「状況はどうなっていますの?」
「はっ。現在、最前線の陣地が謎の集団による襲撃を受け、死者多数。また、一つだけ敵の死体を回収しているとのこと」
トレイシー・D・ヘルシャーは部隊を自ら率い、対魔人族の最前線へと続く街道を進んでいた。ここ最近、魔人族による攻勢が強まっており、前線の兵士を鼓舞するために彼女は出陣したのだ。
そんな中、彼女は最前線の陣地が襲撃を受けたという連絡を受ける。多くの死者を出しながらも撃退し、一体のみだが撃破にも成功したとのことだった。
「謎の集団……何だか面白くなってきましたわね」
「殿下、くれぐれも無茶をし過ぎるようなことは……」
「分かってますわ。でも、未知の敵との戦いほど胸が踊ることはありませんわ」
しばらくして、トレイシーの軍勢は最前線の陣地に入る。現地の兵士に案内された天幕で彼女が見たのは、蟹を人型にしたような謎の生物……ゼーベス星人の死体だった。
「これが、襲撃者ですの? あまり、強そうには見えませんわ。どちらかというと、食料になりそうな……」
「殿下、こやつは見かけによらず強力でした。筋力も俊敏も我々以上であり、ハサミからは鎧や盾を貫通する光弾を連射してくる。まさに悪魔です」
「是非、動いているところを見てみたいですわ」
そして、トレイシーはゼーベス星人の死体に近付き、ナイフを甲殻に突き立ててみるが、それだけで刃が欠けてしまう。
「中々の硬度ですわ。おそらく、アーティファクトに類する武器か、貫通力に優れた魔法でなければ、対抗は不可能。この武器を持ってきて正解でしたわ」
トレイシーは背負っていた大鎌を手に取る。刃の部分は布でグルグル巻きにされていたのだが、その内部から禍々しい雰囲気を感じ取れた。この大鎌は魔喰大鎌エグゼスといい、帝国の初代皇帝がとある町の付近にある湖の底から発見したアーティファクトである。
「殿下、問題なのはそれだけではありません。こやつの体内には魔石が存在していませんでした。それが示すことは……」
「正体が魔獣ではないということですわね。魔力もないようですし、新種の亜人とでも考えるべきですわ」
「亜人風情が……」
その時、外の方で怒号と絶叫が響き渡り、天幕の中に負傷した兵士が飛び込んできた。
「奴らが……き、来た……」
それだけを言い残して息絶える兵士。その体は一部が抉りとられたように欠損していた。
「どうやら、噂の彼らが現れたようですわね。今こそ、エグゼスの力を見せる時が来ましたわ!」
トレイシーはゼーベス星人と一戦交えることしか考えておらず、エグゼスを担ぐと戦場へと飛び出していった。
「お、お待ちください! 殿下ぁぁぁ!!」
その場に部下達とその叫びを置き去りにしながら……
トレイシーが向かった先では、数十体のゼーベス星人が活動していた。彼女は、周囲に帝国兵の死体や装備が散乱している状況を作り出した彼らに臆することなく接近していく。
ゼーベス星人の方からも彼女の姿は視認できているのだが、特に彼女に対して攻撃するわけでもなく、単純に見ているだけだ。その視線は彼女に対する侮りが殆んどを占めており、完全に舐めていた。
だが、トレイシーから一定の範囲内に入った瞬間から彼らの態度が露骨に変わる。侮りから警戒へと切り替わり、一斉に飛び退いて距離を取ったのだ。
ゼーベス星人には戦闘能力の高い支配種に従う習性が備わっており、相手の強さを感じとる能力が比較的高いものとなっている。彼らは二つの強力な気配を感じ取り、本能的に理解した。自分達の指揮官には及ばないものの、目の前の女とその得物が危険であると。
「酷いですわ、レディが近づいた瞬間に逃げるなんて……この私と踊ってくれる勇敢な者はいないんですの? これにはガッカリですわ!」
挑発するトレイシー。彼女の話す言葉の意味など異星人であるゼーベス星人には理解できないのだが、自らへの挑発であることは伝わっていたらしく、獣のような唸り声を上げて怒り狂っていた。
「そう、それでいいんですわ! さあ、私と死の
そう叫びながら、トレイシーはエグゼスを覆っている布を一気に取り去る。そこから姿を現したのは漆黒の大鎌であり、常にドス黒いオーラを放っている。そして、そのオーラは彼女の全身にも纏われていた。
「トレイシー・D・ヘルシャー、いきますわ!」
黒いオーラを纏ったトレイシーは鋭い踏み込みを見せ、素早くゼーベス星人との距離を詰めると、大鎌を横薙ぎに振るって攻撃する。
風を切り裂く音を立てて迫る斬撃をバックステップで回避する星人だったが、トレイシーはそれを見て不敵に笑った。
何故なら、振り抜いた直後にエグゼスから噴き出していたオーラが斬撃となって放たれ、ゼーベス星人を追撃するからだ。いきなり飛来した斬撃を回避できず、星人は斬首された。
エグゼスは使用者の魔力を喰らうことで様々な機能を発動する。一つは、使用者の身体強化だ。黒いオーラを纏っている間は使用者の身体能力が上昇し、勇者とも対等に戦えるようになる。二つ目は先ほど見せた黒いオーラを斬撃として飛ばす機能であり、その威力は勇者の放つ天翔閃に匹敵している。
「さあ、次は誰が踊ってくれるんですの?」
動き出すゼーベス星人の集団。各々がトレイシーを包囲するように位置取りしており、決して頭が馬鹿というわけではない。そして、ゼーベス星人は唸り声を上げて襲いかかる。
「ふふっ、そうこなくってはぁっ!!」
嬉々としてゼーベス星人との交戦に入るトレイシー。エグゼスによって強化された身体能力を活かし、多数の敵を相手に大立ち回りを演じていた。
飛びかかりを数歩下がって躱し、すれ違いざまにエグゼスを振るって両断する。ビーム射撃はエグゼスをバトンのように高速回転させることで防ぎ、その動きを的確に次の攻撃へと転化させ、超高速の連撃を繰り出していく。
重量級の武器に分類され、長い柄のある大鎌は扱いが難しい武器である。だが、トレイシーはそれを自分の体の一部のように扱い、その圧巻とも言える技量をもって敵に襲いかかるのだ。
「あら、逃げるんですの!? 舞踏会はまだ終わっていませんわ!」
すでにゼーベス星人達は逃げ腰である。トレイシーはエグゼスの刃を地面に突き立てると、高笑いしながら機能の一つを解放する。
「おーーーほっほっほっ!! 砲撃ですわぁ!」
トレイシーの魔力を喰らい、変形したエグゼスの先端から現れたのは大口径の銃口。トレイシーは柄の中程にあるコッキングレバーを引くと、砲撃形態となったエグゼスから魔力弾を放つ。
ズガッ! ズガッ! ズガッ!
一定の間隔で放たれた魔力弾はゼーベス星人を追尾し、頭部を正確に貫いていく。反撃のビームが飛んでくることもあったが、瞬時にエグゼスから展開された防楯に阻まれ、逆に撃ち抜かれて終わりを迎えた。
「最後はあなただけですわ」
最後の一体になったところでトレイシーは砲撃モードを解除し、ゼーベス星人に歩いて近づいていく。
「あなた達は一体、何処から来たんですの? そして、何者なんですの?」
トレイシーが問いかけながら接近する度に、ゼーベス星人も後退する。だが、死神の凶刃から逃げることは叶わない。
「ふふっ、断罪のお時間ですわぁ!」
相手を処刑すべく、急速に接近するトレイシー。最期の足掻きとして放たれたビームを跳躍して回避すると、エグゼスの刃を折りたたんで戦斧形態に変形させ、そのまま叩きつけた。
「死になさい!」
エグゼスの一撃はゼーベス星人の頭部をかち割り、その肉体を引き裂いて地面に達する。強い衝撃が大地に走り、大きな放射状の割れ目が盛大に刻まれることになった。
「どういうことだマザー! 南雲が生きているだと!?」
「どうもこうも、それが事実です。我々の部隊が彼と交戦し、全滅した報せが上がってきています」
いつものように虐殺を行い、基地へと帰還した檜山大介に告げられたのは、自分が殺したはずの男が生存しているという事実だった。
「全滅? 普通の人間だとパイレーツに勝てないはずだろ?」
「その辺りも含めて説明します。パイレーツと南雲ハジメの関係について……」
そして、映像や画像を交えてハジメに関して説明していくマザー。クラスメイトや周囲の人間に明かされていない情報が始めて開示され、檜山は驚きを隠せない様子だった。
「どうして最初から言わなかった?」
「当時、我々は彼が死亡したとものと考えていました。すでに死んだ者の情報を開示する必要などありません」
「まあいい。でもよ、あいつは最初からパワードスーツを持っていたくせに、使わなかったんだな。クソが、力を隠しやがってぇ!」
檜山は思った。ハジメが力を隠さずに最初からパワードスーツを使っていれば、今頃の自分はこんな面倒なことにはならず、甘い汁だけを吸っていられたのではないかと。
「今のあなたにとって最善なのは、彼を殺害することでしょう。たった一人を殺す……それだけであなたは幸せを手にすることができますよ」
「そうか、そうだよな。あいつを今度こそ完全に消してやれば……ヒヒッ」
檜山はマザーの口車に乗せられ、ハジメの殺害を考える。たった一人の命で幸せが手に入るのであれば、彼が話に乗らないはずがない。そもそも、虐殺を繰り返したことで命に対する感覚が軽くなっており、彼を後押ししていた。
ちなみに、檜山が繰り返した虐殺の情報は勇者一行や先生にも報告されており、かなりの衝撃を彼らに与えている。先生に至っては落ち込みがかなり深いものとなっていた。
「ですが、その前に北の山脈地帯へ向かってもらいます」
「山脈地帯だと? どうしてそんな辺鄙な場所に行かなきゃならねえんだ?」
「現在、山脈地帯では魔人族がとある作戦を準備しています。我々はその作戦に協力し、とあるターゲットを殺害します。最終的には、南雲ハジメを誘き出すこともできるでしょう」
北の山脈地帯には、迷宮ほどではないが強力な魔獣が生息している。魔人族の作戦は、山脈地帯の魔獣を使役して大軍団を編成し、付近にあるウルという町を壊滅させるというものだった。
ウルは湖畔に位置しており、その豊富な水源によって稲作が盛んな土地だ。稲だけでなく様々な農作物が生産されていることから重要拠点となっていて、王国の食料の多くはそこで育てられたものである。
また、ウルは後方にあるために守りが重視されておらず、物々しい雰囲気など全くない観光地となっている。魔人族からすれば格好の獲物であり、王国に大ダメージを与えられるアキレス腱であった。
「そのターゲットというのは誰なんだ?」
「豊穣の女神と呼ばれている女、畑山愛子。あなた達の先生です」
ウルの町が狙われたもう一つの理由は、彼女の存在である。作農師である彼女は各地を巡って農地開発・改良を行っており、いつしか〝豊穣の女神〟という二つ名で呼ばれ、王国において影響力を強めていた。
そんな彼女の次の目的地はウルの町だ。王国の重要拠点に重要人物が訪れている。その両方を同時に潰せる貴重な機会を魔人族が見逃すはずがないのだ。
「もしかして、先生は殺せませんか?」
「いや、俺は先生でも殺す。そもそも、あんなチビは好みじゃねえ」
「欲望に忠実ですね。時が来たら、あなたには山脈地帯で魔人族と合流してもらいます。詳細は現地にて説明しましょう」
かつてのクラスメイトや先生を殺すため、動き出す檜山。ウルの町における彼らとの再会がどのような結果をもたらすのか。それはまだ分からない。
彼らの運命や如何に……
トレイシーvsパイレーツは書いてみたかった