艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~   作:IronCat

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~遠征~ 10

 太一の見ていた月が夜空に高く昇り、そろそろ西に向かって降下を始めそうな頃。

 横須賀市、田浦(たうら)地区。旧海軍水雷学校の所在地であり、かつて海上自衛隊の前身となる海上警備隊の総監部が置かれ、その発祥の地とされる場所である。現在においても海上自衛隊の術科(じゅっか)学校がその地区内に存在し、日夜日本を守る船乗り達の練度向上に貢献している。

 

 その地区の奥まった場所、海が見える建物の1室。その扉の横に筆で〈横須賀鎮守府 準備室〉の張り紙がされている。その部屋はもう午後10時を回ろうという時間なのに、未だ煌々と明かりが灯っていた。

 

「―――随分と遅いお帰りだな、海堂(かいどう)提督」

 

 幾分怒気を含んだ低い声が室内に響き渡る。その声の主は、室内の奥まった場所に設えられたそこそこ古そうな重厚な机に着き、パソコンの画面に向っていた。

 

『そう怒るなよぉ、桐生(きりゅう)ちゃぁん。今日は日曜日だよぉ? ちょっとくらい羽目外したっていいじゃないかよぉ』

「今がどんな情勢かわかっているだろう。時間はいくら有っても足りないのだ。2100に連絡すると了承したはずだが」

『月島センセのお膝元の桐生ちゃんと違って僕は裸一貫だからさぁ、政治的お付き合いで顔を覚えてもらうとこから始めないと行けないのよぉ。ほんと、僕だってやりたかないんだけどさぁ』

 

 パソコンの画面には、サングラスをかけ顎髭を伸ばした軽薄そうな黄色いシャツの男が写っている。その顔は少し赤らんでいて、明らかに酔っていた。

 それに対するは、きっちりと白の提督制服を着込んだ肩幅の広い、いかつい顔つきの40代程度の男性。パソコンの中の男と同じく顔が薄っすらと赤らんでいるが、それは額に浮いた皺の様子を見れば明らかなように怒りのためだ。

 

 男の名は、桐生直彌(きりゅう なおや)。横須賀鎮守府準備室の室長であり、それが開設した暁には、横須賀鎮守府提督となるべく選出された元海上自衛官幹部である。

 

 パソコンの中の男は海堂亘(かいどう わたる)。ただの遊び人そのものの風体と言動ではあるが、こちらも呉鎮守府開設の後には同鎮守府の提督となることが内定している。

 

『それにさぁ、どうせもう1人の提督さんは参加してないんでしょぉ? 僕らだけで決めちゃっていいのかなぁ?』

「・・・鞍馬(くらま)提督は致し方なかろう。我々だけで進められるところは進めるべきだ」

 

 パソコンの中のビデオ会議ツール上では、1つの枠が不通のままだ。その枠には〈Sasebo〉とラベルが表記されていた。

 

「時間が惜しい。早速議題に入るぞ。先に送った遠征枠の増加についてだが・・・」

『あーあの、海上護衛遠征がどーとかの・・・』

「そうだ。現在の駆逐艦に偏重した配備では遠隔地との航路確保のための海上護衛で、鎮守府と連絡を取ることすらままならん。通信設備の整った巡洋艦クラスを編成に入れる必要があり、そのため各鎮守府に前倒しで配備を推し進める必要があるだろう」

『それさぁ、遠征の強化なんて本当に必要なのぉ? ぱぱっと強力な艦隊組んでさぁ、磨り潰しちゃえばいいじゃん?・・・あれ? 桐生ちゃん怒っちゃったぁ?』

 

 言われるまでもなく、桐生提督の額に青筋が浮かんでいた。

 

『怒っちゃやぁよ、桐生ちゃん。そんなに短気だから、妖精さんもあんまり見えないんじゃぁ無いのぉ?』

「・・・・・・」

 

 海堂提督の言う通り、桐生提督は妖精さんに触れた後、10秒程度しか姿が見えず、専ら妖精さんとのコミュニケーションは彼の秘書艦予定の艦娘に頼っていた。

 それに対し、不真面目さの象徴のような海堂提督は才能に恵まれ、妖精さんを5分以上見ていることができる。これは、現在提督が内定している者達の中で最長であった。その才能から、一部には海堂提督こそ日本防衛の要である横須賀鎮守府の提督にと推す声もあったが、本人の性格を知る上層部の者たちから却下されていた。

 

『・・・まあさぁ、正直僕ぁ海上護衛なんか素人だから口は出せないけどさぁ? ま、いいんじゃない。駆逐艦3人で船団を守りつつ、軽巡洋艦で指揮を摂る。悪く無いと思うよぉ。他の遠征も最低限の艦数は満たしていると思うし、僕が頼んだ観艦式予行も入ってるしねぇ。ただ、成功時の資源分配量はちょっと多いかなぁ。半分でいいと思うよぉ』

「しかし、少な過ぎて実施を渋る鎮守府が多くなっても困るのではないか?」

『目覚ましい成果を上げたり、余分に働いてくれた艦隊に特別に分配量を多くすればいいよぉ。次の案の目玉の開発資材とかのボーナスも出すとかさぁ。食いつくところは多いと思うよぉ。・・・ま、素人考えだけどさぁ』

「・・・考慮しよう」

 

 額に皺を刻んだまま、桐生提督は深く頷いた。

 

『それだけ修正すればOKかなぁ。基本、これで進めていいんじゃなぁい?』

「・・・了解した。後はこちらで進めさせてもらう」

『はぁい、終わり! 僕もう眠いんで寝させてもらうよぉ』

「あ、おい。まだ・・・」

『桐生ちゃんも身体壊す前に適度に息抜きしなよぉ。バイバ〜イ!』

「おい、海堂!」

 

 だが、桐生提督の静止も虚しく、〈Kure〉ラベルの会議ウィンドウは不通となった。身を乗り出して暫くCallボタンをカチカチするが、返答する気配はない。

 やがて、桐生提督はため息をつきながら身体を引き、椅子の背もたれに寄りかかった。

 

「・・・なんなんですか、この男?」

 

 提督席の斜め後ろに控えていた女性が、嫌悪感も露わに吐き捨てる様に呟いた。桐生提督は若干苦々しげに振り返る。

 

「まあ、態度は気に食わんがそれに目を瞑れば優秀な人材だ。提督としても、事務方としてもな」

「度が過ぎませんか? 眼の前に居たら酸素魚雷を食らわしてやるのに」

「ははは。程々にな、大井」

 

 初めて桐生提督の顔に笑顔らしき表情が浮かんだ。相変わらず額の皺は消えていないが、巌のようだった表情が少しだけ柔らかくなる。そんな提督を、大井と呼ばれた艦娘の制服の女性は不満気に見つめる。

 

「だがな、海堂提督の言う事にも一理ある」

「どこがです?」

「守るばかりでは無く、攻勢にも出なくてはならないってところだ」

 

 桐生提督は首の後ろに両手を置き、椅子の背もたれに深く背を預けた。

 

「観測の結果を見ても、深海海域は日本の目の前まで来ている。近くに奴らのたまり場があるのだろう。早めに叩いておかねば日本はハワイの二の舞となる」

「では、海域攻略のための出撃を・・・?」

「そうだ。鎮守府開設後、間を置かずまずは横須賀鎮守府の精鋭艦隊で進行、その後に各鎮守府に掃討を依頼するつもりだ」

「しかし、横須賀以外ではまだ戦闘に耐えられるだけの艦隊を揃えられるところは少ないと思いますが」

「うむ。だから、工廠での建造を解禁する」

 

 これまで各鎮守府での建造を実質禁じてきたのは、ひとえにまずは日本近海の防衛体制を整えるためだ。警戒任務、そして輸送船団護衛任務。日本を守り、生かすにはまずは広い海を機動力を活かして駆け回る駆逐艦の数が必要だと、月島(つきしま)洋上不明存在対処局長と桐生提督の間で意見が一致していた。だから、横須賀の工廠設備をフル稼働させて駆逐艦艤装の建造を急いだのだった。

 その成果があり、各鎮守府にアルバイトの艦娘に行き渡るほど艤装を配備する事ができた。艦娘の配備を次の段階に進める時が来たのだ。

 

「まずは長距離遠征艦隊の旗艦となれる軽巡洋艦、そして攻勢に参加する鎮守府には打撃力となる重巡洋艦、戦艦、空母などの建造も許可する。また、それらの艦娘が使用する装備の開発もだ。〈工作艦〉の素養のある艦娘を優先的にそれらの鎮守府に配置する」

「その〈明石(あかし)〉達ですが、各鎮守府の工廠に修理機能を付与するため艤装の妖精さんに移動してもらったので、扱える艤装が有りませんが・・・」

 

 艦娘の艤装を整備したり、修理したりするのは妖精さんにしかできない。そして、そのためには妖精さんのための設備が必要になる。

 現在のところ、人類には妖精さん用の設備を作る事はできないので、代わりに工作艦〈明石〉の設備や妖精さんを工廠に移設することでまかなっていた。

 この様な艤装の使い方を〈施設改修〉と呼び、他にも各鎮守府の〈艦隊司令部施設〉を作り出すために〈大淀〉の艤装を〈施設改修〉に使ったりしていた。

 

 通常、特定の艦娘の艤装を狙って建造する事はできない。艦娘の艤装を最終的に作り上げるのは妖精さんであり、人間と妖精さんの意思疎通の壁がそのまま艤装建造時の意図伝達の壁となる。だが、〈明石〉や〈大淀〉の艤装については、発想の転換で編み出された裏技的建造法で量産可能となっていた。

 しかし、その建造法は通常の艤装建造と比較してコストと時間がべらぼうにかかる。現在までで、未だ4鎮守府分しか両艤装は完成しておらず、対馬海洋観測所から引っ越した分を含めても、最低限の指揮・修理施設を備えた鎮守府は日本全国に5箇所しか存在していなかった。その他の鎮守府は連絡手段として通常無線を使用したり、修理ドックを借りる事になる。その為、呉と佐世保の鎮守府の開設を後ろ倒しにせざるを得なかった。

 

「今しばらくは〈明石〉には艤装無しで我慢して貰おう。艤装が無くとも、建造や開発に問題は無かったのだったな?」

「はい」

「それと、〈明石〉と共に艤装を施設改修で消費した〈大淀〉にも各地に行ってもらう事とする。いつまでも貴重な戦力達に連絡官をやらせておく訳にはいかないからな」

「では、合わせて配置を決めます・・・艤装の練度を上げる時間が取れれば良かったのですが」

 

 艦娘の艤装は、乗組員の妖精さん達の練度を上げることでそれぞれの艦娘に最適化された〈改造〉を施す事ができる。その最適化の結果、性能の向上と共にそれまで乗組員だった妖精さんが、装備妖精さんとして他艦に派遣したり、特別な改修に参加してもらうことが可能になるのだ。

 大淀の〈艦隊司令部施設〉や明石の〈艦艇修理施設〉といった妖精さん達も、改造後は装備妖精さんとして派遣できる事がわかっている。これらの妖精さん達により、鎮守府の連絡手段を増やしたり、艦娘の修理・建造ドックを増やしたりできるので、数の確保は非常に重要だ。

 だが、艦の練度はそうやすやすと向上するものではない。毎日の訓練、出撃、演習・・・不断の努力を重ね、それでもなお改造が可能になる練度に達するには年単位の時間がかかることもざらだ。例えば大淀であれば、現在改造を完了し〈艦隊司令部施設〉妖精さんを艦娘と離して運用可能な者は日本にたった1人しかいない。

 

「時間ばっかりはどうしようもない。それに、目前に迫った脅威対応を優先し、海域攻略部隊の練度を突貫で上げなくてはな。練度向上のため、毎週鎮守府間の対抗演習を計画していく」

「承知しました」

「いずれは、正規艦娘の数を確保するためにも艦娘専門学校も開設しなくてはな・・・」

 

 今のところ、日本近海の警備任務は多数のバイト艦娘と旗艦を務める対馬海洋観測所出身艦娘たちで何とか回している状態だ。しかしアルバイトの艦娘たちは勤務時間に制限があるし、正規の教育を受けていないため旗艦を命じることもできない。学校教育を施しつつ同時に艦娘業務を遂行できる教育機関が必要だった。

 

「やることは山積みだな。正直、私みたいな海自一辺倒の世間知らずが背負っていいものなのか」

「今更降ろしてもらっては困ります、提督」

 

 ぼやく桐生提督に、大井は何の手心もなくきっぱりと言い切った。「さすがに手厳しいな」と苦笑する桐生提督。

 大井は大井で、口では突き放すような事を言っておきながら、その表情は怒っていると言うより不満気に唇を尖らせていた。

 

「わかった、この類の話は辞めにする。それで、他に今日やっておかなくてはならない事はあるか?」

「そうですね・・・こちらは今日の夕方に来た案件なのですが、いかがいたしますか?」

 

 大井が手持ちのファイルから1枚抜き出し、桐生提督の方を向くようにクルリと回して机に置いた。

 

「どれ・・・ああ、八戸(はちのへ)のか」

 

 その報告書の頭のところには、「新艦娘発見報告」と記載されていた。

 

「新しい巡洋艦の早期戦力化は最優先事項だな。こういう時はどうすればいい?」

「赤城さんの時は、とりあえず標準的な艤装を渡して妖精さんに乗ってもらいました。その後、調整しながら専用艤装を新しく建造しました」

「そうか。なら最上(もがみ)型の艤装を1隻、所属の鎮守府に運んでやってくれ。基本の艦隊運動を習得させつつ横須賀に回航し、艤装を建造しながら基本教育を受けてもらおう」

「了解しました。回航時の迎えは誰をやりましょうか?」

「駆逐艦1隻で十分だろう。それに、それ以上回す余裕も無い。どこに頼むか・・・」

 

 桐生提督が顎に拳を当てて思案する。大井は予めその問題を予想していたのか、間髪入れず進言した。

 

【挿絵表示】

 

 

「浦賀警備府はどうでしょう? 比較的艦娘と提督の人員に余裕が有ります」

「・・・そうか、あそこは補佐ができる者が1人増えたんだったな。それなら問題無いか」

「では、艤装が届いた頃を目処に限定任務を作成し、依頼します」

「頼む。確か、補佐に新しく着任したのは―――」

 

 桐生提督は日本の太平洋側防衛の元締めとして、教育を受けた提督候補には全員面接して人となりを把握している。が、黒田提督が見つけてきた新人まではまだ機会が無く会っていなかった。人事情報も他の鎮守府の分は回ってこないし、その名前くらいしかわかっていない。

 

「―――白杜太一といったか・・・」

 

 どんな男だろうか、と桐生提督は心の中で呟く。黒田提督の知り合いという事だから、同年代の可能性が高い。能力も未知数だ。

 知っていることと言えば、桐生提督と同じく元海上自衛官で、先の護衛艦〈いかづち〉の四国沖遭遇戦で同艦に乗っていたという事だけだ。

 桐生提督が太一に関しての情報を思い出している最中、ふと大井が付け足した。

 

「ああ、そう言えば、その浦賀警備府ですが」

「ん? どうかしたか?」

「いえ、今日の警戒警報が出た時、たまたま警備任務で艦隊を出撃させていたらしく、遭難寸前だったボートを一隻曳航したと連絡がありました」

「その報告は見たな。ちょうどいい。任務報酬として、遠征結果を大成功と認定した上で配分報酬を上乗せするとしよう。海堂提督のプラン通りでいいだろう」

「・・・わかりました」

 

 呉の遊び人提督の名前が出た事に大井は不満そうな顔をしたが、成功報酬については異論は無いのか渋々と了承する。

 

「うむ・・・ようやく、回り始めてきたという感じだな」

 

 桐生提督は頷くと、正面のパソコンの画面に目を移した。用の済んだ会議アプリケーションを閉じて片付け、デスクトップ上に散らばったファイル群の中から〈艦隊司令部〉アプリを立ち上げる。

 編成画面から艦娘一覧を表示すると、傘下の準鎮守府に配備されている者を含めた横須賀鎮守府に所属予定の艦娘がずらりと並んだ。正規空母〈赤城〉の名を先頭に、1画面に収まらず数ページに渡って帝国海軍の艦艇名が続いている。

 

(蘇った英霊たちと、その名を冠した艦娘たち・・・大戦の歴史を繰り返し、再び日本を戦禍に晒す事だけは避けねばならん。そのためにも今、準備を急がなくてはな)

 

 一覧に並んだ艦の状況を一隻一隻確認していく。軽巡洋艦の練度トップの〈大淀改〉、駆逐艦の練度3位の〈響改〉の2隻が〈浦賀警備府〉に配備されている事に気が付き、手を止めた。

 

(浦賀警備府か・・・そのうち、白杜君にも会って話をしてみなくてはな)

 

 桐生提督の予定リストの最下行に新たな項目が追加される。

 結局、その日も横須賀鎮守府準備室は、日付が変わる頃まで明かりが消えることは無かったのであった。

 

 

 

 

 





「次回予告」


 横須賀鎮守府の開設直前、東北地方で見つかった重巡洋艦艦娘の教育のため、浦賀警備府に同艦娘の横須賀回航の指示が下される。移動に同航する(いなずま)と共に現地へと向かう太一。だが、その鎮守府はある問題を抱えていた。


次回、艦隊(Re)これくしょん 第3話


鈴谷(すずや)
 


      

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