【完結保証】鬼目と名無しくん(仮)   作:奥州寛

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九月一日

「大丈夫?」

「な、なんとか」

 

 俺は裸足で、アイにおんぶされていた。ネズミは見事に俺の靴を使い物にならなくなるまで削り切って、ズボンを半ズボンにしていた。

 

 別に歩けるのだが、彼女が言うには「傷だらけの裸足で歩くのは危ないから」らしい。ネズミたちに噛みつかれたりくっつかれたりしたせいで、臭いし汚い状態ではあるので、できれば密着するのは勘弁してほしかったが、彼女の強い勧めもあって、それに従う事にした。

 

 ……そういえば、ネズミに噛まれると病気になるとか言うよな、後で病院に行こう。しかし、こんなに大量のネズミに噛まれた状態で運び込まれる奴なんて、俺くらいしかいないよな……

 

「あ、優紀、見て」

 

 積み上がったコンテナの隙間から、打ち上げ花火が上がっているのが見えた。

 

「綺麗だね」

「ああ、こんな状況で見たくはなかったけどな」

 

 なんか……あるじゃん。もっとマシなシチュエーションでの花火見物。ネズミ臭い身体で女の子におんぶされながら見る花火とかある?

 

「そう? 私は優紀と見れて嬉しい」

 

 ため息交じりに話す俺に、アイ――沙織は優しく声を掛けてくれる。

 

「そうなのか?」

「こんな風に話したいって、ずっと思ってたから」

 

 沙織の声は穏やかで、それだけに本当にそうしたかったんだなと言う説得力があった。

 

「あ、あそこ」

 

 サンライトのバックアップチームのいる場所へ向かう途中、沙織は水道の蛇口を見つけた。どうやらコンテナや機材を洗うための水栓らしく、淡水が出るようになっていた。

 

「沙織?」

「傷口を洗って応急処置をする」

 

 彼女は俺を降ろすと、小さなプラスチックコンテナを持ってきてそれに座らせて、蛇口をひねる。

 

「っ……」

「染みる?」

「ああ、でも、これやっとかないと余計酷いことになるんだろ?」

「ん、よくわかってる」

 

 沙織にされるがまま傷口を洗ってもらうと、血で見えなくなっていた傷口がはっきりと見えるようになってきた。かなり深いところまで噛まれており、確かにこれは自力で歩かないほうが良いと言われるだけはあるな、と思った。

 

「っ……ずっとこんな風に話したかったって、どういう事なんだ?」

 

 傷の痛みをごまかすつもりで、俺は沙織に聞いてみた。どうも話の節々で、彼女は俺の事を知っていたような素振りがあるのだが、俺は全くそんな記憶はないので、気になっていた事だった。

 

「半年前、あなたと初めて会った時から、そう思ってたから」

 

 彼女は、その頃を思い出すように遠い目をした。

 

 

――二月十五日 朝

 

 

 沙織は報告を終え、自宅へ帰る途中だった。

 

 報告を終わった時点で日付は変わっており、始発まで待たなければならなかった。レオは職員に送らせると提案したが、彼女はそれを断り、始発を待って家に帰ることを選んだのだった。

 

 親友でありバディの理香を失ったショックは、彼女の心に大きな傷を残し、呆然自失となった彼女は、何とか電車に乗り込んだものの、降りるべきではない駅に降りてしまっていた。

 

「……はぁ」

 

 しかし、折り返すつもりにもなれないし、どこかへ行く気にもなれず、彼女はずっとベンチに座り続けていた。

 

 日の出前の空気は冷たく、冷え切ったベンチは容赦なく彼女の体温を奪っていく。沙織の身体は睡眠と休息を欲していたが、彼女の脳裏に張り付いている記憶は、彼女にそれをさせなかった。

 

 どうすることもできず、彼女は徐々に増え始める人影を、感情の無い瞳で見つめ続ける。気付けば日が昇り始めていたが、彼女はそれでも動くことができなかった。

 

「……」

 

 彼女がようやく動いたのは、日が完全に昇って、彼女の身体を照らし始めた時だった。おもむろに立ち上がり、黄色い線へと並ぶ。

 

『まもなく三番線で列車が――』

 

 彼女の耳にアナウンスは届いていたが、内容は脳まで届いていなかった。彼女は電車が到着するのを待つ。

 

 昨夜に降った雪の影響で、うっすらと雪の積もった線路を通って、電車がホームへ近づいて来る。彼女はふと、自分の足が前に進んでいることに気付いた。

 

 脳幹が破壊されなければ、死ぬことはない。だから、今ここで落ちたところで運が良ければ死ぬことはない。ただ痛いだけだ。だけど、もしかすると理香のいる場所へ行けるかもしれない。

 

 そう思って、彼女は黄色い線から先へ足を踏み出して――

 

「危ないっ!!」

 

 誰かに力強く腕を掴まれて、後ろへ引っ張られる。寝不足で身体の栄養も足りない彼女は、簡単に引き戻されて、尻もちをついた。

 

「え――」

「大丈夫ですか!?」

 

 彼女を引き戻したのは、同年代の男子高校生だった。

 

「えっと……」

「ふらふらしてたから大丈夫かなーと思ってたら、急に倒れそうになるんですもん、びっくりしましたよ」

 

 彼に言われて、沙織は初めて自分が電車に飛び込もうとしていることに気付いた。

 

「……ありがとう」

「はぁ……あとこの駅、快速は止まらないんで注意してくださいね」

 

 彼はそう言って、立ち上がるために手を貸してくれる。

 

 立ち上がると、さっきまで渦巻いていた希死念慮は既に落ち着いていた。その代わりに、空腹感と眠気が一度に襲ってきたような気がする。

 

「あの……名前教えてもらっても」

 

 沙織は身体のほこりを払うと、自分を救ってくれた彼の名前を尋ねた。あとでお礼をしたいとか、そういう気持ち以上に、躊躇なく自分を助けた彼に興味が湧いていた。

 

「え、ああ、志藤です。志藤優紀」

 

 沙織の問いに、彼は素直に答えた。

 

 

――八月三十一日 夜

 

 

「あー……たしか、前にそんなことをしたような記憶が……」

 

 正直なところ、人を助けることは本当に良くある事なので、一つ一つを覚えている訳ではない。だが、確かにそんなことをした記憶はある。

 

「だけど、本当に俺だった? 前に会ってたらさすがに覚えてると思うんだけど」

「うん、その時は多分、徹夜とかいろいろで酷い顔になってたと思うし、優紀が覚えてないのもしょうがないと思う」

 

 言われてみると、確かに死にそうな顔した人が、電車にひかれそうになってたところを助けた覚えがあった。あれが沙織だったとすると、相当疲れて居たんだろう。

 

「――ん、止血は難しそうだから、とりあえず表面は洗い流したし、あとは病院で薬を貰おう」

「ああ、ありがとう」

 

 沙織はまた俺を背負って歩き始める。花火大会のフィナーレが華々しく夜空に光り輝いていた。

 

 

――九月一日 午前

 

 

「みんな―、ハワイに行って来たお土産配るから並んでー」

「俺は沖縄土産ーまとめて配っちゃうから頼むぜー」

「こっちは北海道行って馬見てきたわ、白い恋人配るぜー」

 

 始業式を終えてホームルームが始まる直前。それは夏休みの間どれだけ充実していたかをアピールする時間であり、アピールできない奴はお土産と言うおこぼれに舌鼓を打つ時間である。

 

「ほい、志藤」

「サンキュー沢村」

 

 俺は沢村からドンキで買ったお土産を二つ受け取って、片方をすぐに口に含んだ。他の人よりも多く受け取ったことがバレるのは、おこぼれを享受する人々の中で不公平感が出てしまうため、避けなければならないことだった。

 

「うわ、志藤……その足どうした?」

 

 席に戻ってちんすこうと白い恋人のどっちを食べようか考えていると、隣の席のクラスメイトに足の包帯を見咎められた。

 

「いや―最終日に結構ヤバい怪我しちゃってさー、まあ骨とか腱までは行ってないんだけど、ちょっと直るまでは包帯が外せなくてさ」

 

 適当な事を言ってごまかしつつ、俺はちんすこうを口に含む。仄かな塩味が、サクサクした生地の甘味をより一層引き立ててくれる。うん、おいしい。

 

 俺はあの後、病院に行って問診の後、両足をぐるぐる巻きにされ、その後物凄い量の薬を出されて、解放された。家に帰ると滅茶苦茶心配されたが、レオがついて来てくれたため、母さんは深く追求しないでくれた。なんだかんだイケメンは世渡り上手なのだ。

 

「二週間くらいでとりあえずは大丈夫になるみたいだからそれまでの辛抱だなー」

 

 ちなみに登校中、沢村に見つかって滅茶苦茶心配された。色々説明したら納得してくれたが、今度埋め合わせで何かを奢らなければならない。

 

「ホームルーム始めるぞー」

 

 夏休みの思い出を話していると、担任がドアを開けて入ってきた。

 

 うちの担任は特徴が無いのが特徴みたいな、個性の感じられない奴で、俺はそんな彼にある種の親近感を持っていたりする。

 

「分かってると思うけど、授業は明日からだ。今日の内に夏休みボケは解消しとけー」

 

 担任は興味なさそうに連絡事項の紙を読み上げていく。夏休みボケはどうやら一部の生徒に刺さったようで、方々で「うぇーい」というやる気のない返事が聞こえてきた。

 

「で、あとは……今日から桐谷が復学する。入って来なさい」

「……ん?」

 

 桐谷、桐谷……なんかどっかで聞いたことある名字だけど……

 

 俺がそう思っていると、答えが出る前に教室内にその生徒が入ってきた。綺麗な黒髪に、精緻な表情の――

 

「桐谷沙織。よろしく」

 

 俺は思わず声を上げていた。

 

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