「ふふっ、女の子同士のイチャイチャ、今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」
健気な月明かりが地上のとある建物……の屋根の上にいる少女を照らし出す。どこぞの
「この日のためにクリスタベルさんに教わったクライミング技術その他! まさかこんな場所にいるとは思うまい、ククク。さぁ、どんな過酷をしているのか、この目で確認してあげる!」
静かな夜に、ハァハァと興奮したような気持ち悪い荒い呼吸音だけを響かせているこの少女は、まさかの“マサカの宿”の看板娘ソーナちゃんである。明るく元気で働き者の彼女は、美人というわけではないものの、野に咲く一輪の花のように素朴な可愛さがあり、彼女を狙う独身男もそれなりにいるのだが……
現在、そんな彼女は無駄に高度な技術を駆使して覗き中である。その表情は完全にエロオヤジのそれであり、惚れている男達が見てしまったら幻滅すること間違いなしだ。
「よく見えないわ……でも、もうちょっとだけ降りれば……」
「それ以上はいけない」
「え?」
その瞬間、ソーナの体が上方向に引っ張られ、先程までいた屋根と誰かの足が視界に入ってくる。片足が誰かに掴まれている感覚があり、よく見てみると真顔のハジメが左手のみで自身の足を持っていた。要するに、彼女は宙吊りになっているのだ。
「何をしていた?」
「誤解ですよお客様〜。こ、これは、その、宿の定期点検です!」
「夜中にやれば目立たないだろうからな……それは当然か」
「そ、そうなんですよ〜。昼間にやるとボロ宿だと思われてしまうんで、ね?」
「まあ、評判は大事だからな。そういえば、この宿には覗き魔が出るという悪評があるそうなんだが……」
「そ、それは由々しき事態です! の、覗きだなんて、ゆ、許せません、よ?」
「お前だ」
そして、ハジメはソーナを宙吊りにしたまま、足場のない空中に突き出す。このまま手を離されたら、真っ逆さまに落ちて地面と盛大に抱擁すること間違いなしである。
「ひぃーー、ごめんなざぁ~い!」
落ちたら人生が終了する高さで宙吊りにするなんて、一般人の女の子にするような所業ではない。これが初犯であれば手加減されただろうが、ライセン大迷宮から帰還した翌日、再び宿に泊まった夜から毎晩のように覗きをされたとしたら、話は違う。飯が旨くなければ、こんな宿はすぐに出ていっていただろう。
「下を見てみろ。お前の母親が待っているぞ」
「ひ、ひぃ!!」
真下にいる鬼の存在に気づき、悲鳴を上げるソーナ。母親はゆっくりと手を掲げ、おいでおいでしている。満面の笑みを浮かべているにも関わらず、目は笑っていない。
「尻叩きで済めばいいほうだろうな」
「いやぁああーーー!」
この日も、夜中の町に彼女の悲鳴が木霊した。
冒険者ギルドブルック支部の扉が開き、入ってきたのは三人の人影だった。その正体は、最近になって町で有名人となったハジメとユエ、シアである。
ギルドのカフェにいる冒険者達はその姿を見ると片手を上げて軽く挨拶したり、ただ見つめるだけであったりと、過激な様子は全く見受けられない。
この町に滞在して一週間。暴走した冒険者に対処したり、子供達に護身術を教えたりしているうちに、この町でハジメに関する様々な評判が伝播していった。
その最たるものは、男の冒険者連中の間で囁かれている、“抹消者”や“地獄の番犬”といった二つ名だろう。これは当初から言われていたものであり、〈娘と弟子を狙う奴絶対殺すマン〉ということで今でも恐れられている。
それとは対照的なのは、子供達や奥様方からの評判だ。子供達からは護身術を教えてくれるお兄さんとして人気であり、奥様方からは護身術に加えて道徳的な面も教えてくれるので、教育に良いとして高い評価を頂いている。
また、ブルックの町には様々な派閥が出来ており、例えば「ユエちゃんのお父様になり隊」や「シアちゃんの奴隷になり隊」、「ハジメ様の門弟になり隊」といった連中が存在し、鎬を削っているらしい。
なお、行動が過激だったのでハジメによって全てしばかれている。最後の派閥に至っては町で謎の集会を行い、ハジメのことを「偉大なる指導者」と呼んで騒いでいる。あまりにも煩かったのでハジメによって壊滅させられたが、残党がまだいる。その構成員の殆どはハジメにぶっ飛ばされて何かに目覚めた冒険者だったりする。
「あら、いらっしゃい。三人一緒なのは珍しいねえ」
カウンターに近付くといつも通りにキャサリンがおり、声をかけてくる。彼女の言う通り、ここ一週間でギルドにやってきたのは基本的にハジメ単独か女子二人組だからである。
「あぁ。翌日に町を出る前に挨拶をしておこうと思って。あなたにはかなりお世話になったのでね。ついでに、目的地に関係する依頼を受けられるといいのだが…」
この町でいざこざに遭遇した時、その後処理でハジメ達はキャサリンに助けられることが多かった。それに加え、アーティファクトの実験ができる広い部屋を欲していたハジメに無償でギルドの部屋を貸してくれたこともあり、かなりの恩があった。
「そうかい。行っちまうのかい。寂しくなるねえ、あんた達が来てから賑やかで楽しかったんだけどねぇ…」
「賑やかだったのは間違いないのだが、この町の変人達はどうにかならないのか?」
「ごめんねえ。この町は変人が何故か集まってくるのよ。でも、みんな根は悪い子達じゃないから、慣れれば大丈夫よ」
そう言いつつも、キャサリンは苦笑いを浮かべている。
「それで、何処まで?」
「フューレンだ」
フューレンとは、中立商業都市のことだ。ハジメ達の次の目的地は七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】である。そこに行くためには以前攻略した大火山のある【グリューエン大砂漠】を越えていく必要があり、砂漠に向かう途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に立ち寄ってみようという話になったのだ。
本当ならスターシップで飛んでいけば簡単に砂漠を越えられるのだが、神の使徒による襲撃があったこともあり、使徒やパイレーツに補足されやすい目立つ移動手段を避けて陸路を行くことにした。また、現時点でスターシップは非武装であり、連中に狙われたらひとたまりもないという事情もある。
「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」
「受けたいところだが、連れを同伴しても構わないのか?」
「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを雇ったり、奴隷を連れた冒険者もいるからね。それに、二人とも結構な実力者だし、一人分の料金で三人の優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」
「分かった、受けよう。たまには急がずに移動するのも良さそうだ」
ハジメは依頼を受けることをキャサリンに伝える。地上移動用のビークルを持っているので商隊に同行する必要などないのだが、二人を楽な移動手段に慣れさせてしまっては教育に悪いと思ったのだ。
「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
「承知した」
ハジメが依頼書を受けとった後、キャサリンはユエとシアに目を向けた。
「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子のことで困ったことがあったら、何時でもここにおいで。あたしが叱ってやるからね」
「……ん、お世話になった。ありがとう」
「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」
まるでオカンのようなキャサリンの人情味溢れる言葉に、二人の頬が緩む。特にシアはそれが顕著だ。彼女はブルックに来てから自分が被差別種族であることを忘れそうになっており、全員が友好的というわけではないのだが、差別的な扱いをしてくるものは全くいない。極端な例を挙げれば、自分がシアの奴隷になりたいという変人集団がいるくらいである。それはさておき、彼女にとってブルックの町は故郷のように温かい場所だった。
「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」
「承知している。言われなくても、二人を守ることが俺の責務だからな」
そんなことは当然だと返すハジメ。そんな彼に、キャサリンは一通の手紙を差し出した。
「これは?」
「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せなさい。少しは役に立つかもしれないよ」
手紙一枚でお偉いさんに影響を及ぼすことのできる女、キャサリン。もしかすると、昔はギルドの中枢かそれに近い場所にいたのかもしれない。
「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」
「あぁ、そうだな。有難く受け取っておこう」
「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」
謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリン。そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みを受け、ハジメ達は見送られた。
そして、翌日の早朝。ハジメ達は町の正面門の前に来ていた。彼らを出迎えたのは、商隊のまとめ役と護衛依頼を受けた他の冒険者達。ハジメ達の到着が最後であり、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者がハジメ達を見てざわついた。
「お、おい。まさか残りの奴ってあの抹消者なのか!?」
「マジかよ……下手なことしたら消されるぜ」
「見ろよ、俺の手……さっきから震えが止まらないんだが?」
「それはアル中だからだろ?」
ハジメの登場に恐怖を覚える冒険者達。手の震えをハジメのせいにするアル中野郎もいたが、気にしてはいけない。
「君達が最後の護衛かね?」
「あぁ、これが依頼書だ」
すると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけてきたので、ハジメは依頼書を提示する。彼はそれを確認し、自己紹介を始めた。
「私はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
「ハジメ・ナグモだ。こちらはユエとシア。よろしく頼む」
「ところで、この兎人族を売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが……」
値踏みするようなモットーの視線がシアに向けられる。嫌そうな表情のシアがハジメの後ろに隠れ、ユエからは非難するような厳しい視線がモットーに浴びせられる。だが、これは樹海の外にいる亜人に対する一般的な感覚であり、彼は別に悪くない。
「ほぉ、随分と懐かれていますな……中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」
「手放すつもりはない。シアは大事な仲間だからな。たとえ、どこぞの神が欲したとしてもだ。理解してもらえただろうか?」
何か交換材料がないかと会話を引き延ばそうとするモットーだが、ハジメの意志は絶対に揺るがない。
神は一人ではないので直接教会にケンカを売るものではないが、教会を敵に回しかねないグレーゾーンな発言によって、そのことを理解させられた彼は、とりあえず引き下がることにした。
「えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ」
そして、モットーは商隊の方へと戻っていくのだが、今のやり取りを見た冒険者達がざわつき始める。
「すげえ……俺達には言えないことを平然と言ってのけるッ!」
「そこにシビれる! 憧れるゥ!」
「いいわねぇ、私も一度は言われてみたいわ!」
「いや、お前、男だろ? 誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっウワァァァ!!」
やはり、ブルックの町の冒険者は愉快な連中ばかりだった。阿保ともいう。そんな彼らを眺めていたハジメにシアが話しかけるが、心配そうな表情だった。
「師匠、私なんかのためにあんな危険な発言をしちゃって良かったんですか?」
「言い過ぎたかもな……だが、そのくらいの覚悟があるのは本当だ」
今度は顔を真っ赤にするシア。好きな男から“神にも渡さない”と宣言されたのだ。嬉しくないはずがない。
こうして、シアの身柄を巡って一波乱ありつつも商隊は【中立商業都市フューレン】を目指してブルックの町を出立した。
この作品ではスターシップという移動手段がありますが、使徒に襲われたばかりということで、しばらくは封印させます。そもそも、そうしないとウルに向かう理由が消えてしまうので