艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
夕暮れ時の夢を見ていた。それが夢だとわかったのは、目の前に赤く染まった扉があったからだ。実際の太一は、その時既にこの扉の内にいたのだから、この光景が見られたはずが無い。
また、あの日を繰り返している。太一の全てが変わった日。太一が全てを失った日。あの日を、運命を変えよと何処かの誰かの意志が介入しているかの様に、あの日を繰り返している。
ひとりでに扉が開く。映画のシーンの様に、自分が何もしなくても決められたタイムコードに従って場面は移り変わっていく。
開いた扉の奥には、赤い廊下。西日が直接差し込み、目を眩ませる。光の中に、縦に切れ目の様な影がある。それが何なのか、目を凝らさなくてもわかる。
ロープだ。
梁にかけられたロープが、無言で垂れている。そして、その真下には、倒れて脚がこちらに投げ出された小さな脚立。滑り止めのギザギザ溝まで、くっきりと見えている。
すうっと、赤い色が深まっていく。日が沈んだのか、影が壁面を這い上がり、フローリングを照らしていた閃光が薄まっていく。
そして、不意にそこに、2本の先端が太くなった棒のようなものが投げ出されていることに気が付く。棒の反対の先は柱の影になっていて見えない。節くれだった、瘤の付いた杖にようにも見える、似たようなサイズの棒が2本。赤い色の中、その先端部がそれぞれ5つの小さな瘤に分岐しているのがかろうじてわかる。
それは何か?
考えるまでもないことだった。太一は知っている。そこにあるのは、人の脚だ。筋張って、骨と皮ばかりになっているのに、何故か脚の裏だけ肉が余ってでぶよぶよにたるんでいる。
それは誰か?
それも、太一は知っている。知りたくもないのに、知ってしまっている。
また、カメラが回りだした。ゆっくりと、その脚の先へと向かって動き始める。また、やらなくてはいけないのか、と太一は諦めの気持ちで俯いた。自分の両手が見える。今の自分の手ではない。あの時のまま・・・小学生の頃の、小さなままの、太一の手だ。
不意に、太一の喉が押さえつけられた。半ばパニックになって太一は藻掻く。小さな手で抵抗するが、喉を押さえつける骨ばった手はびくともしない。呼吸が止まり、まなじりから涙が溢れる。
(どうして・・・!?)
太一の口から、言葉にならない叫びがもれた。
(どうして・・・・!?)
眼の前が暗くなってきた。赤い世界が、紅く変わり、そして黒く濁っていく。そして・・・そして・・・。
意識を失う瞬間、「ごめんね・・・」と囁く誰かの嗚咽が聞こえた。
静かに瞼が開く。ぼんやりとした闇の中、太一はいつものように自分が泣いている事に気が付いた。両手を布団から持ち上げ、顔を覆う。
「・・・・・・っ」
子供の様に手の甲で乱暴に顔をゴシゴシとこすり、目を見開く。涙はもう止まっている。乾ききった太一の心は、砂漠に染み込む水のように涙とあの夕焼けの光景を吸い込み、消し去っていた。
布団に横たわったまま瞬きをして、そして見慣れない天井の光景に気が付く。
「・・・あ」
小さく吐息混じりの声を出し、太一の思考はようやく現在へと帰ってきた。白浜屋に出張してきたことを思い出したのだ。まだ真っ暗で、どの時間帯なのかさっぱりわからない。枕元に置いたはずのスマホを探そうとして、その側に小さな影がちょこんと存在していることに気が付いた。
「・・・妖精さん・・・?」
通信機の妖精さんが、暗闇の中でようやく気が付くくらいの仄かな光をまとって、そこで何かの身振りをしていた。小さな手で目を擦ったり、両手で首を抑えるそぶりをしたり。そして、最後にスマホの方に伸ばした太一の手に近づくと、指をぽんぽんと軽く叩いて太一を見上げた。太一の顔にわずかに笑いが浮かぶ。
「ありがとう、心配してくれたんだね? 大丈夫、ちょっと夢見が悪かっただけだから・・・病気じゃないよ?」
妖精さんの表情は変わらなかったが、ホッとしたような気配は感じられた。太一は体を起こす。スマホの画面を見ると、まだ日が変わってもいない。
(・・・顔洗ってこよう)
涙が出たせいで頬のあたりの皮膚が張っている気がする。水で洗い流してさっぱりしたかった。起き上がって宿の半纏を羽織り、タオルを取ろうと部屋の中を見渡した時、太一の耳に微かに悲鳴のような声が聞こえた。
(―――っ!?)
最初は夢の続きかと思った。だが、妖精さんの方を見ると部屋の外を指さしている。どうやら聞こえたのは太一だけでは無いらしい。駆け出しかけて布団につんのめりながら急いで襖を開ける。
(・・・下からだ!)
階下から少女の嗚咽が聞こえる。太一は裸足のまま廊下に出て、急いで階段を駆け下りた。
1階の食堂には、2つの人影があった。照明が消されているのでよくわからないが、長テーブルの間で小さな人影とそれより大きな人影が2人ともうずくまっている。どちらからかはわからないが、押し殺したような嗚咽と、とぎれとぎれに「ママ・・・」という呟きがこぼれていた。
太一は階段を降りきったところで壁にスイッチがある事に気が付いた。とっさにそれをONにする。パッと食堂に明かりが点いた。
「・・・鈴谷!? それに、皐月ちゃん!?」
「あ!? 太一さん!?」
食堂でうずくまっていた小さな影はパジャマの皐月で、その側にいたのは昼から姿を消していた鈴谷だった。同時に相手に気が付き、お互いに驚きの声を出す。
その声が引き金になったのか、皐月が顔をくしゃくしゃにして大声で泣き始めた。
「うぅう・・・うぁああああ・・・・! ママぁああああ! うぁあああああああん・・・!」
「ど、どうしたの、皐月ちゃん!?」
慌てて太一も皐月の側に駆け寄る。しかし、状況が飲み込めず近寄ってしゃがみこんだところで止まってしまう。鈴谷も泣きじゃくる皐月の肩に触れようとしたが、とっさに手を引っ込めた。
「お昼に地震があったから、気になって見に来たら・・・! そしたら、さっちゃんがうずくまってて!」
「地震・・・?」
天龍たちとのランニングの切っ掛けになった地震の事だろうか。それが何でこの状況に繋がるのか理由がわからず、太一は鈴谷の顔を覗き込んだ。一瞬、視線が合う。
「! 太一さん! ちょっとだけ、さっちゃんをお願いね!」
「え!?」
「私、ロク
立ち上がった鈴谷はスカートを翻して白浜屋の入り口から駆け出していった。あっという間の事で、聞き返す暇も無い。取り残された太一は、泣き続ける皐月を前に途方に暮れた。
「さ、皐月ちゃん・・・? とにかく、一回座ろうか・・・?」
グシグシと膝を抱え込むようにして嗚咽を上げ続ける皐月に、太一はそっと声をかける。だが、皐月の小さな体はイヤイヤをするように全身が揺れた。
(・・・ど、どうしよう・・・!)
助けを求めて周囲を見回す。すると、1階の廊下の壁のところに、柱にしがみつくようにボサボサ頭にパジャマ姿の望月が張り付いているのが見えた。
「も、望月ちゃん・・・!」
情けなく助けを求めようとしたところで、太一は望月の目にも涙が溜まっている事に気付く。とっさに言葉が出なくなる。
望月は、眉を寄せて泣きそうな顔で呟いた。
「さっちん・・・また泣いてるの・・・?」
(また・・・?)
太一が聞き返そうとした時、勢い良く白浜屋の入り口から人影が飛び込んできた。
「皐月ちゃん!」
小柄な人影は転がり込むように皐月の側に近づくと、躊躇なく抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だからね・・・! 怖くないから、何も怖いことなんかないから・・・!」
「椿さん・・・!」
飛び込んできたのは、白石提督ではなく椿だった。膝を付き、皐月の頭と背中に手をやって抱え込む。
「ママぁ・・・! ママぁ・・・!!」
皐月は椿の身体にしがみついてより一層泣き声を上げた。だがそれは先程までのような堪え切れず漏れ出した悲痛な声ではなく、子供らしい、甘えるような響きを含んでいた。
しばらく、言葉を発することもできずそのまま2人の側でしゃがんだままでいる太一。椿が背中や頭を撫でたり、耳元で何かを囁いている内に、皐月の泣き声はだんだん小さくなり、やがてヒック、ヒックとしゃくり上げる声が聞こえるようになってきた。椿が顔を上げる。
「・・・望月ちゃん」
まだ壁に張り付いていた望月に椿が顔を向ける。その視線は、「大丈夫だから、もう戻りなさい」と言っていた。望月が無言で頷き、そろそろと音を立てないようにして廊下の奥に下がっていく。
「・・・太一さんも」
今度は、椿の視線が太一に向いた。その間にも、皐月の背を擦る手を止めない。ここは椿に任せたほうが良さそうだと判断し、太一は頷いて立ち上がった。ふと入り口に目をやると、開けっ放しだった扉の側に、ブラウンのブレザーの裾が見えた。
太一がゆっくりとそちらに近づくと、それを待っていた様にすっとその衣装が隠れる。太一は誘われるように白浜屋から外に出た。
外に出ると、鈴谷は白浜屋の入り口すぐ横の壁に背中を預けていた。朝、鮫駅前の案内板前で待ち合わせしていた時と同じ光景。その横で、夜風に「鎮守府はじめました」の張り紙が揺れている。
声をかけようとすると、それを制して鈴谷は「しっ」と唇に人差し指を当てた。その指で海の方を2回指差し、歩き出す。太一も黙って少女に着いていった。
「・・・びっくりしたでしょ?」
海岸沿いの道を歩きながら、鈴谷が振り返らずに尋ねる。太一は素直に「うん」と頷いた。
「最近は少なくなってたんだけどね・・・前は、毎日みたいに泣いてたんだ、皐月」
「・・・ママって、泣いてた」
「うん・・・」
鈴谷が顔を俯かせる。蹴っ飛ばす石が見つからなかったのか、格好だけ脚を振って石蹴りの真似をする。
「・・・皐月の両親はね、震災で亡くなったらしいの」
「・・・やっぱり、そうなんだ・・・」
昼間から薄々感じていた事だった。あの年頃の子供が、艦娘になったとはいえ親元を離れて鎮守府に泊まり込む意味。その答えは、合っていて欲しくは無かったが太一が予感していた通り残酷な現実だった。
「皐月のお父さんはね、石巻の方で診療所を開いていたらしいの。あの日、皐月のお母さんは車で買い物に行っていて、家にはお父さんだけ残っていたんだって・・・」
震災があった時、皐月と母親は居場所が近かったため避難所で落ち合うことができた。だけど、父親は車もなく、そこまで来ることができなかった。電話も通じず、不安だけが募る。皐月は、涙目で母親にすがった。
―――パパはどこ? パパはいないの?
皐月の母親は皐月を安心させるため、自分が車で迎えに行く事にした。皐月を近所の者に預け、すぐにパパを連れてくるからね、と笑顔で車を発進させる。
そして、・・・・そして。
「・・・皐月はね、夢に見るんだって」
「夢?」
「お父さんとお母さんが乗った車が、津波に流されて遠くに行ってしまう夢・・・」
「・・・!」
実際にその光景を見たのではないのだろう。だが、幼い記憶は現実の光景と自分の想像をごっちゃにし、さもそれを本当に体感したのかの様に錯覚させる。皐月にとって、自分のワガママで母親を危険に送り出し、そして両親を乗せた自動車が茶色い濁流に飲まれて行く光景を眼の前で見たことが、事実となってしまったのだ。太一は幼い心に残った大きな傷を想い、拳を握りしめた。
「皐月ちゃん・・・昼間はあんなに元気だったのに・・・!」
「うん。最近はね、良くなってきてたんだ」
鈴谷は海の方を見ながら頷いた。後ろからでは風に流れる鈴谷の髪は見えても、その表情はわからない。
「でも、ちょっと前までは毎日泣いてた。艦娘の素養が見つかってこっちに来た直後は、いっつも暗い顔で全然笑わなくてね。・・・皐月はね、自分が泣くと周りのみんなが困るからって隠れて泣くんだ。夜中とか。布団の中とか・・・今日みたいに、誰もいない隅っこの方で、一人で泣くの」
「皐月ちゃん・・・」
そうか、と太一は納得した。白石提督の言っていたことの意味。「皐月たちを預かることになって」と言っていた事の真意。
それは単に鎮守府を2人で一緒にやっていくために所帯を持つという話ではなかったのだ。きっと、皐月の親代わりになろうという2人の愛情に近い想いがあったに違いない。
「・・・皐月が変わったのはね、提督のおかげなんだ」
「白石提督が?」
「そう。前、提督がね・・・泣いてる皐月をおぶって灯台まで連れて行ったの」
「鈴谷はその時一緒に行かなかったから、2人が何を話したのかはわからない。けど、その後皐月はちゃんと自分の足で歩いて帰ってきたよ・・・。提督の手を掴みながらだけど・・・。艦娘になるんだって、そう決めたんだって、言ってた」
「そう、だったんだ・・・」
皐月は白石提督に何を諭されたのだろう? 太一にはわからないし、親を亡くして恋しがる子供に何を言えば慰められるのかなんて、思いつかない。だけど、白石提督はただ皐月を慰めるだけでなく、前を向き目標を持たせる事までやってのけた。凄い人だと、太一は素直に感じ入った。その時の白石提督と皐月のやり取りに思いを馳せ、鈴谷と同じ様に海の方をじっと眺める。
「・・・ねえ、太一さん?」
「え?」
いつの間にか、鈴谷が首を捻ってこちらに視線を向けていた。髪が風に揺れ、スッキリとした顎から耳朶にかけてのラインが露わになっている。
「さっき、皐月の事を話していた時、何を思ってたの?」
「うん? いや、皐月ちゃんは偉いな・・・って」
「ふーん・・・」
鈴谷はまた、足元の石を蹴る真似をした。
「なんか、太一さん・・・他人事じゃないって顔してたよ? 太一さんも似たような事、あったの?」
「っ!?」
太一の心臓がドクンと引き攣る。驚きのあまり、言葉と共に呼吸まで一瞬止まった。鈴谷は心が読めるのかとまで混乱気味に思考する。
鈴谷はもう一度太一の方にチラリと視線を向け、「ふーん」と何かを納得して前を向いた。
「・・・鈴谷もね、おんなじなんだ」
「ど、どういうこと・・・?」
動揺を隠しきれていない口調で思わず問い返す。
「鈴谷もね、海で家族を亡くした事があるの」
「は、え・・・!?」
「もう10年経つんだけど・・・フェリーの事故でね、海に、落ちたんだ・・・お父さんと、お母さんと・・・弟が」
鈴谷がまだ小学校低学年の頃・・・ちょうど、2年前の皐月くらいの頃。弟の5歳の誕生日の日。
冬の、よく晴れた日だったという。鈴谷を含めた家族4人は、1泊の旅行を計画していた。5歳を迎えた長男を、親戚に披露しに行こうとしていたのだ。
しかし、鈴谷は折り悪く、2日前から風邪にかかって熱を出していた。両親は旅行を取りやめるつもりだった。
「・・・でも、鈴谷はいいお姉ちゃんだったから。せっかくの誕生日に姉にかかりっきりの両親なんて、つまんないでしょ?」
鈴谷は自分は大丈夫だから、お薬を飲んで大人しく布団で寝てるから、と両親を説得した。近所の方もいるし、電話もかけられるし、平気だよ、と。
両親にとって良くできたお姉ちゃんは自慢だった。だから、その言葉を信じることにした。ただ、相手先に泊まるのは取りやめ、予定を変更して夜には帰ってくることにした。そのため、旅行の行程を変更してカーフェリーを使うことにしたのだ。
「少しでも思い出に残る誕生日にしようとしたんだよね。行きは夜明け前に車で行って、帰りはフェリーで風景を見ながらのんびりと・・・夜は、鈴谷も一緒に家でケーキを食べる予定だった・・・」
だが、その帰路で悲劇は起こった。乗船していたフェリーが航路の中途で何かに衝突、あわや転覆というレベルの事態に陥った。なんとか航行可能なところまで復旧することはできたが、その衝突の際、船べりにいた8人の乗客が海に投げ出されていた。
「3人は救助されたの。後でもう1人見つかったけど、海の冷たさのせいで助からなかった・・・そして、残りの4人は行方不明。・・・・それに、鈴谷の家族は入ってた」
巡視船ばかりでなく、漁師達もたくさんの人々が行方不明者の捜索に協力した。鈴谷はフェリーの桟橋付近の民宿で、治りかけの身体で悪寒に身体を震わせながら何日も待ち続けた。・・・だが結局、鈴谷の家族は、その遺体すら見つからなかった。
「先に戻ってきたフェリーを見た時にね、ぞっとしたんだ。船体の真ん中がぐにゃりとヘコんでて・・・それだけじゃなくて、何か黒い、ベトベトしたものが張り付いてた。ひと目見ただけで思ったよ。何かとんでもないものがぶつかったんだって。そして、そいつに私の家族は・・・食べられちゃったんだ・・・って」
鈴谷は太一の方を向き、右手を差し出した。薄暗い月明かりの下、細く白いその手の指先が微かに震えている。
「今でも、思い出すと震えが止まらなくなるの。もう10年経つけど、黒い泥とか、ぬめぬめしたものはちょっと苦手。熱があったのもあるけど、そのフェリーを見た時、気を失ったらしいんだよね。良く憶えてないけど」
・・・だが、鈴谷が意識を取り戻した時、少女が感じた印象に反しその事故はクジラのような水中航行物との衝突、及び船側の操作ミスという調査結果が出ていた。子供の鈴谷がいくらあれは何か得体のしれないものの仕業だと言い募っても、取り上げられる事はない。一部のマスコミが北方の国の潜水艦がどうとか、海自の極秘建造艦がどうとか飛ばし気味の想像を掻き立てたが、それも半年もする頃には忘れ去られた。
そして、一人になった鈴谷だけが取り残されたのだ。
「どうすれば良かったんだろうね? いい子にしないで、行っちゃ嫌だって言って引き止めれば良かったのかな? 予防接種をちゃんと受ければ良かったのかな? 考えても仕方ないのに、それでも考えちゃうことがあるよ。もしあの事故が起きなかったら、今頃どうなっていたんだろう・・・って」
「・・・・・・」
太一は返す言葉が見つからなかった。
―――もしあの事故が起きなかったら―――
その答えこそ、太一もずっと求めていたものだったのだから。
鈴谷は無言の太一の顔を見上げている。そして、出し抜けに言った。
「・・・太一さん、また、さっきの顔した」
「・・・え?」
「皐月の話を聞いた時の、あの表情・・・」
「・・・・・・」
鈴谷は太一の答えを待つこと無く、再度海の方に視線を向けた。
「・・・何週間か前の新聞に載ってたんだ」
「・・・何が?」
「聞いたことあるでしょ? 〈あいつら〉が現れてから、昔の事故を調べ直してるって」
「・・・・・・」
「・・・載ってたんだ、あの時の事故。やっぱりあんな調査、嘘っぱちだった・・・!」
突然、鈴谷は海に向かって叫んだ。
「―――私の家族はっ! 深海棲艦の奴らに殺された! フェリーに乗って、ただ誕生日の思い出が欲しかっただけなのに・・・! お父さんを、お母さん、弟を・・・! 殺したの! あいつらが・・・!」
そして太一の方に体ごと向き直る。そこには、鈴谷らしくない怒りと喜びがまぜこぜになった複雑な表情が浮かんでいた。
「ねえ太一さん! これって凄い事だよね!? 家族を殺された私が、艦娘になってあいつらと戦うの! この世界で、私達艦娘だけがあいつらをやっつける事ができる! そうする事が鈴谷の運命なんだ!」
息を切らし、言葉が途切れる鈴谷。太一は何かを言おうと口を開き、思考を経ること無くただ胸に浮かんだ言葉をそのまま零す。
「・・・それは、鈴谷の望みなの?」
「だってしょうがないじゃん! 運命なんだよ、これは。神様がそう決めたんだよ。妖精さんだってそう言ってる。艦娘の力で、あいつらを殺して仇を取れって!」
「・・・妖精さんが?」
「鈴谷の仇が世界のどこにいるかなんてわからない。でも、戦って、戦って、戦って、あいつら全部駆逐すれば、いつかは叶う。世界中の海からいなくなるまで、鈴谷は戦い続けるんだ!」
「・・・・・・」
鈴谷の悲痛な想いを、太一は受け止めかねていた。なんと言えばいいか、少女の肩にのしかかる運命の重みをどう軽減すれば良いのか、まったくわからない。
ただ、一つだけ。太一にもわかったのは、そんな風に張り詰めた想いは、きっと鈴谷のためにならないという事だけだった。だが、それを今日会ったばかりの自分が言って通じるものなのだろうか?
「・・・白石提督に、鈴谷の考えは伝えたの?」
自分よりも鈴谷に親しい白石提督は何と言っているのだろうか。太一はそう考えて聞いたが、鈴谷は頭を振った。
「提督は関係ないよ。これは鈴谷の事だし、鈴谷はもう白浜屋から出ていくから」
重巡って数が少ないんでしょ? と鈴谷は逆に問い返した。
「横須賀に行ったら、すぐに最前線で戦えるよね? こんな田舎の町なんか、もう戻ってこないよ」
「だけど・・・」
「だから、関係無いのっ!」
鈴谷は両手を振り、険しい顔付きで駄々っ子のように叫んだ。
「提督は皐月達と家族ごっこしてれば良いんだ! 天龍も龍田も姉貴風吹かせていちいち口出ししてくるし! 町のみんなだって馴れ馴れしくてみんなおせっかい焼き! 鈴谷はもう1人で考えて、自分のことは自分で決められる! もう沢山! 鈴谷は白浜屋から出られてせいせいしてるんだから!」
「あっ!」
顔を背け、ダッと鈴谷が駆け出した。とっさに何かを掴むように手を前に出す太一。だが、そこまでだった。それ以上足を踏み出すことが出来ず、鈴谷の後ろ姿を見送ってしまう。
・・・街灯の少ない海岸沿いの道を駆けて行く少女の影は、間もなく見えなくなってしまった。行き先を失った手が力を無くし、ストンと落ちる。
「・・・俺―――」
言葉が手のひらと同じく行方を無くす。太一は、自分でも消えた言葉の先に何が続くはずだったのか、わからなかった。