残酷な描写に注意。
事件があった日の夜、雫が宿泊している部屋に来客があった。それは、親友の香織だった。
「こんな時間にごめんね、雫ちゃん」
「大丈夫よ。それで、どうしたの……いや、聞くまでもないわね……あの時のことについて話したいのでしょう?」
「うん……」
香織は悲しそうな表情で返事をする。
「雫ちゃん……今日、私は初めて殺意というものを抱いてしまったの。今までも誰かへの怒りというものはあったけど、こんなことは初めて。嫌だよね、殺意なんてものを抱いている親友なんて……」
「香織……そんなことはないわ。あんなことがあって、殺意を抱かないはずがないもの。許せないわよね」
雫は香織を抱き締める。
「私は檜山君が……いや、あいつが許せないの。殺意どころか、本当に殺したいと思ってしまった。そんな人の隣に、雫ちゃんはいられる?」
檜山をあいつ呼ばわりする程、香織は檜山のことを殺したいと思っていた。そして、香織は問いかけに対して、雫が答える。
「香織……私はあなたの隣にいるわ。香織がどんな風になったとしても、周囲が何と言ったとしても、あなたの味方よ。地獄だって一緒に行ってやるわ」
「雫ちゃん……ありがとう」
香織と雫は固い絆で結ばれている。今後、何が起きようとも、それが絶たれることはないだろう。その日、香織と雫は互いに寄り添って眠りについたという。
数日後、勇者一行が王宮に戻り、同行していた騎士団から王国と教会に報告がなされ、行方不明だった神の使徒の一人が裏切った事実に、王国と教会の上層部に衝撃が走る結果となった。
なお、檜山の裏切りについては箝口令が敷かれた。神の使徒が裏切ったことが公にされれば、他の神の使徒への信頼が落ち、信仰や教会の影響力が削がれるからである。情報が共有されているのは当事者と王国&教会の上層部の人間、その他の生徒と愛子先生のみだ。特に、愛子先生は檜山の裏切りを知った際に倒れてしまい、しばらくは立ち直れなくなっていた。
この事件は生徒達への影響も強く、檜山と仲良くしていた近藤や中野、斎藤は深く落ち込むようになり、しばらくは訓練すらできないような状態に追い込まれた。彼らほどではないが、他の生徒達も仲間の裏切りにショックを受けている。
精神面にダメージを受けた彼らに対して数日間の休息が与えられたのだが、そんな中で新たな事件が起こる。
王都に向かって飛ぶ物体があった。それは、全身が紫色の巨大なドラゴンを思わせる凶悪な外見の存在。スペースパイレーツの戦闘部隊を率いる指揮官のリドリーである。彼は王都を襲撃するという目的のため、巨大な翼を広げて単独で飛行していた。
やがて、彼の目に王都が映る。ハイリヒ王国の首都は、今に至るまで敵の攻撃を受けたことがない。何故なら、王都にはアーティファクトによって展開された三重の結界が存在しており、都市全体を覆っているからだ。この結界はかなり堅牢であり、外からやって来る敵や攻撃を完璧に防ぎ続けているのだ。
「あれが王都か。巨大なバリアで守られているらしいが……俺様には関係ねぇぜ!」
リドリーは長い時間をかけて口内にプラズマエネルギーを集束させると、王都に向けて強力な熱線『デストロイビーム』を放つ。空中を走る極太の禍々しい光線に、地上にいた人々は一斉に空を見上げる。
極太のビームは結界の防御と拮抗することなく三枚の結界を容易に一撃で貫き、そのまま粉砕してしまう。ビームが着弾した地点はちょうど人口が密集している住宅地となっていたため、一瞬で死体すら残さずに大勢の命が奪われた。
そして、リドリーは王都のど真ん中に堂々と着地すると、勇者を誘きだすために破壊活動を開始する。
「ハハハッ!! 久しぶりの血と肉だ! 殺戮と破壊を楽しませてもらうぜ!」
突然の出来事に、その場にいた一般市民達は動くことができない。リドリーはそこに向かって長い豪腕を横薙ぎに払い、指先の鋭い爪で複数人を一気になます斬りにする。血と肉が大量に飛び散り、辺り一面が赤く染まった。
「ば、化け物だ! 逃げろ!」
運良くリドリーの凶爪の餌食にならなかった何人かの市民が逃げ出していくが、悪魔から逃れることはできない。
「逃がすかよ」
リドリーの尾が突き出される。先端にある矢尻状の部位が空気を切り裂いて進み、市民の体を貫いて真っ二つにする。さらに、口から火球を放って別の市民を灰に変えてしまった。
リドリーはその場に留まって破壊活動を続けていたのだが、しばらくして背後から魔法の雨を浴びせかけられた。
「あぁ?」
なお、その程度の攻撃では掠り傷すら付けることができない。彼が背後に振り向くと、王国の兵士達と一人の騎士が展開しており、攻撃が効いていないことに驚いていた。
「ひ、怯むな! 倒せない魔獣などいない!」
「おいおい、俺を魔獣なんかと一緒にするんじゃねえよ! 俺様はリドリー、スペースパイレーツのリドリーだ!」
「魔獣が喋っただとぉ!?」
「てめえは喋るな」
騎士に苛立ったのか、リドリーはその騎士を大きな手で掴んで持ち上げる。
「は、離せっ! 化け物!」
「てめえには、こいつがお似合いだ!」
次の瞬間、リドリーは掴んだ騎士を地面に叩き付け、うつ伏せの状態で強く地面に擦り付ける。騎士が悲鳴を上げるが、リドリーはそれを楽しんで何度も何度も繰り返し、ついには悲鳴すら聞こえなくなる。
「おい、何か喋ってみろよ! はっ、この程度でくたばりやがって」
手の中に残されたのは、先ほどまで生きていた騎士だったもの。人の形をギリギリ保ってはいるが、体の前面が鎧ごと削り取られており、付近には金属片が混じったミンチ肉が散乱していた。
「さて、てめえらも泣き叫ぶか?」
今度は兵士達を標的にし、にじり寄っていく。皆、目の前で起きた大惨事に腰を抜かしており、顔は絶望に染まっていた。
だが、リドリーの前に降り立つ存在がいた。
「そこまでだ! これ以上、人を殺させない!」
降り立ったのは、金色の聖なる鎧を纏い、聖なる剣を構えた存在。人間族の救世主であると言われている勇者。天之河光輝である。
「皆さん、大丈夫です! 勇者であるこの俺が守ります!」
勇者の登場に、兵士達は希望を取り戻していく。光輝は有名になっており、誰もがこれで助かると思った。
「思ったよりも早く来たなぁ、勇者」
実を言うと、リドリーが暴れているのは王宮に割と近い場所だったりする。そのため、勇者は素早く駆けつけることができたわけだ。なお、勇者パーティーの他の面々は違う場所にいたので間に合っていない。
「ま、魔獣が言葉を?!」
「そいつは聞き飽きたぜ。ま、もう一度名乗ってやるよ。俺様はリドリー! スペースパイレーツの指揮官様だ!」
「スペースパイレーツ……宇宙海賊?」
「悪の宇宙人ってことだよ」
「そうか、悪者なのか! 悪を倒すのが勇者の使命だ。お前に好き勝手にさせない!」
「へえ……やってみせろよ! 勇者!」
リドリーは光輝に向かって一発の火球を放つ。光輝はそのまま回避し、敵に攻撃しようとしたのだが……
「ぎゃぁぁぁ!」
「熱い! 助け……」
「死にたくない……死にたくなっ……」
光輝が回避した火球は後ろにいた兵士達を飲み込み、一瞬で焼き尽くしてしまった。
「あ〜あ、てめえが避けたせいで死んじまったなぁ。回りくらい見ろよ。結局、何も守れてねえじゃねぇか。なあ?」
「あ、あぁ……」
『守ると言っておきながら、結局は何も守れてないからなぁ……フハハハハハッ!』
光輝の頭に、数日前の出来事がフラッシュバックする。檜山に言われたことが何度も頭の中で反響し、光輝から正常な判断力を奪った。
「う、うわぁぁぁ!」
光輝は半狂乱になりながらリドリーに突撃する。全身から魔力の奔流が迸っており、無意識に“限界突破”を使用しているようだ。
「万翔羽ばたき、天へと至れ “天翔閃”!」
光輝は聖剣を振り下ろして大きな光の刃を放つ。”限界突破”で全ステータスが三倍になった状態での発動であり、光輝のステータスも上がっているため、その威力は今までと比べ物にならない。ベヒモスすらも瞬殺できるだろう。
リドリーは天翔閃を特に避けることはせず、そのまま胸部の辺りに直撃を受けた。
「ぐあぁぁぁぁ!」
リドリーは悲鳴を上げ、吹き飛ばされる。そして、衝撃で巻き上げられた土煙が辺り一面を覆った。
「はぁ……はぁ……どうだ、やったか?!」
肩を上下させる光輝。彼は完全にリドリーを倒したと思っていた。しかし……
「おいおい、今のが本気か?」
土煙が吹き飛ばされ、翼を広げた無傷のリドリーの姿が現れる。
「どうして……俺の一撃が……」
「そんなもの、痛くも痒くもねえぜ」
光輝の攻撃が効かなかったのは、攻撃力が防御力を大きく下回ったからだ。リドリーの外皮は強固であり、倒すにはスーパーミサイルか最強の破壊兵器であるプラズマビームを使うしかない。ベヒモスを倒せる程度の一撃では、リドリーには通用しないのだ。相手が悪すぎたとしか言い様がない。
「次はこっちから行くぜ」
「がぁっ!?」
光輝はリドリーに殴り付けられ、体をくの字形に折って吹き飛ばされた。地面を何度かバウンドして漸く停止するのだが、ダメージが深刻なのか、しばらく起き上がることができず、吐血もしている。“限界突破”も制限時間で解除され、副作用の倦怠感とステータス半減を受けてしまう。
(体が……うまく動かない……骨も何本か……)
光輝の技能には“物理耐性”というものがあるが、リドリーの近接攻撃はパワードスーツにすら大ダメージを与えられるものだ。いくら物理攻撃に耐性があるといっても、所詮は生身。リドリーの攻撃に耐えることは不可能であり、“限界突破”を発動していなかったらバラバラにされていただろう。
「上からは殺すなって言われちまってるが、気が変わった。血祭りに上げてやるぜぇ!」
丁度、光輝が聖剣を杖にして立ち上がったところだ。リドリーはそんな光輝に向けて長い尾を突き出す。先端の鋭い矢尻状の部位が急速接近し、光輝の肉体を貫くのではないかと思われた。しかし、次の瞬間に聞こえてきたのは肉体が割ける音ではなく、重い金属音だった。
ガギィィィィンッ!
「勇者の坊主! 今の内に逃げろ!」
光輝の目の前では、褐色肌の騎士が大剣のような両手剣で矢尻状の部位を必死に受け止めていたが、少しずつ押されていた。騎士の名はアンソニー。愛子の護衛をしている神殿騎士である。
「アンソニーさん、どうして?!」
「早く行け! 俺はプリンセ……いや、愛子から頼まれたんだ。生徒達を守ってほしいとな。ぐっ……」
「くっ、分かりました。すいません!」
流石の光輝もベヒモス戦と同じような愚行を繰り返さず、大人の指示に従って退避する。退避が完了したのと同時に、リドリーは尾を引っ込めた。
「ちっ、邪魔しやがって」
「悪いな、化け物。何がなんでも死なせるわけにはいかねえからな」
「まぁ、いい。てめえから殺してやらあ!」
「この野郎、かかってこい! てめえにはお仕置きが必要だ!」
アンソニーに対して豪腕が横薙ぎに振るわれる。鋭い爪が彼を切り裂こうと迫るが、彼は後方宙返りでギリギリで回避する。
「そんなもん当たるかよ! って、うわぁぁぁぁ!?」
しかし、次の瞬間にはテールアタックを受けてアンソニーは吹き飛ばされ、近くの壁に激突して動かなくなってしまった。
「アンソニーさん!?」
「ま、今のところはこれくらいにしておいてやる。今度はヒヤマの野郎がてめえを殺しにくるかもしれねえがな」
「まさか、檜山に人を殺させたのは……」
「あぁ、俺達だ。装備を与えたのもな。命令したのはマザーだが。それじゃ、俺は帰らせてもらうぜ。あばよ」
リドリーは翼を大きく広げて飛び去る。その速度はかなり速く、瞬く間に空の彼方へと消えていった。
「何故だ……何故だあぁぁぁっ!!」
光輝の叫びが瓦礫となった一帯に響く。何故、誰も守れなかったのか。何故、目の前の存在に勝てなかったのか。そんな思いが込められた無念の叫びであった。
王都襲撃事件は多数の死者と行方不明者、負傷者を出して終わった。行方不明者がいるのは、リドリーの攻撃で死体すら残らなかった者がいたからだ。また、教会は事件の犯人であるリドリーについて、魔人族が崇める邪教の神が召喚した神の使徒であると発表し、勇者の奮闘によって撃退されたとした。
敵を撃退したとして光輝は王都の人々から讃えられることになったが、彼は人々の前に姿を現すことはなく、回復魔法で治療された後は自室に引き込もっていた。
「俺は撃退なんてしてないというのに……結果的にそうなっただけなんだ……」
自身がリドリーを撃退したという教会からの発表に、光輝は心苦しく思っていた。自分はリドリーに全く敵わず、リドリーは好き勝手暴れた末に撤退しただけなのだから。
「人を助けることも出来なかった。俺は勇者であるはずなのに、負けてばかりだ。勇者は常に勝たないといけないのに……」
光輝の中では、勇者という存在は必ず敵を倒して光り輝く存在だった。思い描く勇者という存在とは程遠いような出来事しか起こらないことに、光輝は苛立っていた。
「どうして都合の悪いことばかり。大体、南雲が現れてからだ。全てがおかしくなったのは……」
光輝は思う。ハジメが現れてから都合の悪いことが起き始めたのだと。運動や学業では常に一位になれるとは限らなくなり、香織は光輝の周囲から離れてしまい、他の幼馴染達は自分の言うことに必ずしも賛同してくれなくなった。クラスメイト達だって、ハジメを支持する者が増えていた。
「もっと強くならないと。俺が強くなって敵を倒せば、みんな俺のことを見てくれるはずなんだ。香織も雫も龍太郎も、みんな死んだ南雲のことなんか忘れてくれるはずだ」
光輝はハジメの存在を諸悪の根源であるとした。消えた後も影響力を残しているハジメは邪魔であると考え、自分が強くなることで彼の影響力を消し去ろうと考えたのだ。
数日後、怪我から完全に回復した光輝の姿は朝早くから訓練場にあり、病み上がりだというのに今まで以上に激しい訓練をしているのが目撃されたという。
後、言い忘れていたがアンソニーは大怪我しながらも普通に生きており、体の頑丈さと香織の回復魔法のおかげで五体満足である。
「ふぅ、あの時は死ぬかと思ったぜ……体の頑丈さには自信があったんだがな……聖女の嬢ちゃんには感謝しねえとな……」
元ネタ的にアンソニーは歩く生存フラグなので絶対に死なない。