翌日、シアは新装備を使用した訓練を開始した。場所は昨日と同じであるが、シアはフル装備になっているし、ハジメはバリアスーツの姿になっていた。
「シア、今日からは身体強化を好きに使っていい」
「いいんですか?」
「あぁ。ただし、俺もパワードスーツを使わせてもらう」
身体強化を本気で使用したシアに、生身のハジメでは勝てるはずがない。そのため、ハジメはパワードスーツを使うことにした。
「シア、新装備の使い方は理解しているか?」
「大丈夫です」
「今回からは訓練が少し厳しくなる。自身の能力と装備の性能を理解し、最大限に活かすことができなければ、乗り越えることは不可能だ」
「はい、師匠!」
やがて、二人は対峙する。シアが本気で身体強化をしながらファイティングポーズをとる一方、ハジメは腕組みをしたまま仁王立ちしていた。
「そうだ。言い忘れていたが、今回からは飛び道具を普通に使用する。一応、使用するのはパワービームで、非殺傷出力に下げておくが……」
「……が?」
「当たると死ぬほど痛いぞ」
エネルギーシールドがあったとしても、身体強化で体を硬化させていても、丈夫な素材やアーマーで守られていたとしても、攻撃のダメージは防げるが着弾の衝撃までは無効化できない。そして、攻撃が非殺傷だとしてもゴム弾と同様に威力は本物である。
「だからこそ……死ぬ気で避けろ!」
「わわっ?!」
その時、腕組みをしていたはずのハジメが違和感の無い自然な動きで攻撃態勢へと至り、アームキャノンを連続で発砲する。
「ちょ……師匠!?」
あまりにも自然な動きだったためにシアは反応が遅れるが、飛来するビームをギリギリのところで何とか躱していく。
「立ち止まるな! 止まったら死ぬと思え! 動け! 自身の能力と装備の性能を最大限に活かし、状況を見極め、その場を切り抜けろ!」
「はっ、はい!」
(これから先、厳しいことが何度もあるはずだ。それらを乗り越えるためにも、今は……)
強い言葉を使うハジメだったが、それは弟子のシアを思ってこその行動。今後、厳しい状況がくる可能性を考えると、多少は厳しくする必要がある。ハジメはそう考えていた。
そして、シアはその場で立ち止まるのを止め、今度はハジメの方へと突進してきた。ハジメの放つビームをステップで回避し、避けきれないものはエネルギーフィールドを張った拳で弾きながらも、少しずつ距離を詰めていく。
そして、シアは地面を砕く勢いで蹴り込み、腰のスラスターを噴射しながら、ハジメに対して一直線に突き進み、拳の一撃を浴びせようとする。射撃の格好の的ではあるが、両腕のフィールドを結合させてバリアとし、前面に展開することで射撃を防ぐ。
「でりゃぁぁぁぁ!!」
裂帛の気合いと共に右の拳を打ち出すシア。身体強化を最大にした状態であり、岩をも砕く鉄拳は雷の如き速度でハジメに迫る。
(もらいました!)
しかし、拳が直撃するかと思われた瞬間、ハジメの姿が掻き消えた。
「消えた?!」
直撃すると確信していたため、シアは驚いて立ち止まる。立ち止まってはいけないことを思い出してすぐに動き出したが、その一瞬が戦いでは命取りである。
ドガッ!
「ふんぎゃぁぁぁぁ!!」
背後から放たれたビームが尻に直撃し、叫び声を上げながら倒れこむシア。彼女は美術館のオブジェのような体勢で動けずにいた。
「し、師匠……どうやって私の後ろに……」
「飛び越えただけだが?」
ハジメの動体視力はシアの鉄拳を完璧に見切っており、スーツの重そうな外見に見合わない身軽な動きで跳躍して回避し、体操選手のように空中で体を捻りながら着地すると、即座に振り向きながら発砲していた。
「女の子の尻を狙うなんて、もしかして師匠は変 t……ぐぎゃぁぁぁ!!!」
余計なことを言おうとした……というか殆ど言ってしまったシアは、死ぬほど痛いビームを尻に再びぶち込まれるという制裁を受けた。なお、ハジメに尻を狙う趣味はない。
「余計なことを言えるだけの元気はあるようだな。なら、もう少し本気で射撃させてもらうぞ」
「待って! 止まって! うぁあああ!!!」
ハジメのアームキャノンからビームの連射が始まり、シアの悲鳴が辺り一帯に響き渡った。
パワードスーツをハウリア族に渡した一週間後、ハジメ達はハルツェナ樹海の入り口に集結していた。外側から見る限りでは草木が鬱蒼と生い茂る森にしか見えないのだが、中に入ると一瞬で霧に覆われてしまうのだという。
「カム。俺達はこれからフェアベルゲンに向かう。この作戦はハウリア族の……そして、将来産まれてくるであろう魔力持ちの亜人族の運命を左右するものとなる」
「その通りですな、大将」
「最初は任せる。俺とユエでは迷うことが確実だからな」
濃い霧に覆われた樹海の中では視界が塞がれ、自分が何処にいるのか分からなくなってしまうのだが、感覚の鋭い亜人族は迷うことなく樹海を通り抜けることができる。また、この霧は透視機能を持つXレイバイザーを妨害することが確認されており、どう足掻いても霧を透視することは不可能である。
「これより、各小隊は樹海内に散開し、本隊周辺の脅威の排除と並行してフェアベルゲンの警備隊の位置を捕捉、報告せよ」
カムの指令を受け、パワードスーツを装備した五人で構成される七個小隊が樹海に散開していく。その場に残ったのはカムが率いる本隊、フル装備のユエ&シア、バリアスーツを展開したハジメであった。
「大将、お嬢、それでは行きましょう」
散開した七個小隊に続き、本隊も樹海に足を踏み入れた。ハジメ達の周りをカム達が囲む形で霧に包まれた道無き道を進んでいくのだが、カムの足取りに迷いはない。
時折、散開した小隊が撃ち漏らした魔獣が接近してくるが、最高戦力であるハジメが動くまでもない。
ある時、襲いかかってきたのは腕が四本ある体長六十センチ程度の猿。そんな彼らが三匹、霧を掻き分けるようにして飛びかかってきた。その内の一体が、先頭のカムに迫る。
「分かりやすい動きだ」
カムはバックステップで飛びかかりを回避すると、コンバットナイフを構えて踏み込み、その刃を連続で振るう。すると、次の瞬間には猿の四本腕が宙を舞う。
「はっ!」
コンバットナイフを一閃。その首を飛ばされた猿は、その断面から血を吹き出した。
「グギャァァ!」
二体目の猿が、頭に光の矢を受けて絶命する。矢が飛んで来た方向には、ボウガンのような武器を構える小柄な戦士がいた。ハウリア族最強の狙撃手、パル君(十一歳)である。
「ふっ、止まって見えるぜ」
話し方からは信じられないかも知れないが、彼は十一歳の少年である。彼はハジメから射撃の腕を見込まれ、ビームボウガンという光の矢を放つ武器を任されていた。
二体の魔獣がカムとパルによって狩られたが、その隙に最後の一体がハウリア族の囲いをすり抜けてハジメ達に迫る。だが、ここでシアが動いた。
「どりゃぁぁぁ!!」
飛び込んでくる猿に対して、シアが拳を突き出す。攻撃と同時にガントレットがキィイイイイイ!!!という甲高い音を響かせて高速振動しており、一撃で猿の肉体を粉砕する。これは“振動粉砕”といい、ガントレットの機能の一つである。高速振動させることで、攻撃の威力を上げることができるのだ。
そして、彼らが樹海に入ってから数時間が経過する。その間、魔獣の襲撃が何度かあったが、ハジメ達の敵では無かった。
〈こちら、第一小隊。フェアベルゲンの警備隊を捕捉しました。マーカーを打って位置を共有します〉
すると、全員のバイザーにマーカーが表示され、警備隊の居る場所が共有される。
〈よくやった。各隊は打ち合わせの通りに行動を……〉
本隊は警備隊の居る地点に向けて一直線に移動を開始する。案の定、数分で警備隊と真正面から接触した。
「貴様ら! 何者だ!?」
目の前に現れたのは、筋骨隆々の虎の亜人で構成された部隊だった。その全員が両刃の剣で武装しており、パワードスーツに身を包んだハジメ達を、殺気を放ちながら警戒していた。
そして、ハジメはヘルメットを解除し、亜人達の視線が一斉にハジメへと向けられる。
「人間族!? そうか、貴様らは奴隷狩りか!フェアベルゲンに手を出させはしないぞ!」
そんな中、シアが前に一歩進み出るのだが、隊長と思われる亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれた。
「白い髪の兎人族……だと? なるほど、貴様らは報告にあったハウリア族だな!? 亜人族の面汚し共め! 同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! 総員、かッ!?」
バシュッ! ズガァァァン!
攻撃命令を出そうとした瞬間、何処からか飛来した一発の光弾が彼の頬のスレスレを通過し、背後の木に着弾すると雷のような轟音と共に木片を飛び散らせる。そして、それを皮切りに周囲から姿を現したハウリアの戦士達が警備隊を包囲した。
「なっ!?」
急に起こった事態に、虎の亜人達は状況を飲み込むことができない。それどころか、四方八方からカミソリのような殺気を浴びせられ、心なしか浮き足立っているように見えた。
(こいつら、本当にあの軟弱な兎共なのか!? まるで、命を確実に刈り取る処刑人ではないか!)
フェアベルゲン第二警備隊の隊長であった虎の亜人は、冷や汗を流しながら内心で喚く。矮小な存在だったはずのハウリアの姿が、今では命を刈り取る凶刃を首元に振り下ろさんとする処刑人に見えていた。
彼は確信した。攻撃命令を出した瞬間、先程の光弾とハウリアが装備する刃が自分達に襲いかかり、生き残れる可能性が低いことを。
「人間族……何が目的だ……?」
隊長はハジメを睨み付けて端的な質問をする。その目には、ハジメの返答によっては最後の一人となるまで立ち向かうという覚悟が籠っていた。
「長老衆と話がしたい」
「長老衆と話したい……だと? 何のために?」
隊長は少し困惑する。亜人族を奴隷にするために来たのかと思えば、単純に長老衆と話がしたいという予想外の目的だったのだから。無論、それは嘘である可能性も彼の頭には浮かんでいたが。
「俺は鳥人族の後継者だ。亜人族であれば、鳥人族の名ぐらいは知っているはずだが……」
「勿論だ。亜人の国を鳥人族が救ったという伝説なら知っている。しかし、人間族が鳥人族の後継者というのは……」
「俺は鳥人族に育てられ、彼らの因子を受け継いでいる。そして、迷宮の一つを攻略したことで彼らの代理人から後継者として認められ、フェアベルゲンに向かうように指示を受けている」
隊長は、ハジメの言っていることが信じられなかった。人間族であるハジメが鳥人族に育てられたこと、その因子を受け継いでいること、迷宮を攻略し、後継者として認められたということ等……普通なら戯言として切り捨てているだろう。
しかし、ハジメはハウリアという戦力のお陰で圧倒的に優位な立場にある。そんな彼が適当なことを言う必要はなく、一言一言が確信に満ちているように感じられる。そこで、隊長はハジメに提案した。
「本当に長老衆と話がしたいのなら、少人数であればフェアベルゲンに案内してもよいと、俺は判断する。部下の命を無駄に散らしたくはないからな」
隊長の言葉に、周囲の亜人達からは動揺する気配が広がる。何故なら、樹海に侵入した他種族を抹殺するのが通例だった彼らにとって異例の判断だったからだ。
「だが、警備隊長に過ぎない私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。長老衆ならば、何か知っておられるかもしれない。本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」
「その提案、承知した。俺が鳥人族の後継者であることを伝えてもらいたい。あなた方の譲歩に感謝する」
ハジメは彼の提案を受け入れ、感謝の言葉と共に頭を下げる。人間族が亜人族に頭を下げるという衝撃の光景に、亜人達は驚愕した。
「ざ、ザム! 聞こえていたな! 長老衆の方々に嘘偽りなく伝えろ!」
「りょ、了解!」
ザムと呼ばれた虎の亜人は、包囲するハウリアの一人が退いた所を通してもらい、霧の中に消えていった。
両者とも警戒を解くことはない。そして、樹海の一角を重苦しい雰囲気が支配する状態のまま約一時間経過した頃、霧の奥から数人の亜人が現れた。
彼らの中央にいる初老の男が特に目立つ。美しい金髪、深い知性を感じられる碧眼、吹けば飛んでいきそうな細い体、先が尖った耳が特徴的であり、森人族であることが分かる。その威厳に満ちた顔にはシワが刻まれており、彫刻のような美しさを放っていた。
ハジメは、彼が長老の一人であると推測する。しかし、彼はここで想定外の行動を見せた。
「おおっ! この鎧は鳥人族が作ったものに違いない! 丸い肩、腕の火を吹く筒、橙色の装甲! まさしく、“鳥人族の後継者”の予言にある装備だ!」
なんと、ハジメの姿を見た長老(仮)は目を見開き、威厳に満ちた姿を何処に捨ててしまったのか、腕をブンブンと振り回しながら、興奮したような様子で駆け寄ってくると、スーツをペタペタと触り始めたのだ。
周囲のハウリア族は彼の正体を知っているのか、彼を止めたり捕えるようなことはしない。だが、その挙動を見た全ての者がドン引きする。皆、口をポカンと開けており、微妙な空気が流れた。
「父上! 何をしているのですか? 彼も困っています。落ち着いてください」
「おぉ……すまんな、アリア……少し興奮してしまった……」
娘と思われる森人族の女性に注意され、流石にやり過ぎたと思った彼は、バリアスーツに触るのを止めてハジメから少し離れると、気を取り直して名乗った。
「私はアルフレリック・ハイピスト、フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている」
「アリア・ハイピストだ。父上が無礼なことをしてしまい、申し訳ない」
ハジメの予想通り、アルフレリックと名乗った彼は長老の一人だ。そして、その娘の名はアリアといった。彼女は目付きが鋭い気が強そうな長身の美女であり、体が細い森人族にしては筋肉があった。ハジメは、彼女から戦士の風格を感じていた。
「お前さん、名は何と言ったか?」
「南雲ハジメと申します。長老殿」
ハジメは左手を胸に当てながら、長老のアルフレリックに対して一礼する。この日、ハジメは、誰の血も流すことなく亜人族の長老の一人と接触することに成功した。
普段のハウリア族はこれまでとあまり変わらないですが、戦いの時になると口調が軍人みたいになったり、普通に殺気を飛ばしたりします。
アリア・ハイピスト
→オリキャラ。アルフレリックの娘で、この話では言及していないが、アルテナの母である。