艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
―――最初は、灰色の部屋だったという。灰色の部屋の中で、ただ泣いている。だれもかまってくれない。泣き声に心配も無く、怒りも無く、ただ、ただ、孤独・・・そんな、灰色の部屋の中に居る自分・・・1人ぽっちの自分・・・それが、電の最初の記憶だった。
そこは、孤児院だったのではないかと、電は今では思っている。幼かったので良く憶えていないし、誰が居たのかの記憶も曖昧だ。ただ、そこに居た自分が常に泣いていたことだけは憶えている。まるで泣くことだけが自分の命の全てであったかのように、その灰色の部屋の記憶は、電の泣き声とセットで存在していた。
その次の記憶は、白。
白衣を着た大人たちが来て、電を他の施設に連れて行った。白い
その場所で、電は何か箱に入ったものを見るように指示されたという。その箱を覗き込んで、何を見たか、何を感じたか、何か聞こえなかったか・・・それを、マイク越しに、どこか別の場所に居る白衣の者たちに答える。そんな、日々だった。
酷い扱いをされたわけではない。食事も、入浴もさせてくれたし、睡眠も取れた。だが、最初に部屋に入れられてからその建物の外には一切出られず、空を見ることすらできなかった。日数を数えようとしたが時計も無く、食事の回数で数えようとしても、例の箱を覗いた後は決まって意識が曖昧になり、時間の経過を憶えておくことすらできなかった。
誰にも会わず、ただ、スピーカー越しに伝わる指示に従って箱の中を覗き込む日々。電は、そこで何日か経過したのか、何ヶ月もそれを続けたのか、それとも何年も同じことを繰り返していたのか、全く憶えていないという。
だが、その白い記憶も終わる時が来る。その研究が中断され、組織が解体され、そこでの実験の被験者であった電が、別の組織に移される日が来たのだ。
それこそ、対馬海洋観測所であった。
電の記憶はここから色付き始める。空の水色も、海の青も、花の彩りや木々の緑、土の茶色も、ここでようやく電の世界に着色された。
電が前に居た施設は、FG機関という朝鮮戦争時期に現れた亡霊の艦隊を研究する組織であったと教えてもらった。そこでは、電のような子供たちが何人もいたらしい。誰にも会ったことが無いと言うと、教えてくれた観測所の職員は悲しそうな顔をした。
そして、その職員は―――女性の、少し年をとった女性だった―――電にお願いをしたのだという。
対馬海洋観測所は、FG機関と同じ亡霊の艦隊を、まったく違う方向から研究している。そして、その研究には電が持つ、ある存在を認識できる能力が不可欠なのだ。だから、もしも電が嫌じゃなかったら、観測所の研究のお手伝いをして欲しい・・・と。
電は「ぽけっ」とそのお願いを聞いていた。話が良くわからなかったし、自分に何ができるのかも理解していなかった。よくわからないから、1つだけ質問した。
「―――そのお手伝いをすることで、誰か助かるのですか?」
その研究員は力強く頷いた。研究をしている観測所の者たちも助かる。そして、研究が上手くいったら、もしかしたらもっと多くの人を助けられるかもしれない。
電はそれを聞いて、呟いた。
「誰か・・・助けられるなら、お手伝いするのです」
後に、その研究員に尋ねられた事がある。なぜ、電はその時「助ける」という事にこだわったのか。
電はわからない、と答えた。ただ、理由は無いのに、それは電にとって重要な事だと思ったのだという。
誰かを助ける―――。
それを強く自覚した時、不意に電は自分の肩にいる小さな存在に気が付いた。それは電の〈付き妖精さん〉で、FG機関に居た頃から、ずっと電の側にいてくれた存在だった。
やがて、電はある事故を切っ掛けに艦娘として海面に立つことに成功する。船に乗って沖に出た時、誤って転落した同じ観測所所属の少女を助けようとしたのだ。
夢中で船べりから手を伸ばした時、何故か本能的に自分の居るべき場所は船の上ではなく、海の上であると悟った。誰かの静止を振り切り、縁を乗り越え、飛び降りる。電の足は海面の下に沈むこと無く、その上に降り立った。そして、そのまま波の間を滑るように少女の元に寄り、救助したのだった。
妖精さんの持つ力も徐々に解明され、その存在が太平洋戦争時代の艦艇と関係があることもわかった。妖精さんの住まいとしての艤装の開発もスタートした。
最初は艦内神社を収めた艦艇模型をカバンに入れて持ち歩いていたが、凝り性の妖精さん達が勝手に改造を始めた。砲塔が動くようになり、煙突から煙が出るようになった。大きなカバンに入れていると不安定だったので、いつの間にか背負えるように背負い紐が付いた。背負ってみると電の小さな体から艦首と艦尾がはみ出したので、大胆に船体がカットされて煙突とマストが一体化した。砲塔は甲板ではなくフレキシブルなアームで接続され、どの方向にも打てるようになった。
そして、何度かの大改造の後、駆逐艦〈電〉の艤装が出来上がったのだった。
その頃には他の艦娘も見つかり、観測所に所属するようになっていた。電と同じような手順でそれぞれの艦娘の専用艤装が出来上がっていく。
大型艦の艤装はやはり出来上がるのに時間がかかるようで、最初に艤装として完成したのは電を含め5人の駆逐艦娘だった。
吹雪型駆逐艦1番艦・
吹雪型駆逐艦5番艦・
綾波型駆逐艦9番艦・
白露型駆逐艦6番艦・
そして、暁型駆逐艦4番艦・
この5人を、最も初期から艦娘として海に出ていた者たちとして、観測所の者たちは〈初期艦〉と呼ぶことがあるという。
「―――観測所にいっぱい艦娘も増えて、雷ちゃんや暁ちゃんとも仲良くなって、いろんな事があったのです」
「楽しいことができたんだね」
「なのです」
電の顔に笑みが浮かぶ。星空を見上げ、そこに思い出の光景が見えている様にキラキラとした目線を送っていた。
だが、突然、その瞳が曇ると、ストンと海に視線が落ちた。
「・・・でも、電は失敗してしまったのです」
「失敗? 何があったの?」
「他の船と、ぶつかってしまったのです」
訓練時の事故だったのだと、電は言った。僚艦との艦隊運動訓練を実施していた時、思うように動けず、2隻の艦娘は正面から衝突した。相手の艦は艤装が破損し、航行不能になるほどの被害。そして、電の方は機関が完全停止し、それどころか今まで問題なく立っていた海面が泥沼になったかのように、足首が沈み始めた。
身体の芯に冷たい海水が流れ込んで来たようだったと、電は言う。もがこうとしても手足が動かず、巨人のように大きな力が小さな電の体躯を捕まえ、水底に引摺り込もうとした。
その刹那だった。電が死を意識したその瞬間、いつも一緒だった妖精さんがぴょこんと電の肩に現れたのだ。妖精さんは身体の動かない電に向かって小さな敬礼をすると、ぴょんと背面艤装に飛び移った。次の瞬間、艤装が自壊し、電の背中から切り離されて海に落ちる。
沈みかけていた電は急速に浮力を取り戻した。海面上で四つん這いになり、懸命に水面下に手を伸ばす。だが、沈み行く艤装には届かず、あっという間に電の視界から見えなくなってしまった。後には、大破し艤装を失った電のみが残された。
「その後、曳航されて港に戻って、新しい艤装を造ってもらったのです。でも、もう電の付き妖精さんはいません。だから、電は、妖精さん付きとは言えないのです」
「・・・そんなことが・・・あ、そうか!」
太一ははたと思い当たった。もしかして、最初に響が自分の練度を教えたがらなかったのは、これが原因だったのではないだろうか?
実は太一は、響の練度を既に知っている。やっぱり所属艦娘の練度を把握しておく事は提督補佐として必要なので、響に頼み込んで確認させて貰ったのだ。
その際、突き抜けて高い大淀の練度にも驚いたが、それと同じくらい響の練度にも驚かされた。既に30近く、電の3倍も高かった。だから、何で響が練度を隠したがったのか首を捻った。
それはもしかして、逆だったのでは? 響が隠したかったのは、自分の練度の高さでは無く、それと比較すると著しく低い電の練度の方だったのではないだろうか?
(しまった・・・)
太一は後悔した。ちょっとした雑談のつもりで話題に出したが、軽々しく口にしていい事では無かったかもしれない。
太一にも、失敗の記憶は、有る。重く、辛く、背にのしかかり続ける、枷のような記憶だ。誰かに知られたくはないし、それを暴かれる事を想像するだけで息苦しくなる。反射的にに太一は謝罪を口にしていた。
「ごめんね・・・」
「え?」
「無神経に聞いちゃってごめんね。辛い思い出を人に話すのは、やっぱり辛いよね・・・ごめん」
罪として裁かれるならいい。失敗を責められて償いを求められるのもいい。だけど、誰もそれを責めず、罪すら認められなかったら・・・それは、自分の中の棘になる。誰でもない、自分自身で自分を痛めつけ、傷つけ血を流し続ける、咎の棘だ。
太一はカクンと力を失ったように電の横に座り込み、頭を垂れた。まるで土下座でもするような格好。仰天し、電の方が慌てる。
「あの、あの! 別に隠してたって事でもないのでそんなに謝らなくていいのです!」
「響ちゃんは知らなかったんじゃないかな・・・電ちゃんの妖精さんが沈んでしまったこと」
家族のように色々な事を話し合って決めている四姉妹で、響が電の一大事を知らないというのは不自然に思えるのだ。それは、姉妹たちにすら、電が隠し事をしていたという事実を表してないだろうか。
「響ちゃんは去年までずっと学校に行っていたから、電の妖精さんに会ったことは無かったのです! だから艤装が変わった事は知ってても、妖精さんがいなくなったことまで知らなかったのだと思うのです!」
電が沈みかけたことは、雷や暁は確実に知っているとの事だった。何しろ、その事故のときに電と僚艦を曳航したのがその2人だったからだ。
「そ、そうだったんだ・・・」
「それに、司令官さんも、大淀さんも知っているのです。電の起こした事故について、一緒に研究してましたのです」
厚志達は艦娘の運用法についての試行錯誤の中で、艦娘同士の事故予防について研究していた時期があったのだという。暗夜、荒天、濃霧、狭隘な海峡などあらゆる状況を想定して艦娘の航海法をレポートに纏めた。飛び抜けた波津音の練度は、その際に体を張って検証を続けた結果なのだ。
「じゃ、じゃあ・・・辛くない? 苦しい感じはしない?」
「話すのは恥ずかしかったですけど・・・電は元気なのです」
「・・・良かったぁ〜」
太一は空を見上げて安堵の息を吐いた。情けない話であるが、落ち込んだ女の子をどうやって慰めれば良いかなど、太一には全く見当もつかなった。電はそんな太一の様子に首を傾げた。
「・・・もしかして補佐官さんには、誰にも話したくない失敗があるのですか?」
「えっ・・・!?」
「さっき、自分も過去の失敗の話は辛いと言っていたのです」
太一は電の鋭さに驚いた。言葉に詰まった太一の姿に、今度は電の方が慌てる。
「べ、別に補佐官さんの失敗の話を聞きたいとかではないのです! 電の話をしたから補佐官さんのことも聞きたいとか、そういうのではないのです!」
「う、う〜ん・・・」
「ただその・・・」
「?」
「家で、暁ちゃんや雷ちゃんが話を聞きたがってるのです。補佐官さんがどんな人なのか、知りたいって」
「え、そうなの?」
「はい。響ちゃんは補佐官さんのことを真面目で礼儀正しい人だって。電はまだよくわからないって言うしか無くて・・・」
電の声がだんだんと小さくなる。当人の知らないところであれこれ話してたのを、その当人にバラしている事に今更ながら気が付いたようだった。
「・・・いや、まあ・・・面識ないし、雷ちゃんが心配するのも当然だよね」
「うう・・・申し訳無いのです・・・」
電が縮こまる。太一は言葉が出てこなくなり、頭を掻いた。間が持たず、何か言おうと口を開きかけた時、電の方が先に、呟くように言葉を続けた。
「でも、あの・・・白雪ちゃんが」
「え? 白雪さん? バイトの?」
「なのです。白雪ちゃんが、言っていたのです。補佐官さんは、聞き上手だって」
「は、え?」
「前お話した時、黙って話を聞いてくれて、とても気持ちが楽になったって、言ってたのです」
「ええ・・・」
海岸沿いの公園で友達についての悩みを聞いた時の事だろうか。あの時の太一は何を言っても空回りしてしまいそうで、迂闊に言葉を挟めず相槌を打つしか無かっただけなのだが・・・。
「電も、白雪ちゃんが言っていた意味、ちょっとわかったのです。今日、補佐官さんに話を聞いてもらえて、良かったです」
「それは、その・・・役に立てて良かったよ」
「はい、なので・・・補佐官さん」
電は、太一の目を下からすくい上げるようにじっと見つめた。
「もし・・・もしも、補佐官さんが心の中の秘密を持ち続けるのがちょっとでも苦しかったら、電でなくてもいいのです。誰かに、話してみて欲しいのです」
「・・・っ!」
「今すぐではなくて・・・いつか、補佐官さんが本当に苦しくなった時に・・・その時側にいる人に、聞いて貰って欲しいのです」
電の真剣な表情に、その真摯な眼差しに、そしてその瞳に映る星のような煌めきに、太一は視線を逸らす事ができなかった。ここで目を背けたら、電の真剣な気持ちを裏切るような気がしたからだ。
「・・・わかった。ありがとう、電ちゃん―――」
電は、優しい月のような微笑みを浮かべて頷いた。
・・・電の出港を見送った後、しばらく太一は港に佇んでいた。
(電ちゃんは、本当に強い子だな・・・)
初対面の時の、弱々しい印象は全くの見当違いだった。電は、強く、気高い。優しくて、気遣いができて、仲間思いだ。自分の弱さを認める勇気があって、そして他人の弱さを許す包容力も持っている。
「そっか・・・」
不意に思い付いて、太一は肩に乗った妖精さんの方を見た。こっくりこっくりと船を漕いでいる妖精さんをそっと持ち上げ、胸ポケットにしまう。
(だって、電ちゃんは艦娘だもんな)
太一は横須賀にいるはずの波津音の事を思った。洋上で戦う彼女の姿に惹かれてこっちの世界に飛び込んだ自分だが、今は、その姿と同じくらい電の眼差しが心に焼き付いている。
(頑張らないとな・・・電ちゃんのためにも)
太一はもう一度視線を空に向けた。星々は、あの電の微笑みのように優しく太一を見守ってくれていた。
翌朝、太一はホテルをチェックアウトすると、駅に向かった。途中のコンビニで朝食を買い込み、6時にはホームに入る。時間通りに来た列車に乗り込み、まずは仙台駅に向かう。
短い睡眠時間だったが、眠気はない。枕が変わったにも関わらずぐっすり眠れたお陰かもしれない。
(寝る前に残りの牛乳を飲んだからかな・・・)
また一つ、雷に感謝することが増えた。後でメッセージを送っておこう。
仙台駅で再び東北新幹線に乗り、北上を開始する。朝ご飯にサンドイッチを食べ、ついでに定時連絡を入れておく。
(やっぱり朝はご飯と味噌汁が欲しいな)
まだ1ヶ月ほどしか経っていないのに、〈いかづち〉に乗っていた頃が懐かしく感じられる。それだけ浦賀警備府に馴染んだということだろうか。
八戸に到着し、ここでさらに路線を乗り換える。今度はそれほどかからず、10時前に目的地の〈鮫〉駅に到着した。
(白浜海岸はもう少し先の駅だけど・・・ここで待ち合わせなんだよな)
8時過ぎに先方に到着予定を知らせたところ、この駅前に迎えを寄越すとの事だった。スーツに大きなバックパックの異邦人である事は丸わかりなので、開き直ってキョロキョロと多少大げさに辺りを見回す。
(うわ・・・ホントに有った)
鮫駅前には鮫の頭が有るからそこで待ち合わせ。冗談の様な約束だったが、正しくそこにあったのは鮫の頭のオブジェだった。映画のジョーズのポスターの如く、ギザギザの歯を剥き出しにして妙な威圧感を醸している。
(後で電ちゃんに見せよう)
取り敢えずスマホで撮っておく。
(ここに立ってると鮫に襲われる直前の人に見えるんじゃないかなぁ)
しかし、ここが指定の場所なので仕方ない。太一はせめて丸かじりされない様に微妙に位置をずらして立った。これはこれで鮫とのツーショット撮影中に見えなくもない。
(まだ迎えの人、来てないのかな?)
再度周囲を見渡そうとして、自然と視線がある場所に吸い寄せられた。
駅前には、太一と鮫のツーショットと同じくらい場違いな存在がもう一人居た。ブラウンのジャケットにプリーツスカート姿の女子高校生。髪は染めているのか薄い色で、襟元には臙脂色のリボンタイ。こちらも人待ちなのか、町の案内板の側でコーヒーショップのカップを片手に一人立っている。そして何より・・・。
(めちゃくちゃレベル高いな!)
ちらっと遠目に見るだけでもわかるくらい、可愛いのだ。サラサラのロングヘアーが海風にフワリと舞っているのが実に似合っている。太一はその立ち姿に、いっそ感心してしまった。
(美少女ってああいう娘の事言うんだよな。カレシ待ちかな? あの制服、この辺の学校のなのかな?・・・あっ)
少し見つめる時間が長過ぎたのか、その高校生と視線が合ってしまう。慌てて視線を反らす太一。
しかしその少女は、太一の方をちょっとの間眺めると、次の瞬間にはこっちに向かってスタスタと歩き始めたのだった。
(何でこっち来るの!? 見てた事文句言われる!? あ、カレシさんが後ろに!?)
振り返って見ても、虚ろな眼差しで空を見上げる鮫頭しか存在しない。そうこうする内に、その少女は太一の目の前まで来てピタリと止まった。歩いて来た勢いのまま、フワリといい匂いが太一を包む。
少女は少し体を前に倒し、太一の顔を上目遣いで見上げた。
「あのー・・・もしかしてだけど、横須賀から来た提督さんだったりする?」
「え、何でそれを・・・」
そこまで言いかけ、はっと気が付いた。覗き込んでいた顔に、ニコッと笑顔が浮かぶ。その女子高校生は二本指をピッとおでこの横に当てると、太一に向かって可愛らしくウインクした。
「ちぃーっす! 〈
―――カレシ待ち風超イケてる