艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
「いやすまん。どうしても今週中にプレハブ回りを片付けておきたくてな。結局時間が無くて今日までかかっちまった」
「いやいいよ。そんなだったらもっと早く来れば良かった」
「太一が来てくれるのにいきなり草刈りが初仕事なんてみっともないだろう? ・・・ま、それで終わんなくて結局手伝ってもらっちまったら世話ないか。助かったよ、太一」
「うん」
太一達は例の看板前で、厚志がどこかの冷蔵庫から持ってきたペプシの缶を飲んでいた。椅子も厚志がどこからか持ってきてそこに太一が座り、厚志自身はプレハブの階段に腰掛けている。
太一は厚志と再会した後、結局ツナギに着替えて作業を手伝うことにした。厚志からもう1セット軍手と草刈り鎌を借り、見よう見まねでプレハブ裏の草むらの草刈りをした。前日まで厚志が少しずつ進めていたおかげで、2人がかりで1時間もしないうちに予定していた全部の場所の草を刈り取ることができた。その後ゴミ袋に刈った草を詰め込んで結んでリアカーに積み重ね、ゴミ捨て場まで運び終わったのでプレハブに戻って休憩している。
その間、ここにいるはずの艦娘どころか人っ子一人会わなかった。結局太一のスーツは厚志に不思議そうな顔で「私服でいいって言わなかったっけ?」と言わせただけだった。1時間にも満たない作業だったが草と汗にまみれたので、しばらくは窮屈なスーツを着たくない。
4月の風は暑くも寒くも無く、身体を動かして火照った身体にはちょうど良い。しばらく涼んでいると、頭も冷めて今朝から色々とあった疑問がむくむくと復活してきた。向かいに座っている厚志に声をかける。
「あっちゃん。この、警備府って何のことだい?」
「ん? ああ、それね。鎮守府じゃ無いけどそれに準じる施設というか・・・ぶっちゃけ名前はどうでもいいんだが」
「そうなの?」
「基本の〈鎮守府〉以外は名称に特に規則は無いな」
厚志が言うには、〈鎮守府法〉では艦娘の艤装管理は一括して〈鎮守府〉が行う事になっていて、そこから更に各地の準鎮守府施設に貸し出しという名目で配備される事になっているらしい。
ちなみに広義に鎮守府と言うと艤装管理のできない配備だけの準鎮守府設備も含まれ、一般に地名を付けないで「鎮守府」と言ったらこっちの意味になる。
「この浦賀警備府に置いてある艤装も、正規には横須賀鎮守府所属って事になってる。まだ始まってないけどな」
「へえ・・・いつからだっけ?」
「4月23日。まだ10日以上ある。それまではここみたいに先行して艤装が配備された各地の準鎮守府設備で海を見張るしかないのさ・・・ん、ついでだから俺たちの立場についても説明しておこうか」
「俺たち?」
「俺たち、〈提督〉が鎮守府でどういう役目を担うのか、さ」
〈提督〉、鎮守府法で規定された正式名称は〈丁種特艇特別管理者〉。所属するのは対深海棲艦を目的に設立された水上不明存在対策局ということになる。
「まずは・・・ほいこれ、太一の身分証」
「ん、ありがと」
手渡されたカードの表面をまじまじと観察する。そこにはしゃちほこばった表情の太一の顔写真と、名前、そして水上不明存在対策局長印がプリントされていた。裏を返すと国籍情報などの細かな情報まで記載されている。
「無くすなよ。それ一枚で対策局の建物だけじゃ無く、鎮守府のある自衛隊の敷地にも入れるようになるからな」
「気を付けるよ。ここに入るときは警備員さんに見せればいいの?」
「蛇塚さんな。あの人、基本的に姿を見せないけどちゃんと顔は確認してるから身分証は仕舞っておいていいぞ」
「・・・何者なのさ、あの人」
あの体格で全く気配無しに現れたり消えたりした緑の警備服を思い出しながら尋ねる。
「艦娘のいる敷地の警備だってんで局長が腕利きを探したみたいだ。ただ者じゃ無いってことしかわからん」
「そうなんだ・・・」
「仕事ぶりは信用していいぞ」
「了解」
太一は貰った身分証を胸ポケットにしまう。
「俺はあっちゃんのお手伝いをするのかな」
「一応この警備府では俺が〈提督〉、太一が〈提督補佐官〉って役職になっている。ほら、あそこにホワイトボードがあるだろ?」
厚志に指さされた方向に視線を向けると、プレハブの1階の真ん中当たりに雨よけのひさしが突き出している場所があり、そこに大きなホワイトボードが壁に掛かっていた。白い表面が線でいくつかの枠に区切られている。立ち上がって側に寄ってみる太一。縦に区切られた枠がそれぞれ「庁舎」「工廠」「出撃」「外勤」「帰宅」となっていて、そこにいくつか長方形のマグネットが貼り付けてあった。
「この庁舎のところにある〈提督〉と〈補佐〉があっちゃんと俺?」
「そ」
「これが庁舎・・・」
「言うな。東京湾に面していて艦娘の艤装の整備ができる格安でかつすぐに利用できる敷地なんて早々無かったんだ。このプレハブも他で使われてたのを急遽移設してもらった」
「仕方ないのか」
太一はホワイトボードを目で追っていく。
(〈
「この出撃に入ってるのは?」
「今訓練を兼ねて〈響〉たちに哨戒に出て貰っているんだ。昼には戻る」
「艦娘の人たちか。こっちの〈大淀〉ってのは?」
〈大淀〉のマグネットだけは右の方の「外勤」のところに貼ってあった。
「
「そっか」
太一が〈いかづち〉に乗っていたときに見た洋上の波津音の姿が脳裏に浮かぶ。あの光景を思い出すと、今でも胸の鼓動が早くなる。横須賀に帰った後の宴会で厚志に説得されたのも大きいが、太一が提督として艦娘と一緒に仕事がしたいと思ったきっかけは、間違いなく波津音が艦娘として海の上で戦う姿を見た事だ。今日はその波津音に会えないと聞き、太一は内心ちょっとだけがっかりした。
「横須賀には海から行ったの?」
「いや、直帰だし出港手続き面倒だから普通に電車で行ったぞ?」
「京急に波津音さん乗ってたのか・・・」
もっと早く来てれば道ですれ違えたのかもしれない。
太一は外勤の枠の中の〈大淀〉のマグネットに再度目をやった。
「・・・あっちゃん、この他の人は?」
「この他? いないぞ」
「いない?」
「ああ、これだけだ」
「・・・これだけ?」
「おう」
階段に座ったままカラカラと厚志は笑った。
「提督1名、所属艦娘、軽巡1名、駆逐艦2名の計3名、そして今日提督補佐官のお前が加わって総勢5名がこの〈浦賀警備府〉の全戦力ってことになる」
「・・・なんで提督自ら草むしりしてたのかようやくわかったよ」
再度厚志はカラカラと笑い声を上げた。
「笑い事じゃないでしょ。これだけで足りてるの?」
「いや、無理。一応ヘルプも頼んでるが太平洋側に絞っても広いからな。沖縄方面まで考えると頭数が全然足りない。だから横須賀の立ち上げと各地の準鎮守府の配備を並行してやってるんだが、いかんせん提督も艦娘も艤装も何もかも足りてない。早いとこ全国の鎮守府が動き出してくれないとこっちがぶっ倒れちまう」
「相当ヤバいじゃないか。俺は何をしたらいいの?」
「まあ、最初は提督の仕事を覚えてくれ。俺が居ないときに艦隊を遠征に出して貰えるだけでもかなり助かる」
〈遠征〉とは、提督が艦娘に指示だけ出して直接指揮せず、旗艦の艦娘が艦隊を指揮して実施する出撃の事だと、厚志は説明した。毎日の近海警備もこの〈遠征〉にあたる。ただ遠征先と目的を伝えて行ってこいと言うだけなのだが、それだけでも〈鎮守府法〉の制約で提督が居なければ実施できない。
艦娘が所持している主砲は陸に向かって打てば一発で鉄筋コンクリートの建物を倒壊させ、補助の機銃ですら簡単に鉄板を貫通して穴だらけにするような威力なのだからそれも当然と言える。が、面倒には変わりない。
「他には?」
「所属艦娘の人事管理だな。基本的に鎮守府のことは所属の艦娘たちに任せても大丈夫なんだが、これだけは提督、というか対処局から指定された管理者がやらなきゃならん」
艦娘の艤装については各鎮守府が管理し配備されるが、各鎮守府の提督はその1つ上、対処局が直接指定し、艦娘の管理をさせる事になっている。
「後で場所を教えるが、艦娘の身上情報も提督以外には見せられない。秘書艦・・・提督の執務室で補佐をしてくれる艦娘をそう呼ぶんだが、そういう波津音みたいな艦娘にも教えられない」
「個人情報だから?」
「それもある。艦娘は1人で1艦に相当する超重要戦力だからそこは厳しく制限されているんだ。鎮守府外では任務行動外で自分が艦娘であることは極力口外しないように教育されるし、逆に鎮守府内では本名を呼ばないようにしなくちゃいけない」
そこまで言って、厚志は思い出したように「あ、波津音は別だ」と付け足した。
「一応、艦娘本人が希望すれば本名で呼ぶ事もできるが、それも一応対処局にお伺いをたててからな? 原則、新しい艦娘が来たときも最初は提督が1人で対応して人事情報を作成する。その後割り当てる艤装が決まったところで、以後その艤装の艦名を使って艦娘を呼ぶ事になる。他の者に紹介するのはそれからってことだ」
「ふーん・・・ちょっと思いついたんだけど、同じ艦名の艤装が2つあって、その艤装を使う艦娘さんも2人来ることは無いの?」
「ほぼ無いな。同じ艤装が2つ同時に稼働してると妖精さんが混乱して作動不良になったり、最悪海の上で機能停止したりする可能性があるらしいから、同じ艦隊に同じ艦を編成するのは御法度だ。まあ、そんな余裕ができる日が来るのかわからんが、もし艤装が鎮守府内でダブるような事態になったら適当に〈大淀A〉と〈大淀B〉とか呼び分ければいいんじゃ無いか?」
「そっか。わかったよ」
太一が頷くと、厚志も頷き返してそのまま立ち上がった。
「そろそろ昼飯時だし、執務室に戻るか」
「プレハブだけどね」
「そのうち〈暫定〉が取れるようになるさ。それまではこの台風で吹っ飛びそうな庁舎を大事に使わないとな。・・・おっと、そういやこのプレハブ小屋の説明もしてなかったじゃないか」
厚志は階段の途中で立ち止まり、そのまま1階の各扉を指さした。
「階段降りたところの扉は調理場兼物置だ。と言っても洗い場に給湯器とガスコンロ、冷蔵庫くらいしかないがな。隣は艦娘たちの更衣室と休憩場所。中で着替えてるかもしれないから入るときはドア横のインターホンで確認しろよ」
「OK」
「じゃ、2階に上がろう」
階段を上がってすぐの扉は提督の仮眠室らしい。さっき来てツナギに着替えるときに入ったので中の様子は分かっている。
「奥のロッカーは俺が使ってるの以外好きに使ってくれ。ただし、一番奥だけは寝袋が入っているから塞がっている」
「あっちゃんはここで寝泊まりしてるの?」
「夜間の出撃がある時はな。ここはシャワーしかないから何日も泊まるとなるとちょっと辛い。まあ銭湯もあるが、ちょっと遠いし10時には閉まるから使い勝手は良くないな・・・」
「これからは俺がいるから交代できるよ」
「本当に助かるよ、太一」
2階の残り一部屋が提督執務室だ。トイレはプレハブ内に無く、1階から裏手に回る必要がある。場所は先ほど草刈りした際に教えて貰った。
執務室に入ると、太一は今日から自分の職場となる部屋の中をぐるりと見渡した。
部屋の中は提督執務室というご大層な名称に完全に名前負けしていた。食堂にあるような長机がいくつも壁沿いにあり、その上にファイルや段ボール箱がゴチャゴチャと置いてある。家具としては食器棚が1つ置いてあって、一応お茶が飲めるだけのセットは用意してありそうだ。冷蔵庫はここには無いので、冷たい飲み物は下に降りる必要がある。
提督用とその補佐用にか、ネズミ色の事務机が90度の角度を付けて部屋の奥側に設置してある。どちらの机にもパソコンと業務用の電話が一台ずつ置いてあり、更にブックスタンドで書類やファイルや本が立てられていた。後は、提督用の机の奥の壁沿いにも段ボールが積み重なっている。忙しくて片付ける余裕も無いのだろう。
「太一の席はそこな。波津音が使うこともあるけど、基本太一の好きに使っていいから。後、俺が居ないときはこっち使っても構わないから」
「わかった」
「さっき言ってた艦娘の人事情報のファイルだけど、ここに入ってる」
厚志はポケットから出した鍵で提督の机のキャビネットを開けて1冊のファイルを取り出した。
「もう一度言うが、これは艦娘たちに見せちゃだめだ。俺と太一しか中は見れない」
「うん」
「俺が留守にする時はこの引き出しの鍵は太一に預けておく。もしも緊急で必要になって、俺に連絡が取れなかったら、構わないから開けて中を見て必要な事を確認してくれ」
「・・・緊急でそのファイルが必要になるのって、どんな時?」
「うん、そうだな・・・」
厚志は眉根を寄せて難しい顔つきになった。
「あまり考えたくないが、事故や、怪我・・・それで入院するような事態になって、家族に連絡しなくちゃいけない時とかかな・・・。あと、深海棲艦の領域に深く入り込むと時間の経過が通常とずれることがある。そのために帰りが遅くなる場合の連絡も、だな」
「・・・危険な仕事だもんな」
「あ、でも、怪我に関しては滅多にそんなことにならないからあんまり心配する必要は無いぞ」
太一が心配そうな顔を浮かべたので、厚志は表情を崩して慌てて付け足した。
「妖精さんが艦娘を守ってくれるんだ。例え艤装が粉々になって海に沈んでも、艦娘が大怪我しないように妖精さんが頑張ってくれる。この間〈いかづち〉を波津音が庇ったときも、袖がちょっと破けた位で怪我は無かっただろ? あんな感じでバリアみたいに艦娘を守ってくれてるんだ」
「そうなんだ・・・良かった。じゃあ、戦いになっても艦娘が死ぬことは無いんだ?」
胸をなで下ろしながら言った太一の言葉に、しかし厚志は即答しなかった。
「・・・これは大事な事なんで。今のうちに言っておく」
「あっちゃん?」
「太一。妖精さんは確かに艦娘の力になってくれるし、守ってもくれる。妖精さんは俺たちの味方だ。それは間違いない。・・・だけど、妖精さんの力は、良い面もあれば、やっぱり悪い面もあるんだ」
厚志は語った。何故、艦娘が太平洋戦争時の艦艇の名前を持つのか。何故、それらの艦艇の力を行使できるのか。それは、〈
「艦娘に宿る妖精さん達は、かつての艦艇の乗組員の魂が〈想起〉によって姿を変えたものだと俺達は考えている。様々な海戦を経験した魂だから、俺たちや艦娘達も知らない艦艇の力を引き出すことができるんだ。・・・だけど、妖精さん達が引き出して艦娘に与えるのは、戦闘能力だけじゃ無い」
「・・・それは、何?」
「例えば、艦の記憶・・・その艦艇が辿った歴史そのものの情報だ。艦娘によってはフラッシュバックのようにかつての海戦の様子を思い出す者がいるらしい。単に戦闘して勝った記憶だけじゃ無い。敵からの攻撃で損傷して乗員が怪我をしたり、真夜中の暗黒の中で襲撃に備えて警戒したり、僚艦を助けられなかったり、苦しかったり、怖かったり・・・そういう、トラウマのような記憶を思い出してしまう者もいる」
そういう艦の記憶については、艦娘教習所で妖精さんとの付き合い方を勉強するときにどうやって受け止めれば良いかを最初に学ぶ。だが、それでも特に悲惨な経験をした艦の妖精さんが宿っていると、不意に避けようも無く暗い記憶が脳裏を覆い尽くす事があるのだという。
「たいていの場合は2、3回深呼吸して自分の名前を思い出せば、ただの映画のように現実味を無くすもんらしい。だからそういう時は、本名を知っている提督がしっかりケアしてあげる必要がある」
「うん、わかった。名前が大事なんだね」
「おう。それともう一つ・・・〈轟沈〉についてなんだが」
「ごうちん・・・? え、艦娘さんが沈むってこと!?」
「ああ」
轟沈・・・それは単に艦娘が妖精さんの加護を失って浮いていられなくなることを意味するのでは無い。それは艦の沈没の記憶・・・艦の最期の記憶の〈想起〉を意味する。
「艤装が妖精さんの力でまだ動いている内はいい。妖精さんが艦の最期を思い出しても、艤装は自壊してそれだけが海に沈む。しかし、艤装が壊れて妖精さんが艦娘本人に移乗した後は駄目だ。その状態でも海に浮いていられるし、攻撃も一応できるが、一度沈没の想起が起こるともう助からない」
「で、でも! 泳ぎを練習しておけば!」
「無駄だ。何千トンもの船が沈む時のエネルギーの想起なんだ。いくら泳ぎに堪能でも支えきれるもんじゃない。否応なく海の底に引きずり込まれる。絶対に助からない」
「・・・!」
太一は血の気が引く思いだった。今まで、なんとなくそのかわいらしい外見に妖精さんは善良で、理由も無く人類の味方をしてくれる存在だと思い込んでいた。
だが、それだけではないのだ。妖精さん達は、基本的にすでに死亡し海に没した者たちの魂の残滓で、深い水底から手を差し伸べてくれているに過ぎない。その手が不意に艦娘達の手首を掴み、自分たちの居る場所へ道連れにしようとすることだってあり得るのだ。
「そんな危険な事を・・・!」
「大丈夫だ、太一。さっき言ったとおり、妖精さん達が艤装にいる間は艦娘は安全だ。その状況は〈いかづち〉でも使った〈艦隊司令部施設〉の妖精さんが教えてくれる」
「・・・あのパソコンの?」
「ああ」
太一を安心させるためか、厚志は力強く頷いた。
「具体的には、艦娘の情報で〈大破〉となってゲージが赤くなると危険信号だ。艤装が停止寸前で妖精さん達が艦娘を浮いてられるようにするため移乗を始めている。こうなったら次に被害を受けると轟沈の可能性があるから、絶対に戦いを続けちゃ駄目だ。すぐに撤退を指示してくれ」
「うん。大破したらすぐに撤退、だね」
「頼むぜ。艦娘の中には戦闘の興奮や、あと妖精さんの記憶の影響で自分の状況が分からなくなっている者がいるかもしれない。まだ行けるって報告されても、その報告だけは信用するな。ちゃんと自分の目で艦娘の状況を確認しろよ」
「ああ。わかったよ」
「よし!」
厚志は提督席の机から太一の方に出てくると、バシッとその肩を叩いて声を上げて笑った。
「ちょっとばかし肝の冷える話だったか? まあ、提督の基本中の基本、〈大破したら即撤退〉、〈帰ろう、帰ればまた来られるから〉を守ってれば何も心配いらねぇよ。それより、飯にしようぜ。出前を取るから好きなものを言ってくれよ。脅かしちまったお詫びに昼飯は俺の奢りだ!」
「そう言えば、太一の姉さんってどんな人なんだ?」
金曜の昼なので太一はカレーライス。厚志はざるうどんをズルズルと啜っている。半分ほどほぼ無言で腹に収めたころ、出し抜けに厚志が自分の席から聞いてきた。
「優しい人だよ。今は会えないから手紙のやり取りだけだけど、いっつも俺のことを気にしてくれてる」
「どっか遠くにいるのか?」
「日本のどこかにはいるんだと思う。事情があって家族にも居場所を教えられないらしい」
手紙のやり取りにもそこは徹底していて、太一の出す手紙には宛名が無い。表には郵便番号だけ、裏に太一の名前を書いておけば、それで届くようになっている。帰ってくる手紙にも郵便局の消印が無い徹底ぶりだ。だから、姉さんがどこにいるのか手がかりは全くない。ただ、手紙の内容だけでお互いの無事を確認し合うだけだ。
「ふーん・・・宛名に名前すら書かないのか・・・」
「よっぽどの事情があるんだと思う。一回うっかり姉ちゃんの名前を手紙に書いて送った事があるんだけど、届かないで返送されちゃったから」
「そりゃ確かによっぽどだな・・・」
厚志は何か思うことがあるのか、黙り込んだ。しばらく食事の音だけが執務室に響いた後、またも唐突に厚志が質問する。
「話しづらかったらいいけど、太一がお姉さんと会ったときとか、俺が知らない頃の事を聞いてもいいか?」
「もちろんいいよ。・・・じゃあ、おじさんと初めて会ったところからかな。あっちゃん達に助けられた後、俺は入院してたんだけど、しばらくしておじさんが面会にきてくれたんだ」
幼い太一が一人きりになり、それを聞きつけて引き取りたいと申し出てくれたのが彼の母親の従姉妹にあたる女性の夫、太一がおじさんと呼ぶ男性だった。太一が「姉ちゃん」と呼ぶのはその娘、つまり太一から見て
「おばさんはもう亡くなっていたけど、それでも家の事をおじさんはずっと気にしてくれていたんだって。俺が入院したのを聞いて駆けつけてくれて、一切を取り仕切ってくれたんだ。そして、それだけじゃなくて退院したら俺に一緒に来ないかって誘ってくれた。俺も今後どうしていいかわからなかったし、取りあえずのつもりで頷いたんだけど、おじさんは嬉しそうでね。それで引っ越して、その先で姉ちゃんに会ったんだ」
「おじさんも優しい人なんだな」
「うん。いくら感謝してもしきれないくらいだ」
入院したとき、太一は家族を失ったショックで言葉を喋れなくなっていた。太一のおじさんや姉さんは甲斐甲斐しく太一を世話し、そのおかげで少しずつ、おじさん達や姉さんの友達と話せるように回復していったのだという。
「学校に行けるようになるまで2年くらいかかったかな。その間も姉ちゃんが勉強を教えてくれたから中学に行ってもちゃんとついていけたよ。ただ、あんまり喋れなくて友達はほとんどできなかったけど」
「うん。でも良くなってよかったな」
「ありがとう。でもね、俺が中学3年の時に姉ちゃんが家を出なくちゃいけなくなったんだ」
「なんでだ?」
「何か、お国のために大事な仕事をするんだって、偉そうな人が家に何度も来たよ」
太一は姉さんと別れたくなかったので何度も引き留めた。駄々っ子のように泣きじゃくった事もある。その度に、姉さんは本当の家族に接するように愛情を込めて太一をあやしてくれた。そして、これは自分にしかできない大事なお仕事なのだと一生懸命に説得した。
「別れの朝、姉ちゃんは約束してくれたんだ。姉ちゃんは常に海の近くに居る。海はどこまでも繋がっているから、俺が海の側に居ればきっといつか会える・・・って」
「まさか、太一が海上自衛隊に入ったのって・・・?」
「最初は漁師にでもなろうかと思って港に行ったんだけどさ」
高校卒業間近の休日、たまたま家の近くの港に広報で護衛艦が来ていたのだ。漁師のなり方はわからなかったが、海上自衛隊への入り方はそこに来ていた広報担当者が詳しく教えてくれた。海の近くで働きたいのだと言うと、船に乗ることを勧められた。だから、その日のうちに太一は海上自衛隊への入隊を決めたのだ。
「太一って結構思い込んだら一直線なんだな」
「えへへ・・・」
太一は厚志が良くやるように頭を掻いた。
おじさんは突然の太一の進路決定に驚いたが、やりたい事を決めた彼に喜んでくれた。
そして卒業後、太一は海上自衛隊の広報の人が準備してくれたバスに揺られて横須賀の教育隊に入り、そこを出て晴れて海上自衛官となったのだった。その後、何度かの転勤の後に〈いかづち〉の乗員となり、3月に呉で厚志と再会することになる。
「あっちゃんと再会したことや、ここで働くことは早速姉ちゃんに手紙を書いたよ。もし姉ちゃんに会うことができたら、その時はあっちゃんにも会って欲しいな。俺の恩人だって言ってあるし」
「よせよ、俺は何もしちゃいない。でも、太一がそんなに心酔してる姉さんか。確かに会ってみたい」
「姉ちゃんは優しいだけじゃなくて凄く綺麗な人だよ」
「そうなのか」
「うん。俺、テレビでも姉ちゃんより綺麗な人は見たことない」
「・・・そこまでか。是非、いつか紹介して欲しいな」
「もちろんだよ。姉ちゃんもあっちゃんのこと、きっと気に入ると思う」
太一は朗らかに笑った。だが、ちょっと笑ったところで何かに気がついて「あ」と声を上げる。
「どうした?」
「・・・いや、その時は波津音さんに断った方がいいのかな?」
「なんで?」
「えっと・・・波津音さんってあっちゃんの彼女だったりする?」
「はあ?」
厚志は心底意外という雰囲気でぽかんと口を開いた。
「そう見えるか? あいつとは単なる腐れ縁だ」
「そうなの?」
「ああ。俺が中学3年だから、波津音が1年の時か。駅でいかにもお上りさんって感じの女の子が変な奴らに絡まれていてな。何か嫌な感じでムカついたし駅員呼ぶのも面倒だしその場で凄んで追っ払った」
「そう。やっぱりあっちゃんは凄いや」
「俺も若かったからなぁ・・・ちょっとイキってたし」
その女の子に丁寧に感謝されたが、厚志は「アイツらのことムカついただけでお前のためじゃ無い」とか何とか言って名前も教えずすぐに立ち去っている。だから、その女の子が厚志の中学に転入してきた時は少し驚いた。
「でもまあ、特に話もしなかったし、すぐに俺も進学したからそれっきりだと思って忘れてたんだけどな」
「だけど?」
「高校3年の時、またあいつ俺と同じ学校に入ってきたんだよ」
「へえ・・・あっちゃんのことを追っかけてきたとか」
太一の思いつきを厚志は鼻で笑った。
「ないない。だってあいつ再会の一言目が『なんで先輩がこの学校に居るんですか?』だぜ? 2年前から俺は居たっつうの!」
「なかなか辛辣だね・・・。どんな風に再会したの?」
「ん。えっと、確か波津音の方から来たんじゃなかったかな。でも正直俺、すっかりあいつの事忘れてたから『先輩』って話しかかけられて『誰だっけお前?』って聞いた気がする」
「・・・なかなか辛辣だね、あっちゃんも」
「そうかなあ。3年も前に1回会ったきりの奴のことなんか普通覚えてないだろう?」
「でも、波津音さん最初あっちゃんのこと『先輩』って呼んでたんだ」
「ん? そう言えばそうだな」
厚志はざるうどんを掬う箸を一旦止めて、天井を睨みながら記憶を辿った。
「・・・俺、高校卒業後ちょっと興味があって防大入ったんだよ」
「へえ」
もしかすると太一と上司部下になる可能性もあったのかもしれない。
「だけど、2年の終わり頃かな。月島さんに会って、俺に提督やる才能があるってわかって、引き抜かれたんだ。月島さんって、知ってると思うけど今の局長な」
「防大は辞めたの?」
「その頃は興味無くなってたし、自衛隊に入る気も無いのに続けてもな。月島さんについていって、対馬海洋観測所に行ったんだ。そしたらな、何故か居たんだよ」
「・・・まさか、波津音さん?」
「そのまさかなんだ。なんでか知らないけどあいつ俺より先に観測所に居てな。しかもさ! あのドヤ顔で『厚志君、ここでは私の方が先輩ですからね』とか言いやがった!」
「・・・波津音さんもなかなかやるね」
「あんまりムカついたから俺もあいつのこと名前で呼び捨てにしてやったんだ。でもあいつ全然堪えた様子無くてな。まあ、お互い意地になって名前で呼んでいるうちにそのまんまになっちまった」
「ふーん・・・波津音さんも大変だなぁ」
「なんでそっち?」
それには答えず、太一はカレーライスのスプーンを置いて「ごちそうさまでした」と手を合わせたのだった。
※ 作者補足
プロローグの時点では赤城は観測所作成の艤装を持っていませんが、代わりに妖精さんの宿っていた〈弓〉を装備していたので、(いざという時は弓を手放せば)轟沈の危険はありませんでした。
月島達は〈弓〉の存在を知らなかったため〈ドロップ〉(海域において妖精さんが力を取り戻すこと)によって赤城に直接妖精さんが宿ったと予想しましたが、実際には〈弓〉に宿っていた妖精さんが、〈かしま〉艦上で力を取り戻し、〈弓〉経由で赤城に力を与えました。
ただし、〈弓〉が陸上の神社に安置されていた期間が長かったため妖精さんは力を失い、赤城の練度も1に戻っていました。
第1話で厚志が大淀の艤装を海上輸送する事にこだわっていたのも、艤装を海から長く離しておくと妖精さんが力を失い、練度が下がる可能性が高かったからです。
建造直後の艤装も妖精さんがまだ慣れていないため、練度が1からスタートします。
艤装の練度は〈艦隊司令部施設〉妖精さんが計ってくれます。他にも、各艤装に搭載している兵装の状況や、損傷状態を把握して教えてくれる、艦隊運営で最も重要な妖精さんです。でも、自分の姿が見えない人には協力してくれないので、この妖精さんを認識できるかどうかが提督の条件になっています。
艦娘になるには艤装に宿った妖精さんに気に入ってもらう必要があります。各艦ごとの妖精さんにも好みがあるようで、同じ艤装の妖精さんは同じ気質の艦娘に乗りたがる傾向があります。そのため、同じ艦名の艦娘は複数存在しますが、似たような気質の子がなることが多いようです。