艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~   作:IronCat

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~帰還~ 3

 一週間後の、夜8時過ぎ。

 国会議事堂内の一室に、3人の男たちが集められていた。そのうち2人はすでに初老の域の人物で、それぞれの色の制服を身に付け、胸元には色とりどりの徽章が綺麗に整列している。彼らが着いた席の机の上には、部屋の奥側から順に統合幕僚長、海上幕僚長の名札が置かれていた。金色の太い袖口のラインの通り、国防に携わる者たちの中でトップに近い人物たちである。しかし、今日この時だけは、まるで試験の開始を待つ学生のようにソワソワと落ち着かない雰囲気をかもしていた。

 反対に、リラックスした様子で気ままに過ごしているのは月島である。窓辺でブラインドを指で曲げて外の様子を眺めたり、展覧会のごとく室内に飾られた絵画を端から順番に興味深そうに見ていく。海と灯台の描かれた絵をうんうんと頷きながら見つめ、作者のサインを見つけると何と読むのか首を捻って思案していた。そうこうするうちに、入り口の扉が開いて4人目の男が室内に入ってきた。

 

「お待たせして済まない」

 

 幕僚長たちがさっと立ち上がって気を付けの姿勢をし、新たな男は手を上げてそれを遮る。

 

「楽にしてください。お呼び立てしたのはこちらの方です」

 

 そう言うと、同じ様に気を付けの姿勢で礼をした。顔を上げると、鷹のような鋭い目を持った厳つい顔が2人の幕僚長に向けられる。楽にするように言われたにも関わらず、射抜かれるような視線に2人の手のひらにジワリと汗が浮かんだ。

 

 髪は綺麗に整えられているが灰色で、顔は深い皺が無数に刻まれている。大柄で広い肩幅をしているが、決して胴回りがキツそうな様子もない。髪と揃えたようなシルバーグレーのスーツが如何にもそのスタイルと似合っていて、欧米諸国の首脳と並んでも見劣りしない体躯である。この初老の偉丈夫こそ、現在の日本国内閣総理大臣、寺内瑞仁(てらうち ずいじん)であった。その後ろには、寺内の存在感に隠れていたがこちらも目つきの鋭い防衛大臣が静かに控えている。

 

「お疲れ様です、総理」

 

 厳つい場の雰囲気を崩すような爽やかな声色で、月島が水の入ったコップを差し出した。途端に寺内の顔が綻ぶ。

 

代一郎(よいちろう)、来てくれたか」

「はい」

 

 寺内は「失礼」と受け取った水を美味そうに飲み干すと、改めて幕僚長たちに向き直った。

 

「甥とは面識が有りましたか?」

 

 先んじて月島が答える。

 

「市ヶ谷には何度か伺った事がありますが、直接お会いするのは今日が初めてです」

「そうか。では、お話の前に紹介させてください。私の妹の息子の代一郎です」

月島代一郎(つきしま よいちろう)といいます。よろしくお願いします」

「身内自慢になりますが、中々フットワークの軽い使える男です。今回の件について、皆さんに説明をさせるのに最適でしたので来させました」

 

 寺内の紹介の後に、月島はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出した。伯父以外の全員としばし名刺交換が行われる。

 

「・・・対馬海洋観測所・・・? まさか、あの・・・?」

「はい、そこの所長をやらせて貰っています」

「こんなにお若いとは・・・!」

 

 海上幕僚長の驚きに、少し照れくさそうに笑って返す月島。寺内も満足そうに頷いている。

 

 対馬海洋観測所・・・正式名称を、内閣府別室・日本海西方及び東シナ海沿岸赤色海域観測分析室・対馬海洋観測所、と言う。主な任務として、朝鮮戦争末期に朝鮮半島と一部東アジアの沿岸部に出現した赤色海域を、国連と連携して状況観察すること、と内閣府のホームページには記載されている。ただし、その設立に関わった諸外国との条約によりその分析結果は秘匿情報とされ、現在まで続く同赤色海域の封鎖も合わせて詳細不明な謎の機関とされていた。そのため、日本の沿岸警備を担当する海上保安庁や防衛省ですら、対馬周辺で何が行われているか知る者は皆無であったのだ。

 その、いわば政府と国連のお墨付きの謎の機関の所長、しかもそれが人当たりの良さそうな青年とあって、2人の幕僚長は2重に驚いたのであった。

 

「しかし、なぜその対馬の観測所の所長がここに・・・もしかして、ハワイの件は先の日本海のものと関係があるのですか?」

「その可能性が高いと、私達は考えています」

 

 海上幕僚長の言葉に、月島は深く頷いた。続いて防衛大臣の方に向き直る。

 

「お話の前に、先程の件をお願いしたいのですがよろしいですか?」

 

 防衛大臣は無言で頷くと、寺内に小声で何事か伝えた。「構わんが、準備はできているのか?」との問に「5分でできます」と言い残して扉の向こうにサッと身を翻す。幕僚長たちが何事かと見守るうちに、ぞろぞろと部屋に入ってきたスーツの職員たちが空き机に素早くラップトップのパソコンやWEBカメラを設置して壁際の端子にケーブルを繋いだ。

 

「これは・・・?」

 

 戸惑う幕僚長たちに、いつの間にか戻ってきた防衛大臣が軽く頭を下げた。

 

「手違いがあったようですね。本日の夕刻に〈かしま〉が横須賀に入港したと聞き、この会議にリモートで参加してもらうため職員を向かわせたのですよ。すぐに準備ができますので座ってお待ち下さい」

「その話は聞いてませんが・・・」

「お二人が移動中だったためでしょうね。事後承諾になってしまい申し訳ない」

 

 鋭い目つきをピクリとも緩めること無く、防衛大臣は言い切った。顔を見合わせる2人の幕僚長。月島はいけしゃあしゃあと「じゃ、座って待ちましょうか、みなさん」と言ってのけ、一番にパソコンに近い席に着いた。内心苦笑しながら、そんな様子をおくびにも出さず寺内も続いて座る。仕方なく、他の者もそれに倣った。

 

 

 

 

 ―――実のところ、この土壇場の〈かしま〉とのリモート会議は月島の発案であった。6日前、官邸を訪れた月島は自分の伯父との面会を取り付けると、会って早々、挨拶もそこそこに言った。

 

「〈かしま〉と直接話をする必要があります」

「なぜだ?」

 

 上着を脱ぎ、ソファーの背に掛けて腕まくりをしながら座る寺内。月島も遠慮なくその対面に腰を降ろした。

 

「内部で()()()()が発生した可能性があるからです。身柄をこちらで預かりたい」

「正規のルートで防衛省へ依頼は?」

「あの状態の海域から単機で脱出可能な戦力です。普通に考えて自衛隊が手離す訳がないと思います」

「だが、それならなおさら直接話をしたとしても希望が通るとは限らない」

「ですので、少し情報を開示する必要があります」

 

 月島の言葉に、寺内はぐっと体を前に乗り出した。鷹の目と渾名で呼ばれる鋭い眼光が目の前の若者に遠慮なく向けられる。

 

「赤色海域で得られた情報は俺の一存では開示できんが?」

 

 しかし、その口調はどこか面白がっているようであった。優秀な学生を前に課題を出す教授の様な態度である。月島も慣れた様子で淀みなく解答を続けた。

 

「ニジカワ・ノートを出します。あの記録は条約の開始前のものですから、条約に縛られない。保管する内閣府からの貸出を伯父さんが承認してくれれば事は足ります」

「あのノートを公開するという事はだ、」

 

 寺内は月島の意志を確かめるように言葉を切りながら続けた。

 

「朝鮮戦争以来、政府が〈海上不明存在〉を知りながらその跳梁を見逃していた事実も明らかにしてしまうのだが?」

「今までの原因不明海難事故を洗い直す必要がありますね」

 

 そう言い切った月島に、うーんと唸りながら寺内は身を引いた。深くソファーに身を沈める。

 

「わかった。〈かしま〉の件はお前の言う通りにしよう。・・・しかし、それほどにまずい状況か」

「と言うか、今のままでは戦争にもなりません。日本は来年度中に海上輸送路を破断され、その後は10年持たないでしょう」

「アメリカも勝てんか」

「勝負の土俵にも立てないと思います。・・・彼女たちの協力が得られなければ」

「・・・艦隊亡霊(フリート・ゴースト)か」

 

 寺内がその存在を表す呼び名を呟くと、月島は露骨に顔を顰めた。

 

「その呼び方は止めてください」

「関わった諸国が共通で使用している名称だが」

「FGのイニシャルだけです。それに、彼女たちは亡霊じゃない。人間で、生きているんです」

 

 そう言うと、月島はソファーから立ち上がった。

 

「今日はありがとうございました、伯父さん。この後は防衛省に行ってきます」

「石橋君のところか。いつの間に知り合ったんだ」

「国際観艦式の折に少し話をさせて貰いました。それ以来、たまにやり取りしてます」

「聞いてなかったが」

「人脈は竹の根のように見えないところでつなぐもの・・・伯父さんの教えですよね」

「優秀な生徒で鼻が高いよ」

 

 「では」と踵を返して月島が出ていこうとする。そして扉に手をかけたところで立ち止まり、再度、寺内の方に向き直った。

 

「あまり意味の無いことですが・・・」

「どうした」

「彼女たちの呼び名です。僕なら、同じFGのイニシャルで、こう呼びます」

 

 月島はまるで正解を見つけた学生のように朗らかな顔で、こう言った。

 

「―――フリート・ガールズ・・・〈艦娘〉と」

 

 

 

 

 リモートで〈かしま〉が会議に参加した事を確認すると、月島は早速その場に居る者たちに説明を始めた。

 

「―――古くから私達の世界では海が赤く染まると、亡者が帰ってきて災いをもたらすという言い伝えがありました。観測記録はありませんが、過去にも幾度と無く赤い海が現れたという口伝がたくさん残っています。しかし、実際にそれが観測され、しかも永続的にかつ大規模に変化して今なお赤いままなのは、先の朝鮮戦争の折に発生した日本海と東シナ海の赤色海域が初めてです」

 

 月島はまず日本近海の赤色海域について言及した。この海域の発生のメカニズムは今だ明らかになっていないが、それが誕生した経緯は広く知れ渡り、中学生以上の日本人なら誰でも知っている。

 

 

 朝鮮戦争の末期、ちょうど連合軍が38度線を越えて戦線を押し上げた頃。朝鮮半島の東西を挟むように日本海と東シナ海から、謎の艦隊が出現した。この艦隊は戦争に参加していた各国の艦艇を無差別に攻撃、当初はお互いの敵勢力による攻撃と考えられ、戦場は混乱した。だが、やがてこの艦隊はどちらの勢力にも与さない第3の勢力であると判明し、一時はこの戦争に掃海部隊として参加していた日本まで疑いがかけられる。しかし、無尽蔵にいずこからともなく現れては旧来の艦隊戦のように砲撃や雷撃を行い、やがて海に溶け込むようにいつの間にかいなくなっているこの艦隊は、その有様からいつしか「亡霊の艦隊」と呼ばれるようになった。亡霊の艦隊による被害が無視できなくなってくるに従って、各国は疑心暗鬼となり次第に統制が取れなくなっていく。

 

 途中の経過は省くが、厭戦的な雰囲気が現地部隊に広がったことも重なり、事態は急速に終結に向けて動く。最終的に、周囲の諸国の強い反対を無視して強行派が恐るべき暴挙に出たのだ。日本海と東シナ海、計4回(5回という説もある)の核攻撃である。この結果、亡霊は焼き払われ、正体不明の艦隊は海の藻屑と消えた。

 

 ―――筈だった。

 

 一夜明け、爆心海域の調査に向かった船団は、その中心部から海が赤く染まり始めていることを発見。最初半径400メートルほどだった変色した海面は見る見るうちに範囲を広げ、その日のうちに数百海里に達した。そして翌日の朝には範囲はその倍まで広がり、もはやその拡大は止めようもなかった。ついに赤い海は朝鮮半島沿岸部に到達、赤錆びた何かの残骸が岸に打ち上げられ始める。そして、それはおびただしい放射能を持っていた。

 調査に向かった部隊の隊員が目と耳と鼻から血を垂れ流して死亡し、全滅。かなり離れた中継点でも吐き気を訴えてバタバタと人が倒れた。放射線の威力を知らない者たちは、亡霊艦隊の祟りだと恐れ慄き、脱走するものが次々と出た。奥地へと撤退する部隊もいたが、風に乗って赤い錆粉が放射能とともにどこまでも追いかけ、半数以上がその道程の半ばで力尽きた。結局、そのまま赤い海の到達した海岸線から数十キロの範囲で人の生きていけない汚染された地域が広がり続け、戦争どころではなくなった。そうして有耶無耶のうちに朝鮮戦争は終わった。(もっとも、終戦も停戦もしていない休戦状態である。戦う人間がいなくなっただけだが。)

 

 不思議なことに赤い海は一部東アジアの東岸にのみ停滞し、そこから東へと広がることはなかった。日本海のほぼ中央を北東から南西へ斜めに線を引いたように境目ができ、そこから南東方面は通常の青い海が残った。朝鮮半島に最も近い北九州においては、対馬最北端から約12キロの位置にその境界が存在し、高所からなら赤い海の照り返しで水平線が赤く染まっているのが見えるほどであった。そのため、朝鮮戦争後約2年経って対馬にこの境界の観測所を建設する案が国連から出された。

 当初の案ではその建設費と予算のほぼ全てを日本が出すこととされていたが、政府が難色を示したために計画は遅延、結局やんごとない家柄の方からの一押しもあり、最終的に戦没者の慰霊塔の建立を含めた予算を日本が5割、残りを関係諸国が持ち、観測所は完成する。その時、予定より遅れに遅れてすでに11年が経過していた。

 

 

 

 

「―――そして、観測所の完成と同時に各国間で〈赤色海域不可侵条約〉が締結され、許可無く海域に進入することは禁止。さらに海域の分析によって得られた情報は極秘扱いとなり、関係する国の総意が無ければ開示できなくなりました」

 

 すらすらと教科書を読んでいるように朝鮮戦争から対馬観測所ができるまでをそらんじてみせた月島。ここで一旦話を切り、周囲の者の反応を確かめた。

 3人のこの場にいる防衛関連者は何を今更という雰囲気を若干醸し出していたが、基本無表情。PCモニターの先の〈かしま〉艦長は最初の緊張が解けてきたのか、若干戸惑った様子だ。

 

 ちなみにハワイ周辺で〈かしま〉に起こった出来事はこの会合が始まる前に海上幕僚長に情報の開示を求めて、すでに拒否されている。残念だが仕方ないと、月島はこのリモート会議の席で〈かしま〉に現れたはずの「彼女」と会うことは心の中で保留にしていた。しかし、〈かしま〉と接続している画面には艦長の姿しか見えていないが、そこに確かに他の人物がいる気配は感じられる。

 

 チラリと寺内の方に視線を送り、小さく頷きを返されると月島は改めて幕僚長たちに向き直った。

 

「以上の通り、条約により観測所で得られた情報をここで明かすことはできません。しかし、それでは今回のハワイと日本海の事象をつなぎ合わせるには手がかりが足りないため、代わりとなる情報を提供いたします」

 

 月島の指示で、参加者たちに厚さ5ミリほどもあるコピー文書が配られた。〈かしま〉にはあらかじめ送信しておいたファイルの解除パスワードを伝え、コピーと同じ内容の文書ファイルを開いてもらう。月島本人は、紙で封印された封筒の封印をハサミで切ってその中から1冊のノートを取り出した。皆に掲げて見せ、ひどく古ぼけて元の色が分からなくなるほど痛んだ表紙を見えるようにする。表紙の隅に「虹川」と殴り書きしてあるのがかろうじて読めた。

 

「今お配りした資料は、こちらのノートをコピーしたものです。なにぶん非常に古いもので判別しづらい文字も多いため、別のノートに書き写したものですが、その内容は書かれた位置や意味の分からないメモも含めて全て写してあります」

 

 会議の参加者が確認したのを見て、月島はノートを表紙を上にして机に静かに置いた。

 

「このノートはニジカワ・ノートと呼ばれ、条約の開始前、朝鮮戦争終了後からおよそ7年間にわたり、虹川代治郎(にじかわ だいじろう)博士が対馬にて研究を行った時期に()()した内容が書かれています。ここで考察、と言ったのは、実際にまとめられた研究資料はすでに紛失しているからです。このノートは虹川博士の死後、遺族の手に戻っていたため、現時点で彼の研究内容を知るたった一つだけの手がかりです」

 

 月島はそこまで一気に言い切ると、目を伏せてノートの表紙に視線を落とした。

 

「・・・虹川博士は長崎県出身、広島大学で今で言う生命科学の分野の研究をしていました。太平洋戦争終了後は、戦中に多くの大学の教え子と故郷の家族を一瞬で原爆に奪われ、それについて強い憤りを感じていたそうです。朝鮮戦争時に日本海などで核爆弾が使用されたと知り、休戦後すぐに単身で対馬に渡り、核の生態系への影響について研究されていました。そして、そこで―――」

 

 月島は一旦言葉を切り、視線を上げた。この場にいる全員の顔を順に確認し、それから言葉を続ける。

 

「―――そこで、赤い海で起こる、〈想起(Re-collection)〉という現象を発見したのです」

 

 

 

 

 

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