艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
遠征に出た艦隊とは特に問題なく連絡がついた。艦隊は予定通りに南房総の洲崎灯台沖で針路を変更し、大島北端部を目指して進む。特に報告された事項も無し。極めて順調な航海だ。
「だけど、次からは無線が届かないかもしれない」
2回目の定時連絡を受けた後、響は言った。
「距離が遠くなるから?」
「それもある。けど、三浦半島自体が大島より西にいる艦隊との壁になってしまうんだよ」
案の定、3回目の定時連絡は無線の調子が悪いのか、呼び出し音すら鳴らなかった。一応、こちらからも呼び出しをかけてみるが返事は無い。順当に行けば南房総と大島の中間点付近のはずで、無線が届かない範囲に入ったと考えられた。
「アンテナをもっと高いところに設置できればいいんだけどね」
諦めきれずに太一が窓際で無線機の方向をこちゃこちゃと変えて試していると、のんびりとした口調で響が言った。ちなみに今太一が弄くっている無線機は、響が出撃用に使う無線機を使いまわして執務室用としている。
「設備投資しないの?」
「本格的で出力の大きい設備になると国の許可を取るのが難しいらしいよ。今太一さんが使っている艦娘用の無線機がギリギリのラインなんだ」
「妖精さんのパワーでもどうにもならない?」
「それでも増幅されている方なんだよ。今の機械は妖精さんには難し過ぎるらしくて、代わりに操作してもらうくらいしかできないのがほとんどなんだ」
「司令部の妖精さんはパソコン操作してるけど・・・」
「例外な方だね」
艦隊司令部施設の妖精さんが
「うーん、大淀の艤装の通信設備は使えない?」
思いつくままに言ってみたが、意外とナイスアイデアなのでは無いかと思う太一。だが、残念そうに響は首を振った。
「艦娘の艤装は適正のある艦娘が身に付けないと動かないよ。大淀さんの艤装が持っている機能は大淀さん本人がいないと使えないんだ」
「そうなんだ・・・じゃあ、通信の妖精さんだけ響ちゃんの艤装に一時的に乗ってもらうとかは?」
「乗組員の妖精さんたちは、装備担当の妖精さんと違って艤装のコアになってる艦内神社に住んでもらってるんだ。だから、引っ越すとなるとまるごと神社を移設することになって、艤装が使えなくなっちゃうよ」
「へえ〜・・・」
初耳の情報に太一は素直に感心した。響は対馬海洋観測所出身の艦娘だけあって、色々と艤装の仕組みに詳しいようだ。
「実は、艤装がひどく壊れたり、使う人の居なくなった艤装から妖精さんに引っ越ししてもらって、他の艤装を強化する事もあるんだよ。艤装を動かす妖精さんが増えれば、その分動きが良くなるんだ」
「仮に、それで大淀の艤装から通信妖精さんに引っ越ししてもらったら・・・」
「駆逐艦には巡洋艦みたいな通信設備が無いから、基本の通信能力は変わらないよ」
「そっかー・・・」
艤装を強化するにも、元となる艦の装備によって限界はあるって事か。太一は納得したついでに、繋がらない無線機を構うのを止めることにした。窓辺のテーブルにそれを置いたまま、厚志がいつも使っている机に戻ろうとする。その時、執務室のドアがノックされた。
(あれ? 階段を上がってくる音したっけ?)
内心首を傾げながら「どうぞ」と来客に入室を促す。扉が開くと、全く予想外な事に、緑の警備服を着た蛇塚がするりと室内に入ってきた。相変わらずのはち切れそうな筋肉質で、この男が執務室に存在するだけで部屋が狭くなった気がする。
蛇塚はいつもの片目を閉じた厳しい表情のまま、無言で執務室内を鋭く見渡した。その雰囲気に、おっかなびっくり太一は声をかける。
「ど、どうしました?」
「猫を見なかったか?」
「・・・え?」
これまた予想外の質問にぽかんと太一の口が開く。だが、その言葉に響が反応した。
「猫だって? 猫が入り込んだのかい、蛇塚さん」
「済まない、俺のミスだ。どうやらそうらしい」
蛇塚の説明によると、先週の大雨でこの敷地をぐるりと取り囲むフェンスの土台が一箇所、土ごと流出し、小さな穴が出来ていたらしい。午前中に巡回していた蛇塚は小さな獣の足跡を発見し、出処を追跡、その穴を発見した。すぐに応急処置でその穴を塞いだ後、今度は足跡の向かった先を追いかけてこの庁舎に辿り着いたとのことだ。
そこまで聞いて、太一は今朝、工廠から戻ってくる時に見た子猫の事を思い出した。すぐに蛇塚に話す。
「何時ぐらいのことだ?」
「8時・・・20分ぐらいだったとおもいます」
「だいぶ時間が経っているが、まだいるかも知れない。この周りを探してみよう」
「あ、あの!」
すぐに出ていこうとする蛇塚に思わず声をかけてしまう太一。蛇塚はピタリと動きを止めて振り返った。
「なんだ?」
「あの・・・猫が、なんかマズイんですか?」
半分腰が引けたままの太一の問に、無言で響の方に視線を向ける蛇塚。響はちょこちょこと小走りに太一に近づいた。
「太一さんにはまだ教えてなかったね。猫は、鎮守府の天敵なんだよ」
「え、猫が?」
「猫は妖精さんが見えるみたいなんだ。しかも、ネズミか何かだと思ってる。そのせいで、対馬に居た頃、妖精さんが散々いじめられてね・・・いや、猫にとってはじゃれてるだけだったのかもしれないけど。まあとにかく、それ以来猫の気配がすると、妖精さんは職場放棄して隠れてしまうようになったんだ」
「・・・それって、どうなるの?」
「海に猫は着いてこないから出撃には問題ないんだけど、艦隊司令部施設や装備担当の妖精さんが出てこなくなるから、ほとんど司令官からの指示ができなくなる。あと、港に猫がいると妖精さんが嫌がって帰投できなくなったりする。とにかく、猫がいると鎮守府的には大問題なんだよ」
「確かにそれは・・・問題だ」
太一にもようやく事の重大さがわかってきた。要するに、猫が近くにいると鎮守府は機能停止するのだ。蛇塚が怖い顔で訪ねてきたのにも納得がいくというものだ。
その時、「あっ」と響が何かに気がついて窓辺に駆け寄った。
「いたか?」
「いや、猫じゃないんだけど・・・」
蛇塚の問に振り返りもせず、響は窓の近くに置いてあった無線機を持ち上げ、裏返したり、振ったりしてみる。
「・・・いない」
「もしかして、妖精さん?」
太一が察して言うと、響は振り向いて頷いた。
「無線機に1人、着いてきてもらってたんだけど居なくなってる。ここから猫が見えて逃げちゃったのかもしれない」
「じゃあ、この無線は妖精さんが居なくなってから使えてなかったってこと?」
「そういう事になるね」
さすがの響もバツが悪いのか、苦々しい顔付きになった。そこに蛇塚が割り込んでくる。
「それより、その窓から猫が見えたならそこらにまだ居るかもしれん。幸い裏手の草むらは無くなっている。探してみよう」
そう言うと、蛇塚は身を翻して音も立てずに執務室から出ていった。
「お、俺も!」
「私も行くよ」
慌てて太一と響はそれに続いて執務室から出た。
プレハブの階段を降りると、裏手に回る角のところで蛇塚は身を屈めて壁に張り付き、先の様子を伺っていた。2人はまねをして腰を屈め、その後ろから近づいていく。
(いましたか?)
(しっ・・・これで見てみろ)
手渡された手鏡で角の向こうの様子を覗き込む。
(もっと低く!)
(す、すみません・・・)
苦労して位置を合わせてみると、刈られた草むらの中ほどに例の白黒ブチの子猫が、うにゃうにゃとお腹を見せて寝転んでいるのが見えた。「可愛い」と響が呟き、慌てて口を押さえる。
(間違いないか?)
(はい、あの猫だと思います)
蛇塚は静かに右腰に手をやると、そこに固定されていたウエストバッグから拳銃のようなものを取り出した。
(え・・・?)
太一が止める暇も無かった。男は淀みなくそれを眼前で構えると、躊躇なく引き金を引く。
ぷすっと気が抜けるような空気音とともにその先端部にくっついていた塊が射出された。それは猫の手前1mくらいの位置にぽんと落ちると、独りでにチョロチョロと不規則な動きで猫の前方で転がりだす。
子猫がさっと立ち上がり、大きな瞳でその不規則な動きをするオモチャを追いかけ始めた。オモチャの方は時折猫の眼の前で動きを止めたり、さっと動いたりして注意を引き続ける。
あっという間だった。猫の注意が逸れた事を見て取った蛇塚が気配無く動き、素早い身のこなしで子猫の後ろに近づくとその上から袋を被せたのだ。「ニャッ」と子猫が驚きの声を上げた時には、蛇塚は立ち上がって両手で袋を抱え、更に口を縛り終えていた。
「・・・その猫、どうするんです?」
何事も無かったようにオモチャを回収して戻ってきた蛇塚に、太一は聞いた。
「敷地の外で釈放してやるさ。この中に巣は無いから、隣の住宅街から迷い込んできたんだろう。フェンスの監視も強化するから、次からはこうやすやすと侵入させん」
蛇塚の答えに、後ろで響がほっとする気配が感じられた。いくら妖精さんの天敵とはいえ、命を奪うのは気が咎めたので太一も内心胸を撫で下ろす。
「邪魔したな」
言葉少なくそう言うと、蛇塚は子猫がニャアニャア言っている袋を両手で抱えたまま去っていった。
その時になって、太一は蛇塚のタバコの匂いがしなかったことに気がついた。あれは、もしかしたら猫よけにわざと付けていた匂いだったのかもしれない。
(プロってやつなのかな・・・)
感慨深く男の背中を見送っていると、くいくいと服の裾が引っ張られた。
「ん?」
見ると響が太一の方を見上げている。
「戻ろう、太一さん。妖精さんが戻ってきてたら、もしかして通信が繋がるかも」
「あ、そうだね。戻ろう」
果たして、執務室に戻ってみると、窓際の無線機の側にはちゃんと妖精さんが戻ってきていた。まだ、ちょっとビクビクしながら周囲を伺っている様子だったので、太一から猫を捕まえた件を説明してやると安心したようだった。
だが、復活した無線機を使用しても相変わらず
「やっぱり距離の問題だったのかな?」
無線機の妖精さんと一緒に首を傾げていた太一が振り向くと、響はテレビの前でニュース番組を食い入る用に見つめていた。
「響ちゃん?」
太一は響の後ろから近づき、一緒にテレビ画面を覗き込んだ。ちょうど、お昼のニュースが始まったところで、トップは何かの警報の続報についての内容だった。
『―――繰り返します。本日、10時55分頃、洋上不明存在対処局の要請により関東南部で深海警戒警報が発令されました。警戒レベルは3、付近を航行する船舶はなるべく陸岸が見える航路を維持してください。また、計器の異常を認めたらならば、直ちに反転しそれ以上進まないようにしてください。対象の海域は以下の通りです。相模湾、南房総半島西岸、大島周辺、及びそれらに囲われた海域です。繰り返します。―――』
「え、これって・・・」
確かめる必要もない。正に今、電たちが警備任務で回っている海域である。響と太一は顔を見合わせた。
「もしかして、まずい事態なの?」
「・・・まだわからない。単に無線が繋がらないだけかもしれないし、要請があって船の避難を手伝っているかもしれない」
そういう響の顔も、不安そうだった。
しかし、無線が通じない以上、現場の様子はわからない。試しに近場の他の鎮守府や浦賀水道の航路管制をしている場所に電話をかけてみたが、他の鎮守府は休みで不在、もう一つの方はまだこちらも詳細は掴めていないようだった。インターネットで検索してもNHKのニュース以上の情報は出てこない。
「とにかく、
気落ちしている響を元気付けるために何か言わなくてはと気が焦り、根拠のない事を言ってしまう太一。
だが、無線が通じぬまま帰投予定時刻を過ぎ、更に1時間が過ぎ、2時間が過ぎ・・・・・・17時を過ぎたところで、太一は堪えきれなくなって、執務室を飛び出したのだった。