艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~   作:IronCat

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~鈴谷~ 10

 鈴谷を見失った太一は、うなだれて白浜屋に戻った。1階には既に皐月や椿の姿も無く、電気も消えて静寂に満ちていた。一瞬、あれは夢だったのではないかと考える。

 

 

『ママぁああああ! うぁあああああああん・・・!』

 

 

『お父さんを、お母さん、弟を・・・! 殺したの! あいつらが・・・!』

 

 

 だが、皐月と鈴谷の悲痛な声が耳の奥でこだましている。太一は右手を額に押し当て、前髪をくしゃりと指に絡めた。そうしておかないと、後から後から湧き出す無力感に負けて膝を付きそうだった。

 足元に目をやり、自分が宿のサンダルのまま歩き回っていたことに気が付く。そう言えば寝間着に半纏を羽織ったなんとも無防備な格好のままだった。鈴谷からは、珍妙で頼りない大人に見えた事だろう。苦笑し、サンダルを脱いで2階へと登っていく。

 並んだ部屋の前を通る際、中で寝ている者を起こさないよう慎重に進む。そして、自分の部屋の前で襖に手をかけ、ふとため息の様に呼気を吐いた時、すうっと隣の部屋の襖が開いた。

 

「―――補佐官さん?」

「あ・・・」

 

 襖の影から顔をのぞかせたのは、電だった。薄暗くてよくわからないが、何か心配しているのは声色からわかる。

 

「ごめん、起こしちゃった?」

「いえ・・・」

 

 電は少し惑う素振りを見せたが、そのまま更に廊下に1歩出てきた。

 

「さっき、電も見てたのです」

「えっと・・・」

「階段の上から・・・補佐官さんと、皐月ちゃんと、椿さんと、もう1人・・・あの人が、鈴谷さんなのですか?」

 

 どうやら電も先程の騒ぎを聞きつけて目を覚まし、2階から様子を伺っていたらしい。鈴谷の事も見えていたという事は、太一が降りて電気を点けた後すぐくらいから覗いていたのだろうか。あの直後に鈴谷は外に駆け出していってしまったから、姿が見えたという事はそうなのだろう。

 という事は、電は皐月が椿に慰められていた一部始終を見ていたことになる。

 

「皐月ちゃん・・・鈴谷さんと何かあったのですか?」

 

 電は階下の方に視線を向けながら心配そうに尋ねた。事情を知らなければ皐月が鈴谷に意地悪されて泣き出したように見えなくもない。

 太一は鈴谷に聞いた内容を電に説明しようか悩んだ。艦娘の身上に関わることだし、他の鎮守府の事情だ。軽々しく他人に話して良い事ではない。しかし、そこでふと気が付く。

 

(そう言えば、何で鈴谷は余所者の俺に自分の事まで教えてくれたんだ?)

 

 皐月が泣いていた訳や、鈴谷が何かしたかもという誤解を解くだけなら鈴谷本人の事を話す必要はない。太一に自分の過去を語った理由、それは、他所から来た太一だからこそ、何かを期待しての事ではないのか? そしてそのタイムリミットは、鈴谷を横須賀に連れて行く予定日である明後日までだと、太一は直感した。

 

「・・・(でん)ちゃん、お願いがあるんだ」

「はい」

「俺、今回の任務は鈴谷に訓練して、連れ帰るだけの仕事だと思ってた。でも、それだけじゃ足りないみたいだ」

「・・・そうなのですか?」

「うん・・・」

 

 太一の顔を電は見上げる。そこには、昨日の仙台港で見た、大人びた表情が浮かんでいる。太一はその瞳を見つめ返し、頷いた。

 

「俺一人じゃ手に負えそうもない。だから、これからする話は他の人に内緒で、相談に乗ってくれるかい?」

 

 電は、どこかホッとした様な雰囲気で僅かに微笑んだ。

 

「・・・約束するのです!」

 

 

 

 太一の部屋に電を招き入れると、出しっぱなしだった布団を隅に追いやり、座布団を置いて2人は向かい合って座った。

 正座して真剣な面持ちの電に対し、太一は思い出しながら見たこと、聞いたことを語っていく。

 

 皐月の泣き声で目を覚ましたこと。皐月の側には様子見に来た鈴谷がいたこと。鈴谷が椿を呼んだこと。鈴谷から聞いた皐月の身の上。そして鈴谷自身の体験・・・。

 

 電は膝の上で指を絡める様な動きをする以外、特に聞き返したりすること無く、黙って太一の話に耳を傾けていた。

 

「―――それで、急に後ろ向いて走って行っちゃって・・・だから、戻ってきたんだけど、部屋に入るところで電ちゃんに会ったんだ」

 

 太一は現在までの流れを話し終え、ふぅと一息ついた。憶えている限り、できるだけ正確に電に伝えたつもりだ。電の方はと見ると、指先の動きが止まって俯いて何か考え事をしている。しばらく待っていると、出し抜けに電が言葉を発した。

 

「・・・それで、補佐官さんはどうしたいですか?」

「え? 俺?」

「さっき補佐官さんが言っていた通り、電たちの任務は鈴谷さんを連れ帰る事だけなのです。本人が希望しているし、鎮守府での調整も済んでいるのですから、何の問題も無いのです」

「・・・・・・」

 

 何の問題もない・・・本当にそうだろうか。太一は自分の心に問いかける。

 

「俺・・・白浜屋の(もん)じゃない俺が言っても仕方ないのかもしれないけど・・・」

「補佐官さんが思っている事を言ってみて欲しいのです」

「うん・・・」

 

 電の促しに従い、心に思い浮かぶことを言葉にしていく。

 

「白石提督はいい人だし、天龍や皐月ちゃんたちは良く頑張ってる。すごく仲良しで、何ていうか・・・椿さんも含めて家族みたいで、俺こんな鎮守府もあるんだって、少し感動したんだ」

 

 電は無言で頷く。それに励まされ、太一は更に言葉を続けた。

 

「だから、鈴谷だけ何か違和感が有るっていうか・・・いや、今日1日しか見てないから本当は俺の知らない確執が在るのかもしれないけどさ・・・。でも、朝会った鈴谷は明るくて、いい子で・・・何だろ。本当なら、鈴谷も白浜屋に仲良く溶け込んでいる筈なのに、何でなんだろ・・・」

「補佐官さんは、鈴谷さんにもみなさんと仲良くして欲しいのですか?」

「うん・・・おせっかいかな?」

 

 太一の呟きに、電はぷるぷると首を振った。

 

「きっと、白浜屋のみんながそう思っているのです。今日、天龍さん達の訓練の後、合流して戻ってくる時―――」

 

 電は天龍達の中に重巡らしき艦娘がいなかったので、鈴谷が参加していないと考えた。だから、鈴谷は鎮守府にいるのかと何気なく聞いたのだ。

 

『あいつは今、ちょっと事情があって・・・』

 

 天龍は言葉を濁し、その直後に慌ててフォローした。

 

『あ、いや、心配いらねーよ! あいつ根は真面目だから、自分の訓練には絶対参加する筈だ。いい奴な事は保証するし、頑張り屋なんだ。俺らは重巡の訓練なんかよくわかんねーから、明日はよろしく頼むぜ、(いなずま)!』

 

 そう言って、天龍は電の肩を叩いたという。

 

「―――その時は、引っ越しするための身辺整理でもしているのかと思ったのです。でも、もしかして天龍さんは鈴谷さんに何か事情がある事を知ってて、黙って鈴谷さんの好きなようにさせているのかもしれないのです」

「なるほど・・・確かにそうかも」

 

 太一は昼間、鈴谷が迎えに来た件を天龍に伝えた時の事を思い出した。あの時の天龍は怒っていると言うより、仕方のない奴だと諦めている感じがした。電の言うとおり、少なくとも天龍は鈴谷が身勝手に行動する理由を察していて、黙認しているのだろう。

 

「・・・じゃあ、明日天龍に鈴谷のことを聞いてみればわかるかもしれない」

「天龍さんは教えてくれそうなのですか?」

「ん・・・あ、いやそれはわからないな・・・」

 

 もし気軽に話せる内容なら、あの天龍がわざわざ言葉を濁したりしないと確信がある。それだけの事情があるからこそ天龍もはっきり言わないのだ。

 そこまで考えて、太一は電の質問にふと違和感を覚えた。

 

「―――ん、あれ?」

「どうしましたか?」

「・・・いや、鈴谷の事情って、それは彼女が言った通り、深海棲艦のせいで家族が・・・って事じゃないの?」

 

 それについては、鈴谷自身の口から太一が直接聞いている。

 

「だから、白浜屋に自分の居場所は無いって思い込んでいる・・・それが鈴谷が溶け込めない理由なんじゃ・・・」

「それについて、補佐官さんに確認してもいいですか?」

「うん、何?」

 

 電の真剣な口調に、太一も居住まいを正す。

 

「補佐官が鈴谷さんと会った時の印象・・・さっき、明るくていい子だったと聞いたのです」

「うん」

「それなら・・・もう一度、鈴谷さんが戦うことが自分の運命だって言った時の事を思い出して欲しいのです。補佐官さんが鈴谷さんの望みを聞いた時、怒った鈴谷さんは何て言ってました?」

「えっと・・・?」

 

 電の質問に太一は先程の海岸での出来事を回想する。鈴谷の言葉を、できるだけ正確に思い出そうとする。

 

 

『―――だってしょうがないじゃん! 運命なんだよ、これは。神様がそう決めたんだよ。()()()()()()()()()()()()()。艦娘の力で、あいつらを殺して仇を取れって!』

 

 

(・・・あ)

 

 太一はハッとして顔を上げた。電は頷く。

 

「そうなのです」

「鈴谷は嘘をついてる・・・」

「はい。恐らく、鈴谷さんはまだ艦娘になってすぐだから、妖精さんの事を良く知らないのです」

 

 ・・・妖精さんは喋らない。こっちの言葉を伝えたり、身振り手振りで意思疎通をする事はできても、妖精さん自身は言葉を発することは無い。

 

「でも、鈴谷がもしかして本当に妖精さんの言葉がわかる特別な艦娘って事は・・・」

「それなら、もっと大騒ぎになっているのです」

「・・・だよね」

 

 鈴谷は嘘をついていた。少なくとも、妖精さんが鈴谷に仇を取れと囁いたという部分に関しては。

 

「だけど、なんでそんな嘘を?」

「なので、さっき補佐官さんに聞いたのです。鈴谷さんが、平気で嘘をつけるような悪い子なのか、どうか」

「ああ!」

 

 さっきの質問にはそういう意図があったのか、と太一は舌を巻く。眼の前の小さな女の子が、なんとも頼もしく見えてきた。電は指先をくりくりと動かしながら、考えをまとめていく。

 

「たぶん・・・鈴谷さんは真面目で、いい子過ぎて、嘘をつくのが下手なのです」

「どうしてそう思うの?」

「嘘は、本当の事の中にちょっとだけ混ぜるのがバレないコツだと聞いたことがあるのです。だけど、鈴谷さんは嘘をつくのに慣れてないから、嘘をバレないようにするため、余計な嘘をついたのだと思うのです」

「嘘を嘘で塗り固めた・・・」

「たぶん、上手い嘘を思いつけないで、とっさに思っている事とひっくり返して反対に言ってしまったのだと思うのです」

「思っている事を、反対に・・・?」

 

 

 

『―――提督は皐月達と家族ごっこしてれば良いんだ!』

 

『―――天龍も龍田も姉貴風吹かせていちいち口出ししてくるし!』

 

『―――町のみんなだって馴れ馴れしくてみんなおせっかい焼き!』

 

『―――鈴谷は白浜屋から出られてせいせいしてるんだから!』

 

 

 

 鈴谷の言葉が次々と浮かんできて、はた、と思いつく。ピシャリとおでこを叩いた。

 

「そうだ、そうだよ・・・!」

「補佐官さん? 何か気が付いたのですか?」

「そうなんだよ・・・! 鈴谷は皐月が泣いてないか心配で夜中に様子を見に来るくらい、優しい子なんだ・・・!」

 

 そんな子が、無理をして大切な仲間の事を悪く言う様な嘘をつく。それは、きっと、嘘に慣れた大人には想像も出来ない罪悪感に違いない。鈴谷があの台詞を放った際の険しい表情は、もしかしたら慣れない嘘への嫌悪の現れだったのかもしれない。

 

(でも、そこまでして鈴谷が隠さなくてはならない事情って何だ・・・?)

 

「鈴谷が何か事情があって嘘をついているっていうのは間違いないと思う。でも、あの子は誰かを困らせたり、悲しませるような嘘をつく子じゃないって思いたい・・・」

「補佐官さんがそう思うなら、きっとそうなのです」

 

 電は頷いた。

 

「電も、最初は横須賀の方にどうしても行かないと行けない事情があってそのために演技してるのかと思いました。でも、そんな事をしなくても鈴谷さんは横須賀に行くことになっているし、白浜屋の皆さんに理由を言わないで会わないようにしている原因がわからないのです」

「・・・確かに、そうだ」

「だから、やっぱり・・・嘘の理由は、白浜屋と鈴谷さんの間にあるのだと思うのです」

 

 電はまた指先で空中に何か描くような素振りをしながらゆっくりと喋った。もしかすると、この仕草は電が深く考え事をしている時の癖なのかもしれない。

 太一も顎に手をやって考える。

 

(鈴谷はわざと白浜屋のみんなと疎遠になろうとしている・・・本当の気持ちを隠して。それは、多分・・・そうしないと誰かが傷ついたり、不幸になるから、なのか? でも、この白浜屋でそんな事、あり得るのか?)

 

「あんなに仲が良さそうな鎮守府なのに・・・」

 

 太一はポツリと呟いた。電もそれに同意する。

 

「そうなのです。天龍さんも鈴谷さんの事を〈スー〉って呼んで・・・会ってすぐなのにニックネームで呼ぶなんて補佐官さんみたいなのです」

「ああ、それね・・・」

 

 太一は鈴谷に出会った時を思い出し、笑顔を浮かべた。

 

「電ちゃんもそう思うよね? あのね、鈴谷の〈すー〉ってあだ名は〈鈴谷〉からじゃないんだって」

「え? そうなのですか?」

「うん。俺も最初会った時鈴谷がそう呼ばれてたの聞いて、おんなじ様に思ったんだけど―――」

 

 

『鈴谷だから、すーちゃん?』

『じゃなくって、()()の方。綺麗な水みたいな心を持てる様にって、名前付けてくれたみたい』

 

 

「―――ってさ。どうやら、鈴谷って本名の方も〈す〉で始まる名前みたいだね・・・電ちゃん?」

 

 言葉の途中で、太一は電の様子がおかしい事に気が付いた。指先が止まり、ぽかんと口が開いている。

 

「ど、どうかした?」

「・・・本名、なのです?」

「うん、鈴谷の本名だけど」

「・・・天龍さんは、鈴谷さんの本名を知ってるのですか?」

「ん・・・あ、確かに」

 

 艦娘の本名は提督しか知らない事になっている。知っているとしたら、本人が本名で呼ぶ事を希望して承認されたか、元から知っていたかだ。

 

「もしかしたら、地元の人が〈すーちゃん〉って呼んでるのを聞いたのかも・・・」

「地元の方も鈴谷さんの本名を知ってる・・・」

 

 また電の指の動きが早くなってきた。

 

「・・・もしかしたら、電、勘違いをしていたのです」

「勘違い?」

「はい。てっきり鈴谷さんは、艦娘の素養が見つかってから白浜屋に配属されたと思ってたのです。でも・・・」

「それなら、天龍達が鈴谷の本名を知っている筈が無い?」

「なのです」

 

 太一にも電の言いたい事が分かってきた。鈴谷の本名、そしてあだ名が地元に知れ渡っているという事は、鈴谷がかなり昔からこの白浜屋の付近で生活していたと言う事である。

 でも、それで何か変わるのだろうか?

 

「・・・ご家族が亡くなられた時、病気だった鈴谷さんは確か、『近所の方もいるから平気』って言っていたんですよね?」

「う、うん。確かそうだったと思う」

 

 太一は電の記憶力の良さに驚いた。太一に伝え聞いた事なのにしっかりと一言一句憶えているようだ。

 

「つまり、鈴谷さんが以前暮らしてた場所の近所には、病気の子供を預かってくれる親戚の方はいなかったって事なのです」

「うん?・・・ああ、そうか。確かに、そんな親戚が近くにいたらそっちに行くよね」

「はい。では・・・」

 

 電の指が1の形でぴっと止まった。

 

「ご家族が亡くなられた後、鈴谷さんはどこに行ったのでしょうか?」

「・・・両親が亡くなったんだから、どこか親戚に預けられて・・・あれ?」

 

 そこで太一も気が付いた。近所に親戚が居なかったなら、鈴谷は地元ではない、どこか遠方の親戚の所に行った筈だ。だが、この白浜屋の付近の住民は鈴谷が艦娘になるずっと前から鈴谷の事を知っている・・・。

 

「・・・もしかして、鈴谷さんを預かることになった親戚は、この近所の方だったのではないでしょうか?」

「あっ!」

 

 太一は膝を打ちたい思いだった。確かに、その時に鈴谷が白浜屋の近辺に預けられたとすれば様々な事柄がすっきり整理されてくる。

 

「そうだよ! だってさっきも鈴谷は『ロク(にぃ)呼んでくる』って飛び出していったんだし。咄嗟にそんな親しげな名前が出てくるなんて、ずっとここで暮らしてた証拠になるよ!」

「皐月ちゃんが泣いていた時ですよね。補佐官さんは鈴谷さんの〈ロク(にぃ)〉と言う人に会ったのですか?」

「会ったも何も。白石提督の事だよ。白石陸朗(ろくろう)が白石提督の名前だよ」

「あ、リクじゃ無かったのですね・・・」

 

 電の指が動き出す。と、僅かな時間の内にその手が止まり、それどころか動きの固まった電はあんぐりと口を開けっ放しになった。

 

「ど、どうしたの電ちゃん!?」

「・・・・・・」

 

 太一の言葉にも反応しない。

 

「何か気が付いたの!? 電ちゃん、大丈夫!?」

「・・・あ、はいです。電は平気なのです」

 

 何度か声をかけ、ようやく電は再起動した。

 

「どうしたの、電ちゃん?」

「・・・その、補佐官さん。明日、確かめて欲しいことがあるのです」

 

 ストンと手を下ろし、電はのろのろと言った。その指先は、もう動いていない。

 

「どんな事?」

「その・・・もしかして、白石提督は・・・つい最近ご結婚されたのではないですか・・・って」

 

 電の問いに太一は驚いた。

 

「良くわかったね」

「・・・では」

「うん。電ちゃんが来る前に、俺も聞いてたんだ。つい2週間前らしいよ」

「ああ・・・」

 

 電は哀しそうな、辛そうな、なんとも言えない感情のまぜこぜになった複雑な表情でため息をついた。

 

「何かわかったの?」

「・・・あくまで電の想像なのです」

 

 電はそう言うが、その表情は何か決定的な事柄を悟ってしまったと雄弁に語っていた。

 

「想像でもいいから・・・何かヒントになるかもしれないし」

「・・・駄目なのです」

 

 電は指先をきゅっと抑えて俯く。

 

「今考えたことは、鈴谷さんと面識のない電が軽々しく口にしていい事では無いのです・・・それに、当たってたとしたら、なおさら電達よその人間が口を出す事はできないのです」

「え?」

「それより、今は明日のことを考えるのです」

 

 顔を上げ、急に口調を変える電。視線が逸れ、窓から見える夜空に向いている。

 

「お話の通りなら、訓練は鈴谷さんと天龍さんたちで別々になると思うのです。なので、電は鈴谷さんに色々話を聞いてみようと思うのです」

「そっか・・・そうなるよな。俺はどうしたらいい?」

「天龍さん達からもう少し鈴谷さんの事を聞けないか、頑張ってみて欲しいのです」

「手分けして仲直りの糸口を探すんだね」

「はい。上手く行けば、それだけで解決するかもしれないのです」

 

 確かに、鈴谷の抱える問題の根っこに何か誤解があるなら、それが解けるのが一番の早道だ。太一は頷く。

 

「他には何かある?」

「あと・・・白石提督と椿さんには、鈴谷さんの言った事は伝えないでおいて欲しいのです」

「それは、何で?」

「多分、鈴谷さんにとって一番良くない結果になると思うのです」

 

 電の言葉には何か確信めいたものがあった。きっと、先程の電の想像の中に、その状況も含まれていたのだろう。

 

「よくわかんないけど、わかったよ。2人のいるところでは鈴谷の話はしないようにする」

「お願いするのです」

「後は?」

「今はそれくらいなのです」

 

 電は視線を戻し、太一の顔を正面から見つめた。

 

「補佐官さん」

「うん」

「明日、頑張るのです」

 

 両手を握り、少し太一の方に身体を倒して真剣な表情をする電。

 

「きっと何とかなるのです。電も、この白浜屋のみなさんはとてもいい人達だと感じました。だから、明後日の朝はみんなが笑ってお別れできるよう、頑張るのです!」

「そうだね・・・!」

 

 太一も電と同じ様に身体を前に倒し、両手をぐっと握る。

 

「頑張ろう、電ちゃん!」

「はい! なのです!」

 

 

 

 

 ―――電が元の部屋に戻った後、太一は座布団を片付け布団を敷き直す。

 

(明日は、俺にできる事を頑張らないとな・・・)

 

 半纏を脱ぎ、布団に入る前に電気を消そうとしたところで、壁際に立てかけられたバックパックに目が行く。

 

「あ、そうだ」

 

 太一は自分の荷物に駆け寄り、ひっくり返して中身を出し始めた。

 

(・・・もう一つ、俺にもできることがあった・・・!)

 

 バックパックの一番底に眠っていたランニングシューズを見つけ出し、太一は朗らかに笑いを浮かべたのだった。

 

 

 

 

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