艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~   作:IronCat

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第3話
~鈴谷~ 1


 早朝、日が昇ってまだ間もない頃。

 

 白杜太一は、朝一で近くのコンビニエンスストアで買って来た新聞を食い入るように読んでいた。紙面をテーブルの上に広げ、指先が真っ黒になるのも構わず行をなぞりながら追っていく。やがて、そのページの記事が尽き、太一の指が一番左下に来た所で、動きがピタリと止まった。

 俯いたままの太一の顔。しばらくそのまま固まっていたが、やにわに顔を上げて下宿の天井に向けると、目を閉じたまま深く息を吐いた。強ばった表情で、ゆっくりと目を開ける。そして、壁掛け時計の時間に気が付くと慌てて新聞を閉じて立ち上がった。流しで手を洗い、タオルで拭いた手が乾くのを待たずに壁にかかっていたスーツ一式を身に着けていく。

 着替え終え、ネクタイを直しながら部屋の奥の仏壇の前に座ると、目を閉じて手を合わせた。

 ・・・数秒で立ち上がり、壁際に置いてあったリュックサックを肩に担いだ。靴を履き、無言で玄関を開けて外に出る。

 

 ―――カチャン。

 

 外から鍵がかかる。玄関前から離れていく足音。そして、静寂。

 

 後に残されたのは、合わせが乱れたテーブル上の朝刊のみ。

 その一面の右手中央部、新聞の概要欄に、太字でこう書かれていた。

 

 

〈洋上不明存在による海難事故再調査 経過発表(四月十五日追加分)〉

 

 

 

 

 

 

 浦賀警備府に新しいメンバーがやって来た。

 波津音(はつね)と良く似た学生服の様な上着といささか短すぎるスカート、太ももまでのニーソックス。髪色は薄く、左だけ長いワンサイドテールにしているという珍しい髪型だったが、バランスを取るように反対側の髪をまとめたリボンを同じ位長く垂らしていた。

 そんな子供っぽい髪に反し、スタイルはこの場にいる誰よりも成熟していた。・・・もっとも、艦娘の特性で成長が停滞している(いなずま)(ひびき)、中学の頃から外見が変わっていない(厚志談)という波津音と比べる事はできないだろうが。窮屈そうな胸元と際どい太ももの絶対領域に太一は目のやり場に困ったくらいだ。

 

 だが、そんな新人の自己紹介の第一声に、提督執務室で出迎えた浦賀警備府の面々は度肝を抜かれる。

 

「工廠担当で着任した〈明石(あかし)〉かも! でもホントは明石の適性はそんなに無いかも・・・だから明石って呼ばれると恥ずかしいから〈あっちゃん〉でいいかも!」

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

 顔つき通りに可愛らしい声で飛び出した奇矯な口調に、厚志達は絶句する。互いに顔を見合わせ、電と響は波津音に、波津音は厚志に、そして厚志は太一にバトンを渡す。仕方なく、太一は新人の方を向いて口を開いた。

 

「あー・・・。いや、〈あっちゃん〉はもういるし・・・」

「かもぉーっ!?」

 

 執務室内に奇天烈な叫び声が響き渡る。

 

「そんな・・・着任して3分でアイデンティティー喪失かも・・・! このまま〈オイ〉とか〈お前〉とか〈2号〉とか呼ばれ続けるのは辛いかも・・・!」

「いや、え、あの・・・」

 

 突然よろめいて膝を付き、意味の分からない事を呟き出した新人に困惑し、救いを求める太一。だが、厚志達からは「お前がなんとかしろ」と有言な視線が返ってくるばかりであった。

 

「う、うーん・・・じゃあ、〈カモちゃん〉で」

「この際アイデンティティーが守れるなら何でもいいかも!」

 

 かくして、浦賀警備府に建造、開発実施のため、明石改めカモ工廠長が着任したかも!・・・着任した!

 

 

 

 

 

 実際のところ、カモ工廠長は口調はともかく実に働き者だった。

 着任した当日に工廠に赴くと、すぐに妖精さん達と仲良くなって一緒に片付けに着手する。午前中の内に警備府引き渡し前から残っていた不要な物品を運び出すと、午後にはマスクを付けて工廠内の掃除、更には壊れていた箇所の補修までしてしまう。

 たった一日で、埃まみれ、錆だらけの廃工場跡は整頓された工廠に生まれ変わった。この手際の良さには、一緒に手伝ったカモの名付け親の太一も舌を巻いた。

 

「1日でこんなに綺麗になるなんて・・・見違えたよ!」

「ふっふーん♪ あとは発注した棚とかが入ればバッチリかも!」

「え、いつの間に?」

「お昼ご飯食べながら妖精さんと決めたの! アマゾンで頼んだから明日には届くかも!」

 

 太一はこの新人工廠長に感服した。話を聞くと歳もそんなに変わらないし、帰る頃にはすっかり仲良くなっていたのであった。

 

 

 

 

 翌日。

 電たちの遠征艦隊を送り出した後、執務室に残った厚志、太一、カモの三人は執務室で会議を行っていた。お題は第一回浦賀警備府建造会議である。

 

「昨日建造ドックを片付けたから2隻までなら同時に建造できるかも!」

「長距離遠征の為には通信設備の整った巡洋艦が不可欠だ」

「狙い目は14cm砲を装備した軽巡洋艦よね!」

 

 カモと厚志が交互に言う。それを聞いて、太一が首をひねった。

 

「根本的な事聞いて良いかな? 艦娘の艤装の建造ってどうやるの?」

「カモ、説明を頼む」

「了解!」

 

 厚志に頼まれ、張り切って席から立ち上がるカモ。

 

「艤装の建造には妖精さんが参考にする〈船体〉と妖精さんの住まいになる〈艦内神社〉が必要なの。それを並べて置いて、後は妖精さんに建造に使う資源を渡せば造ってくれるかも!」

「・・・造ってくれるんだよね?」

「だから、造ってくれるかも!」

「・・・・・・」

 

 ちなみに、ここでいう資源とは、現実の資源ではなく妖精さん達が用意する〈想起資源〉の事である。

 〈想起資源〉は4種あり、〈燃料のようなもの〉、〈弾薬のようなもの〉、〈鋼材のようなもの〉、そして〈ボーキサイトのようなもの〉の4つである。なぜ〈のようなもの〉が付くのかと言うと、妖精さん達が運んでいるのを見るとドラム缶であったり、弾頭部であったり、どう見てもそう見えるのに説明が付かない点が多いからである。例えば、駆逐艦の必殺武器である魚雷を撃ち尽くし、それを補給により再装填しようとすると、妖精さんが持ってくるのは砲弾にしか見えない〈弾薬のようなもの〉資源である。そしてそれでちゃんと装填される。納得がいかないが、妖精さんがする事なので〈そういうものだ〉と思うしかない。

 これについて、ある艦娘は〈想起資源〉が我々の見慣れた物に見えるのは、それが船で消費される資源として一番わかりやすく〈想起〉されやすい外見だからであり、実際はそれぞれの資源は〈運動能力〉、〈攻撃能力〉、〈防御能力〉、〈航空能力〉を象徴するイメージの具現化した物なのではないか、と考察している。

 ちなみに、いちいち〈のようなもの〉と付けるのは面倒なので、関係者ほぼ全員がその部分を省略して呼称している。

 

「とにかく、俺達浦賀警備府としては軽巡洋艦を早急に増員したい。狙い目は長良(ながら)型か川内(せんだい)型。欲を言えば阿賀野(あがの)型が入手できれば最高だが、現在まで阿賀野型の建造に成功した例は無いので、難しいだろう。カモは早速艦の選定を行い、〈船体〉の作成にかかってくれ」

「ラジャー!」

 

 カモ工廠長がピシッと厚志に敬礼する。それを慌てて太一は止めた。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待って! カモちゃんが船体を造るの!? ひとりで!?」

「むしろ2人じゃ造りにくいかも!」

「えぇー・・・」

 

 自信満々なカモの様子に、救いを求めて厚志の方に顔向きを変える太一。

 

「あっちゃん、専門の工事業者とか呼ばないでいいの?」

「工事業者? 何の?」

 

 心底不思議そうな顔をした厚志は、はたと思い当たって「ああ!」と声を上げた。

 

「もしかして太一、カモが艦娘の艤装の建造やるって勘違いしてないか?」

「・・・違うの?」

「カモにやってもらうのは、妖精さんが参考にする〈船体模型〉の制作だ」

「これだよ!」

 

 戸惑う太一の前に、カモが何かの小冊子を開いて突き出した。

 

「これって・・・」

 

 見開きのページに、鼠色の艦艇が斜め見下ろしで並んで写っている。それぞれの船の下には、簡単なスペックと、希望小売価格が記載されていた。

 

「・・・プラモデル?」

「その通りかも!」

「妖精さんも実際の艦艇から離れて久しいし、実はあんまり自分の船の外観は気にしていないみたいでな。こんな感じでよろしくって感じで見本になるように模型を用意してやる必要があるんだよ」

「それでも結構間違える事も多いの!」

 

 太一は絶句した。まさか日本の防衛の要となる艦娘の艤装の基礎に、プラモデルが使われているとは。メーカーの社員も、自分たちの製品が日本の未来を支えているとは夢にも思うまい。

 

「・・・でも、みんなの艤装って模型と全然違わない?」

「その辺は妖精さんのセンスと装備する艦娘との調整次第だな。以前、見本無しで妖精さんのセンスだけで艤装を造ってもらったらとんでもないことになってな」

「砲塔を艦娘に載せないで、海の上を自走するようにしたらしいの!」

「何それ怖い」

 

 とにかく、そのような事情で艤装の建造には見本となる模型を添える事が必須となっているらしい。

 ふと気が付き、太一はカモに恐る恐る聞く。

 

「もしかして、工廠担当者に必要な素養って・・・」

「プラモを上手に作れることかも!」

 

 「あたし、小学校の頃から作ってたよ!」と胸を張るカモ。太一はなんとも言えない気持ちでこめかみを押さえた。

 

「ちなみに太一、お前のプラモデル経験は?」

「・・・小学生の時、ガンダムを作ったくらい」

「色塗りは?」

「したことない。あっちゃんは?」

「俺もそんな感じだ」

「船体の作成はあたしにおまかせね!」

 

 浦賀警備府に来て以来、初めて太一は艦娘の守る未来にそこはかとない不安を感じたのであった。

 

 

 

 カモの作業場は工廠裏にある小屋が割り当てられた。恐らく工場が可動していた頃、喫煙場所に使用されていたのだろう。中はタバコのヤニがこびり付き、染み込んだ煙の臭いがたまらなかったが、カモには秘策があるらしい。

 

「掃除専門業者の使うクリーナーを昨日一緒に発注しておいたの。それで掃除すればピカピカにできるかも!」

 

 相変わらずの有能ぶりに太一は感嘆の声を上げることしかできなかった。午後に発注した荷物が届いたら手伝うことを約束する。

 

 昼から厚志は近くの公民館へ講演に赴く事になっていた。朝から波津音が居なかったのは、その事前調整に行っていたからだ。

 

「鎮守府法で艦娘対象者は10代からって規則になっていたからな。小学生にも艦娘の素養がある子がいるから、その説明に行ってくる」

「それも提督の仕事なの?」

「提督っていうか、対処局の職員としての仕事だな」

 

 鎮守府法の特別措置として、各地の鎮守府(横須賀、呉、佐世保などの主幹鎮守府)が開設されたら、その対象地域においては艦娘の通う学校での出席について考慮するよう政府から文部省に要請が出ている。これによって学生艦娘の昼の出撃数が増加できる見込みだが、実際どうなるかは未知数だ。

 それ以前に、幼い女子を戦いの可能性のある海域に向かわせることに嫌悪感のある親が大半である以上、かなりの反発も予想される。厚志もそれは覚悟しているようだった。

 

「まあ、これも大人の責任ってやつだな」

 

 厚志は努めて明るく振る舞っていた。

 

 午後になり、遠征から帰ってきた電、響も加わってアマゾンから届いた工廠用の棚の設置や、カモの裏工廠(太一命名)の清掃にてんてこ舞いになる。妖精さん達と協力して望むように棚を設置し終え、裏工廠が新居同様にピカピカに磨き終わる頃には午後4時を過ぎていた。使ったクリーナーや工具を片付け、庁舎に戻ると丁度執務室に帰ってきた波津音たちと一緒になる。厚志は相当疲れた様子でぐったりしていた。

 

「そんなに酷かったのかい?」

 

 響が厚志の様子に心配そうに波津音にたずねる。苦笑する波津音。

 

「それがですね、逆だったんですよ」

「逆?」

 

 波津音の言葉に、太一も身を乗り出した。

 

「思った以上に艦娘と提督が小学生達に人気だったみたいで・・・話を聞きに来た子たち、提督の事をスーパーヒーローか何かに思っていたみたいです」

「へえ・・・じゃあ何であっちゃんはあんなに疲れてるの?」

「厚志君、子供たちの夢を壊しちゃいけないって気張っちゃって・・・あのザマです」

 

 言い振りはキツイが、横目で厚志を見る波津音の視線は優しかった。

 

「でも何でそんなに艦娘が人気があるんだろう?」

 

 太一が首を捻る。まだ本格的な海域攻略の出撃すらしていないのだ。

 

「太一君、見ませんでしたか? テレビ」

「あ! 電はみんなで見たのです!」

 

 波津音の言葉に、電、響が顔を見合わせて声を上げる。どうやら、一昨日のゴールデンタイムに放送された鎮守府、そして艦娘に関しての番組の事らしい。

 

 その番組では、迫りくる深海棲艦の脅威を現在世界中で起こっている出来事と共に紹介した後、日本で活躍する艦娘の姿を紹介したらしい。これまでも何度かテレビに出ている赤城やその他の艦娘、そして今回初公開となる金剛(こんごう)型戦艦の砲撃練習の様子まで放送された。どうやら、それが子供たちにはえらく格好良く見えたようだ。

 

「今、女の子の将来なりたい職業、艦娘が3位ですよ」

「マジか・・・」

 

 テレビの効果、恐るべし。

 ぐったりと机にうつ伏せになったまま、厚志がくぐもった声を出す。

 

「子供たちの中にさぁ、妖精さん付きの子がいてさぁ。ちっちゃい手で見よう見まねで敬礼して、『艦娘になれたら、必ず司令官のお役に立ってみせます!』・・・ってさぁ。俺、嬉しいやら申し訳ないやら一杯になっちゃってさぁ〜・・・」

「はいはい、期待に応えられるようにしゃんとしないといけませんね」

「わかってるってぇ・・・」

「はいはい」

 

 うつ向いたまま、厚志がずびっと鼻を啜る音がした。

 

「〈妖精さん付き〉?」

 

 厚志の言葉の中の聞き慣れない単語に対する太一の疑問に、響が答えた。

 

「特に妖精さんと相性のいい艦娘をそう呼ぶ事があるよ」

「普通の艦娘は教習所で相性確認する時初めて妖精さんに会うかも!」

「でも、相性が良い人はそれまでに仲良くなっていて、もう妖精さんを肩に乗せていたりするのです」

「ああ、だから〈妖精さん付き〉ね・・・」

 

 カモ、電の補足説明に納得する太一。更に響が付け足す。

 

「新しい艦が見つかる時もだいたい妖精さん付きの艦娘のおかげだよ。あの赤城さんみたいにね。実は横須賀の(あかつき)型駆逐艦はみんな〈妖精さん付き〉なんだ」

「へぇ〜、すごいんだね」

 

 太一は素直に感心し、かたわらの電に顔を向ける。電は困ったように顔を俯かせた。

 

「電は、別に、その・・・」

「?」

 

 電の態度に違和感を覚えた太一だったが、直後のカモの奇声に声をかけるタイミングを失ってしまう。

 

「あ~っ! そう言えば提督宛に横須賀から任務が来てたの忘れてたかも〜!」

「え、いつ?」

「アマゾンが来て荷物受け取った時、チェックしてたの忘れてたーっ!」

 

 カモは補佐の席のパソコンに飛びつくと、マウスを勢い良くカチカチし始める。程なくして、置き場所が無くて拾ってきた木箱の上に置かれたプリンターから印刷された紙が出てくる。

 

「はい、提督!」

「どれどれ」

 

 復活した厚志が手渡された任務の紙にさっと目を通した。途端に、眉がしかめられる。

 

「厚志君、何の任務です?」

 

 その様子に波津音が声をかけた。

 

「いや、また出張なんだが・・・」

「またですか、何処までですか?」

八戸(はちのへ)

「ずいぶん遠いですね。というか、向こうにだって提督は居るはずなのに、なんで厚志君に回ってきたんですか?」

「それがな・・・駆逐艦をあっちの鎮守府に向かわせて、艦娘を1人、横須賀まで連れてきて欲しいらしい。なんでも、新しく見つかった艦で、まだ専用艤装も造ってないらしいぞ」

「ああ、それで・・・基本的な艦隊運動を教えるのも任務って事ですか」

「そんなところだ」

 

 厚志はそこまで言って、「ふむ」と手を顎に当て考え込んだ。チラリと太一らの方に視線を向ける。

 

「? どうかした、あっちゃん?」

「うん・・・太一、この任務お前に頼みたいんだが、行ってくれるか?」

「え、俺が?」

「ああ。八戸までの往復、中一日での艦隊運動の訓練。俺が行ってもいいんだが、来週には横須賀鎮守府が開設されるから、できればこっちにいたい。電と一緒に、頼めるか?」

「もちろんだよ、任せて」

 

 太一は即答した。電の方も異論は無いようだ。

 

「助かるよ、太一」

「いいって。それより、新しい艦娘の子、なんて名前?」

「ん?・・・」

 

 厚志は手元の紙に目を落とし、確認した。

 

「ええと・・・艦名は、〈鈴谷(すずや)〉。最上(もがみ)型重巡洋艦の3番艦だな」

 

 

 

 

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