

 

 俺が声を上げたところで、電車のドアが閉まる。

 

「あなたの力が必要、だから連れていく」

「いや、そういう事じゃなくて! ……あ、すいません」

 

 遠慮なくツッコミを叫ぶ俺だったが、周囲の疲れた人々からの視線が痛くて、トーンを下げる。

 

「……なんで俺の名前知ってんの? てか力って何よ? 普通の男子高校生だよ、俺」

 

 家では両親も健在だし、姉や妹がいるなんて言うオイシイポジションにも居ない。いるのは登録者数人のユーチューバーの兄で、その兄には良くてパシリ、悪くて奴隷扱いされている。どこからどう見ても普通の男子高校生である。特別だと思いたかったけど、誰かのオンリーワンにはなれそうにない人間だ。

 

「嘘」

「いや嘘って……俺の普通さは筋金入りだよ?」

「覚醒能力:フォーチュン」

「は?」

 

 覚醒だとか、能力だとか、訳の分からない言葉を並べられて、俺は気の抜けた反応をしてしまった。

 

「詳しくは到着したら話す。我慢して」

 

 俺に訳の分からない言葉をぶつけてきた当人は、それを説明する気はないらしい。

 

「あ、じゃあLINEだけ打っていい? お母さんに遅くなるって」

「……」

 

 彼女は静かに頷く。どうやら構わないらしい。

 

――ごめーん。帰るの遅くなりそう。

――はいはい、わかりました。赤飯炊いておきますね。

――炊かなくていいし、そういうのじゃないから。

 

 全く心配されていないことに少なからず傷つきつつ、報告を終える。

 

「えっと、それで、どこまで行くの?」

「深河駅まで」

 

 深河駅というと、テーマパークがあったりする大きな繁華街とオフィス街のあるあたりだ。ここからだと大体三十分くらいかな。

 

「そこで何するの?」

「言えない」

 

 いや、流石に何をするかは教えてほしいんだけど……とりあえず、彼女がほとんど何も話す気が無い事は分かった。

 

「アイ」

「え?」

「私の名前、まだ言ってなかったから」

「ああ、うん」

 

 正直もうそのあたりはどうでもいい部類に入っていたのだが、折角彼女が自己紹介してくれたので、挨拶を返す事にした。

 

「こちらこそよろしく、アイ……でいいのかな?」

 

 彼女は無言でうなずく、少なくとも、どうやらよろしくしてくれるらしい。

 

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