艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~   作:IronCat

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~出撃~ 3

 時間が取れる時に話したいことがあるというので、太一は夕食後まで待って厚志の部屋を訪れた。そこには波津音もすでにいて、2人で太一を待っていた。

 

「待たせてごめん、あっちゃん」

「いや、呼び出して悪かったな。忙しくなかったか?」

「今は大丈夫」

「それならいいが・・・」

 

 厚志は波津音に目配せする。少女は頷くと太一の方に近づいた。

 

「太一君、正直に答えてくださいね」

「え、何でしょうか」

「・・・この子のこと、見えてますか?」

 

 波津音がお椀の形にした両手をゆっくりと太一の方へ差し出す。その様子を見て太一が破顔する。

 

「あ、やっぱりさっき拾ってたんですね、その子」

「良く見てください」

「鰹節どうでした? 俺、朝飯にかけて食べるのが好きで・・・」

 

 太一の言葉が途中で止まる。波津音の手のひらの上に視線が吸い寄せられ、寄り目になった。

 

「え・・・あれ? 猫・・・じゃ、ない?」

「何に見えます?」

「え? 何これ? 人形? え? 動いてる? え? え? え?」

 

 太一の視界の中で、波津音の手のひらの上でちょこんと立った小さな人形が、ドヤ顔で眼鏡を上げていた。混乱する太一の様子に波津音と厚志は顔を見合わせ、頷き合う。波津音が両手をゆっくりと机の上に下ろすと、その人形は自分で手からぴょんと飛び降りた。

 

「え? 生きてるの?」

「俺たちは〈妖精さん〉と呼んでいる。今まで見たことはなかったか?」

 

 厚志の言葉に太一はプルプルと首を横に振った。

 

「いや、こんなにはっきりと形を見たのは初めてで・・・あ」

「妖精さん以外なら見たことがあったのか?」

 

 厚志の言葉に、太一はしばらく迷っていたが、結局渋々と頷いた。

 太一は子供の頃から他の人には見えない何かの存在が見えていた。それは不定形の光の塊であったり、ふよふよと空を漂うものであったりしたが、それが自分以外のものには見えないものだとわかると、太一はその存在について口を閉ざした。自分が周りと比べておかしな子供だと思われるのが嫌だったのだ。だから今まで、1人を除いて自分のおかしな視覚のことを喋ったことはなかった。

 

「その1人ってのは?」

「引っ越した後、世話になったおじさんのところの姉ちゃん。姉ちゃんも俺の見えるもののことは言わない方がいいって言ってくれた」

「だから黙っていたのか」

「うん・・・」

 

 もう一度厚志と波津音は顔を見合わせる。そして、真剣な表情で太一に向き直った。その様子に太一は肩をすくませる。

 

「怒ってるんじゃない。すごく大事なことなんで聞いてくれ、太一」

「わかった」

「さっきも言った通り、今太一に見えているのは〈妖精さん〉といって、艦娘の力の源になる存在なんだ」

「かんむす・・・ってあの、鎮守府法の?」

「そうだ。そして、俺はその丁種特艇管理者・・・つまりは提督で、この波津音こそ何を隠そう、まさにその艦娘なんだ」

「は、波津音さんが!?」

 

 驚きのあまり目玉が飛び出しそうになっている太一。波津音も太一に向かってしっかりと頷く。

 

「本当です。そして、今日〈いかづち〉に乗せてもらったのは、今格納庫にある私の艤装を運んでもらうためだったんです」

「艤装は陸路で運べない。妖精さんは海にいないと力を失ってしまうからな・・・と、太一、もう一回確認だが」

「え? な、何? あっちゃん」

「今、まだ見えてるんだよな。妖精さんのこと」

 

 机の方に目をやり、慌てて太一は厚志にブンブンと頷いた。

 

「そうか・・・ちなみに、俺はもう見えない」

「え?」

「妖精さんが見えるかどうかが提督になれるかどうかの分かれ目なんだが、ほとんどの提督は見えると言っても妖精さんに触れた後しばらくの間しか見ることができない」

「えっと・・・?」

「俺はせいぜい1分くらい。中には10秒ぐらいの者もいるし、もっと長い者もいる。だが常に見えていたという提督は聞いたことがない・・・つまりだ」

 

 淳は急に両手を上げると、がっしと太一の肩を掴んだ。ビクッと全身が震える。

 

「太一。お前は、提督としてすごい才能を持っているんだ。少なくとも妖精さんを見るという点に関してはだが」

「お、俺に・・・?」

「いきなりこんなことを言われても混乱するだけだと思うが、俺は是非ともお前に提督になって欲しいと思う。・・・というか提督になれ。俺を手伝ってくれ。そして少しは楽をさせてくれ」

 

 思わず口から滑り出した言葉に、「厚志君、自分の願望は後回しに」と波津音に釘を刺される。

 

「お、おう」

「俺が・・・あっちゃんの手伝いを・・・? でも、俺、この船で・・・」

「・・・太一にも今の仕事があるから無理にとは言わない。でも、今日本で見つかってる提督はまだ10人にも満たない。はっきり言ってそれだけで深海棲艦の脅威から日本を守れるかというと、厳しい。これからまだ新しく見つかる可能性があるとはいえ、今は一人でも多くの提督が必要なんだ」

「・・・」

 

 太一は厚志の視線から逃れ、波津音の方に目を向けた。少女は軽く微笑む。

 

「大丈夫ですよ。厚志君にもできていることですから、太一君ならきっと楽勝です」

「何かひどいこと言われてないか俺?」

「そういうことは、訂正する必要のない書類を出せるようになってから言ってください」

「ぜ、善処する・・・」

 

 クスクスと波津音が笑い声を漏らす。厚志は肩から手を離して苦笑いを浮かべながら頭を掻く。そしてそれに釣られて太一も吹き出す。

 3人の笑い声が狭い寝室内に響く。キョトンとしているのは、机の上の妖精さんだけ。だがその小さな存在も、3人につられて小さな笑顔を浮かべ始めた。

 

 そんな時。

 

 ノイズと共に、〈いかづち〉艦長の声で艦内放送が流れ始めた。

 

 

 

 

 10分ほど前。

 四国と九州の間を抜け、瀬戸内海から日本の太平洋側に出た〈いかづち〉の艦橋内ではちょっとした騒ぎが起こっていた。厳しい顔で〈いかづち〉艦長が自分の席から指示を出している。

 

「もう一度確認しろ。間違いなく、電子コンパスの方だけ、狂っているのだな?」

「は、はい。アナログ表示のコンパスは正常です」

「機械の故障ではなく?」

「それは分かりません。表示が狂っている以上、判断できません」

「・・・他に異常のある機器は?」

 

 すでに陽が落ち、海は闇に包まれている。灯りの乏しい真っ暗な艦橋内で、小さなライトを頼りに機器のチェックを行っていく整備員達。

 

「・・・電子回路を使っている機器だけ、全部ダメです。今回装備した旧式はなんとか使えてます」

「・・・そうか」

 

 呻き声のように呟く艦長。その時、バラバラと前面の窓に水滴が当たる音がし始めた。航海の指揮を艦橋の中央で執っていた幹部が窓から上を覗き込む。

 

「雨が降ってきました・・・星も見えません」

「まだ陸の灯りは見えるか?」

「左右見張り、何か灯りが見えないか?」

 

 艦長の問いかけに見張りをしていた乗員に問いかけるが、何も見えないとの報告であった。それを聞いて訝しがる艦長。

 

「おかしいな・・・まだ陸からそんなに離れていないし、他の船もいるはずだ。何故何も見えない?」

「あの・・・艦長!」

 

 艦橋後部から、若い幹部が少々ひっくり返ったような声を出した。「どうした」と艦長が振り向く。

 

「あの、もう、申し上げます! もしかして、この状況は・・・その、あの」

「落ち着け、通信士」

「は、はい。もしかして・・・例の、ヤツなんではないでしょうか!」

 

 通信士の言葉に艦長を含め、艦橋内の者たちが沈黙する。それは、この状況に陥ってからこの場にいる全員が頭のどこかに置きつつ、いやでもまさか、自分たちがその当事者になるなんて、と否定し続けた内容だった。

 

 ハワイ襲撃以後、全世界の海で出現しだした深海棲艦達。

 そして、その出現の予兆として、いくつかの共通事象が発生することが分かってきていた。

 

 例えば、〈かしま〉の報告にもあった電子機器の作動不能。

 あるいは、天候や、気象などの急激な変化。平穏だった海に突然渦潮が発生したという情報もある。

 また、まっすぐ進んでいるはずなのに方位を見失い、全く違う場所に到達することもあったという。

 そして真偽の確認すら不明だが、そういった状況に陥って数時間彷徨い、幸運にも元の海域に戻ることができたが、時刻を合わせてみたら丸一日経過していたという話もある。

 そしてそれらの異常の全てにおいて、すぐ近くに深海棲艦の存在する海域が近づいて来ていて、遭遇する可能性があると見積もられていた。

 

 だが、現在のところ、それらの話は日本から遠く離れた海域で起きていることであり、まだ近海で起きたという報告は1件もない。その1件目がまさか自分たちの身に起こるとは、信じたくなかったのである。

 艦長は苦虫を噛み潰したような口調で言った。

 

「・・・それを確認したい。深海海域の対処マニュアルでは今いくつになる? 砲雷長はいまいるか?」

「は、はい! CICにいると思います!」

「連絡してくれ」

 

 程なくして、砲雷長は自ら艦橋に姿を現した。急ぎ足で艦長に近づき、耳打ちする。

 

(極めて良くないです)

(どうなっている?)

(GFワーニング5、即時退避のレベルです。それも、戦闘への即時対応態勢を維持しながらです)

(しかし、こんなに日本に近いのだぞ?)

(例の水上不明存在対策局の出しているマニュアルに従うとそうなります。万が一にも方角を見失う前に、呉方面に一回戻ることを進言いたします)

(・・・わかった)

 

 艦長が決断をしようとしたその時、突如、見張りが声を張り上げた。

 

「右60度、灯火視認! 突然現れました、近い!」

「!? 衝突するか!?」

「あ、いえ・・・ほぼ同航で、寄ってきません」

「なんだ・・・どうなっている、レーダーにも映らなかったのか?」

 

 艦長の脱力したような声に、側にいた砲雷長は訝しげに答える。

 

「私がCICから出た時は、影も形もありませんでしたよ。レーダーが旧式になったと言っても、乗員はしっかり操作法を訓練してます。いくら何でもこの距離で気がつかないのはおかしい」

「だが実際にいるんだ・・・通信はできるか? 国際通信で呼びかけて見ろ」

「あ、はい」

 

 通信士が通信機の操作を始める。

 その声を聞きながら、艦長は改めて砲雷長に聞いた。

 

「付近に航海中の船舶がいた。これで先ほどのワーニングはどれくらいになる?」

「・・・ワーニング2。警戒しつつ、航海を続行可能です。一応、できるだけ早く対処局からの指示を仰ぐことになってますが」

「なんとか横須賀に帰れそうじゃないか」

 

 艦長が薄く笑いを浮かべる。砲雷長は「そうですかね」と気ぜわしく右にいる船の様子を気にしていた。

 

「あのお・・・」

「どうした、通信士」

 

 後方から気弱そうな声がかけられ、艦長は首を捻って後ろを向いた。砲雷長も身体を向けて、通信機の受話器を持ったままこちらに身体を向けている通信士の方を見る。

 

「右60度の船舶と通信繋がりました」

「そうか。灯火はどうしたんだ。故障でもしてたか?」

「いや、それが、出港して日が落ちてからちゃんと点けっぱなしだったそうです」

「だが、実際さっきまで見えてなかったぞ」

「それが・・・言っていることがおかしいんです」

「何がだ」

「ええと・・・」

 

 通信士は手元のメモに機器のランプを苦心して当て、そこに記載した内容を読み取ろうとする。

 

「あの船が出港したのは、那覇の泊港で、それから陽が落ちて3時間ぐらいしか経っていないって言ってます」

「・・・なんだって?」

「つまり、あちらの船が言うには・・・」

 

 通信士は一旦言葉を止め、ごくりとつばを飲み込んだ。

 

「那覇を出て、コンパスの不調で方向を見失ってはいたけど、まだ5時間しか経ってないはずだって言ってます」

 

 艦長と砲雷長はお互いの顔を見合わせた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

『・・・以上の状況を鑑み、極めて近い位置に危険海域が存在すると判断できる。本艦はこれより、同航する船舶と共に反転し、呉へ向かう。また、付近にその存在が見積もられるため、間もなく即時対応のための配置に付ける』

 

 厚志の寝室の中で、艦長からの状況示達を聞いていた3人は顔を見合わせた。

 

「これは・・・」

「まさか・・・」

「え? え?」

 

 事態を把握した厚志と波津音は緊迫した表情で顔を見合わせ、1人状況が把握できていない太一はおろおろと2人を交互に見る。そうこうしているうちに、艦内に続きの放送が流れた。

 

『対深海棲艦、戦闘用ー意っ!』

 

 カンカンカンカンと大音響のアラームが〈いかづち〉艦内に鳴り響き始める。即座にいたる所から人が動き始める気配が溢れ出した。

 

 恐らく、日本の近海で初めて発せられた対深海棲艦との戦闘号令、しかも、もしかすると続けて日本近海で初の深海棲艦との戦闘が起こるかもしれないのだ。

 訓練は何度もやった。しかし、それは訓練だ。実戦は、やっていない。

 

(あ・・・脚が)

 

 椅子から立ち上がろうとして、太一は両太腿が震えている事に気が付いた。それが緊張のせいなのか、恐怖のためなのか、混乱した頭では判断できない。

 

「太一!」

「あ・・・!」

 

 横から厚志の声で呼ばれ、我に返った。さっき食堂で幼なじみに言った自分の言葉を思い出す。訓練でも実戦でも、まずは、言われたことを、言われたとおりにやらなくては。

 

「俺、配置に付かなきゃ」

「待て、太一。俺は艦長のところに行かなきゃならない。そして、その間にお前にもやってもらわなきゃならないことがある」

 

 厚志はぐっと太一の肩を掴んだ。そこから、厚志の強い意志がじわりと体内に浸透するような感覚を太一は覚える。

 

「まずは艦橋だ。案内してくれるな、太一」

「う・・・うん!」

 

 幼なじみの手のひらの熱さに勇気を貰い、かろうじて太一は頷いた。

 

 

 

 

 艦橋に太一が上がると、まず最初に気がついた砲雷長が驚きの声を上げた。

 

「白杜!? お前の配置は艦橋じゃ・・・!?」

「いえ、俺が案内してもらったんです」

 

 太一の後ろから入ってきた厚志が遮る。それに気が付き、砲雷長は二重に驚いた。

 

「黒田さん・・・!? あ!」

 

 何かに気が付き、砲雷長は艦長の方に勢い良く向き直った。

 

「艦長! ワーニング3以上では最速の手段で水上不明存在対処局の職員の判断を仰ぐことになっています! 黒田さんは丁種特艇管理者、つまり〈提督〉です! 判断を仰ぐべきかと」

 

 砲雷長の紹介に艦橋内に「あの提督が?」と驚きが広がる。注目を浴びた厚志は頭を掻いた。

 

「わ、私はあの時の〈かしま〉に乗っていたんです!」

 

 突然、横にいた痩せ気味の幹部の一人が感激の面持ちで厚志に向かって声を張り上げる。

 

「ぜひ、ぜひ! 赤城さんには私が感謝していたとお伝えください!」

「あ、はい。必ずお伝えします」

 

 隣にいる太一には、厚志がちょっと困った様子なのが感じられる。手を持ち上げて頭を掻こうとしたが、堪えてさっと手を下ろすのが見えた。

 

 厚志は気を取り直し、艦長の方に向き直る。

 

「艦長、先ほどの放送は聞いていたので状況はわかっています。そして改めて、対処局職員として進言する事をお許し願いたい」

「もちろんです。むしろ、こちらからお願いしたいぐらいだ」

「では・・・まず、反転するのは危険です。このまままっすぐ進んでください」

 

 厚志の言葉に、艦長だけでなく砲雷長も驚きの表情をする。

 

「なぜです? マニュアルには・・・」

「同航の船舶が理由です。あの船は、方角が分からなくなっているとは言え、まっすぐに進んでここまで来た。そして、深海領域からは抜けられはしないものの、遭遇もしてない」

「・・・敵は、追ってきている?」

「そうです。反転したら、高い確率で遭遇する危険性がある。このまま突っ切るのが最良と思います」

「しかし、あの船を見捨てることはできない。最低でも、〈いかづち〉が殿を務めなければ」

 

 艦長が右に並んだ灯火を見やりながら言った。護衛艦の速力なら引き離して置き去りにする事など容易いが、それは日本の防衛を託されたこの船とその乗員にはあり得ない選択だった。厚志もそれに同意する。

 

「当然ですね。だから、危険ですが〈いかづち〉は少しずつ速力を落としてあちらの後ろにつきましょう。迫ってくる深海棲艦との壁にならなくては」

「それしかないのですね」

「運が良ければ、このまま引き離して海域を抜けられるか、あるいは相手が諦めて反転してくれるかもしれない。悪ければ、補足されて近接される。どちらに転ぶかは運次第です・・・しかし、最悪の状況ではない」

「・・・どういう事です?」

 

 艦長が怪訝そうに問い返す。厚志は自信ありげに笑いを浮かべて見せた。

 

「偶然ですが私がこの〈いかづち〉に乗っていたんです。当然、艦娘も乗っていますし、艦娘の艤装もあります。彼女に出てもらい、迎撃します」

 

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