艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
厚志たちが食事を終えて呉基地係船堀を訪れると、連絡がいっていたのか呉地方総監部に入る時に使った身分証を見せるだけで立ち入ることができた。教えられた場所に向かうと、すでに護衛艦〈いかづち〉の係留された岸壁と、艦上で多数の作業員が動き回っている。
「もう出港の準備が始まってるんじゃないか?」
「それか、時間が早まったのかもしれません」
「もう俺たちの荷物は届いてるかな」
「タグボートで運んでくれるって話でしたけど・・・」
下からでは艦上の様子が良く見えない。厚志たちがキョロキョロしていると、岸壁で何か作業をしていた作業員の一人がその様子に気が付き、近づいてきた。
「すいません。見学の方ですか? 今日〈いかづち〉は一般公開してないんですよ」
「いや、俺たちは・・・」
厚志が言いかけるのに先回りして、波津音が答える。
「私たち見学じゃなくて〈いかづち〉に乗せてもらう予定になってるんです。話は聞かれてませんでしょうか?」
「ああ、便乗者の方でしたか。それなら、舷門の方に言って貰えれば良いですよ」
「ありがとうございます・・・厚志君?」
丁寧なお辞儀をした波津音が、隣の厚志の様子がおかしいことに気が付きそちらに顔を向けた。厚志は固まったまま、その作業員の胸元の名札を見つめている。そこには「
「・・・太一か?」
「・・・あっちゃん?」
懐かしい響きの呼び声に、厚志の顔がみるみる破顔した。
「太一! お前! こんなとこで何やってるんだよ!? マジか!? 本当にお前あの太一なのかよ!?」
「あっちゃんこそ! 今日〈いかづち〉に乗る便乗者ってあっちゃんのことだったのか! 久しぶりすぎて最初わからなかったよ」
「いや懐かしいな!」
厚志は喜びの勢いそのままに作業服の両肩をバンバンと叩いた。太一の方も「かわってないなぁ」と少し痛そうにしながら、嬉しそうにしている。波津音が盛り上がっている厚志の服の裾をちょいちょいと引っ張った。
「厚志君? 紹介してくれません?」
「ああ、悪りぃ」
厚志は波津音の方に向き直ると、太一の肩にポンと手を置いた。
「俺の幼馴染の白杜太一だ。と言っても小学校以来だがな」
「どうも、初めまして」
太一が先ほどの波津音のように深々と礼をする。顔を上げると、人の良さそうな笑顔を浮かべた。厚志より小柄だし、あまり日焼けもしてないし、華奢で年下にも見える。でもその笑顔は厚志によく似ていると波津音は思った。
続いて厚志は波津音を紹介しようとして同じように肩に手を置きそうになり、手を空中で泳がせた。結局その手を残して手のひらを上にして波津音の方に差し出し、紹介を続ける。
「こっちは
「よろしくお願いします。波津音って名前で呼んでもらって良いです」
「あ、はい。よろしくお願いします」
再びお互いにお辞儀をし合う。顔を上げた後、驚いた表情で太一は厚志に顔を向けた。
「秘書って、あっちゃんは今社長をしてるの?」
「いやそうじゃない・・・いやそうなのか?」
「そんなもんですね」
波津音のフォローに太一は顔をほころばせた。
「偉いんだなぁ、あっちゃんは。やっぱりすごいや、昔からクラスのリーダーだったもんな」
「よせよ。ただのガキ大将だろ」
厚志は照れてむず痒そうに頭を掻いた。波津音も2人の様子に微笑んでいる。
「仲が良かったんですね」
「あっちゃんの家が近所だったんです」
「連絡網も近くてな。回覧板なんかも良く届けに・・・ああ!」
急に何か思い出し、厚志は大声をあげた。
「お前、太一! 心配したんだぞ! 急にいなくなっちまうから・・・!」
「ご、ごめん・・・あっちゃん」
「あんなことあった後だから、俺・・・いや、お前のせいじゃないんだろうけどさ」
「・・・ごめん」
「いや、いいんだ。こうしてまた会えたんだしな・・・!」
厚志が言葉を詰まらせる。波津音は笑いを浮かべたまま、黙ってハンカチを厚志に差し出した。
「・・・すまん」
「あっちゃん・・・」
厚志が横を向いて顔をゴシゴシとこする。波津音はしょうがいないなぁと肩をすくめて太一に向き直った。
「厚志君、涙もろいんだから。感動ものの映画とかドラマとか見ちゃうと、30分は動けなくなっちゃうんですよ」
「あっちゃんらしいや」
「うるせっ!」
厚志は急に太一の方に振り返ると、強引にその肩を抱いた。
「太一、横須賀帰ったら飲みに行くぞ! いや、飲めなくてもいい! とにかく宴会だ! 旧友との再会を祝して!」
「ああ、わかったよ」
「絶対だからな!」
そして、豪快に笑い声を上げる。〈いかづち〉の艦上の作業員の何人かが何事かと振り返るほどの大声だ。しかし、太一の方もそれを嫌がる様子も無く嬉しそうに笑い声を上げた。
「おーい、太一! 下は終わってるのかー!?」
突然艦の甲板から声をかけられ、太一は顔を上げた。厚志も肩から手を離し、3人でそちらに顔を向ける。太一がその中の年配の作業員の姿に気がついた。
「あ、班長! 大丈夫です! 終わってます!」
「上も撤収するぞー」
「俺も行きます!」
太一が慌てて〈いかづち〉の桟橋の方に向かおうとする。そこに、先ほど班長と呼ばれた男が待ったをかけた。
「待てー! 太一、知り合いか?」
「あ、はい。便乗者の方なんですが、偶然ですけど俺の幼なじみでした」
「そうかー」
ちょっとの間考え込む班長。
「お前、出港作業中出てこなくていいぞ。こっちはやっておくから」
「え?」
「その分、お客さんの案内をして差し上げろ。CPOにも言っておくからな」
「あ・・・ありがとうございます!」
「お客さんの部屋については舷門で確認しろよ。後は任せたからな」
班長の姿が甲板上から消える。それを見送り、太一は厚志たちに笑いかけた。
「そういうことなんで俺が案内するよ。あっちゃん、波津音さん」
「よろしくな」
「うん、任せて」
舷門で受付をしてもらい、2人の部屋を確認する。太一が先導して部屋に案内しようとすると、波津音が少し迷うそぶりを見せた。
「波津音さん?」
「あの、もしかして、私たちの荷物・・・届いてませんか?」
「荷物・・・あ、もしかしてお昼にタグボートが運んできたやつですか?」
「それです! 今どこにあります?」
「確か、クレーンで上げて格納庫に置いてあるはず・・・」
「それ、先に確認したいんですがいいですか? 大事なものなんです」
横で聞いていた厚志もそれに頷く。
「そうだな、先に確認したいな。案内してくれるか、太一」
「OKだよ。格納庫は後ろの方なんだ、こっち」
3人が連れ立って格納庫に入ると、その隅の方に運搬用パレットに乗り、ブルーシートがかけられた大きな荷物がでーんと置いてあった。
「とりあえず動かないように固定はしているはずだけど、見てもらえますか」
「はい」
波津音は小走りにその荷物に駆け寄ると、ブルーシートを少しめくって中の様子の確認を始めた。シートの下にも何か覆いがかかっているようで、外からは中身が何なのか全く分からない。チラリと、封印処置のための黄色いテープが見えた。
「あっちゃん、あれ何だい? かなり大きいけど」
荷物の周りをぐるぐる回っている波津音の様子を見ながら太一が尋ねる。ぱっと見、冷蔵庫か洗濯機でも中に入ってるのかというぐらいの大きさだ。厚志は言葉を濁した。
「まあ、俺たちの商売道具・・・かな」
「ふーん」
何かに気を取られてるようで、太一はそれ以上追求しなかった。
「あ」
「? どうした?」
波津音の小さな声に反応し、厚志が声をかける。しゃがみ込んでいた波津音はジャケットの前を押さえながら立ち上がり、首を振った。
「いえ、何でもないです。確認終わりました。問題ありません」
「そうか」
厚志が振り向くと、太一はまだ何かに気を取られた様子で考え込んでいた。その肩をポンと叩く。
「待たせて悪かったな。じゃあ、部屋に案内してくれ」
「・・・あ。わかったよ。あっちゃん、波津音さん、着いてきてください」
部屋に着替え等の荷物を置いた後、便所の場所や使用法について太一から説明される。ついでに食堂や自動販売機の位置も確認した。
「あっちゃん達は煙草は吸わない?」
「いや」
「じゃあ喫煙所はいらないね」
「ああ」
食堂で一息つきながら厚志が周囲の様子を首を巡らせて確認する。
「これが普通なのかもしれないが、なんか色々片付いてない気がする」
「ああ、それ。そうなんだよ」
太一は真剣な表情で頷いた。隣り合って座った2人の正面では、波津音が自販機で買った缶コーヒーをちびちび飲んでいる。
「昨日まで〈いかづち〉は装備の改修してたんだ。だから、いろいろ荷物が出しっ放しなんだよね」
「呉でか?」
「うん。何か、古い機械を載せなきゃいけないんだけど、もう日本でそういう機械を扱える人が呉にしかいないんだってさ」
海上自衛隊としても、迫り来る深海棲艦の脅威にただ手をこまねいているわけにはいかない。電子機器が使用できなくなり、最新装備が使えなくなることが想定される以上、使えるように現役の護衛艦を改修することは急務であった。そのために各レーダーや武装をかなり昔の機構に変更したり部品を載せ替えたり、あるいは一部手動で操作できるように変更したりと、一大変更を行っていた。〈いかづち〉は昨日ようやく呉での工事作業を終え、横須賀に戻るところであったのだ。
「〈近代化改修〉って呼んでる」
「近代化・・・?」
「現代から近代に戻るって意味だってさ」
「・・・自衛隊もがんばってるんだな」
「俺は言われたとおりにやるだけだよ」
そういったが、太一は厚志に褒められて満更でも無さそうに照れた笑いを浮かべた。
〈いかづち〉の中をぐるりと回って部屋に帰ってくると、ちょうど出航時間になったようで艦内放送が出港作業の開始をアナウンスした。
「あっちゃん。じゃあ俺は行くよ。班長はああ言ってくれたけど、一応顔出しとかないと」
「ああ。ありがとう、太一」
「何かわからないことがあったら電話をして。ここの番号にかけてくれればいいから」
太一が部屋の入り口にある電話を指さし、さらに近くにあったメモ用紙に番号を書きつけた。それが太一が普段いる場所の電話番号なのだろう。
太一は視線を彷徨わせ、何か言い忘れたことはないかと考え込んだ。そして不意に思い立ったように波津音の方に顔を向ける。
「波津音さん」
「はい」
「これを」
太一はポケットを漁ると何か小さな袋を取り出し、それを波津音に差し出した。
「?」
「さっき格納庫でおちびちゃんを拾ってたでしょ? 本当は船の中は生き物は禁止なんだけど、もう出港しちゃったし、よく懐いてるみたいだし・・・」
「え・・・」
「俺が怒られちゃうから、横須賀までバレないように上手くやってください。じゃあまた後で。俺行きます」
「あ・・・!」
太一は踵を返すと部屋の入り口から出て行った。その扉が閉まる様子を、波津音はあっけにとられた表情で見つめ続ける。厚志は怪訝そうな表情で波津音に尋ねた。
「何だ? 太一から最後何もらったんだ?」
手の中のものを黙って見せる波津音。
「・・・かつおぶし?」
それは鰹節の小袋だった。どこにでもある、ありふれたただの市販品だ。
「何だそりゃ。食べろっていうのか? 太一もどういうつもりだ?」
「多分太一君・・・これをあげてくれって事だと思います」
「誰に?」
「・・・多分子猫か何かだと思ったんだと思います」
波津音は、ジャケットの前の合わせをゆっくり開き、その内側を見せた。よく見ると、内ポケットが不自然な膨らみ方をしている。訝しげな厚志の表情が次第に理解の色を見せ始め、最後に驚愕に変わる。
「おい・・・まさか・・・
「触ってみます?」
半信半疑まま厚志がゆっくり手を伸ばす。内ポケットに届くか届かないかの辺りで、不意に何かに触れたかのようにさっと手を引っ込めた。
「まさか・・・嘘だろ?」
「さっき艤装の確認をしてた時。この子がこぼれ落ちそうになったのに気がついたんです。とっさに拾ってこのポケットに隠しました」
「それを見てた・・・いや、見えていたってのか? だって、触ってもいないんだぞ?」
「そう。触ってもいないのに、見えてた」
神妙な顔で頷く初音。ジャケットの内ポケットの辺りに目をやり、そして急に顔を上げるとにっこりと厚志に笑いかけた。
「お手柄ですね。厚志君」
「はぁ?」
「だって、見つけたじゃないですか」
「何のことだ?」
「厚志君の知り合いにちゃんといましたよ。まだ見つかっていなかった、提督の素養のある人が」
波津音のジャケットの内ポケットから、小さな顔が覗いている。その姿は、どう見ても片手に乗るサイズの2等身のかわいらしい人形。だがコックリコックリと漕ぐ姿は、間違いなくそれが生きていることを表していた。
「・・・それも、とびっきりです。触れなくても常に妖精さんの姿が見えてるような、とびっきりの才能の持ち主ですよ」