やべー女と夜の街   作:飲んだっくれ

2 / 2
スピンオフ出たらしいから、きままに続き書いた。


1

 

 

 人間、吐き戻す瞬間はいつだって最悪だ。喉の奥から這い上がってくる胃酸の臭いは強烈だし、それが鼻にツンとでも来ようものなら、悶絶必至。お気に入りの服やカバンがゲロまみれになるのは当たり前。コンビニで急遽着替えを調達し、その場でソソクサと着替えるなんて、酔っ払い界隈ではもはや風物詩だ。 

 

 ましてや、洒落たバーのソファでやらかしてしまった日には、目も当てられない。クリーニング代と称して諭吉が飛んでいく。吐いたあとにタバコなんて吸う気になれず。かといって出すもの出したから腹は減る。

 

 吐くことに快感を覚える特殊性癖もいるらしいが、あれらは総じてクレイジーと言わざるを得ない。我々凡人にとって、飲みすぎた後のリバースは、強烈な不快感と、ほんの少しの解放感が入り混じった、複雑な体験なのだ。

 飲みすぎたときのゲロは、なにものにも勝る快感と苦痛が伴うものである。出したいと思って出すやつはいない。けど、出さないといけないから出す。

 

 するとどうだろうか。全てを吐き出した後には、頭が嘘みたいにクリアになり、得難いほどの気持ち良さが身に襲うではないか。それはまるで夏場に冷えたコーラを飲むような爽快感。俺はまだ羽ばたけると錯覚してしまう全能感。嘔吐にはそれだけの魅力しかない。

 故に人類が編み出した、酔いつぶれの最終奥義。

 それこそが嘔吐である。

 

 

 だから。

 

 

「ほら、きくりちゃん。この水、全部飲んで楽になろうねー」

「ごべん、ごべんねぇ……」

「いいって。きくりちゃんは可愛いから、何でも許しちゃうよ」

「えへへ、そうかなぁ〜……そうかもしんない……うぷ」

 

 受け答えできるまで回復してきた、きくりちゃんの背中を擦りながら俺は遠い目をする。店の人に迷惑かけるからって路地裏に移動してきたけど、これからどうしたもんか。

 

 正直、酔いはまた醒めてきた。

 目の前で自分より泥酔な奴をみると、途端と素面へ戻ってしまうあれだ。もしきくりちゃんが可愛くなかったら、俺はたぶん彼女をさっきのバーで捨ててきたかもしれない。なんなら、ソファーで清掃代が飛ぼうが、知らんぷりをしたことだろう。

 

「てか、飲みゲーやりすぎたな」

「ぶべぇ……」

「スラットにしとくべきだった……テキーラとイェーガーに、レッドブルはやりすぎだな、うん」

 

 でも俺って飲みゲーかなり好きなんだよね。とくにチンチロとか回転も早くてよくやる。今回はきくりちゃんがインディーズバンドをしているらしく、歌がお上手だったため、ちとはしゃぎすぎた。

 飲みコールで替歌メドレー。サカ○クションの新宝島からはじまり、GR○eeeNのキセキを歌って、とうとうシンジ君を見ながら神話になれコールをかましていく。最後は『さくらんぼ』を5回くらい歌って見事に完成だ。

 酔いが回りすぎたせいか、きくりちゃんが抱きついてきたから、とりあえずキスで返しておいた。

 くっそ酒くさかったけど。

 きくりちゃんはタバコ吸ってる奴とキスしたことがないのか『変なあじ』と言ってきた。ごめんねー。まぁ、ファーストキスじゃないだろうし、別にいいだろ。

 

「このままじゃタクには乗れんし、俺の車も載せたくねぇな」

 

 飲酒運転?

 はは、知らないね、そんな言葉。深夜に人がいない田舎出身だから、そこらへんの倫理観ばぐってんだよね。駅前から数キロ離れた家まで国道ぶっちぎるなんざ、田舎の夜道じゃよくあることよ。

 まぁ、流石にここ東京だから代行呼んで帰るけど。捕まりたくねーし。泥酔状態だと、がちで人を轢き殺すかもしれん。

 

「よ〜し、きくりちゃん復ッ活! まだまだ飲むぞ〜!」

 

 これからどうしようかなー、と頭を悩ませていると、どうやら出すもの出して、きくりちゃんの元気がでたらしい。

 スカジャンを脱いで、ワンピの肩紐はずしたまま大きく伸びをする。残念ながら、ある部分は女の子らしからぬ控えめ仕様なので、俺はなんとも言えない気持ちになった。

 

「おけ。じゃあ、次いこうぜ」

「うんう〜ん。次は優くんのオススメつれてって〜」

「そうだなぁ。なら、こういう遊びはどう?」

 

 今は4月末。

 年度初の懇親会やら親睦会が乱立している、とても素晴らしい時期だ。こういうイベント時期にしか出来ない遊びというのは、いくつかあったりする。

 楽しまないと損というものだろう。

 

 俺はきくりちゃんの腕を絡ませて、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

「おまえら〜! 盛り上がってるか〜!」

「「「「イェーイ!」」」」

「今日は田舎の乾杯、特別に教えてやるからな〜!」

「「「「うえーい!」」」」

「おらぁ! グラス持って俺と一緒の動きしろよー!」

「「「「おうけぇ~!」」」」

「プライドは高く! 賃金は低く! からのー!?」

「「「「「愛情は等しく!」」」」」

「よくやった、お前ら! 最高だぜー! おっぱーい!!」

「「「「「かんぱ、おっぱーい!w」」」」」

 

 げらげらと笑いながら各々乾杯する若者たち。

 俺ときくりちゃんは現在、某大学のバンドサークルに混じり酒宴をしている。なんでも新人が入ってから初めての大型飲み会らしい。喫煙室やトイレ前で待ち伏せをし、はいでてきた学生を無理やり捕まえて意気投合させ、そのまま酒宴を盛り上げればあとはどうとでもなる。

 誰が開けたかも知らぬシャンパンを回し、まさに宴もたけなわな彼ら彼女らには、一人二人増えた程度は誤差なのだ。楽しくなりすぎてしまったのか、上裸になって騒ぐやつもいれば、それを肴に呑んでる女もいる。

 

 結構結構。若者はこうでないとならない。

 馬鹿騒ぎをするには少し俺は歳を取りすぎた。隣で貰ったシャンパングラスを呷るきくりちゃんに腕を回し、俺はそっと囁く。 

 

「よし、若者の未来を憂いて我々も乾杯しよう」

「かんぱーい!」

「たく、きくりちゃんは本当に可愛いなぁ」

 

 慣れた手付きで頭を撫でてやれば、彼女はニヒルに笑ってくれた。

 さっきまで嘔吐物をぶちまけていたせいで、若干ではあるが臭ってくる。まぁそれを含めて彼女の愛嬌だと思えば、全然苦とは感じないわけで。どちらかといえば、今日きくりちゃんと会えた幸福のせいで、お釣りが来るくらいだ。

 

「こうして優くんみたいなのと飲むと、嫌なこと忘れられて幸せ〜」

「ほう、それは良いことだ。嫌なことなんて酒とタバコがあれば十分忘れられる」

「わかる〜。わたしも呑んで忘れて、思い出したらまた呑んで……ひっく……これぞ幸せスパイラル~」

「きくりちゃんは生きてるだけで偉いさ」

 

 冗談ではなく本心からそう思う。可愛い子はみんな生きてるだけで偉い。なんだって、俺みたいな寂しがり屋に幸福を分け与えてくれるのだ。こうして女の子が共にお酒を飲んでくれる。その事実だけで、世の男性は明日も生き抜いくのである。

 

 ありがとう、きくりちゃん。

 ありがとう、お酒。

 

「きくりちゃーん、バンドを始める未来ある若者に、先輩としてアドバイスしてあげたら、どうだい?」

「え、なになに? ありがたい言葉が聴きたいってぇ? しょ~がないな~。ようし、若人よ耳を傾けるのだ!」

 

 きくりちゃんが注がれた新しい酒を持ち、観衆の前に立つ。

 

「最初は誰も見てくれないし、ノルマもさばけない……辛いことも苦しいことも、いっぱいあるよね…………でも、お酒を飲めば全て忘れられる! お酒サイコー!」

「お酒サイコー!」

「「「「「サイコー!」」」」」

「安酒サイコー!」

「「「「「「サイコー!」」」」」」

 

 訊け、全世界の若人たちよ。

 これぞ我らがきくりちゃんの、有り難いお言葉である!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度騒ぎ終えれば、場が落ち着く前に俺ときくりちゃんは退散した。タダ酒を飲むときのコツは、厚顔無恥になることである。臆してはいけない。また躊躇ってもいけない。自分たちこそがヒーローなのだと思い込み、突撃し、そしてクールに立ち去るのだ。多分、あの大学生サークルの子たちにとっては、妖精が入り込んだ、くらいの認識だと思う。

 

 さて、そろそろ良い時間になった。

 俺は友達に見捨てられたため帰る場所もないが、残念ながら手持ちの金も少ない。朝までやってる居酒屋を冷やかしに行っても良いが、ただ酔いが覚めるだけである。

 クラブに行っても踊る気力は無いし、かと言ってボックスを抑える金もない。

 ここら辺が潮時だろう。

 

「ほら、タク捕まえたから乗りな、きくりちゃん」

「あえ~、なんかいい匂いする~」

 

 俺は泥酔状態のきくりちゃんを無理やりタクシーに乗せる。

 ゲロの匂いは俺が持っていた香水でごまかした。スカジャンはちょっと悲惨なことになっていたので、とっくに取り上げてゴミ袋へイン。今は代わりに俺が着ていた上着を貸している。

 

「次どこいくの~、タクだから中野ぉ?」

「家だよ、家。ほら、住所言える? あー、めんどいからそのままでいいや。財布の中に身分証明入ってるだろうし。あ、すんません。この住所に送ってやってください」

 

 俺はきくりちゃんから財布を取り上げて、身分証をタクシーの運転手に見せる。酔っ払いに人権は適用されないのだ。

 運転手さんが、一瞬顔をこわばらせ乗車拒否しようとしたから、とりあえず俺の財布に入っていた最後の諭吉を渡しておいた。

 

「え~、まだ帰りたくない。お酒飲んでた~い」

「悪いけど、今日はここまでな。また機会があったら、飲もうぜ、きくりちゃん」

 

 俺はそう言って運転手さんにドアを閉めるよう目くばせする。ありがたいことに配慮が行き届いた人だったらしく、彼はすぐさま俺の視線を合図に、ドアを閉じてくれた。

 予想にはなるが、絶対この運転手はホス狂をよく乗車させている。

 

「あ、優くん連絡先交換しよ~」

 

 だが、きくりちゃんの前では彼のナイスプレーも水の泡らしい。

 ドアが閉められたのにも関わらず、彼女は無遠慮にドアミラーを降ろした。

 

「連絡先って、きくりちゃんスマホないじゃん」

「あれぇ? そうだっけ?」

「出会った時から手ぶらだったよ」

 

まぁ、必要最低限と言える財布だけは持ってたけど。

 

「じゃあ、明後日に新宿FOLT集合ね~。その後の打ち上げまでよろしく」

「はは、気が向いたらな」

 

 俺が観光客設定だったの、完璧に忘れてるなこの子。まぁ、別にナンパ目的だったと気づかれても、今更どうでもいいけど。

 俺はそう思いながら手を振る。

 きくりちゃんも、さっきの返事で満足したのか上機嫌で手を振り返そうとしたところ、さっさと出たがっていた運転手が、何も言わずタクシーを急発進させた。

 うわー。なんとも唐突なお別れだ。

 

「……あいつん家の前で寝よ」

 

 俺はそう言って踵を返し、友達の家を目指す。

 この時期は酩酊のまま外で寝ても、頑張れば凍死しないから素晴らしいのである。




書いてると、この主人公はクズなのか、それとも少しだけクズなのか分からなくなる。
みんなも節度を守って呑みましょう。
お酒は吐いてからが本番です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。