艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
翌日の午後、八戸方面への遠征関係者である太一、
「まず、2人の行動計画だが・・・向こうで艦娘を編成に加え、こっちまで訓練しつつ航海してくる任務の関係上、電は陸路では移動できない。行きも艤装を付けて現地に向かってもらう」
「了解なのです」
「そこで問題になるのが〈鎮守府法〉の艦娘単独での行動制限だ」
太一は無言で頷いた。艦娘の活動の法的根拠となる鎮守府法は提督にとって必須の内容なので、暇な時間は机に齧りついて頭に叩き込んである。
艤装を運用中の艦娘は、提督の指示無しでは12時間または航行距離500kmの制限がある。つまり、朝出撃した艦隊は夜までに帰ってこなくてはならないし、往復を考えると浦賀警備府なら東は茨城県沖、西は愛知県程度が行動範囲の限界となる。
そこで、今回のような遠征の場合は、逆に提督が移動先に赴いて逐一艦娘に指示を与える必要があるのだ。
「太一はこの〈艦隊司令部施設〉妖精さんのパソコンと連絡用の無線機を持って中継地点に先行。そこで適宜電と合流して次の中継地点までの行動指示を伝えてくれ」
「了解」
「中継地点となるのは2箇所。第一中継地点茨城県の大洗、太一はここで電を次の中継地点に向かわせた後、取って返して新幹線に乗り、第2中継地点の仙台に向かい、そこで仮眠を取ってくれ。電は夜を徹して航海を続け、翌日0200頃に仙台港に到着。太一と合流し、2時間の休憩の後に最終目的地の八戸へ向かってくれ」
「あ、ちょっと待って」
手を上げて口を挟む太一。
「おう、どうした?」
「ちょっとそのスケジュール、厳しすぎない? いや俺はいいんだけど、電ちゃんが」
「補佐官さん、艦娘は艤装を付けて海にいる間は妖精さんのおかげでほとんど疲れないし、眠くなったりもしないのです。食事もいらないのです」
「え、そうなの?」
「はい、なのです」
これは実際に対馬海洋観測所時代に電たちが実験した結果で、各種資源の補給さえしっかりしておけば、艦娘は2週間以上不眠不休で活動できたらしい。
「まあ、可能だったというだけだがな。できる限り休憩や食事もしっかりとって、心身を整えておくことも重要だと俺は考えている」
「それには賛成」
「電は八戸に着いたらその日はゆっくり休養してくれ。現地での航行訓練は翌日の1日だけでいい。向こうにもそう伝えてある」
「了解、なのです」
厚志の指示に異論は無かったので、太一も頷いた。
「太一は仙台で電を送り出した後、始発で後を追いかけてくれ。新幹線で向かえば十分海路より早く到着するはずだ。そこであちらの提督と、向こうの重巡の受け入れと訓練について調整しておいてくれ」
「わかった」
「訓練日の翌日、〈艦隊司令部〉で2隻を編成し、横須賀へ帰投させてくれ。帰りは重巡がいるから直接司令部と連絡がつく。定時の連絡についてはこっちで待機している波津音が大淀の通信設備経由で指示を出すから、太一は艦隊との連絡を待つ事なく直接帰ってこい。報告書を提出したらその日は終わりだから、新幹線の中でフォーマットを埋めておいてくれよ。先にできたらメールで送ってくれてもいいからな」
「了解」
後は細々とした調整の後、解散となった。明日は長時間の航海となるので早めの帰宅が許可された電だったが、出港前にもう一度艤装の具合を見ておきたいと言う。それに付き合い、太一も一緒に工廠へと向かった。
工廠には響もいて、自分の艤装を整備していた。床面に一体型背面艤装から取り外された砲塔や魚雷発射管が並べられ、妖精さんたちが取り付いて工具を使って何か調整を行っている。響自身はちょっとダブついたツナギを着て両手に軍手を着け、手を真っ黒にしながら煙突内部の煤掃除をしていた。
工廠の大扉から入ってきた太一に気が付き、響が顔を上げる。
「やあ太一さん。工廠に何か用?」
「いや、特に用は無かったんだけど、明日から出張だから電ちゃんと艤装の調子を見に来たんだ」
「太一さんは艤装の調整もできるの?」
「いや、全く。妖精さんに聞くぐらいかな・・・」
「私達も一緒だよ。掃除するくらいかな」
よく見ると、煤の付いた手で擦ってしまったのか、響の左頬に筋のような黒い線が付いていた。自分の左頬を指さして太一は教えてあげる。
「ここ、汚れちゃってる」
「後で洗うからいいよ」
ツナギの袖でぐいっと拭うが、かえって汚れが広がったようだった。
「・・・艦娘の艤装って、こんなに真っ黒になるくらい煙出してたっけ?」
「想起資源の燃料を使っているせいだよ。実体の無い燃料なのに、使った後は煤なんかの使用後の汚れまで想起される」
「え、そうだったの?」
「ダメージを負った艦娘の制服が焦げたり破れるのも同じ理屈だよ。艤装は想起鋼材で造られてるから、傷を受けたイメージが想起されて破れるんだよ」
「はぁ〜」
響の手が止まってしまったので、感心しながらお詫びに頬の汚れを拭ってやる。響は少し目を見開いたが、太一の手が離れるまで大人しくしていた。
電の方を見ると、自分の艤装担当の妖精さん達に話しかけているようだった。身振り手振りも交えている。
太一は他にやることが無いため、工廠内をぐるりと見渡した。・・・特に変わったことは無い。響が掃除の手を動かしながら、太一に声をかけた。
「もしかして、カモ工廠長を探してる?」
「ん・・・今どこにいるかわかる?」
「昼から見てないけど、多分裏工廠じゃないかな」
「行ってみるよ」
「うん」
太一は電に声をかけた後、工廠を通り抜けてカモの裏工廠へ向かう。
裏工廠の正面に回ってみると、扉は開け放たれていて、中ではカモが何か作業をやっていた。
「カモちゃん、今いい?」
太一が声をかけると、カモは手を止めてこちらに振り向く。ゴーグルを上げ、マスクを外し、太一に向かってにやぁ〜という感じの笑いを浮かべた。
「太一くん、よく来たかも! ささ、入って入って!」
「う、うん」
促されて裏工廠の中に入る太一。すぐにカモの使っていた作業台の上に並んだ2隻の軍艦プラモデルに気が付いた。
「ええ! もうここまで出来たの!?」
「まだ船体だけだよ! これから細かい艤装を載せてくところ。明日には完成するかも!」
「早くない?」
別の作業台の上には、ミニチュアサイズだが先程工廠内で見たのと同じように砲塔や魚雷発射管、機銃やマストなどが並べられている。すでに塗装も済んでいるようで、太一の目にはカタログの見本よりリアルに作成されているように見えた。カモがプラモデル作成の腕を買われ、鎮守府の工廠担当になったというのは伊達ではなさそうだ。
「で、結局何型を造ることにしたんだっけ?」
太一の拙い知識では船体や艤装の違いで日本海軍の艦艇を見分ける事はできない。興味深く観察してディテールに感心しながらカモに尋ねた。それに対し、カモはまたもや先程と同じにやぁ〜と思わせぶりな笑いを浮かべる。
「よく聞いてくれたかも! じゃじゃーん! これを見てよ!」
カモが効果音と共に机の下から引っ張り出してきたのは、プラモデルの箱だった。その表に艦艇の名前が書いてある。
「・・・
「もう一隻は
カモは自分のノートを開き、びっしりと書き込まれた矢矧→能代への改造ポイントを見せつけた。飛行甲板の違い等細かい内容がイラスト入りでびっしり書き込まれている。
「最後の二水戦旗艦を努めた矢矧とその姉妹艦の能代! 浦賀警備府に配備されれば戦力うなぎ上りかも!」
「でも、阿賀野型ってまだ建造成功例無いってあっちゃんが・・・」
カモは太一に向かってちっちっちっと指を振った。
「カモを甘く見ないで欲しいかも! 今までのはお手軽な1/700のウォーターラインシリーズかも! 今回用意したのはハセガワの1/350のだから、とことんまでディテールを追求できるよ! 錆汚れまできっちり描き込んで、妖精さんにも―――
『このフォルム、この色合い・・・こ、コイツは矢矧に違いねぇ!』
(私ら乗ったことないから知らんけど)
―――って言われるくらいの出来にしてみせるからね! 大船に乗ったつもりで見てて欲しいかも!」
「う、うん」
カモに押され、若干仰け反りながらうなずく太一。何はともあれ、カモはやる気だ。
「ところで、太一くんは何しにココに?」
「あ、うん。明日から4、5日出張で居ないから、一応挨拶に」
「わかったかも! 気をつけて行ってきてね!」
「うん・・・ありがとう。カモちゃんも無理しないで」
「ありがと!」
「帰ってきた時にはナイスバディな軽巡2隻がお出迎えしてるかも!」と鼻息の荒いカモと別れ、太一は裏工廠を後にする。艤装のチェックが終わった電が丁度出てきたので、ちょうどいいから太一たちは連れ立って家路についたのだった。
翌日、朝八時前に電が浦賀警備府を出港していった。いつもの警備遠征と違い、たった1人きりの出港。その分、厚志、太一、
「行ってきます・・・なのです!」
少し照れながら豪勢な見送りに敬礼しつつ海面を進む電。その姿はすぐに見えなくなっていった。
プレハブに戻った太一はまず、連絡用の無線機のチェックを行った。電と通じる事を確認し、自前のバックパックに丁寧にしまい込む。
「電のこと、よろしくな」
「うん、任せて」
厚志の言葉に頷く太一。脇から波津音が紙袋を差し出した。
「それと、向こうの提督さんにはこれを」
「おみやげ?」
「はい。お返し、期待してますからね」
茶目っ気たっぷりに波津音がウインクする。厚志の方も「八戸って何が美味かったかなぁ・・・?」と気楽な様子だ。
「欲しい物思い付いたらスマホに連絡ちょうだい」
「おう、カモにも聞いとくよ」
厚志の言葉にあの働き者の工廠長の姿が無い事に気が付き、太一は首を捻った。
「カモちゃんはどこいったのかな?」
「工廠長なら船体建造が大詰めとかですぐに裏工廠に引っ込んだよ」
それに響が答える。そして、スカートのポケットから折り畳まれたメモを取り出すと、太一に差し出した。
「太一さん、はい」
「カモちゃんから?」
「いや、
「雷ちゃんから!?」
驚きながらそのメモを受け取ると、中には電話番号らしき数字が丸っこい字で書いてある。
「後で連絡したい事があるらしいよ。太一さんの番号も雷に教えてあるけど・・・良かったよね?」
「もちろんだよ」
太一はすぐにその番号をスマホに登録した。電と雷の名前が仲良く並んだのがちょっと嬉しい。
その後、電と同じようにプレハブから厚志たち3人に見送られつつ、太一は初の出張に出発した。浦賀駅で電車に乗る前に弁当屋に寄り、1人前を購入する。
「大っきな荷物ですね。今日も頑張ってください」
弁当屋の看板娘に声援を送られ、若干照れながら受け取る。潰れないようにバックパックの一番上に置き、太一は京浜急行線に乗って旅立った。
三浦半島を北上し、東京都に入る。電車を乗り継ぎ、首都を突き抜けた。移動中に時間が有ったため、買っておいた弁当を取り出して包を開く。買ってから2時間近く経っていたがまだほんのりと温かい湯気が良い香りと共に漂い、鼻孔をくすぐった。
「いただきまーす」
誰に言うとでもなく呟き、太一は割り箸を割って箸をつけた。
この弁当は浦賀駅から太一たちの警備府の道すがらにある「くじら」という弁当屋で買ってきたもので、最近の太一のお気に入りだ。何でも現店長の父親が野球チームのファンだったらしい。
駅に近く、京成電鉄にはスカイライナー特急もあるためか、くじらの弁当容器は駅弁風にしっかりした作りになっており、中身に若干の偏りはあったが潰れてはいない。
今日買ってきたのは「くじら特製のり弁当」で、これがまた美味い。
普通の海苔弁当はご飯におかかが敷いてあり、その上にさらに海苔が敷いてあるイメージだが、くじら特製は全然違う。ご飯はご飯だけデーンと弁当箱の一角に潔く真っ白に敷き詰められていて、海苔は細かく千切られたのものが別のパッケージに入って付いてくる。
青みの強いパリパリの海苔で、既に味が付いている。それを、ふりかけのようにご飯にぶっかけて食べるのだが、これがメチャクチャに美味いのだ。これだけでご飯3杯はいける。ただ塩気があるという訳ではなく、海の栄養素が凝縮しているような旨味と風味のある海苔なのだ。
これだけでもご飯をいただくのには十分なのだが、更にこの弁当には惣菜が3品、日替わりで付いてくる。今日のおかずは鶏の照り焼き、ポテトサラダ、ひじきの煮付け。鶏は甘辛い独自のタレが染みていて歯で噛むと肉汁がジュワッと溢れてくる。ポテトサラダは中に混ざっているキュウリがシャキシャキとして、胡椒加減も絶妙でこれだけでお椀一杯食べたいくらいだ。ひじきもニンジンと大豆合わせて甘い味が染みていて太一好みだ。
そして極めつけは、くじらの弁当にはどれもデザートとして特製くじら羊羹が入っているのだ。
店の看板にも描かれているイラスト風クジラの形にくり抜かれた特製羊羹。ただの羊羹ではなく、サツマイモが練り込まれているようで、その分砂糖控えめ。優しいサツマイモベースの甘みが食後のデザートにピッタリだ。しかも、3切れも入っている。
以前、警備府での昼食時に電や響に1切れずつあげたところ、大変好評であった。以来、太一がくじらの包の弁当を持ってくると2人から期待の眼差しを向けられるようになってしまった。
「・・・うん」
太一は食事しながら独り言を心中で呟く趣味はないので、ただ静かに箸を動かしていた。だが、それでもクジラの形の羊羹を口にすると思わず頷いてしまった。それくらい、美味い。そして、ふと思う。
(電ちゃんは、ご飯とか食べなくていいって言ってたけど・・・)
ご飯が美味いだけに。今もなお一人で海の上を航行している小さな姿を思い浮かべると、どうにも申し訳ない気持ちが湧いてくる。
すると、まるでその思いを見計らったかのように太一のスマホが振動した。ちょうど食べ終わったので箸を置き、弁当箱をちょっと横の席に置かせてもらってスマホを取り出す。そして、驚いた。
「雷ちゃんから!?」
登録したばかりの雷から、早速メッセージが届いていた。
『雷よ! 補佐官さん、元気にしてた?』
『電といっしょに出張することになったのね おめでとう!』
『電のことだけど、暖かい牛乳が好きなの』
『艤装を着けてるときは食事はいらないわ でも、牛乳を用意してあげれば喜ぶと思う』
『よかったら用意してあげてね それじゃ、お仕事がんばってね!』
『困ったことがあったら、いつでも雷を頼ってね!』
「・・・・・・」
太一は思わず無言でスマホを掲げ持ち、頭を下げてしまった。
「・・・すごいな、俺が考えてることわかるのかな」
「雷かあさんか・・・」
口元に笑みを浮かべながら呟く。そして、笑顔のまま雷にお礼の返信をした。
「・・・・・・母さん・・・」
送信ボタンを押しながら、もう一度呟く。いつの間にか、太一の顔から表情が抜け落ち、ひどく疲れたような色が浮かんでいた。無意識に喉元に手をやる。
「・・・・・・」
窓の外を流れる景色をボンヤリと見つめ、喉をさすりながら太一は自分の内に沈んでいた。