艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
妖精さん達にお礼を言って工廠を出てプレハブ庁舎に戻りながら、日曜日に妖精さんにも差し入れ持って行こうかな、妖精さんって何食べるのかな、とか考えていると、チラチラと横の方から視線を感じた。
「あの?
「!・・・あのっ、あのっ!」
電は太一から話しかけられたことに驚いたようだが、身体の前で両手を握ると前のめりになって口を開いた。
「あのっ! 補佐官さんは、電に敬語を使わないで欲しいのです!」
「・・・へ?」
あまりの予想外の台詞に思わず足が止まる太一。ぽかんと口が開きっぱなしで電の方を見下ろし続ける。
「補佐官さんは、今は補佐ですけど、いつか司令官に成る方だと聞きました! それなら、黒田司令官さんと同じように電たちに命令する方がいいと思うのです!」
「・・・ああ、うん・・・」
驚いた。いや、電がそういう考えを持っていたことにも驚いたが、それよりも。
電がこれだけしっかりと自分の考えを言葉に出せるタイプの女の子だという事に、何より驚かされた。
(そう言えば、〈いかづち〉にもいたなぁ)
自衛隊にも毎年新人が入ってくる。最初は各地方の教育隊で自衛隊の流儀を学び、その後に各部隊に実習という形で配属されるのだが、そういう自衛官成り立てほやほやの者たちに、いろいろ船の生活や毎日の作業の事などを教えるのは太一達若手の仕事だった。
そんな新人の中には、時折口数が少なく、外から見ている分には何を考えているのかわからない者が居た。しかし休憩時間などに言葉を交わしてみると、意外と彼らは彼らなりに色々考えて行動していることがわかり、驚かされることがあった。
たいていの場合彼らは自分なりの考えがあっても、自分の気持ちより周りと波風を立てないことを優先して心の内に仕舞っておくことが多かった。そうする事で自分が組織の中に上手に溶け込んでいけると考えているのだろう。
思い返してみれば、電も初めて会ったときからこちらに何かを言いたそうな素振りはあったが、それを口にすることを抑えている様子だった。きっと色々言いたいことはあったのだろうが、補佐官という提督に次ぐ立場の人間相手に言い出せず、心の中に収めていたのだろう。
太一は嬉しくなった。電が自分を怖がっていたわけではないというのは大きな前進だ。
「電さんは、俺が敬語で話しかけるのは嫌なんですか?」
「うぅ・・・嫌ではないのですが・・・それに、電のことは呼び捨てでいいのです」
「そうなんですか・・・それは組織として示しがつかないから?」
「そう・・・なのです!」
はてさて困ったぞ、と太一は思った。これが何十人も艦娘がいて、それでもう少し大人の女の子達ばかりだったら太一も素直にそうしていただろう。だが、相手は見た目小学生の女の子だ。しかも、この警備府にいる5人のうち3人は大人で知り合い、電と響は少数の側になる。太一達が「あっちゃん」「太一」と呼び合ってタメ口で話しているのに、2人の少女だけ呼び捨てで命令口調なのは心情的に心苦しいし、何より太一が嫌だった。
(さて・・・どうしよう)
これは自分の考えだと突っぱねるのも簡単だし、素直に言うことを聞くこともできる。だけど、それはせっかく勇気を出して進言してくれた電か、自分の気持ちかどちらかを無為にしてしまうことになる。
(こう言う時はあっちゃんならどうするのかなぁ・・・班長も・・・姉ちゃんなら、何て言うだろう・・・)
太一は今まで自分が頼りにしてきた知り合い達の顔を順に思い出した。その人達は、いったいどっちを選ぶのだろう?
(・・・いや、違うな)
太一はふと間違いに気が付いた。今思い出した人たちなら、決して2つの選択の、どちらも選ばない筈だ。その人達なら、2つの思いがあって、どちらかのみを選んだらもう片方が消えてしまうなら、どちらかと言わずに両方が上手く噛み合ってお互い納得できる道を探したはずだ。
「・・・電さんは、俺が黒田提督のことを『あっちゃん』って呼ぶのはどう思います?」
「え?」
思いがけない問いかけに電は戸惑った。しかし、はぐらかすような雰囲気でも無く、あくまで真面目な太一の表情に少し眉根を寄せて自分の考えを口に出そうとする。
「・・・司令官さんと補佐官さんは幼なじみだと聞きました」
「うん。小学校以来の友達です」
「それが補佐官さん達の間で自然な呼び方なら、それも仕方ないと思うのです」
「つまり、上司部下の関係の前に、もっと親密な呼び方があるならそれでもいいって事ですか?」
「そういうこと・・・なのですか」
電も自分の考えに自信が持てないみたいだった。
(これは、試しに実感して貰うのがいいのかな・・・)
太一は電のことを厚志と同じように愛称で呼ぶことを考えていた。それなら呼び捨てにする事の太一側の後ろめたさも無く、また、電が気にする太一の丁寧さも気にならなくなるのでは無いか。
(
太一は何気なく周囲を見回した。ふと、プレハブの1階のホワイトボードが目に入る。その途端、急に姉が自分を呼ぶ時の声が耳の奥に蘇った。
(―――たいちゃん)
(・・・!)
太一は電の方を振り返り、思いつきのままその愛称を口にした。
「〈
「え!?」
「俺は
「・・・えっと・・・」
愛称を口にすることで、自然と丁寧語も消えて砕けた話し方になっていた。
(うん・・・そうだ、
その愛称は、不思議とストンと胸の中に落ち着いた。まるで長年使ってきた愛称のように、太一の心の中の電のイメージにピッタリとはまったのだ。もうこの少女の事は「
電は少し戸惑った様子だったが、それでも自分の気持ちについて良く考えているようだった。うつむいてたった今の太一の申し出を口の中で呟いて確認する。
「・・・イヤでは、ないのです・・・」
とうとう、小さな声で電は返答した。太一は破顔する。
「ありがとう、
「あ・・・はい、よろしくなのです、補佐官さん」
「その返事はストップ!」
電の言葉に、しかし太一は待ったをかけた。
「え!?」
「俺だけ
そう言うと、太一はズンズンと歩いて例のホワイトボードに近づいた。そしてまず〈電〉のマグネットを庁舎の欄の〈響〉の下に移すと、自分のマグネットは戻さずにマーカーを手に取った。
「俺のことは、これでいいよ」
そして、〈電〉の下に〈太一〉と書き込む。
思い返せば、家でも「太一」と呼ばれていたし、学校の先生にも、知り合いにも、教育隊の教官達にも、〈いかづち〉の仲間達にも「太一」だった。今更「補佐官」なんて堅苦しく呼ばれるくらいなら、このまま「太一」で呼んでもらった方が遥かにマシだし、自分でもしっくりくる。
「電ちゃんも、俺のことは『補佐官』なんて呼ばないで『太一』でいいから。他の人にもそう呼んでもらうようにする」
「えっと・・・本当にそれでいいのですか?」
「うん。お願い」
「えっと・・・・・・太一さん」
電はそう口にしたものは良いものの、見る見るうちに顔が赤くなった。
「はわわわ・・・! やっぱり恥ずかしいのです・・・!」
「えー、俺は全然それでいいのに」
「補佐官さん! やっぱり補佐官さんなのです!」
「うーん。ま、いいか。そのうち慣れたら呼んでくれればいいよ」
「慣れないのです!」
よっぽど太一の名前を口に出すのが恥ずかしかったのか、電はぷりぷりと怒りだしてしまった。それを微笑ましく見つめる太一。
(・・姉ちゃんが俺の面倒見てくれてた時は、こんな感じだったのかなぁ)
ニコニコしながらマーカーを元の位置に戻そうとしたとき、指先に何かが当たる。何気なくそれを確認すると、ホワイトボード下の粉受けのところに、先ほどは気が付かなかった使われていないマグネットが2枚置いてあることに気が付いた。取り上げてみるとテプラで「磯波」「白雪」と貼ってある。
「電ちゃん、これは何?」
「え?・・・あ、それはバイトの艦娘さんたちの分なのです」
電ちゃん、と呼ばれること自体に抵抗は無いようで、太一の質問にもちゃんと答えてくれる。
「ふーん・・・何だ、バイトの人もいるんだ・・・・・・バイトっ!?」
「どうしましたか?」
「バイトの艦娘さんがいるの!? バイトで働いてるの!? 艦娘として!?」
あまりの驚きに馬鹿みたいに繰り返してしまう太一。
「そうなのです。艦娘さんは普段は学生さんをやっている人が多いので、いつもは放課後か土日に来てもらうのです」
「あ・・・そりゃそうか」
言われてみればその通りである。艦娘適正のある女性は10代中盤に集中しているのだから、普通なら学生をやっている年頃だ。いくら日本の危機と言っても学校を辞めてまで艦娘をやってくれとは言えない。そもそも艦娘になるのだって免許制で、資格を得た後実際に艦娘として働くかは本人の自由だ。この辺が現在の日本で未成年女子を徴用する限界というところだったのだろう。
「しかし・・・バイトねぇ・・・学生の合間に日本防衛ねぇ・・・」
「みなさん真面目に艦娘をやってます。今週も明後日の日曜日は来てくれるのです」
「電ちゃんがそう言うなら・・・」
何だか急に艦娘と言う存在が頼りなくなった気がする。いや、太一が勝手に神聖化していただけで、元々鎮守府法を意図通りに運用すればこうなるのは想定済みだったのだろうが。
「補佐官さん、今何時でしょうか?」
「え? 15時半ちょっと前だね」
「大変なのです! 司令官さんに指定された時間を過ぎているのです!」
電はパタパタと調理場のある部屋に入ると、中から何かの包みを持ってすぐ出てきた。
「それは?」
「司令官さんが15時になったらみんなで食べるように冷蔵庫に入れてたのです」
電がちょっと口を開けて見せてくれる。包みの中身はどこかのケーキ屋の箱だった。
「執務室でお留守番している響ちゃんと、あと補佐官さんも一緒に食べるのです」
「ああ・・・うん」
おそらく太一が2人と打ち解けられるように厚志が用意しておいてくれたのだろう。ルンルンと空に浮かびそうなステップで階段を上がっていく電を見送りながら、太一は一人心の中で呟いた。
(艦娘は普段は学生をやっているって・・・電ちゃんと響ちゃんは違うの?)
上の階からじれたような電の声が降ってくる。
「補佐官さんも早く来るのです!」
「わかった、今行く!」
急かされて慌てて後を追う太一。その口元には苦笑が浮かんでいる。
(ま、いっか。その内あっちゃんに聞いてみよう)
やっぱり電ちゃんって言う時ははっきり言うタイプだったんだな、なんて事を考えながら、太一は2人をこれ以上待たせないよう執務室に急いだのであった。
その夜、帰宅した太一のところに厚志から電話がかかってきた。どんな緊急用件かと緊張して電話を取った太一だが、聞いてみたら明後日の日曜日、厚志と波津音がまた出張することなったという話であった。もう金曜の夜なので今から日曜の遠征を他のところに代わってもらうのは忍びない。そこで太一に白羽の矢が立った。
「昼あんなこと言っておいて申し訳ない! すまんが日曜、出てきてくれないか?」
「もちろんいいよ。でも、何やったらいい?」
聞けば、日曜日に来る2人のバイト艦娘と一緒に電を遠征に出して欲しいという。近海の哨戒のみなので午前中で終わり、後は適当にお茶でも飲んで夕方の交代時間まで待機だそうだ。
「詳しいことや何かあった時の対処は明日出発前に申し継ぎを書いておくよ。それを読んでくれ」
「わかった。でも、あっちゃんも波津音さんも大変だよね」
「まったくだよ。これじゃ深海棲艦とやり合う前にこっちが参っちまう」
ぼやきながら厚志は電話を切った。太一もスマホを定位置に戻す。
(ま、ちょうどいいや)
元々日曜日は顔を出すつもりだったのだ。それが普通に出勤することになっただけだ。響も執務室でついていてくれるらしいし、何も問題はないだろう。
(あ・・・バイトの人たちってどんな子たちなんだろ・・・?)
電の口調だと面識があるようだったから初めてでは無いはずだ。なら、顔を合わせてちょっと挨拶して、いつものようにお願いします、で済むだろう。
(バイトの子たちの事、先に人事情報確認しておいた方がいいのかな・・・)
でも、厚志は何かあった時の連絡時に確認しろと言っていた。補佐なりたての身で個人情報をいきなり確認するのはまずいかもしれない。
(・・・いいや、あっちゃんが任せるって言ってくれたんだし、そこまで大変なことは無いでしょ)
太一は取りあえず心配するのはそこまでにして、気持ちを切り替え汗と草にまみれた身体をさっぱりさせるため、風呂場へ向かったのだった。
たいちゃんへ
お元気ですか? 遠く離れているお姉ちゃんですが、
いつも心からたいちゃんのことを気にかけています。
今日は手紙を通じて少しでもお姉ちゃんの事を近
くに感じてもらえたら嬉しいと思いながら、書いて
います。
色々最近の様子を聞かせてください。新しい職場は
いかがですか? 厚志君との関係は良好でしょうか?
仕事を頑張っていることを祈っています。いつも
手紙に書いてある、たいちゃんの頑張りにお姉ちゃん
は感銘を受けています。
たいちゃんが日々成長していることに驚かされます。
昔は小さかったのに、今では立派な大人ですね。
たいちゃんの成長ぶりを読むのは楽しみで、いつも
誇りに思っています。
もし辛いことや悩みがある場合は、どんなことでも
相談してください。お姉ちゃんはいつでもたいちゃん
の味方です。
離れていても、家族の絆は変わりません。たいちゃん
が幸せでいてくれることが、お姉ちゃんの一番の願い
です。
この手紙が届いた時、少しでも寂しさを和らげる事
ができれば嬉しいです。いつか再会できる日を夢見て、
いつでもお姉ちゃんはたいちゃんを応援しています。
心からの愛を込めて。
お姉ちゃんより