ようやくユエを出せました……今回は少し短いです。
「君は……何者だ?」
ハジメは右腕のアームキャノンを構えたまま、目の前の女の子に問いかけた。相手は迷宮の奥に封印されており、危険な存在の可能性もあったため、当然の対応だった。
「何故、こんなところに封印されているんだ?」
彼女が封印されている理由によっては、ハジメの対応は大きく変わるだろう。金髪の女の子は、枯れた喉に鞭打って自らの境遇を話し始めた。
「私……先祖返りの吸血鬼……王として国のために頑張った……でも、信頼してたおじ様に裏切られた……お前はもう必要ない……これからは自分が王になるって……私、それでもよかった……でも、私、すごい力があるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」
語られた彼女の境遇には、ハジメも同情した。彼女が嘘を言っているようには見えず、しまいにはアームキャノンを突き付けるのをやめている。
「吸血鬼族の王族か……記録だと三百年前に滅んだようだったな……しかし、凄い力というのは?」
「自動再生……首を落とされても魔力があれば復活できる。それと、魔力の直接操作もある……全属性の最上級魔法も簡単に出せる」
「たしかに、それは凄い力だ……」
実質不死身であり、魔力の直接操作によって詠唱も魔法陣もなしに魔法を繰り出せる。それも、全属性への適性ときた。ハジメはスーツが無ければ魔力の直接操作はできないが、彼女はそれを生身でやってしまうのだ。おそらく、彼女は戦場でその力を行使したのだろう。
(裏切られた……俺と同じだな)
信頼していた者に裏切られるという経験は、ハジメもしている。マザーブレインの裏切りだ。ハジメはマザーのことを鳥人族と同様に家族のような存在と認識しており、彼女が裏切った時は強いショックを受けていた。
ハジメも女の子も同じ経験をしているが、境遇の重さは彼女の方に軍配が上がるだろう。吸血鬼族は三百年前に滅びていることから、彼女が暗闇に幽閉されていたのは三百年以上の長い間だと思われる。
拘束されたまま暗闇の中に囚われ、数百年も閉じ込められれば、間違いなく発狂する。もしかすると、自動再生の効果は精神にも及び、発狂しても元の精神状態に戻されるのかもしれない。話していた彼女は常に無表情であり、感情を出すこともない。自害もできず、狂うことすら許されない状態で長い時が経ち、徐々に感情を失っていったのだろう。
(かつて、俺はレイヴンに助けられた。なら、今度は俺が誰かを助けよう……)
ハジメはスペースパイレーツに誘拐された時、檻に閉じ込められて船倉の暗闇に放置された。一寸先は闇であり、幼いハジメは怯えるだけだった。だが、そこに一筋の光が差し込んだ。それは鳥人族の戦士レイヴンクローであり、ハジメにとって偉大な存在だった。
ハジメは自らが一筋の光となって、レイヴンクローがそうしたように、彼女を暗闇から救いたいと思った。
「助けて……お願い……」
彼女はハジメに懇願する。明らかに目の前にいるのはパワードスーツを身につけた得体の知れない人物なのだが、助けてもらえれば誰でもいいらしい。
「分かった。俺に任せろ……」
ハジメは女の子の目の前に移動すると、ヘルメットのみを解除して彼女の紅い目を見る。彼女は驚いていたが、パワードスーツ姿のハジメを人間だと思っていなかったらしい。
「“錬成”」
ハジメは立方体に左手を当て、錬成によって形を変えようと試みる。だが、立方体はハジメの魔力に抵抗し、錬成を弾いてしまう。立方体の素材は魔力を弾く性質を持っているらしく、錬成の効果は少しずつしか現れない。
(生半可ではダメか……ならば、全力で!)
ハジメは更に錬成を続け、魔力をつぎ込んでいく。その魔力量は詠唱に換算すると六節分に相当する。ようやく魔力が抵抗を上回り、ハジメの赤い魔力光が部屋全体を照らす。七節分……八節分……と魔力をつぎ込むうちに、立方体が震え出す。
(よし、これなら……!)
そして、九節分に差し掛かったところで立方体が溶け始める。ハジメ自身の魔力はお世辞にも多いとは言えないのだが、パワードスーツそのものが多量の魔力を蓄えていたため、問題ない。
十節分に突入したところで赤い光の輝きは最高潮に達する。その直後、ついに立方体は完全に融解し、解放された彼女はペタリと地面に座り込む。身に付けているものはボロ布一枚のみであり、裸同然の格好である。立つ力は今のところ無いようだ。ハジメは、そんな彼女に左手を差し出した。
ハジメの手に反応し、彼女も手を伸ばす。その手は、生まれたての小鹿のように弱々しく、震えている。やがて、彼女の手はハジメの手を握った。ハジメの手には、スーツ越しに熱が伝わってきた。
「ありがとう……」
「別に礼はいい。助けたくて助けただけだ」
(体が弱っているな……生体エネルギーを譲渡する必要がある……)
ハジメは女の子の手を握る左手に意識を向け、生体エネルギーを集中させる。そして、左手を通して彼女にエネルギーを流し込んだ。
「……!?」
今まで無表情だった女の子だが、いきなり活力が湧いてきたことに驚きの表情へと変わる。
「驚かせてすまない。生体エネルギーを譲渡させてもらった。栄養までは回復しないが、動くだけなら可能なはずだ」
「体が動く……」
ハジメの手を支えにしつつも、女の子は立ち上がる。そして、ハジメの手をさらに強く握った。
「……名前、なに?」
女の子が小さな声で尋ねる。まだ、お互いに名前を名乗っていなかったことをハジメは思い出し、返答する。
「俺はハジメだ……南雲ハジメ。君は?」
「名前……覚えていない」
女の子は名前を覚えていなかった。信頼していた者に裏切られたショックに加え、暗闇に幽閉されたことで心的外傷に陥り、記憶喪失になったのだろう。
「名前……つけてほしい」
「名前か……そうだな……」
それが、彼女のアイデンティティとなるのなら。ハジメは彼女の名前を考え始めた。
彼女の金髪や紅い目から連想されるのは夜空に輝く月。“月”を意味する単語や関係する単語がハジメの脳内に溢れ出てくる。ハジメはその中から一つを掴み取ると、それを彼女に告げる。
「君の名前はユエだ」
「ゆ……ユエ?」
ユエ……それは、中国語における“月”の発音である。ルナという名前の案もあったが、それは安直過ぎるので却下された。
「ん……今日から私はユエ。ありがとう、ハジメお父様」
ユエはハジメをお父様と呼んだ。
「お……お父様だと!?」
「ん……ハジメは私の名付けの親。だから、お父様と呼んだ。今日からハジメは私のお父様……異論は認めない」
彼女の“お父様”発言に、流石のハジメも度肝を抜かれる。ある意味、ユエは危険な存在だったらしい。
「ふっ……しょうがないな。今日からユエの父親をやらせてもらう。よろしく頼む」
「よろしく、ハジメお父様……」
度肝を抜かれていたハジメだったが、すぐに気を取り直して保護者となることを了承する。今後の迷宮攻略に同行してもらう以上、良好な関係を築いておかない理由は存在しないからだ。
(まさか、俺が父親になるとはな……レイヴン、俺はあんたみたいな偉大な父親になれそうにない……)
その方が合理的であるという理由での了承であったが、その一方で師匠のような立派な父親になれそうにないと卑下していた。
「ユエ、これからのことだが……っ?!」
ユエにこれからのことを相談しようとするハジメ。だが、急に部屋がぼんやりと明るくなり、“気配感知”に引っ掛かる反応が頭上へ現れたため、ユエを抱えて退避する。
(チッ……いつの間に!?)
退避したハジメが振り返ると、先程までいた場所にズドンッと地響きを立てながら何かが姿を現した。
その魔獣はサソリに近い見た目だった。体長五メートル、巨大なハサミを持つ四本の腕。八本の足をわしゃわしゃと動かし、先端に鋭い針のある二本の尾を有している。名付けるならばサソリモドキだろう。
部屋に入ってから今まで、“気配感知”に引っ掛かる反応はなかった。ユエを解放した直後に現れたということは、サイクロプスと同様にユエを逃がさないための仕掛けなのだろう。少なくとも、ユエを置いていけばハジメだけなら逃げられる可能性はある。だが……
(一度助けると決めた以上、ユエを見捨てるわけにはいかない……)
ハジメとしては目の前のサソリモドキに背を向けて逃げるつもりはなかった。
「ユエ……」
ハジメは腕に抱かれているユエを見る。彼女の紅い目はハジメの目を真っ直ぐと見つめており、自分の命運をハジメに託す覚悟を決めていた。かつて裏切られた彼女が、再び誰かを信用しようというのだ。父親となった者として、彼女の覚悟に答えない理由はない。
「任せろ……ここから出してやる」
ハジメは再びヘルメットを形成し、右腕のアームキャノンの先をサソリモドキに向ける。そして、バイザーを黄緑に発光させて臨戦態勢へと移行する。
「ユエ、しっかりと俺に掴まっていろ」
決して全開とはいえる状態ではないが、手足に力が戻ってきたユエは自身を抱えているハジメの左腕にしがみついた。
「戦闘開始……」
ギチギチと音を立ててにじり寄ってくるサソリモドキ。ハジメは静かながらもはっきりとした声で戦闘の開始を告げた。
ユエとハジメの関係がサムスとベビーメトロイドの関係みたいになりました。
両者の出会い方的には亜空の使者のサムスとピカチュウのコンビに近いかもしれないが……