艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
「えー! 横須賀からわざわざ提督が来るって聞いたのにビビって損じゃーん!」
「いや、俺、朝にも電話で浦賀の提督補佐官って言ったんだけど」
「聞いてないしー」
鈴谷との簡単な自己紹介を済ませた太一は、その案内ですぐ側にあると言う〈白浜屋鎮守府〉に向かった。その道すがら自分の身分についての誤解を解いておく。
「とにかく、俺はまだ提督じゃないしその見習いでもないよ。その補佐役」
「ふーん・・・でも妖精さんは見えるんでしょ?」
「まあ・・・ね」
一瞬、自分の特異体質について話すか迷う。だが、鈴谷はそこには全く興味はないようだった。
「じゃあ、何て呼べばいーい? 補佐さん? ちょっち呼びにくいなー」
「・・・俺のことは〈太一〉でいいよ。向こうでもそう呼ばれてるし」
「名前で呼び合ってるんだ? 仲いいんだね」
「悪くは無い、と思う」
「じゃあ、鈴谷のことも呼び捨てでいいよ、太一さん?」
そう言うと鈴谷はにっこり笑った。ちょっとイタズラっぽい感じの、小悪魔系の微笑みだ。
(うーん・・・男子に人気ありそうな子だなぁ)
太一は少し照れて頬をかいた。
(・・・それにしても、ビビっててあの「ちーっす」なの?)
色々とギャップを感じる太一。鈴谷は新しい艦娘なので見た目通りの年齢だとして、太一とはほぼ一回り世代が違う事になる。そのうち「おっさん」とか言われるんだろなあと哀愁を感じてしまう。
その時、道ですれ違いざまにおじさん(太一より倍はお年を召されたであろう紛れも無いおじさん)が、訛りのきついよくわからない言語で声をかけて来た。かろうじて聞き取れたのは、鈴谷の事を「すーちゃん」と呼んだところだけだ。
「えー、違う違う! 横須賀から来た提督さん! 鈴谷のために来てくれたの!」
また提督って間違えてる。そして、再びおじさんの異世界言語。
「そんな遠くないって! 電車で来たから駅まで迎えに行ってたの!」
またまた、不明言語。ただし、今回は太一に向かって、何か労いの意味合いを持ったニュアンスの単語が有ったと辛うじて察知できたので、とりあえずペコリとお辞儀をしておく。
おじさんは「またね」か「じゃあね」か「もう行くわ」か「しからば御免」か「アリーヴェデルチ」のどれかに相当する単語を発し、のんびりと去っていった。
「あーもーっ。恥っずいなー・・・」
鈴谷は本当に恥ずかしそうだった。
「すーちゃんって呼ばれてるの?」
「ここら辺みんなご近所みたいなもんだからさー、鈴谷の事いつまで経っても子供扱いするんだよね」
「艦娘やってる事も知ってるの?」
「白浜屋の艦娘の事はみんな知ってるよ。何なのかは良くわかってないかも知んないけど」
(地域密着型鎮守府・・・秘密もへったくれも無いなぁ)
守秘義務も最初から知られていたらどうしようもない。
「鈴谷だから、すーちゃん?」
「じゃなくって、本名の方。綺麗な水みたいな心を持てる様にって、名前付けてくれたみたい」
「へー・・・」
「あ、ほら! あそこ! あれが〈白浜屋鎮守府〉だよ」
鈴谷が指差す先には、コンクリートで舗装された漁港に面した、趣のある
「・・・食堂か民宿?」
「両方当ったりー!」
近づくと、その暖簾には海鮮・郷土料理・御宿泊と屋号の上に書かれていて、その下には「鎮守府はじめました」と書かれた紙がピラピラと風に揺れていた。思わずこめかみに手を当てる太一。
「・・・冷やし中華と同レベル・・・」
プレハブ二階建ての庁舎とどっちがマシだろう? 太一は一瞬現実逃避しかけた。
「さ、入って入って。入り口すぐが食堂、その奥が宿泊場所になってるから。二階に太一さんと艦娘さんの部屋も準備できてる筈だよ」
「う、うん」
グイグイとバックパック越しに押し込まれるように暖簾を潜る。その途端、威勢の良い大きな声が聞こえてきた。
「だーかーらー! 天龍ブレードはオモチャじゃねぇって何回も言ってるだろーが!」
「えー、いいじゃんかー! ボクにも貸してよー!」
「ダメだ! 遊びじゃねーんだ!」
「ケチーっ!」
店の中は木製の素材を活かした感じの長テーブルとそれを挟む長椅子のセットが二列並んだ造りになっていた。奥側の方にはカウンター席があって、その更に奥は厨房の様だ。カウンター席の端の一方には手洗いを示す男女のマーク、反対の端には上がり
先程の言い争いをしていたのは、その長テーブルを挟んで椅子に着いた二人だ。
1人は紺系の艦娘制服を身に着けた長身の女性だ。長袖の上着を腕まくりし、両手には指ぬきグローブを着けている。ショートカットだが額で分けた前髪が左目を隠した鬼太郎カットで、白浜屋の長椅子に脚を崩して男勝りに座っている。
それに相対するもう1人は、恐らく小学生くらいと思われるちびっ子で、こちらも紺系の制服を身に着けている。細く長いストレートの髪を2つお下げにしていて、それが背中の方まで届いている。椅子から立ち上がって身を乗り出し、それでもタッパが足りないのか爪先立ちになって「むいっ」と膨れた顔で正面の女性を睨みつけて頑張っていた。
突然の言い争い現場にあっけに取られていると、2人はほぼ同時に太一のことに気が付いたようだった。
「あれ? お客さん?」
「わりーな。今は食堂も宿も休業してんだよ。何も出せねーぜ」
「いや、俺・・・」
太一が説明の言葉を選んでいると、少女の方が何かを察したようだった。
「ねえ、天龍さん。この人、昨日提督が言ってた人じゃない?」
「ん?・・・ああ! もしかしてあんた、横須賀から来るっていう提督さんか?」
「いや、まあ・・・そんな者です」
ここで間違いを指摘するとややこしくなりそうだったので、とりあえず妥協しておく太一。
少女に天龍と呼ばれた女性は破顔し、立ち上がった。
「なんだよ早く言ってくれよ! 思ったより早かったな。ウチの提督、あんたが来るの昼ぐらいになるってんで八戸の方に秘書艦と出掛けちまってるんだ」
「いや、気にしないで。予定よりちょっと早いし」
「わりーな」
(んん? 鈴谷はちゃんと迎えに来てたのに・・・提督にちゃんと伝わってなかったのかな?)
内心首を捻る太一。しかし、ちょっとした行き違いだろうし大したことではないと思い直す。
店内に居た2人は机から進み出て横に並ぶと、まずは天龍の方がぐいっと右親指で自分を指した。
「オレの名は天龍。見ての通り軽巡洋艦で、こいつら駆逐艦達のまとめ役をやっている。よろしくな!」
「ボクは
「こらっ、真似すんじゃねーよ!」
隣の真似をして自分を指した皐月の頭を天龍が
「ったいなー、何するんだよぉ」
「それより、
「たぶんねー」
皐月は叩かれた事を気にした様子もなく、すばしっこい動きで奥に消えていった。太一たちがそれを見送って待っていると、奥の方から皐月という少女の声と、もう一人女の子の声が聞こえてくる。
「もっちー、もう起きなよー。お客さん来たよー」
「・・・んあー? もう昼ー?」
「まだだけど。お客さん来たんだってばー」
「んー・・・」
「もっちー、起きてってばー!」
天龍は黙って頭を掻くと、カウンターの向こうに身を乗り出して湯呑と急須を取り、お茶を出してくれた。しばらく皐月の座っていた席で待っていると、5分ほどした頃にようやく腕を引っ張られながらもう一人が顔を出す。皐月と同じ制服を着た、ボサボサのロングヘアーのメガネの少女だ。
「んあー・・・望月でーしゅぅうふわぁあああああ・・・・」
挨拶は途中で完全に大欠伸にとって変わられた。呆れて天龍が口を出す。
「望月、お前また徹夜したのか?」
「訓練午後からだって言われたからさー・・・夜の方が集中できるんだよねー・・・」
欠伸を噛み殺しながらの返事。メガネの奥のまなじりに涙が溜まっている。目をシパシパさせた望月は、「顔洗ってくる」とフラフラ奥の方に戻っていった。
「しょーがねー奴だな。おい皐月」
「なーに?」
「望月がまた布団に潜り込まないように見張っとけ」
「監視任務だね! りょーかいっ!」
天龍にさっと敬礼を返すと、皐月は猫のようなすばしっこさで望月を追いかけていった。
それを見届けてふん、と鼻から息を吐いた後、天龍は太一に向き直る。
「・・・今のがウチの鎮守府の駆逐艦2人、皐月と望月だ。やんちゃですばしっこいのが皐月、ダルそうにしてる眼鏡の奴が望月って憶えとけば間違いない」
「そ、そうなんだ・・・」
「後、ここにはもう1人軽巡がいる。
「白杜太一です。周りからは太一で呼ばれてるんで、できれば皆さんにもそう呼んで欲しいです」
太一は説明するよりも、そもそも役職で呼ばせない作戦に出た。天龍はその意図に気付かず、笑顔を見せる。
「ははっ! わかったよ、太一さん! オレの事も天龍って呼び捨ててもらっていいからな。それじゃ、望月たちが戻ってくる前に部屋を案内するぜ。後から来る太一さんとこの艦娘の部屋は隣だけどいいよな?」
「そこは任せます」
「了解だ。じゃあ、着いてきてくれ」
天龍が先に立って階段を登り、太一はそれに付いていく。2階に上がったところで、一番奥から2番目が太一の部屋だと案内された。窓から海が見え、その先の岬に鳥居のある建物が見える。
「あれが
「うーむ・・・」
あとは、漁港の眼の前なのでお世辞にも大自然の絶景とは言い難いのが辛いところだ。だが、少なくとも暖簾にあった通り海鮮には期待の持てそうな立地ではある。
「・・・そういや、良くここがわかったな」
とりあえず荷物だけ置いて1階に降りようとしたところ、妙な感心をしながら天龍が呟くように言った。
「? いや、白浜屋って書いてあったけど」
「いや、ウチって見た感じ食堂か民宿って感じでお世辞にも立派な施設って感じじゃないだろ。良くここが鎮守府だってわかったな」
「まあ、ウチの警備府もどっこいどっこいだし・・・案内されたし」
そこまで言って、太一は肝心の艦娘の事を完全に忘れていたことを思い出した。天龍たちの印象が強烈すぎて、すっぽり頭から抜け落ちていたのだ。
「あれ?」
「どうした、太一さん?」
「いや、そう言えば、案内してくれた鈴谷がいつの間にか居なくなってるから・・・」
「何だって?」
天龍は階段の途中で立ち止まって、驚きに目を見張りながら振り返った。
「スーの奴に会ったのか? どこで?」
「鈴谷? 駅前で待ち合わせしてここまで案内してもらったんだけど・・・あれ? 聞いてない?」
「・・・あいつ、また勝手に・・・」
天龍は眉根を寄せて肩をすくめた。
「もしかして、ウチに到着が早くなるって電話したか?」
「した。8時過ぎだったと思う」
「その時出たの、スーだったか?」
「たぶん・・・」
「じゃあそれが原因だ。あいつ、勝手に太一さんの電話を受けて、提督にも言わずに迎えに行ったんだ」
「んん?」
太一は何か妙な感じを覚えて首を捻った。
「何でそんなことを?」
「さあな。大方、オレ達と顔を合わせたくなかったんだろうよ」
苦い顔でため息がちに吐き捨てる天龍。そのままくるっと振り返り、スタスタと階段を降りていってしまう。
(え? どういう事?)
既に捻っていた首を反対方向に捻りながら、後に続いて階段を降りる太一。そして、もとの長机の側まで戻って来ると、少しサッパリした感じになった望月の腕に皐月が縋り付いていた。
「ねえーもっちー、ボクにも皐月ブレード作ってよぉー」
「んあ? さっちんはチャンバラごっこで壊すから無理だって」
「今度は気をつけるからさー」
「あんまりしつこいと龍田さんに言うよー?」
そこで提督では無く秘書艦の名前が出るのはどこも一緒なんだな、としみじみ思う太一。皐月はしぶしぶと引き下がった。
天龍は軽く息を吐くと、皐月が袖を掴んでいたせいで左右が崩れた望月の制服を直してやる。
「そら、望月。自己紹介のやり直しだ」
「ええー、さっきやったよー。めんどくさー」
「駄目だ。それにお前、挨拶した相手の名前も知らねーままじゃねーか」
「うう・・・」
望月はパチパチ瞬きをしたり、眼鏡を触ったりしながらキョトキョトしていたが、天龍が視線を外さないのを見て、諦め顔で太一の方を向いた。・・・微妙に視線が逸れている。
「む、睦月型駆逐艦、望月でぇす。よろしくお願いしまー・・・す」
「望月はちょっと人見知りのところがあるんだ。勘弁してやってくれよな」
すかさず望月の肩に手を置いて天龍がフォローする。
「だけど、望月はすごいぜ。手先が器用で、工作艦の素養持ちなんだ。オレ達の艤装も一発で完成させたし、兵装の開発なんかもお手の物だ。オレの獲物も望月が作ってくれたヤツを使ってる。午後の訓練で見せてやるよ」
天龍に褒められて恥ずかしいのか、望月の顔が真っ赤になった。横から皐月が口を出す。
「ねえ天龍さん、ボクはー?」
「皐月は・・・まあ、無鉄砲だが度胸はあるな。ちと危なっかしいけど」
「やったね!」
褒めたのか微妙な評価だったが、皐月は前向きに捉えたようだ。両手を上げて喜んでいる。ひとしきり騒いだ後、必然的に艦娘たちの視線が太一の方に向いた。太一はここが誤解を解くチャンスだと口を開く。
「白杜太一です。横須賀にある、浦賀警備府から提督の代理で来ました。一応、提督補佐官って役職です。よろしくお願いします」
「あれ、提督じゃないの?」
「実はそうなんだ」
「なーんだ・・・いてっ」
皐月がつまんなそうに呟いたのを聞いて、すかさず天龍が頭を叩いた。
「どちらにしろ、ウチの為にはるばる来てくれたことには変わんねーよ。今不在の提督に代わって歓迎するよ、太一さん」
「ありがとう、天龍」
「と、言っても正直オレじゃ打ち合わせで何をすれば良いのか全然わかんねぇ。提督達が帰ってくるまで、しばらく待っててくれるか?」
「合同の訓練は明日だけだし、問題ないよ」
「すまん。・・・茶も冷えちまっただろうし、代わりを出すよ」
「いや、お構いなく」
その時、天龍の伸ばした手を追って目をやると、湯呑がひとりでコトコトと揺れている事に気が付いた。中の緑茶もゆらゆらと揺れている。
「あれ・・・何か・・・」
「―――地震だ!」
皐月が鋭い声で天井を見上げながら叫ぶ。壁にかけられた様々な装飾が一緒になってゆらんゆらんと振り子のように揺れていた。
「そらっ!! お前ら隠れろっ!」
天龍の号令で皐月と望月が、わっと長机の下に潜り込む。天龍に引っ張られ、なんとなく太一ももう1つの机の下に体を折って入り込んだ。天龍が長身なせいで体がくっつくように身を隠す。窮屈な思いをしながら向きを変え、眼の前の天龍の横顔に太一は尋ねた。
「これは・・・けっこう大きい? よくあるの、地震?」
「ああ。まだ2年前の余震が続いてるんだ。これくらいのは日常茶飯時だぜ」
天龍はもう1つの机に隠れた2人のことを気にしている様だった。
しばらくその体勢のままじっとしていると、揺れが収まってくる。ほとんど感じなくなったところで、まず天龍がごそごそと机の下から這い出した。
「お前らはまだ待機だ。オレがいいって言うまで出てくるな」
「はーい」
「りょうかーい」
周囲の様子に目を走らせ、天井から落ちてくる物が無いか確認する。倒れて中身のこぼれた湯呑を起こすと、天龍は「もういいぜ」と声をかけた。皐月達と一緒に、太一も机の下から出てくる。
「今の揺れが普通なの? 結構大きかった気がしたけど・・・?」
立ち上がった太一は周囲の様子がおかしいことに気が付いた。何故か皐月は屈伸運動をしているし、望月もうんざりした表情をしながらアキレス腱を伸ばしている。そして、天龍は長い脚を交互に伸脚しながら太一を見上げた。
「なあ太一さん。あんた、走るの速いか?」
「は? いや、自衛隊にいた頃は週に一度は走ってたけど」
「元自衛官かよ。相手に不足は無さそうだな」
天龍はニヤリと笑い、立ち上がった。
「白浜屋鎮守府規則。所属艦娘は地震があったら町のどこにいようと灯台まで走って集合すること!」
「今日もボクが一番だよ!」
皐月がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「え、いや・・・俺、艦娘じゃないし、ここの所属でも無いんだけど」
「いいから付き合えって! ちょっと一汗流したほうが飯も美味いぜ!・・・そらっ! よーい、ドン!」
天龍の合図で、皐月が真っ先に、それを追いかけるように望月が店を飛び出していった。天龍もそれに続いて走り出す。太一も全部理解したわけではないが、ここでポツンと置いていかれる訳にはいかないのでとりあえずそれを追いかける。
(・・・ん・・・!?)
店の暖簾をくぐって一瞬天龍の姿を見失い、左右を見渡す。その瞬間、駅から来た道の先の方にブラウンの何かが一瞬ひるがえった気がした。
「あれは・・・」
「オラオラ、置いてっちまうぞ!」
後ろから天龍の声が飛んでくる。
(気のせいかな・・・?)
置いて行かれたら道が分からないから間違いなく不戦敗だ。太一はとりあえず今見た何かを心の片隅に追いやり、身を翻して天龍に追いつくべく走り出したのだった。