艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~   作:IronCat

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~帰還~ 2

 青い海の上を航空機が1機、飛んでいる。明るい灰色の主翼に4機のターボプロップエンジン、午前の早い時間の太陽に照らされた胴体の横には、合衆国に所属することを現すマークと文字。アメリカ製哨戒機として自衛隊でも採用されているP−3Cである。今、その機内、ギャレーの座席に1人の日本人が座っていた。

 まだ若い男である。サラリと前髪を揺らし、窓から海面を見下ろしている。鼻筋が通り、切れ長の目。優男そのものという風貌であるが、その目には憂いが浮かんでいる。着込んだブカブカの搭乗員服の襟元からはネクタイとスーツが覗き、首筋に何かのバッジが光っていた。

 

「月島サン、お電話デス」

 

 米国人搭乗員の1人が自分の席から振り向いて声をかける。月島と呼ばれた男は「はい」と立ち上がって機内に手を付きながら移動し、礼を言って受話器を受け取った。搭乗員が譲ってくれたので着席してそれを耳に当てる。

 

「お待たせしました、月島です」

『―――所長、鳳翔です。先程、ハワイ方面の緊急事態連絡がありました』

 

 たおやかな若い女性の声。だがそこには、電話越しにもわかる位の焦りと、それを越える憂いの雰囲気が滲んでいた。月島は相手と、そして自分自身のために殊更ゆっくりと返答する。

 

「落ち着いてください、鳳翔さん。今わかっている内容を、できるだけ時系列に沿って教えて下さい」

『は、はい、申し訳ありません。先程、官邸から連絡が入りまして・・・』

 

 鳳翔という女性の内容を掻い摘むと、以下の通りであった。

 

 およそ2時間20分前、本日0445頃(現地時刻では昨日の0945頃)、オアフ島、ダニエル・K・イノウエ国際空港に着陸する予定だったハワイアン航空XXX便から緊急救難信号が発信された。同時刻、レーダーに映る同便の機影とそれに群がる不明航空機の存在を探知したパールハーバー・ヒッカム統合基地は緊急発進を指示、航空機の救助に向かわせる。

 だが、発進した2機の戦闘機は4分12秒後、「海が赤い」と謎の言葉を残して共に通信途絶。さらには基地のレーダーが不調となり、状況を確認できなくなった。

 同時期に、ワイキキ・ビーチを含むオアフ島南部の海岸地域から警察、消防等へ通報が相次ぐ。内容は全て同じ、水平線から海が赤く染まっている、との異常現象に関するもの。直ちにパトロールカー及びパトロールボートが海岸部の状況確認に出動した。この時はまだ、空軍関係者以外事態を深刻に捉える者はいなかった。

 

 12分後、米軍の統合指揮所で2機の戦闘機の墜落の可能性が示唆される。捜索のため付近を飛行中のヘリコプターを向かわせると共に、念のため艦艇1隻の緊急出港を指示。

 20分経過、今度はオアフ島に支店のある家電量販店や電話会社、コンピューター・ショップの電話が鳴り始める。内容は買ったばかりの携帯電話が壊れた、パソコンが壊れた、時計が壊れた、と電子機器の不調を訴えるもの。それらの通報はどんどんと増え続け、すぐに電話回線をパンクさせるかに思えたが、40分後位から急激に収束。今度は逆に全く電話がかかってこなくなった。

 そして、ここから通信記録が断片的になり、事態の把握が困難になる。

 

 45〜90分後の範囲で、南岸の都市部で連続的に火災が発生。

 

 75分後付近。ワイキキの海岸沿いに立ち並ぶリゾートホテル2棟が同時に倒壊。砲撃音を聞いた者多数。

 

 90分後以降。パールハーバーに停泊していた米海軍艦艇が緊急出港開始。1隻ではなく次々と先を争うように港外へ向かっていた。その際、対空射撃を行っていたとの証言あり。

 

 ほぼ100分後、滑走路から飛び立とうとした旅客機が離陸直後に墜落、滑走路の先の海を飛び越えて市街が火の海になる。これとほぼ同時刻、フォード島に係留されていた記念艦ミズーリから、轟音と共に爆炎が立ち上ったとの報告あり。

 

 これ以降、ありとあらゆる手段でオアフ島及び周辺ハワイ諸島に連絡を試みるが、一切が不通。事態を重く見た政府が国防総省に指示して軍事衛星を急遽動かし、島周辺の様子を撮影。第一報として届けられたオアフ島を含むハワイ諸島海域の広域写真に、それを見た全関係者が言葉を失った。

 

 ハワイ諸島周辺の海が、陸岸から200海里に渡って赤く染まっていた。上空の雲も、その照り返しによるものか赤黒く見たこともない色合いで浮かんでいる。国家偵察局が得られた情報を元に即座に解析を行い、その結果、オアフ島南部のほぼ全域壊滅、そして記念艦を含むパールハーバー港内、港外の全艦艇撃沈という最悪の事態が判明した。つい、20分前のことであった。

 

 しかし、これらの情報がいくら同盟国であると言え、米国から日本にこれほど早く伝わることは通常有り得ない。それが成された理由は、オアフ島西方で無数の不明飛行体と交戦しながら海域に留まり、情報収集と通信中継、そしてハワイ諸島に接近しないよう民間航空機や商船に退避勧告を行い続けた日本国海上自衛隊所属練習艦、〈かしま〉とその僚艦の存在があったからである。

 

 〈かしま〉は初動を含め3度の不明飛行体多数の来襲を受け、中小の損害を受けつつ全てを()退()。しかし、2時間に渡る奮戦の後にこれ以上同海域に留まることは困難と判断し、現在は3隻の民間商船を護衛しつつ日本へ針路を取っているという。

 

「―――ちょっと待って下さい。撃退? 撃退できたんですか?」

『そのようです。もしかすると・・・』

 

 鳳翔が言葉を留め、月島がその後を引き継ぐ。

 

「―――ええ。もしかすると、()()()()が発生したのかもしれません。それも、空襲を3度撃退となるとかなり能力の高い空母・・・正規空母クラスの」

『所長、私達はいかがしましょうか?』

「・・・」

 

 月島は目にかかった前髪を指先で払うと、軽くため息をついた。

 

「我々も動かなくてはなりません。想定D-8(デルタ・エイト)を少し修正して実施しましょう。まずは南西とインド洋航路を死守しなければ。龍驤にすぐ出港できるよう準備させてください」

『龍ちゃんを?』

 

 思わず飛び出たという言葉を慌てて修正する。

 

『龍驤が出るなら、私も出ます。2隻で分担したほうが広い海域を守れます』

「鳳翔さんには別の仕事があります。おそらく〈かしま〉に同行している空母は艤装を持っていない。貴方の予備を横須賀に運んでもらいたい。その後に、指南してあげてください」

『・・・了解いたしました』

「もちろん1人では行かせません。必要な護衛を随伴させます。とりあえず、お2人は出港の準備をしておいてください」

『わかりました』

 

 鳳翔との電話が切れると、続いて月島は機内の通信員に頼んで無線を繋いでもらった。ハンドセットを片手に、機体の壁に反対の手をついて、上から覗き込むように小さな窓から下の海面に目をやる。

 

「ブリザードワン、こちらムーンベース。感度どうか」

『は、はいっ! ふぶ・・・じゃなかった、ブリザードワン、感度良好です!』

 

 月島の連絡に応答したのは、まだ少女と思える年代の若い声だった。多少慌て気味に、だが元気良く返答する。

 

「よし。吹雪、黒田を出してください」

『はい、お待ち下さい!―――』

 

 しばらくの後、吹雪と呼ばれた少女の代わりに若い年代の男の声が応答する。

 

『お待たせしました、黒田です』

 

 その声は微妙に敬語に慣れていないのか、途中が少し飛ばされて「お待たせっした、黒田っす」と聞こえた。月島が応答しようとする前に、黒田という男―――おそらく青年だろう―――青年は先回りして続ける。

 

『ハワイの件ですか?』

「もう聞いていましたか」

『留守番の叢雲から、だいたいのところは。南西に1艦隊派遣するんですか?』

「助かります。相変わらず彼女は優秀ですね」

 

 月島は掻い摘んで先程鳳翔とやり取りした内容を伝えた。黒田はすぐに返答する

 

『じゃあ、龍驤には叢雲と漣を付けましょう。横須賀には五月雨と吹雪を行かせます』

 

 「私ですか?」と通信先から小さく聞こえてくる。月島は瞬きする時間だけ思案し、すぐに決定した。

 

「それでいきましょう。今日の哨戒はここで終了し、(しょ)に戻って準備をさせてください」

『俺はどうします? 横須賀? インド洋? どっちに行きます?』

「君は留守番です。残りの者と引っ越しの準備をしてください」

『え? どういうことです?』

「人手が足りない。太平洋に領域が現れた以上、そちらの防備を整えなければ。北西の監視は自衛隊か米軍に任せます」

『対馬海洋観測所もついに閉鎖ですか・・・了解しました』

 

 窓から海を見下ろす月島の視界の中、3つの小さな航跡が180度回頭して引き返していく様子が見える。波模様が見えるくらい低い高度を飛行しているのにその航跡が小さく見えるのは、実際にそこを航行しているのが通常の船舶より遥かに小さな存在だからである。それは、月島の位置からはほぼ人間大のサイズに見えた。

 

「月島サン」

 

 呼ばれて振り返ると先程の搭乗員が近くまで来ていた。

 

「管制カラ緊急命令デ帰投シマス。イイデスネ?」

「わかりました。問題ありません」

 

 搭乗員が頷き、元の席に戻っていく。月島は手元のハンドセットをもう一度持ち上げると、黒田に話しかけた。

 

「陸に戻ったら、僕はその足で東京に飛びます」

『市ヶ谷ですか?』

 

 機体が斜めに傾き始めた。窓の外の光景が横向きに流れ出す。月島は壁に置いていた手を天井につき直した。

 

「いや、官邸です。伯父さんに会ってきます」

 

 月島の視界の中、陽光に照らされた海の光景は反転し、まだ午前の早い時間の静けさのある空と海が見えてくる。

 だが、その色彩は穏やかな海上のそれではない。海の、ある部分から藍色の海面は紫に代わり、更にその先では赤紫、そしてそのさらに先は、線を引いてそこに絵の具を流し込んだかのように赤い海が、どこまでもどこまでも広がっている。

 

「―――日本海西方赤色海域・・・か」

 

 ハンドセットを通信機に戻しながら、月島はぽつりと呟く。西の海は赤く、そしてその上の空も海に侵食されたかのように紅に濁っている。それはまるで異界のように不気味で、しかし何処か厳粛な光景が、水平線の向こうまで続いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

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