「ユエ、一人で大丈夫か?」
「ん……問題ない。お父様に私の戦いを実際に見せてあげる」
ハジメの十メートル前方に黒衣のユエの姿がある。ハジメはユエの戦い方について情報を得ているが、実際に見るのは初めてだった。アームキャノンを構えて何時でも援護できるようにしながら、ハジメは娘の戦いを授業参観のように見守るのであった。
「ユエ、治るとはいえ怪我には気をつけろよ」
やがて、ユエの目の前にある草むらから狼のような魔獣の群れが出現する。その数は数十匹だ。ハジメが最初に遭遇した二尾狼に似ているが、体が甲殻に覆われており、鎧を装備しているように見える。間違いなく耐久力は二尾狼も高く、単発のビームでは倒せないだろう。
「“爆炎”」
ユエは右手を鎧狼の群れに向けて魔法を行使する。右手付近から炎の球体が飛び、着弾すると範囲攻撃となる強力な爆発を起こして大半を一度に屠る。だが、爆煙の中から生き残りが飛びかかってきた。
「ユエ!」
「大丈夫……」
警告するハジメ。魔法使いであるユエは接近戦を積極的にするタイプではない。しかし、接近戦が不可能な訳ではなく、接近戦に対応する術を持っていた。ハジメもそれは知っていたが、不安を隠せなかった。
「見てて」
次の瞬間、金色に輝く魔力のエネルギーがユエの右腕に絡み付く。そして、それを手刀にした右手に集中させた。
「はっ!」
ユエは飛び込んでくる鎧狼に対して、身体強化を発動しながら金色に輝く手刀を振り下ろす。その手刀は容易く甲殻を切り裂き、鎧狼を縦に両断してしまった。その後も他の個体が連続で襲いかかるが、その全てが一撃で屠られる結果となった。
「見て、お父様。私もしっかりと戦える。だから、お父様の足手まといにはならない」
「ユエは凄いな。だが、油断大敵だぞ?」
ハジメはユエの背後から迫る鎧狼の存在に気付き、アームキャノンを二連続で発砲する。一発目で鎧狼の体勢を崩し、二発目で甲殻の無い腹部を撃ち抜いた。
「やっぱり、足手まとい?」
「そんなことはない。誰にも弱点や失敗はあるが、仲間と連携することでそれは補える。互いに助け合う……それが重要だ」
「互いに助け合う……考えたことも無かった。なら、今度は私がお父様を助ける」
「あぁ、その時は頼む」
それはさておき……先ほどユエが使った技は、ユエが接近戦に対応するために編み出した技である。魔力を直接操作して手足に纏い、近接攻撃を強化するものとなっている。
魔法を行使するよりも消費魔力は少なく、燃費が良い。だが、それと引き換えに魔法ほどの火力を叩き出すことはできず、あくまでも護身用である。ユエ自身も接近戦はあまり好んでおらず、基本的には魔法を主な攻撃手段としている。
本来の世界線であれば接近戦が不得意な彼女であるが、この世界では接近戦にもある程度は対応できるという違いがある。流石に接近戦特化型と同じ土俵に立つのは苦しいだろうが、そこは遠距離も近距離も強いハジメと組むことで解決はできるし、今のハジメに足りない殲滅力をユエの魔法でカバーできる。
現時点でハジメとユエのコンビに対抗できる敵は殆んどおらず、すでに十階層ほどは順調に降りることができている。そんな二人が降り立ったのは、十メートルは超える木々が鬱蒼と生い茂る樹海だったのだが、魔獣の姿を一切見ることができなかった。
「大量の微かな気配は感じるが、姿が見えないな。地中にいるようだが、近づくと気配が逃げてしまう……」
「ん……もしかして臆病?」
「だといいのだが、イヤな予感がする」
“気配感知”の技能により微かな気配の存在は把握されていたが、その正体を見るに至っていない。ハジメは胸騒ぎを覚えながらも気配の追跡を続けるのだが、木々が存在していない場所に辿り着く。そこは周囲を木々に囲まれた自然の円形闘技場のようになっており、その中央の地中に微かな気配が集中していた。
『ノーマルミサイル、オンライン』
ハジメはその地点に向けてミサイルを放つ。着弾して爆発し、巻き上げられた土煙が晴れた直後、そこから紫色の何かが大量に溢れ出てきた。その正体は足で潰せる程の小さな甲虫の軍団であり、その数は百匹や二百匹では収まらず、千匹以上いるのは確実だった。
「なるほど、気配が微かだったのは小さな虫だったからか」
「ん……小さな虫とはいえ、多すぎて気持ち悪い……」
やがて、甲虫の集団の中に全長一メートルはある大きな甲虫が出現する。その巨体だけでなく、白い体色もあって紫色の中で目立っている。また、その背中には目玉のような模様が存在していた。
「連中の親玉のようだな」
紫色の小さな甲虫、バグ達は指揮官であるエンペラーバグを中心に集まっていき、紫色の大きな塊を形成する。紫色の塊は急激にその質量を膨らませ、ギチギチと音を立てて巨大化する。まるで、一本の苗が大木に成長していく様を早送りで見ているかのようだ。
その巨大化した姿を例えるなら、三角のワイングラスだろう。それも、高さ十二メートルというおまけ付きではあるが。そして、逆三角形の部分にエンペラーバグが埋め込まれ、目玉のような模様から単眼の化け物に見える。また、鞭状の腕が逆三角形の両側から生えていることが確認されており、腕を含めた体全体が小さな甲虫の集まりによって構成されていた。
「グォォォォォォォォン!!!」
三階建てのビルと同等の高さの巨大集合体、ヒュージ・バグは前のめりになってハジメ達を威嚇した。
「ユエ、いくぞ」
「ん……!」
「グォォォォォン!!!」
ヒュージ・バグの初手は腕の叩き付けだった。ハジメは側宙で、ユエはダンスのターンのような華麗な動きで回避する。
「“緋槍”」
ターンの直後にユエが火の槍を放つ。同時にハジメはミサイルを放っており、火の槍とミサイルが紫色の巨体に直撃した。だが、その結果は数匹のバグがパラパラと剥がれ落ちるだけであり、ヒュージ・バグは無傷に近い状態だった。
「虫型の魔獣なのに火属性が効いてない……」
「どうやら、こいつは複数の個体が結合することによって防御力が上がるようだ」
本来、バグは非力な魔獣に過ぎないのだが、エンペラーバグを中心に結合することでヒュージ・バグに変化し、エンペラーによる統率で巨大な生命体のように振る舞う。“結合硬化”という固有魔法によって結合時の防御力が飛躍的に上昇しており、火属性や火矢による攻撃、上級魔法も通用しない。
ヒュージ・バグからの反撃が来る。襲いかかるのは、鞭状の両腕を交互に叩き付ける攻撃。ユエでは避けきれないため、ハジメはユエを掴みながら回避に徹した。
「お父様、私の“蒼天”なら……」
「駄目だ。確かに勝てるだろうが、最上級を使えば一発でユエが倒れる。倒しきれるか分からない以上、無茶はさせられない」
サソリモドキの時もそうだったが、最上級魔法を一回使っただけで、ユエの魔力は枯渇し、彼女は戦闘不能となってしまうのだ。
「なら、どうしたら……」
「策はある……というか似たようなのと戦ったことがある。その時の方法を試す。だが、今の俺一人だけではできない。ユエ、力を貸してくれ……」
「ん……これでお父様の役に立てる」
「それで、作戦はこうだ……」
ハジメはヒュージ・バグの攻撃を回避しながら、作戦の概要を話した。そして、ハジメ達は反撃を開始した。
「頼んだぞ、ユエ!」
「ん……任せて」
最初に動き出したのは、ハジメだった。攻撃を自身に引き付けるように前進し、鞭状の腕による連撃を素早く回避していく。さらに薙ぎ払い攻撃がくるが、ハジメは高く跳躍して回避し、巨体に飛び乗ってエンペラーバグに至近距離からチャージビームを浴びせる。
結合した状態であるために倒すことはできないが、ヒュージ・バグは大きく怯み、一時的に動きが止まる。ハジメは離脱しながら、すかさず合図を出した。
「今だ!」
ハジメの合図を受けてユエが動く。
「ん……“凍雨”」
するどい氷の針が雨のように降り注ぎ、ヒュージ・バグの右腕に次々と刺さっていく。すると、右腕全体が凍結した。
(そこだ!)
ロックオンしてミサイルを放つ。ミサイルは凍結した右腕に直撃し、一撃で粉砕する。周囲には氷の破片とバグの死骸が散乱し、ヒュージ・バグは右腕を喪失する結果となった。
ハジメは以前、集合体を形成するクリーチャーと交戦したことがあった。個体同士が固く結合しているために攻撃が通らない敵だったが、アイスビームで凍らせた部位をミサイルで破砕することで撃破していた。特徴が似ているという理由で同じ作戦を使った訳であり、同じように通用するか分からなかったが、氷属性による攻撃は無事に通った。
「よし、次だ」
片腕を喪失したことで戦闘力が下がったヒュージ・バグ。ハジメは右側に回り込み、その巨体そのものを盾としながら、エンペラーにミサイルを叩き込む。再び怯んだ集合体の左腕に氷の針が襲いかかり、凍結したところをミサイルで粉砕される。
「グォォォォォォォン!!」
両腕を喪失したヒュージ・バグの攻撃手段は、その巨体を地面に叩き付ける攻撃のみだ。そして、ボディプレスでユエを押し潰そうとするが、読みやすい動きであるためバックステップで普通に回避される。
「これで終わり……“凍柩”」
ヒュージ・バグは足下から凍っていき、そのまま逆三角形の胴体以下が完全に凍結する。そこにミサイルが叩き込まれたことで、下半身は完全に粉砕された。
エンペラーバグは残された部分から飛び出し、ゴキブリのようにカサカサと逃亡しようとする。このままでは、再びバグ達と結合してしまうだろう。無論、それを黙って見ているハジメ達ではない。
「逃がさない。“緋槍”」
炎の槍を放つユエ。炎の槍はエンペラーバグの胴体に突き刺さり、その身を焼き尽くす。指揮官であるエンペラーバグの死亡により、残ったバグ達は戦意を喪失してどこかに消えた。
「お父様……私、役に立てた」
「あぁ、お疲れ様。ユエのお陰で乗り越えることができた……ありがとう」
ハジメの役に立てたことで、ユエは満足そうな表情だ。ハジメはそんなユエに労いと感謝を伝えると、その頭を撫でた。迷宮における戦いを通して、父と娘の関係は以前よりも深まっている。二人は力を合わせ、今後も試練に立ち向かっていくだろう。
魔人族の国、ガーランド王国は魔人族至上主義を唱える魔王の指導の元、人間族に対する侵略を行っていた。だが、全ての魔人族がそれに賛成しているわけではない。
魔人族の中には穏健派も存在しており、平和や他種族との共存を望む者が数千年前からいた。無論、思想教育や密告による排除を受けているが、それでも残った者は魔人族至上主義を崩さない王国に愛想を尽かし、反魔王派として南大陸の辺境に隠れ里を作って暮らしていた。
その中にはチョウゾテクノロジーを有する者もいたため、隠れ里には鳥人族の技術が溶け込んでいる。そして、同じ技術を有する竜人族と交流を持つのは当然の帰結だった。
そんなある日、全ての隠れ里を統括している本部的な里に、数百年ぶりの来訪者があった。それは、竜人族の姫であるティオ・クラルスであった。
「姫殿下、お久しゅうございます。このような辺境まで足を運んでいただき、感謝しております」
隠れ里のとある建物にて、ティオはとある老人と対面していた。その老人は長い白髪を後ろで束ねた魔人族であり、やつれ気味で体も細かったが、その声には覇気があった。
「お久しぶりじゃ、カマル殿。本来であれば数週間ほど早く到着する予定だったのじゃが、思わぬ足止めを受けてしまい、ここまで遅れた次第。申し訳ありませぬ」
老人の名はカマル・ダストール。全ての隠れ里を統括する長老であり、とある理由から最近になって引退したものの、隠れ里の運営には今だに関わっている。
「足止め……まさか、神の使徒か?」
「神の使徒による妨害は確かにあったのじゃが、それよりも厄介だったのは、人間族の町の変化じゃ。百年の間の変化に興味を持った妾は……目的を忘れて物見遊山を始めてしまったのじゃ……」
その話を聞いたとたん、カマルは笑いだした。笑ったとはいっても、別に嘲笑うとかそういう系統ではなく、暖かさを感じられる。例えるなら、孫の話を聞いて微笑む老人のようなイメージだ。
ちなみに、ティオが最初から隠れ里に向かわなかったのは、人間族が支配する北大陸の対空警戒が薄いからである。魔獣を嫌う人間族は魔人族と違って航空戦力を持っておらず、北大陸なら空から気付かれずに潜入できるのだ。
「百年経っても姫殿下は変わっておりませんな。百年ぶりに来ていただいて本当に良かった。もう、私は先が長くない身なのです。次に会う時は墓の中でしょうな」
「カマル殿……やはり、魂の方に限界が?」
「はい。魔剣イグニスによって常に延命されておりましたが、魂はすり減る一方です。そして、魔剣は次の所有者の手に渡っていますので、今は延命もされておりません」
隠れ里において受け継がれているアーティファクトの剣が存在した。その名は魔剣イグニス。魔力を断つ能力、魔力刃の展開能力、手元への召喚能力、使用者の肉体を含めた復元能力といった様々な能力を備えており、所有者の魔力を吸い上げることで能力を発揮する。
魔剣イグニスは所有者を選定する能力も備えており、カマルは数百年前に所有者として選ばれていた。そして、選ばれた者は“復元能力”によって魂の限界まで延命することすら可能となるのだ。
「うむ、魂までは竜人族の技術でも治すことはできぬ。カマル殿、あなたは長きに渡る守護者としての役目を果たされた。ゆっくりとお休みくだされ」
「すまんの……」
やがて、二人は本題に入る。
「妾がここに来たのは、鳥人族の後継者の出現について情報共有をするためじゃ」
ティオはそう言いながら書簡をカマルに渡す。カマルは書簡を開くと中身に目を通した。
「なるほど、後継者の予言……実を言うと、我々の方でも出現が予言されております。やはり、竜人族の方でも予言しておりましたか」
「我々としては、彼の者との接触を目指しているところ。最終的には新たな解放者の結成を目指しているわけじゃが、その際には“反魔王派”の力をお借りしたい」
「分かりました。その際は我々も力添えをいたしましょう」
反魔王派と竜人族の間で情報共有がなされ、両者は鳥人族の後継者に協力し、新たな解放者を組織するという点で一致した。これは、後に魔人族という種族を未来に残すための第一歩であったと記録されることになる。
「そういえば、姫殿下はこの先どのようになさるおつもりか?」
「魔人族領を偵察した後、人間族が召喚したという勇者を観察しつつ、鳥人族の後継者を探すつもりじゃ」
「姫殿下。出発する前に会ってほしい者がいるのだが、構わぬだろうか?」
「うむ、構わぬ」
すると、部屋の中に誰かが入ってくる。現れたのは、騎士服を着用している銀髪が特徴的な魔人族の青年であり、帯剣していた。そして、その剣からは異様なオーラを感じ取ることができた。その剣こそ、魔剣イグニスである。
「はじめまして、姫殿下。私はノクサス・ウォゾン、魔剣イグニスの所有者として本日をもって長老を務めることになりました」
「そなたが魔剣イグニスの所有者か。是非、剣士の端くれとしてそなたと手合わせしたいものじゃが、今は時間がない故、またの機会に」
「姫殿下が優秀な剣士であることは伺っております。是非、その時はよろしくお願いいたします」
二人は握手を交わす。お互い、自らの種族の未来を背負う者。同じ剣士であるということもあり、互いに敬意を払って接していた。二人は後に、新たな解放者の一員として戦うことになる。
〇ヒュージ・バグ
元ネタはメトロイドOtherMのヒュージ・バラッグ。
〇カマル・ダストール
ありふれアフターの登場人物
〇魔剣イグニス
ありふれアフターに出てきたアーティファクト
〇ノクサス・ウォゾン
メトロイドシリーズのキャラクター名と種族名を合体させただけのオリキャラ
アンケートへの回答ありがとうございます。アンケートの通り、通常のゼーベス星人の色は赤にすることにしました。また、容姿に関してはOtherMのゼーベス星人に近くするつもりです。