艦隊(Re)これくしょん ~ 白杜太一は艦娘たちの指揮を執るようです ~ 作:IronCat
~遠征~ 1
四月に入り、いよいよ太一の鎮守府初出勤の日がやってきた。幸先良く天気は快晴、世間は深海棲艦の出没警報の頻度が日増しになる中で、決して明るい状況とは言えないが今日だけは道行く人たちや行き交う自動車たちも輝いて見える。カレンダーで確認したら「大安」でお日柄も良い。自衛隊を退職するときに一回着たきりだったスーツのアイロンもバッチリだし、靴もしっかり磨き込んだ。視線を下げれば鏡のように反射する靴先で髪を整える事だってできるだろう。
京浜急行電鉄 浦賀駅から降り立った太一は、一息つくと腕時計を確認した。現在時刻、0852。約束の時間より1時間以上早いが、遅刻するよりはマシに違いない。
厚志からは私服できてもらって構わないと聞いている。だが、高校卒業以来自衛隊生活だったし、その間特に親しい女性もいなかった太一はそこそこ見栄えのする服を一着も持っていなかった。鎮守府と言えばかなり多数の艦娘が所属しているのだろう。もしかしたらほとんどそうなのかもしれない。下手な格好で最初の印象を悪くするわけにはいかないし、何より誘ってくれた厚志の顔に泥を塗ることになる。
少し迷ったが、厚志も出張の時は着ていたし、スーツで行くことにした。いちおう、海の側で仕事をするのだろうから汚れても良いように着替えの作業ツナギと運動靴もバックパックに入れてある。万全の体勢だ。
「・・・よし!」
スーツの内ポケットから先に貰っていた地図のコピーを取り出し、道を確認して太一は歩き出した。
浦賀は三浦半島の東京湾側に出来た港町だ。今はもう閉鎖しているが、かつて多数の艦艇を建造した浦賀ドックを真ん中に広がったような町並みで、もっと昔にはペリーの黒船が来航した港としても有名だ。
(えっと、こっちか)
太一は地図に従って点滅を始めていた横断歩道を走って渡った。町の賑わっている方向から外れるが、多数の艦娘が所属する鎮守府が町のど真ん中に新しく作れるわけ無いよな、と一人納得する。そのまま旧浦賀ドック工場跡地の塀に沿って進んだ。
15分ほど歩いただろうか。狭い裏道を経由してひたすら海沿いの道を歩き続け、少し不安になり始めた頃、フェンスに囲われただだっ広い工事現場のような場所が見えた。地図を確認すると、厚志の指示ではこの工事現場の向こう側になっている。道が合っていた事に太一はホッとした。
(ここ・・・かなぁ?)
フェンスの切れ目のような場所で太一は立ち止まった。車両は入れなさそうだが、一応正規の入り口扱いなのか警備員の小屋のような物が入ってすぐのフェンス内側に設置してある。だが、その小屋の中は何故か現在無人だった。
太一は首をひねって再度地図を取り出した。曲がった箇所を思い出しながら地図を辿ってみるが、やはり行き着いたのはこの場所だった。地図から顔を上げて道路の更に先を見てみるが、そこにはもう、防波堤とその向こうの海しかない。
「おっかしいな・・・」
太一は遂に声に出して呟いた。確かにここに厚志が提督をやっている鎮守府があるはずなのに、それらしき建物はどこにも見えない。せいぜいここに存在するのは、工事現場によくある2階建てのプレハブだけだ。
「おい、ここに何しに来た?」
「わっ!?」
突然頭の上から声をかけられ、太一は飛び上がった。慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか一人の男が立っている。
かなり体格が良く、緑色の制服がはち切れそうなほど筋骨隆々な姿。左胸にはどこかの警備会社のロゴの入ったネームプレートが付いていて、そこには「蛇塚」とプリントしてある。腰には太い黒のベルトを巻き、そこに警棒のような獲物を下げている。足元は安全靴のような編み上げブーツ。
太一が目線を上げると、彫りの深い、口髭と顎髭を生やした中年の顔があった。その顔が、右目だけ閉じた奇妙な顔つきで太一を見下ろしている。強い煙草の臭いがした。
「お、俺、今日からここで・・・いや、ここがそうなのかはまだ分かんなくて、その、地図ではここに来ることになってて・・・」
「・・・・・・」
蛇塚という男(この工事現場の警備員だろう、たぶん)は無言で太一を見下ろしている。しどろもどろの太一は何だか怒られそうな気配に言葉に詰まってしまった。出し抜けに男が尋ねた。
「名前は?」
「し、
「身分を証明するものはあるか?」
「あ、自衛隊辞めるとき身分証返しちゃったから・・・」
「運転免許証は?」
「俺、免許ないです・・・」
「他には?」
「えっと、あ! 図書館のカードなら・・・」
慌てて財布から横須賀市の図書館の貸し出しカードを取り出して男に渡す。こんなもの身分証明にならんと突き返されるかと思ったが、意外にも男はそれを黙って受け取るとチラリとそこに記載された内容に目を走らせた。
(こんなことなら免許取っとくんだった)
男の鋭い目付きに首を竦ませる太一。だが、その男は太一に図書館カードを差し出すと内側に向かって顎をしゃくった。
「・・・入っていいんですか?」
「黒田提督からあんたが来ることは聞いている。早かったな」
「あ、はい。すみません」
「提督はあそこに見える建物の裏手にいる。さっきそっちへ行ったのが見えたからな」
太一が返してもらった図書館カードを財布に戻し、ふと顔を上げると、いつの間にか今そこにいた筈の警備員の姿は消えていた。
「あれ!?」
周囲を見回し、警備小屋の方も覗いてみるがどこにも誰もいない。蛇塚という男は、現れた時と同様に気配も無くこの場からいなくなっていた。
(何者だよ、あの警備員・・・)
狐か狸に化かされたような気持ちで首を捻りながら、太一は蛇塚に教えてもらった建物へ歩いて行った。そこは、先ほどフェンスの外を歩いていたときに見えていた2階建てのプレハブ小屋だ。
(なんで、あっちゃんがこんな所にいるんだ?)
先ほどの男といい、プレハブにいる厚志といい、分からない事だらけだ。プレハブに近付き、裏手に回り込もうとしたところで、2階に上がる安普請の階段の柱に、何か看板のような木の板がかかっていることに気が付いた。何気なく足を止めてそちらに目をやる。
「・・・何だこれ?」
その看板には、まず一番大きな字で〈浦賀鎮守府〉と書かれていて、その〈鎮守府〉のところに訂正の線が引かれていて隣に手書きで〈警備府〉と書かれていた。更に、頭のところにこれまた手書きで〈暫定〉と書かれていて、後は看板の空きスペースに落書きまでされていた。
(えっと・・・「なのです」と、これは・・・「Хорошо」? 何て読むんだ? いや、それより・・・)
取りあえず落書きは置いておいて、訂正された看板の内容を素直に読むと。
「〈暫定 浦賀警備府〉・・・マジか」
太一は天を仰いだ。信じたくないが、どうやら地図の間違いではなく、このプレハブ小屋が厚志が指揮を執る鎮守府・・・もとい、警備府で正解らしい。
「おぉ、そこにいるの太一か? 早いじゃないか!」
その時、後方から声をかけられたので視線を下ろして太一は振り向いた。そしてちょっとだけ呆れた口調で問い返す。
「・・・提督さんが何してるのさぁ、あっちゃん」
「わはははは! すまんすまん! 太一が来るまでに終わらせたかったんだがな!」
そこでは、草刈り鎌を片手にツナギと軍手姿の厚志が、全身草まみれのまま豪快に笑っていた。