艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
「―――『赤い海の底には全てが残っていた。原爆で焼き払われた人も、建物も、故郷も。黒い雨で洗われ、それは海に流れ落ちる。海は膨大で、どこまでも繋がっている。流れ落ちた記憶もまた、その底で深海海流のように世界を巡る。』」
月島がノートの一節を読み上げた。「次のページ」という言葉で、一斉に参加者たちが紙をめくる音が響く。
「『懐かしい者を見た。戦争していた頃の同僚たちだ。人だけでなく、暁もいた。僚艦もだ。海の上で喪われた存在は、より強く海に記憶されるのかもしれない。』」
そこで月島は読み上げを一旦止め、注釈を付けた。
「虹川博士は戦時中、一時船医扱いで駆逐艦〈暁〉に乗っていた事があります。乗艦中の負傷が悪化して熱病にかかり、右手の指も2本失ったため、日本に寄港した際に船から降りました。もしその負傷が無ければその後の第三次ソロモン海戦で艦と運命を共にしていたかもしれません」
「続けます。4ページ進んで17ページ」と月島は言い、全員が該当のページを出すのを待つ。
「―――『深海に漂う記憶は、海上の出来事によって〈
「その、さっきから君の言う〈想起〉だが―――」
統合幕僚長が口を挟み、言葉を選びながら慎重に発言する。
「突然の話で、少し理解が難しいようだ。君の話―――いや、虹川博士の
「そうですね。僕もそう思います」
その指摘に、月島はあっさりと頷いた。拍子抜けしたように質問者は肩を落とす。月島は和やかな笑いを浮かべながら、まあまあと言わんばかりの雰囲気で続けた。
「ですが、今少しそれが
月島は「ちょっと失礼」とペットボトルの水で口を湿らすと、ノートの解読を続けた。
「ここまでの虹川博士の考察をまとめます。彼は、深海には世界で起きた戦争の記憶、特に海で起きた記憶が海流のように漂い、各地の深海を巡っていると考えていました。そして、海上でそれに似た出来事が起こると〈想起〉によりそれが現実に現れる事があるとも。その前兆や想起現象が起きている状態の海があの赤い海なのだとも考察しました・・・。そして、今回のハワイです。ハワイの周辺海域でも、どうやら
「むう」と唸って海上幕僚長が黙り込んだ。否定も肯定もしない。おそらく米軍から箝口令が敷かれているのだろう。しかし、その態度がすでに肯定になっていた。月島はにっこりと笑う。
「―――ここで、ノートをさらに読み進めます。最後のページ・・・22ページを出してください」
再び、紙をめくる音。それが止むのを待って、月島はそのページの内容を読み上げた。
「上から3行目。『〈想起〉されるのは戦いの記憶であり、それは人類にとって災いに他ならない。しかし、記憶は必ずしも負の遺産では無い。同僚との日々、辛くも充実した生活、勝利、愛国、故郷を思う気持ち、自己犠牲、誰かの幸せのために、未来のために。・・・それらの想いを通じ、記憶は昇華される。人が〈想起〉に関わることで、災いは災いでは無く、戦う力とする事も可能なはずだ。濁った泥水が濾過され、清浄な水滴となるように。それは深海から、人類の守り手として水面上に〈
「以上です」と、月島は静かにノートを閉じた。しばらく室内がしんと沈黙する。
ややあって、『―――その、』とスピーカー越しの声が遠慮がちに響いた。
『〈かしま〉艦長です。その・・・私は、信じます、今の話。納得しました。・・・あれは、ゼロ戦だった』
「おい君!」
『海幕長、申し訳ありません。処分は後でいくらでも。だけどきっと、月島さん・・・でしたか? あなたはもうすでに知っているのですよね?』
「はい」
『そしてあなたはこう言いたいんでしょう? 我々自衛隊が、彼女のような存在を確保しておくことはできない・・・と』
聡明で、優しい人だ、と月島は思った。もちろん月島はあらかじめ〈かしま〉の艦長の人柄を知っておき、このような展開のために今回の会議に参加してもらったのだ。予想通り、艦長はハワイで自分たちを救ったのがかつて日本を守るために散っていった勇敢なる者たちの魂であると知り、心を動かされた。そして進んで彼女の存在を月島に明かそうとしている。
「おそらく、その考えで間違っていません。戦争に類する行為が深海から災いを呼ぶなら、赤い海域に通常の軍事戦力は近づくべきでは無い。それはより強大な存在を〈想起〉させる可能性がある」
『それを
「僕たちは彼女たちのような存在を、〈
『かんむす、ですか? なんだか可愛い呼び名ですが、でも、その方が親しみやすい』
いつの間にか、海上幕僚長と統合幕僚長の後ろに防衛大臣が立っていて、その肩に手を置いていた。何か言いかけていた海上幕僚長も口を噤む。
何かを決心するために〈かしま〉艦長はディスプレイの中で何度か顎を触った。そして、一度左手首の腕時計に目をやると、ぐっと胸を張って月島に呼びかけた。
『月島さん。あなたに紹介したい者がいます』
「はい」
『先のハワイ海域脱出の際、我々を救ってくれた者です。・・・元々〈かしま〉乗員だったのですが、今は・・・〈艦娘〉になっている、ということなのでしょうね』
そう言うと、艦長は席を立って画面の外に移動した。ややあって、反対側の画面の隅に、人影がわずかに映る。そのシルエットで、長身の女性だということがわかった。ドキンと月島の胸が高鳴る。
静かに、そのシルエットの女性はフレームに入ってきた。綺麗な所作で先ほどまで艦長の座っていた中央の椅子に座り、礼をする。さらりと長い髪が机の上にこぼれた。
『はじめまして・・・ええと・・・』
「船の方でいいですよ」
『わかりました。では、改めまして―――』
その女性の声は、不思議な色合いを帯びていた。スピーカー越しなのにどこかしとやかで、耳に心地よい柔らかな声。しかし、そこには間違いなく、その柔らかさに包まれた確かな意思が感じられた。
『―――航空母艦、赤城です。よろしくお願いします』
耳から延髄を通り胸郭の奥を打ち抜かれる。月島は初めて声に惚れるという事があるのだと思い知った。しばらく絶句し、脳裏に反響するたった今の自己紹介の言葉を反芻する。
「・・・・・・」
『・・・ええと、あの。月島さん? 聞こえますか?』
「・・・あ、はい。すみません、大丈夫です。聞こえてます」
慌てて取り繕う月島。モニターの中の赤城は少し首を傾げている。
「では、赤城さん。少し確認させてください」
『はい』
「今現在、〈かしま〉は横須賀に停泊していますが・・・あなた自身は、もしかして陸上に降りられないのではないですか?」
その問いに頷く赤城。
『よくご存じですね。そうなんです、岸壁に降りようとすると、どうしても足が進まなくなってしまって・・・何というか、降りてはダメだと、陸上に足を付いたら動けなくなると心の奥底から警告されているようで・・・』
「それは正しい認識です。間違っていない。あなたは今、艦娘となって海の深いところから力をもらっている状態です。海面の真上にいる間は大丈夫ですが、陸地に足を下ろしたら力を失ってしまいます」
月島は艦娘の弱点をまず説明し、その後に急いで続けた。
「でも安心してください。解決法はあります。あなたに宿った力は他の物に移すことができるんです。それを海上にいる間は持ち続けてもらい、海から上がる時にはそちらに移してもらえば今まで通り陸上で生活することができます」
『そうですか・・・』
ほっとしたように息を吐く赤城。錯覚だろうが、月島は彼女の良い匂いがこちらに漂ったような気がした。
「僕たちはそれを船にちなんで〈艤装〉と呼んでいます。今あなたと同じ空母の艦娘が予備の艤装を横須賀に運んでいるところです。今夜のうちに到着するはずなので、艤装を受け取ってやり方を聞いてください」
『了解しました』
「赤城さん専用の艤装もいずれ〈建造〉します。それまでは一時しのぎになりますがその艤装を使ってください・・・ああ、艤装を造ることを、やはり僕たちは船にちなんで〈建造〉と呼ぶのです。説明が足りなくて申し訳ないです」
『いえ、お気になさらないでください』
そして、細々とした事柄を打ち合わせする。一応、形だけは2人の幕僚長に「いいですか?」と確認を取っているが、形式だけだ。後ろで防衛大臣が睨みを効かせているので2人は頷くことしかできない。月島は内心非常に申し訳ない気持ちになったが、表面上は優男的な軽い調子を保ち続けた。これは必要なプロセスであり、艦娘を月島の下に置くためには我慢してもらわなければならない。そして海上自衛隊に残る〈かしま〉艦長や、そこから抜けることになる赤城のためにも、自分が憎まれ役をやるべきだと月島は承知していた。
「―――では、今日のところはこれくらいで。この後、僕も横須賀に向かいますが、おそらくそちらに向かわせた艦娘たちが到着するのが先になると思います。だいたいのところは指示してありますので、そちらから聞いてください」
『了解しました。実際にお目にかかかる時を楽しみにしてますね』
「僕もです。―――ああ、それと・・・」
月島は言葉を一旦切り、起立した。少し緩んでいたネクタイをキュッと締め、パソコンのモニターの前で気をつけの姿勢で正対する。
「―――対馬観測所の所長として、そして日本に生きる国民の一人として、改めて申し上げます。私たちは、
そして、深々と頭を下げたのだった。
―――その後、米軍は太平洋艦隊を集結させ、12月の下旬からハワイ諸島の奪還に向けた行動を開始した。
だが、最初の作戦で艦隊は半壊。なりふり構わず戦力を集めて行われた第2次攻略作戦でも、ほぼ全滅の被害を受ける。
軍は敵性存在に有効な打撃を与えることは不可能と判断し、作戦の目的はハワイ諸島周辺の生存者の救助活動に変更。それも大した結果を残せないまま、1月末に行われた第7次救助遠征を最後に、ハワイ諸島を対象とする一連の作戦は打ち切られた。
こうして、人類は太平洋中央部の制海権を失った。
世界は、まだ敵の目的すら知らない。規模も把握せず、どれだけ戦力が存在するのかも分からない。どこから来たのか。なぜ、人に災いを為すのか。
だが、12月に練習艦〈かしま〉が持ち帰った各国の被害状況資料が国会で取り沙汰された際、その中の一文が一人歩きし、マスコミの働きでその存在の名称だけは決定した。
敵の名は、〈