艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
「はあはあはあはあ・・・!」
「どうしたどうした! 元自衛官の経歴が泣いてるなぁ!」
「今日は革靴っ・・・なんだよっ・・・!」
突発訓練があるなら事前に言ってくれと叫びたい。だが喉から出てくるのは荒い呼吸音のみ。白浜屋の二階に置いてきたバックパックの底に眠っているランニングシューズが泣いている気がする。
ひたすら天龍の背中を見ながら走って行くと、道を行く町の人々から訛りのきつい声援が飛んでくる。たぶん「兄ちゃん、ちびっこに負けてるぞー」くらいの意味だと当たりをつけ、痩せ我慢気味に親指をぐっと立てて見せた。やんやと声援が来るあたり、地域密着型鎮守府は伊達ではないようだ。
線路を越え、長い直線の坂道の先にチラッと白い灯台の先端が見える。
(あれか・・・!)
皐月達の紺の制服も視界に入った。ずいぶん先の方だが、追いつけない距離ではない・・・こちらが万全の体勢であったのなら。
結局、最後には天龍に追い立てられるように皐月、望月の順にゴールした。太一は当然、ビリだ。
「つ、着いたぁ・・・!」
先程の望月のようにおぼつかない足取りで、ヨロヨロと灯台の足下の階段に座り込んだ。スーハースーハー息を整えていると、天龍が平気そうな顔でスタスタ近寄ってくる。
「お疲れ。太一さん、意外とやるじゃないか」
「・・・いや、ビリでしょ?」
「望月にほぼ追い付いてただろ。一緒にスタートしてたら皐月といい勝負だったんじゃないか?」
「リベンジはしないよ」
ははっと男勝りに笑い、天龍は太一に缶ジュースを放った。有り難く受け取り、プルタブを開ける。
海から潮の匂いのいい風が吹き付けて来る。反対の方に目を向けると、鮫角灯台と書かれた看板の前で、皐月と望月がじゃれ合っていた。
「元気だなぁ」
「午前は訓練無かったから有り余ってんだ。望月はさっきまで寝てたしな」
笑いながら天龍が言う。その顔にも風が吹き付け、前髪を揺らした。
(あれ・・・?)
天龍の左目を隠していた前髪がずれ、その下の肌が露わになる。太一は、そこに眉を二分する様な位置から頬の上端まで、色の濃い筋が走っていることに気がついた。汚れでは無く、肌に溝のように残った古傷だ。
(艦娘はほとんど怪我しないって話だし、かなり昔の傷っぽいな・・・)
男勝りと言え天龍も女性だ。太一は顔をまじまじと見ないように静かに海の方に視線を向け、気が付かなかったふりをした。
天龍の方も太一のその仕草に気が付かなかったようで、登ってきた道の方に視線をやっている。伸び上がってそちらを眺めていると、いきなり声を張り上げた。
「おう! 遅えなぁ! 待ちくたびれたぜ!」
そこには、天龍と同じくらい長身の、同様の紺の制服を身に着けた女性が走って向かってきていた。
「天龍ちゃん? 私、駅から来たんだけど〜?」
「関係ねぇよ。町のどこにいようがここまで全力疾走の約束だろうが」
「勘弁してほしいわ〜、その身勝手なルール」
たいして息も切らせず、その女性は天龍の側で停止した。
その女性は天龍と同じような制服を、こちらは上から下まで型にはまったようにきっちりと着込んでいた。髪は肩までのボブカットで、額の中央で左右にこちらもきっちり測ったように分けている。その女性は天龍の顔を見ると、「あらあら」と少し慌て気味に口元に手をやった。
「駄目じゃない、髪が乱れてるわよ〜」
そう言うと、天龍の前髪をささっといつもの鬼太郎ヘヤーに直してしまう。太一が気が付いた傷はその下に見えなくなった。
「天龍ちゃんも女の子なんだから、もう少し身だしなみに気をつけないと〜」
「なんだよ、オレは昔っからこうだろうが」
文句を言いながらも、その女性のやる事には逆らわない天龍。太一が2人を何気なく見ていると、その女性の方が視線に気が付いたようだった。
「天龍ちゃん? こちらの方、お知り合いかしら〜?」
「ん? ああ、そういやまだ言ってなかったな、忘れてた!」
天龍は軽く頬を掻くと太一の方に向き直った。
「太一さん、こいつがさっき言ってたウチの秘書艦だ」
「龍田です。あの、天龍ちゃんが何かご迷惑おかけしたんじゃありませんか?」
「まだ何もしてねーよ!」
天龍が唇を尖らせて文句を言う。何だか、天龍が急に子供っぽくなった気がして思わず太一の顔がほころんだ。笑顔のまま立ち上がり、ペコリと頭を下げる。
「浦賀警備府から来た白杜太一です。すでにお聞きと思いますが、白浜屋鎮守府の鈴谷さんの件で来ました。よろしくお願いします」
「あら〜、こちらこそよろしくお願いするわ〜。早かったのねぇ」
大人同士の初対面の挨拶にありがちなお互いペコペコしあう時間が十秒ほど続き、その後に龍田は少し眉をいからせて天龍の方を向いた。
「天龍ちゃ〜ん? やっぱりいきなりご迷惑おかけしてるじゃないの〜?」
「何だよ。何もしてないだろ」
「来たばっかりのお客様をこんなところまで走らせて、よくそんな事を言えるわね〜?」
「オレ達のやり方を知ってもらうのに調度良かったじゃないか。太一さんだって長旅の後だし、飯の前に鈍った体を少し動かしたほうが絶対いいだろ、な?」
「普通の人は3キロも坂道を走って昇ることを〈少し〉とは言わないわ〜」
太一は何も言わずに苦笑した。たじたじになっている天龍を見ているのが面白かったし、本能的に龍田という女性を怒らせるのは得策ではないと感じたからだ。
ただ、いい運動になったのは確かだし、この鎮守府の4人の艦娘の仲の良さに免じて適当なところで助け舟を出す。
「まあまあ。俺は気にしてないからそれくらいで。それより、秘書艦さんが帰ってきたってことは提督さんも戻ってきたんですよね?」
「あ、そうだ! ロクの奴来てないのかよ?」
天龍の言葉に、呆れたように龍田が返す。
「まさかお客さん引っ張ってランニング行ってるなんて思わないわよ〜。そろそろ到着するんじゃないかって先に戻ったわ〜」
「ありゃ。そりゃ確かにまずったなー・・・」
天龍は頭を掻くと、声を張り上げた。
「おーい、皐月、望月ーっ! 帰るぞーっ!」
「えーっ? 1番のご褒美はーっ!?」
「甘えんな! さっきジュース奢ってやったろーが!」
甘やかしてる、甘やかしてる、と思いながら口には出さずにニヤニヤしてしまう太一。どうやら天龍が白浜屋鎮守府のまとめ役として皆を引っ張っているのは間違いないようだ。
龍田が加わって5人となった太一たちは、白浜屋に戻りながら自己紹介をしあった。天龍と龍田、そしてこれから会う提督はこの町の幼馴染で、偶然3人共妖精さんに関わる才能を持っていたのだと言う。だから、提督に頼んで白浜屋鎮守府に所属できるようにしてもらったのだ。
「オレ達が軽巡だったのが良かったみたいだ。重巡以上だと横須賀に引っ張られちまうらしいし、駆逐艦はどこも数が欲しくて分散させられちまう。教導役と秘書役でピッタリハマったのさ」
「なるほどね」
太一は頷きながら浦賀の事を思い出していた。自信満々でカモが建造していた矢矧と能代は、もう完成した頃だろうか。
(今夜の状況報告で聞いてみよう・・・!)
お喋りしながら歩いていると、遠く長く感じたランニングコースもあっという間に終わってしまう。線路を越えて海沿いの道に戻ってきてみると、白浜屋の暖簾の前に男が1人立っているのが見えた。
ひょろっと長身のシルエットで手足が長い。頭も小顔でそこそこの見栄えの顔だ。丸い眼鏡をかけ、ちょっとなで肩気味だがスタイルも悪くない。二枚目と三枚目の中間の、ちょっと前よりくらいに入りそうな若い男だ。
だが、男前なのはそこまで。上はよれたワイシャツの上から「しらはまや」の半纏を着て、ズボンはつんつるてんで踝が見えていて下駄を履いている。顔つきは愛嬌があり、イケメンと言うより子供っぽさのほうが目立った。
その男は太一たちに気が付くと、カラコロさせながら小走りに近寄ってきた。
「ああ、やっと帰ってきた。また灯台に行ってたのかい?」
「すまん、提督。お客さんまで連れて行っちまった」
「ははは。でも、仲良くなったみたいじゃないか」
天龍の謝罪に朗らかに笑うと、さらに子供っぽい顔付きになった。そして、その笑顔のまま太一に向き直る。
「申し訳ない。天龍に悪気は無かったんです」
「ああ、いえ。全然気にしてないんで謝らないでください」
「すみません」
頭を掻きながらペコリとお辞儀をした男は、改まって姿勢を正した。
「はじめまして。白浜屋鎮守府で提督をやっている
「こちらこそ。浦賀警備府の白杜太一です。よろしくお願いします」
太一も自己紹介してペコリとお辞儀をする。
「おやっ、〈白〉仲間ですね、私達」
「そう言えば、そうですね」
白石提督はニコニコしながら手を差し出し、太一と握手した。笑い顔に全く邪気が無く、まるで春風のように爽やかだ。歳の頃も太一とそう変わらないと思われる。
(なんか、親しみやすそうな人だな)
天龍や皐月達が伸び伸びとやれているのもこの提督の人柄のお陰なのだろう。
白石提督と並んで白浜屋の暖簾に近づくと、中からいい匂いがしてくる事に気が付いた。この鎮守府は先程の食堂でみんなで食事を取るのだろうか。
「白杜さん、お昼はまだですよね?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、一緒に食べましょう。みんなと親睦を深めてもらいたいですし」
「よろしいんですか?」
「もちろんですよ」
白石提督は「みんな帰ってきたよ」と中に声をかけながら暖簾をくぐった。皐月達が「ご飯ご飯」とそれに続いて小走りに中に入る。
「はいはい、ちょうど今できあがったのよ。手伝ってくれる?」
「りょうかーい」
中で女性の声がする。太一が中に入ると、奥の厨房で初めて見る女性がこまごまと動き回っているのが見えた。出来上がった食事が次々とカウンターの上に姿を表す。皐月達が食器と一緒にそれをテーブルの上に運んでいった。
「おーい、今、ちょっといい?」
「はーい・・・何ですか、ロクちゃん」
区切りの良いところを見計らって白石提督に呼ばれ、その女性は手を拭きながら食堂の方へと出てきた。
割烹着を身に着けた小柄な女性で、のっぽの白石提督の肩ほどしか背が無い。目が細くタレ目で、でも綺麗な人だな、と太一は思った。美女というわけではなく、化粧っ気も無かったが、それでも素朴な美しさを秘めた顔立ちに見えた。そして、淑やかで優しそうな表情をしている。
太一は、自然に自分から頭を下げた。
「横須賀の方から来た白杜太一です。今日から2日間、お世話になります」
「あらまあ、ご丁寧に。こちらこそウチの人をよろしくお願いします」
深々と頭を下げる女性。太一は察して白石提督の方に顔を向けた。白石提督は頭を掻き、照れ顔で紹介する。
「俺の、嫁さんです。鎮守府の俺の気の回らないところを全部任せてます。皐月と望月はここに泊まり込みなので、2人の飯もお願いしてます」
「白石
そう言って、ほんわかとした笑いを浮かべる椿。
「ええと、つまりこの鎮守府は、白石提督と奥さんで・・・」
「はい。俺達夫婦で切り盛りしてます。天龍達の手を借りながらですけど」
「なるほど」
地域密着型であるだけでなく、家内工業的な鎮守府でもあったわけだ。
「ロクちゃん、ご飯ご飯。皐月ちゃん達がお腹空かせて待ってるわよ?」
「おっと、そうだった。白杜さんも座ってください。自慢じゃないですが、椿の飯は美味いですよ?」
白石提督は太一に笑いかける。
「それは楽しみです。俺、来る前にここは白石提督が一人でやってるって聞いて、てっきりそうなんだと思ってました」
「ああ、すみません。ここを鎮守府に申請したときはまだ籍を入れてなかったもので」
また、頭に左手をやる白石提督。
「約束は前からしてたんですけど。皐月たちを預かることになって、いろいろ考えた結果一緒に暮らそうって・・・2週間前に」
「新婚ホヤホヤじゃないですか! おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
白石提督は照れて頭を掻き、椿はおしとやかに口元に手をやって、揃って幸せそうに笑う。二人の薬指に、おそろいの指輪が光っていたのだった。