あの時に見た双子の表情を俺は絶対忘れない。
兄の方は何かを決意したような表情をしていた。
妹の方は只々一生懸命に泣き続けていた。
なら俺はその時どういう表情をしていたのだろうか。
あの二人ほどの思入れはない。話した事も碌になく、遠目からしか見たことがない。可哀想とか悲しいとか、思いはしたけど所詮そんなものは表目上だけで、芯の部分では何も感じていなかった。
俺はただ見ている事しか出来ないからこそ、これだけは忘れてはいけないのだ。
これだけは絶対に忘れてはいけない。忘れてなるものか。
それが俺に、不知火アキラに残された原風景なのだから。
「えっ!お兄ちゃん今日あまでるの⁉︎」
高校受験が終わり、有馬かなと出会ってすぐのことだった。
お兄ちゃんが今日あまに出るとミヤコさんから聞いてパソコンで今日あまを視聴している時の事だ。
今日あまに関して言えばハッキリ言って駄作だった。演出がしっかりしてるから見れない事はないけど展開は飛ばし飛ばしだし、知らないオリキャラが沢山出ている。だけど何よりも役者の演技が皆んな大根なのだ。
だけどそんな鍋か畑の中かと勘違いしてしまいそうになる所で、ロリ先輩の他にもう一人だけ上手い人がいた。
誰もが目を引いた。演技も硬くなく自然体でいた。まるで原作からキャラクターを引っ張ってきたのかと錯覚すらした。特にロリ先輩との掛け合いは本当に今日あまを見ていると再認識すらできた。SNSなどのコメントでも「上手い」「さすが」「今日アマが見続けられる理由」だと言われている。
でも、私が目を引いた理由はそんな事ではない。
「アキラくんだ」
そこには10年前に別れた幼馴染とも言える人が映っていた。
ドラマ「今日は甘口で」打ち上げパーティーにアクアは来ている。
最終回の悪役としてアクアも出ているのから呼ばれたのだが、二つの目的できている。一つはもしかしたら自分の父親かもしれないPのDNA採取だがそれはもう終わり結果も出ている。赤の他人だった。
そして、もう一つは別の人物に会うためだ。本来は現場で会えるのでは、と思いもしたが会うことはなかった。
ちょうど会いたい人物は有馬かなと話している。
「そういえば今日が初めてか。紹介しとくわね―――」
有馬の言葉を遮るようにアクアがいう。
「久しぶりだなアキラ」
アクアはその時に表れた彼の表情を忘れることはないのだろう。
驚いてはいた。けれどそれは幼馴染との再会に驚いている訳ではない。むしろその逆で誰だこいつという表情を一瞬だけ見せていた。
「おお……久しぶりだな!」
アキラは再会に驚く、嬉しがる表情をしていた。
つい最近に封じた段ボールを押し入れから取り出し改めてあける。
なんとか段ボールからアルバムを取り出した。
「さっきいた、兄の方がアクアマリン、星野アクアマリン。妹の方がルビー、星野ルビー。兄はもともと子役をしていて、妹はアイドルを夢に見る。大丈夫、大丈夫。俺なら大丈夫……」
アルバムには制服姿の三人の幼児が写っている写真が数多くあった。
暗い電気がついてない部屋で俺は一人アルバムを見る。過去の自分を無想する。そんな記憶はないのに。
少女の存在に気が付くことはなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ―――」
走ること三十分。ようやく俺は目的地である陽東高校についた。
人気のない校門をくぐり下駄箱へ向かう。
「どれが俺の下駄箱だ?」
一年F組の下駄箱を上から順に探す。
「木村……寿……珍しいな苗字だな」
寿か初めて聞く苗字だな。一体どこの事務所所属なのだろうか。てかそもそも男だろうか女だろうか。
「……何やってんのアキラ」
「うわっ⁉て、びっくりしたなぁ……お前かよフリル」
後ろには一応俺の姉に当たる不知火フリルがジト目で覗いてきている。
「何って、下駄箱探していたんだよ。ほら、お前の下駄箱は俺の一つ下だぞ」
「そういう事じゃなくて、なんで今登校しているの?もう入学式終わっているはずでしょ?」
「……あれだよあれ。……お前と同じ理由だよ」
上履きを吐き廊下を先に歩く。
「ダウト。何でバレないと思ったの?同じ事務所の姉にバレないわけないでしょ。アキラのスケジュールくらい知っているから」
「怖いんだけど。何で知ってんの?俺お前の知らないけど」
フリルは俺の横に並んで歩く。
「やっぱり、家に帰ってくれば?部屋もそのままにしてあるし」
「あの人に大言壮語できたのにこんなすぐ帰れねよー。てか、そもそもあそこは俺の帰る場所じゃないから。フリルも言うなよ」
俺の言葉にフリルはため息とともに
「いやだ」
といい数歩先を歩んで扉をあけた。
「すみません、番宣で朝の生放送があって……。本当は入学式は出たかったんですけど……。あっ、こっちのは寝坊ですから」
「ちょっおまっ、何でばらすの?流れ的に俺もお咎めなしになってたじゃん」
私、星野ルビーはついに陽東高校芸能科に入学した。
教室に入った瞬間にここが地元の中学と違うことがよく分かった。右を向けばイケメンがいて、左を向くと美女がいた。何とか吞み込まれないようにして、隣の席の寿みなみちゃんと友達になれた。
でも、そんなものはこれから起こることに対する序章ですらなかった。
「すみません、番宣で朝の生放送があって……。本当は入学式は出たかったんですけど……。あっ、こっちのは寝坊ですから」
授業が始まる直前に彼女が、不知火フリルが入ってきた。教室中に不知火フリルの存在にざわついていたが、そんなことよりも私は不知火フリルの後ろにいる人に目がいっていた。
つい最近今日あまのドラマで見たが、こうして生で見たのは十年ぶりだ。
「ちょっおまっ、何でばらすの?流れ的に俺もお咎めなしになってたじゃん」
「……アキラくん」
十年ぶりの幼馴染の雰囲気は何処か変わっていた。
今日あまの打ち上げパーティーから帰宅したアクアの顔を私は覚えている。
「ねえ、どうだった⁉アキラ君元気にしてた⁉」
お兄ちゃんの答えは生返事で歯切れが悪かった。
「……なあ、アキラってどんな奴だったけ?」
「どうしたの?いつも元気でよくお兄ちゃんも私も連れまわされてたじゃん」
「そう……だったよな。悪い、忘れてくれ」
その時のお兄ちゃんの表情をよく覚えている。その時の喉につっかえる様な表情は忘れられなかった。
話しかけたい。また一緒に遊びたい。
ちらりと横目でアキラ君を見る。
幼少期から順当に成長していったという感じで、こんなイケメンだらけなクラスの中でも正直一番かっこいいと思う。
なんだろう。アキラ君ってあんなにすっからかんだっけ?
まあ、十年ぶりなのだ。私だって忘れている所はあると思うし、アキラ君は前世がある私とは違い、成長しているのだから雰囲気の一つや二つ変わるだろう。
だから、その言葉を掛けられたときは心臓が止まるかと思った。手の震えが止まらなくなった。
「友達のみなみちゃんです。友達が出来なかったであろうお兄ちゃんに紹介しに来ました」
「喧嘩売ってんのかお前」
昼休みになり私は中庭でたまたま出会ったお兄ちゃんにみなみちゃんを紹介することにした。
「ならお兄ちゃん友達出来たの?」
「いや別に友達作りに高校来たわけじゃないし……」
「その、ごめんね……もう教室でのこと聞かないようにするからね……」
「いやっ!話す相手ぐらいはできたから!ただ男子はそこまで早く友達認定しないだけだから!」
我が兄のことながら、これから先の高校生活が少々心配だ。
「みなみちゃん、こんなのでもよければ友達になってあげて……」
「あははは、えぇですよー」
「自分の兄をこんなのいうな。……てか俺の心配はいいから自分の心配しとけよ。そっちはいろいろ環境が特殊なんだから」
アクアは目線をそらして頭に手を当てながら言ってくる。さすが自分の心配より私の心配ですかシスコン。
「てか、そうだ!大変大変!うちのクラスにね、不知火フリルさんとアキラ君が居たの!」
「アキラが?」
「そうだよ!そう!いやー、まさかフリルさんとこうやって出会えて、アキラ君と再会出来るとか運命かなこれ?」
「へー、ルビーちゃん不知火君と知り合いだったん?」
みなみちゃんが興味がありそうな雰囲気を纏って聞いてくる。
「不知火フリルじゃなくてアキラ君とだよー」
「うん?だから不知火アキラ君と知り合いだったんやねー」
「……不知火アキラ?」
お兄ちゃんが難しそうな顔をしている。そうかー不知火アキラかー。……不知火?
「えっ、もしかしてアキラ君って不知火フリルの兄妹なの⁉」
「うん。知らなかったんルビーちゃん?」
「知らなかったよー。お兄ちゃんは知ってた?」
「いや、初耳だ……」
まさか、アキラ君が不知火フリルの兄妹だったとは。もしかして世間って狭い?
「お兄さんも知らなかったんやねー。今話題の姉弟タレントって事で有名やよ。まあ姉のフリルさんの方が人気で、後から芸能界に入ったアキラ君はこれからって感じやけど」
「へー、そうなんだ。でもそれならちょっと納得かなー。アキラ君滅茶苦茶イケメンになってたし。ほら、お兄ちゃん見て、あそこの実物⁉超美少女!」
私がたまたま歩いている不知火さんに指さす。するとアクアがスルッと指した方に進んでいった。
「こんにちは、不知火さん。妹のルビーがアンタと同じクラスなんだ。仲良くしてやってくれ」
「ちょっ!お兄ちゃん!」
流石にそれはシスコン過ぎない⁉」
「あなたもしかして今日あまに出てた人?」
「よく知っていたな……人気も出なかったネット局のドラマなのに……」
「まあアキラが出ていたし、界隈だといそこそこ話題にも上がったから。とても良かった」
「……ありがとう」
「そちらはみなみさんでしたっけ?ミドシャンの表紙に出てましたよね?」
「はい!」
ウソ、二人とも不知火フリルに認知されているなんて!すごすぎ。
二人の後ろで驚きの表情をあらわにしていると、不知火フリルと目が合った。
「ごめんなさい。あなたは何をしている方ですか?」
「いやその……今の」
「あっ、いたいた。フリル―」
所は何も、と言おうとしたが言うことは出来なかった。男子生徒の声で阻まれた。
「悪い、寝坊して財布忘れたから金貸してくんね」
「アキラ……本当に独り暮らし大丈夫なの?」
「大丈夫だから。今日がたまたまなだけだから」
割り込んで来たのはついさっき話題に上がっていたアキラ君だった。
不知火さんはため息を吐きながら財布から千円札を渡していた。
「悪いなフリル。……あれアクアじゃん」
「アキラ……久しぶりだな」
「お前もここに入学してたのか。芸能科か?」
「いや、俺は普通科だけど」
「そうか普通科か!よろしくな!」
アキラ君は嬉しそうに、普通科であることを嬉しがるように言ってきた。
「アキラ君!」
千円札を握りしめ、中庭を出ようとする所に声を掛ける。その声は思っていたよりも大きく、中庭にいた他の生徒がこちらを見ている。はずかしいぃ。
「……えーっと、ごめん。誰だっけ?」
へっ……何言ってるの?
アキラ君は頭に手を置き、真剣に考えている。
「待って思い出すから……。もしかして去年雑誌で一緒に共演した香住ちゃん?あっ、それとも半年前のドラマの撮影で一緒になった奏多ちゃん?」
「何を……言っているの?私だよ?」
頬を書きながら目線を横にずらしている。記憶になくて困っていることが見てわかった。
するとアクアが私の前に立ってくれた。
「覚えてないのか?俺の妹のルビーだぞ?」
「ルビー……星野ルビー?」
「うん……そう…だよ……」
気まずそうな顔が崩れたが、今までの笑みが嘘のように思える程に怖い、殺気だった表情が垣間見えた。
「ルビーちゃんか!うそ、久しぶり!あんなに小さかったのに!」
その笑みは記憶の中にあるアキラ君と全く同じであった。
「そうだよ。もー、アキラ君忘れないでよ!私も同じクラスだからよろしくね!」
「同じクラスなのか……それじゃあよろしくな……ごめん俺腹痛いからトイレしてくるわ!フリルサンキューな!」
私たちに一歩の言葉を割り込ませずにアキラ君は颯爽と中庭から消えていった。
それに続くように、不知火さんも離れようと背を向けるが、振り返り最後に一言いってきた。
「星野さん。頑張ってね、色々……」
「ミヤえもーん!私を早くアイドルにしてよー!早く早く!」
帰宅して早々にルビーはミヤコさんに泣きついていた。
「せかさないで……アイドルだってそんなポンポン作れるわけじゃないんだから」
「いやだいやだ―。このままだと学校でうわ一般人だっ、てイジメられる!またアキラ君に忘れられちゃうー」
仕事中のミヤコさんに縋るように泣きつくルビーを雑誌片手に見る。
「はあ……ねえアクア、何か学校であったの?」
アクアはとりあえず今日会ったことを話した。
芸能科にはやはり芸能人がたくさんいたこと、不知火フリルがいたこと、そして幼馴染のアキラもいて、ルビーが忘れられた事。
「アキラってあの子でしょ?幼稚園で二人と仲良かった男の子。二人ともよく遊んでいたのにねー。でも……」
ミヤコさんは動かしていた手をとめて、不思議そうに考え始めた。
「アキラ君って、苗字不知火だったっけ?」
その言葉にアクアは何も言えなかった。
真っ暗な部屋の中、窓から差し込む光だけを頼りに一つの写真を握りしめる。くしゃくしゃの写真には三人の園児が写っている。
心臓がビートを刻んでくるのが分かる。
思考がぐちゃぐちゃになる。
自分が分からなくなってくる。
「会いたくなかったよ、一番会いたくなかった。星野ルビー……大っ嫌いだ」
目の前にあるもう一枚の写真に視線を持っていく。
そこには一番星のように輝く少女が写っている。
覚えてはいないのに、刻まれてしまっている。
読んでいただきありがとうございました。
続きを書くかどうかわからん。
キリンにして待ってて。