艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
夜になり、日も沈んで辺りが暗くなった頃、太一と
白石夫妻の自宅はこの白浜屋のすぐ隣にあるようで、椿はそこで調理した料理を運んできているらしい。次々と食堂の机の上に並んでいくご馳走に皐月達が目を輝かせる。
「うわぁ! いちご煮だ! ボク、椿さんのいちご煮大好き!」
「おぉー、せんべい鍋? いいねぇー、そろそろ本気出ぁーす!」
二人ともピョンピョンと跳び回って大騒ぎである。
「いちご煮?・・・あっ、中に入ってるの、まさかウニですか!?」
「ふふっ、お代わりもありますから、いっぱい食べてくださいね」
自分の前に置かれた吸い物を覗き込み、驚きの声をあげる太一。椿も嬉しそうだ。
「太一さん、太一さん」
白石提督がちょいちょいと机の向こうから手招きしてたので、太一は顔を寄せた。
「あ、はい?」
「太一さん、これ、イケます?」
右手でCの字を作ってくいっと傾ける仕草。察して太一は頷いた。
「まあ、そこそこ」
「そりゃ良かった! 椿さん、アレ、出してくれる?」
「はいはい」
ドンと机の上に酒瓶が鎮座する。太一の知らない銘柄だったが、〈八戸酒造〉とあるので地元の酒だろう。どうやら白石提督は「取りあえず生」派ではなくいきなり自分好みの酒でやり始める人の様だ。
全員の前にグラスが並び、それぞれの飲み物で満たされる。
「じゃあ、いただきましょうか」
白石提督が宣言し、全員揃っての「乾杯!」の唱和で夕食会がスタートした。
「あ、これ、おいしい・・・!」
グラスに口を付けて驚く。太一はあまり日本酒を飲まないので他の銘柄と比較はできないのだが、あっさり呑みやすく舌の上にやわらかな味わいが残る。ニコニコしながら白石提督が食事も勧めた。
「コレがこっちの料理に合うんですよ。さあ、どんどん食べてください」
「いただきます」
並んだ料理はどれも美味かった。イカの沖漬けはスルスルと酒が進んだし、サバの味噌煮は甘口で太一の舌に合った。電の方はと隣を見ると、一心に牛バラ焼と白米を交互に口に詰め込んでいた。
(電ちゃんは魚より肉派なのか)
意外なような、なんとなく納得なような。なんにせよ、食事を楽しんでいるようで大変結構。
「―――へぇー。ここ、やっぱりほんとの民宿だったんですか」
「そうなんですよ。50年くらい前に爺さんが始めましてねぇ」
白石提督は酒が入ると饒舌になるタイプの様だった。しかも、酒が好きなのに弱いようで、20分もしたらもう真っ赤になっていた。
「爺さんの名前が浜兵衛だったんで、〈白〉石〈浜〉兵衛で白浜屋ってね」
「じゃあ、白浜海岸は関係無いんですか?」
「全然無いんですよ、これが。名前で泊まりに来る客もやっぱりいて、それで白浜海岸まで結構あるじゃないですか」
「眼の前漁港ですもんね」
「ちゃんと調べないのが悪いって言ってましたけど、爺さんも親父も、内心ほくそ笑んでたんじゃないかなぁ」
「商売人だったんですね」
「育てて貰ったんで親父達に文句は有りませんけど」
「お義父さんですけどね―――」
白石提督の隣から椿も話に入ってくる。白石提督と同じくらい飲んでる筈なのに、こちらは全く酔った気配を見せてない。
「―――名前、岸吾朗さんって言うんですよ」
「おや? もしかして〈浜〉、〈岸〉の繋がりですか?」
「そうそう。で、この人は〈
椿は喋りながら空中に指先で字を書いてみせる。
「だから、おじいちゃんから三代かかってやっと上陸したねって」
「ははは!」
太一を含め、3人の間で陽気な笑いが起こる。だが、その笑いが収まると、白石提督はしんみりと少し遠い目で語った。
「そんな感じで、ウチは50年くらい続いた宿だったですけど、地震にやられちゃいましてね」
「・・・どこか被害に遭われたんですか?」
「建物は、まあ、大丈夫だったんですけど。従業員は家の方が大変だってんでほとんど暇を出して、それでも家族だけでなんとかやっていこうって思ってたんですが・・・今度は客が来なくなっちゃいましてね」
地震や津波の影響で魚を獲りに行けない。行けるようになっても今度は売りの海鮮料理を食べに来てくれる客がいない。
「一年は頑張ったんですけど。親父も前々から腰が痛いってボヤいてましたからね。結局、一番被害が大きかったのは親父たちの商魂の方だったってわけで・・・」
「海の側で商いをやるのが怖いって、山の方に隠居しちゃいました」と、苦笑気味に白石提督は続けた。
「それは・・・その、何と言うか・・・」
「ああ! すみません! つまんない話してしまって! この鎮守府の事をお話しようとしてたんですけど、なんでこんな話してしまったのか・・・」
「あ、いえ、こっちの方の体験を聞くのは勉強になりますし・・・」
太一のあまり上手では無いフォローに恐縮する白石提督。椿も2人を交互に見て朗らかに言う。
「白杜さんが聞き上手だから、きっとポロッと出ちゃったのよ、ね」
「いや、すみません。でもですね、親父が商売辞めて良かったことも有ったんです。というか、これを本当は言いたくて」
「どんな事です?」
白石提督は、テーブルの向かいで椿の作った料理を夢中で食べている子供たちにちらりと目をやり、笑みを浮かべた。
「ここを鎮守府に使うことができたことです。宿を辞めるときに本当は取り壊す予定だったんですけど、地元の皆さんに止められまして。いつか俺が後を継ぐことを期待されてたみたいなんですけど・・・」
軽く頬を掻く仕草をしながら、白石提督は続けた。
「まあ、俺が提督できることがわかって、使える設備を提供できるなら補助金も出るって教えられて・・・それなら好きに使えって親父も言ってくれて・・・民宿〈白浜屋〉ではないけれど、白浜屋鎮守府として残すことができそうで、俺もほっとしてます」
そう言って、コップを持ち上げて残っていた分を飲み干し、満足そうに息を吐いた。
「・・・それに、白浜屋の味は椿が受け継いでくれて、お袋も喜んでますし」
「お義母さん、皐月ちゃん達のお食事を作りに毎日降りてきてくれるんです。それで、一緒に教えてもらいながらお料理してます。・・・もう自分のお
「山の上まで全員連れて遊びに行ったら、親父もお袋もすごく可愛がって。次はいつ来るんだって聞いてくるんですよ。そんなに気になるならここに来ればいいのに、ねぇ?」
白石夫妻が顔を見合わせて笑い合う。太一はそんな仲睦まじい2人を微笑ましく眺めながらグラスを傾けていた。
「・・・ん?」
左腕に重みを感じて視線をやると、電の頭が肘のところにもたれかかってきていた。
「あらあら、皐月ちゃんも望月ちゃんも眠いの?」
椿の言葉通り、電の肩には皐月が、そして皐月の肩には望月が寄りかかり、ドミノ倒しのように体が傾いている。3人共つい先程までご飯をがっついていたのに、もう電池が切れたようだ。
「大人の話は退屈だったかな? どれ、3人を部屋に運んであげようか」
白石提督が真っ赤な顔のまま手を付いて立ち上がろうとするのを椿が制する。
「あなたはお酒弱いんだから、そこで大人しくしててくださいな。2人は私が連れていきますから。すみません、白杜さん。
「わかりました」
皐月と望月がふよふよとおぼつかない足取りで椿に連れられて奥の方へと引っ込む。太一が軽く肩に手を置いて揺すると、電は薄っすらと目を開けた。
「電ちゃん、部屋に戻って寝ようか?」
「りょうかい・・・なのです・・・」
まだ半覚醒といったところだ。しかし、太一が立ち上がるとそれに連れられて電も腰を上げた。手を軽く握って引いてやると、眠い目をこすりながら大人しく着いてくる。ゆっくりと階段を先導してやり、電の部屋の襖を開けると、こうなる事を予想してたのかいつの間にか布団が敷いてあった。
(到着した時にお風呂は入ってるし・・・歯磨きは・・・まあ1回くらい、いいか)
「電ちゃん、部屋に着いたよ。後は着替えられるよね?」
「・・・歯磨き・・・するのです・・・」
おぼつかない足取りで自分の荷物のところまで歩いていく。ストンとうずくまるようにその前で座り込んだ。ジッパーを開けてゴソゴソと歯ブラシセットを探し始めるが、今にもバッグの開いた口に頭を突っ込んで突っ伏してしまいそうだ。
(女の子の部屋に、あんまり踏み込むのもなぁ・・・)
太一は少し迷ったが、後で寝る前にもう一度様子を見に来ればいいかと思い直した。小さく「おやすみ」と声をかけ、襖を閉める。
足音を響かせない様にして階下に降りると、いつの間にかそこには天龍が来ていて、白石提督に肩を貸していた。その横には椿も居る。
「お仕事の前にごめんなさいね、天龍さん」
「あー、いいって。ロク1人運ぶくらい準備運動にもならないな・・・おっ」
降りてきた太一に天龍は気が付いたようだった。
「ロクの奴、酒弱ぇーだろ? すぐベロンベロンになっちまうんだ。おまけに目ぇ離すと子供みてぇに寝ちまう。だから飲むときゃ家で飲めって言ってんのによぉ」
「今日は、ほら、お客さんいたし」
「そのお客ほっといて潰れてちゃ世話ねぇよ」
口は文句を言っているが、その顔には笑顔が浮かんでいる。恐らく、これはいつもの光景なのだろう。椿と白石提督では体格に差が有り過ぎて抱えて帰るのはほぼ不可能だろうし、天龍がおぶって帰るのは日常の事なのだと思えた。
「つーわけで。わりーな、太一さん。オレはロクを運んだら夜間哨戒に出撃だ。また明日な」
「うん。ご苦労さま、天龍」
天龍はニヤッと笑うと、ビッと2本の指で挨拶をして白石提督を引きずりながら白浜屋の暖簾から出ていった。それを見送り、振り向くと椿がてきぱきとテーブルの上を片付けている。
「あ、手伝います」
「いいえぇ。お客様にそんなことさせられません。それより、お風呂入っちゃってくださいな。温泉じゃないですけど、ヒノキのお風呂ですよ」
「・・・そうします」
ここは素直に客らしく振る舞っておこう。太一は着替えを取りに階段を引き返し、部屋に戻った。そして、時間を確認するため腕時計を見たところで厚志に連絡をしようと思っていたことを思い出した。
(まだ執務室かな・・・いや、もう帰ってるかな? とりあえず電話してみよう)
窓際に寄り、夜の漁港とその上に広がる星空を見ながらスマホから厚志に電話する。数回のコールで待つこと無く繋がった。早速、白浜屋鎮守府に電ともども無事到着した事を報告する。
『―――そうか。2人とも元気なようでなによりだ』
「そっちも変わりない? って言っても1日しか経ってないか」
『ああ、今の所はな』
「・・・今の所?」
厚志が妙なことを言う。まるでこれから何か起こると言わんばかりだ。
『・・・太一、まだニュースは見ていないか?』
「今日はまだ見てないけど。・・・何かあったの?」
『ああ、あった。テレビは・・・いや、この電話の後、アドレス送るから見てみろ。俺達に関係ある話だ』
「何の話?」
『先に言ったら面白くないだろ』
その後、軽く白浜屋の人々の事などを報告する。厚志は白石提督に会ったことがあるらしい。
『いい人だろ。前に提督向け講習やった時、白石提督も参加してたんだ』
厚志は提督業務の経験者として、その講習で参加者に向けてノウハウを教えたらしい。
『艦娘の事を親身に考えている、いい提督だと感じたよ。教わることも多いと思う。太一も色々聞いてみるといい』
「うん。そうするよ」
頷きながら、一瞬、白浜屋に来てから何度か気付いた違和感について伝えようか迷う。だが、今の所任務に支障がある訳でもないし、鎮守府の内情に関することなので太一は言葉にする事を控えた。
通話を終え、スマホの画面を見ながら一件聞き忘れていた事を思い出す。
(建造がどうなったか聞き損なったな・・・)
まあ、明日も機会はあるし、どちらにしろ浦賀に戻ればわかることだ。しばらくスマホを窓際に置いて風呂道具を準備していると、着信を知らせる振動があった。
「どれどれ・・・」
タオルを首にかけた状態でスマホを持ち上げる。そこには、厚志からの着信でニュースサイトへのリンクが送られてきていた。タップして内容を確認する。
ニュースでは、4月23日の横須賀鎮守府開設と同時に、洋上不明存在対策局と海上自衛隊で統合任務部隊が編成されることが報じられていた。海上自衛隊の護衛艦や航空機の支援で対策局の艦娘や艤装を運搬、さらに深海棲艦の海域の外で洋上補給基地として機能させ、艦娘達の攻略部隊を支援するのだという。
現在、日本の近海では深海棲艦の常在海域として大小合わせ4海域を封鎖している。今回の統合任務部隊はこの封鎖海域の開放を目指すものだ。
支援に当たる護衛艦は深海棲艦の領域にほぼ隣接する場所まで接近するため、現代の電子機器が使用不能になる事が予想される。そのため、今回支援に当たるのは機器の〈近代化改修〉終了済みの数艦が予定されているらしい。
(近代化改修・・・ってことは、〈いかづち〉も入るのかな・・・)
太一はスマホを持っていない手を口元に当てた。護衛艦を艦娘の出撃基地として利用し深海棲艦を撃破する・・・これでは、太一が初めて波津音の活躍を見た3月の戦いと同じではないか。もしかしたら、あの時の出来事が今回の統合任務部隊編成のヒントになったのかもしれない。
太一はニュースの内容を2度読み直し、スマホをテーブルに戻した。天井を見上げ、ため息の様に息を吐き出す。
「・・・始まるんだな」
―――深海棲艦と艦娘達の戦いが、いよいよ開始されるのだ。