鳥人族の後継者は世界最強   作:ウエストモール

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4話 トータス

 クラスメイトの中で最初に目を覚ましたハジメは、見知らぬ場所にいることに気付いた。そして、すぐさま周囲の状況を確認する。状況判断は大切なことである。

 

 周りを見渡すと、ハジメがいるのは大きな広間であり、ドーム状の天井を持つ白い石造りの建物であることが分かる。構造だけを見るならば、聖堂のような場所であると推測される。

 

 やがて、遅れて目を覚ましたクラスメイト達は、唐突の異常事態に呆然として周囲を見渡すだけだった。今いる場所は、周囲より一段高くなっている台座。そして、その台座の前には跪きながら祈りを捧げる人々が三十人おり、白地に金の刺繍の入った法衣を着ていた。この不可解な状況を説明できるのは、彼らくらいだろう。

 

 その中でも特に衣装が煌びやかな老人が、手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らし、ハジメ達の方へ歩みでてくる。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いております、イシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 イシュタルと名乗った老人は見たところ七十代くらいに見えた。だが、纏っている覇気は老人のそれではない。顔の皺や老熟した目が無ければ、五十代と言っても通用していただろう。

 

 イシュタルの案内で、ハジメ達は長いテーブルがいくつも並んだ大広間に通される。最前列には天之河達と愛子先生が座り、後ろにはそれぞれの取り巻き達が座っている。ハジメは不測の事態を警戒して後方に座っており、その隣には当たり前のように香織がいる。そして、香織はハジメの手を握っていた。

 

 そのタイミングで、飲み物等を載せたカートを押しながらメイド達が大広間に入ってくる。彼女達の容姿は例外なく美女か美少女だ。クラスの男子達の殆どは彼女達を凝視し、それに対する女子達の視線はアイスビームのように冷たい。ハジメだって男だ。美女や美少女に興味はあるが、ハニートラップを警戒して凝視するようなことは無かった。また、飲み物にも口を付けなかった。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 やがて、飲み物が全員に行き渡った後、イシュタルによる説明が始まる。あまりにも長すぎる説明だったので、要約する。

 

 まず、この世界〈トータス〉には人間族、魔人族、亜人族の三種族がいる。人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配し、亜人族は東の巨大な樹海でひっそりと暮らしているらしい。そして、人間族と魔人族は何百年にも渡って戦争状態にある。

 

 人間族は高い戦闘力を持つ魔人族に対して数で優位に立っており、戦力の拮抗により大規模な戦争はここ数十年起きていなかった。しかし、魔人族が魔獣というクリーチャーを大量に使役し始めたことでパワーバランスが崩れた。

 

 魔獣とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質したクリーチャーのこと……とされている。この世界の人々にも正確な魔物の正体は分かっておらず、それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。本来、本能のままに活動する彼らを同時に操れるのはせいぜい1〜2匹が限度のはずだった。

 

 魔人族による魔獣の大量使役という異常事態は、人間族を滅亡の危機に陥らせた。

 

 そこで、人間族の信仰する聖教教会の唯一神である創世神エヒトは、人間族を救うために上位世界から勇者とその同胞を召喚するという神託をイシュタルに授けた。なお、上位世界の人間は例外なく強力な力を有しているらしい。

 

 その話をしている際、神託を受けた時のことを思い出しているのか、イシュタルは恍惚とした表情を浮かべていた。彼によれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒であり、神託を聞いた者は例外なく教会で高位の地位につくらしい。

 

最後に、イシュタルはこんなことを言った。

 

「エヒト様の御意志の下、魔人族を打ち倒し、我ら人間族を救って頂きたい」

 

 この世界の人々にとって、神の意思は絶対なのだろう。だが、異世界人であり異教徒であるハジメ達がそれに従う道理はない。そもそも、これは完全に誘拐なのである。

 

 勝手に異世界から召喚もとい誘拐し、神の意思を押し付けて戦争に参加させようとする行為。かつて誘拐されたことのあるハジメとしては腸が煮えくり返る思いであったが、精神力で抑え込んでいた。何故なら、怒りに任せて何かしらの行動を起こしたとしても、クラスメイト達が人質にされる可能性が高いからだ。

 

 今は向こうを刺激しないように立ち回り、戦争への参加を回避する方法を見つけなければならない。無事に地球に帰り、ゼーベスの奪還に向かうためにも、余計な消耗は避けるべきだとハジメは判断した。だが、このような状況下で冷静に動ける者はハジメくらいだった。

 

「ふざけないで下さい! この子達に戦争をさせようなんて許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! あなた達のしていることはただの誘拐です!」

 

 愛子先生が激しく抗議する。25歳の社会科教師である彼女は、身長150センチメートルという低身長にボブカットと童顔が特徴的だ。その愛子先生がイシュタルに食ってかかるのだが、その容姿のため子供が駄々をこねているようにも見えなくない。本人は威厳ある教師を目指しているらしいのだが、その可愛らしい容姿と動きでは無理がある。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 イシュタルは残酷な現実を突き付けた。理解はできるが、理解はしたくない現実。皆、それを受け止めきれず、一時的に思考がフリーズした。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 帰還が不可能な理由…イシュタルによると、異世界に干渉できるのはエヒトのみであり、帰れるかどうかもエヒトの意志次第とのことだ。

 

 そして、ようやく再起動した周りの生徒達が口々に騒ぎ始める。

 

「ウソだろ? 帰れないってなんだよ!」

「イヤよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「こんな所にいられるか! 俺は地球に戻るぞ!」

 

 パニックに陥る生徒達。死亡フラグを建てた奴がいるが、気にしてはいけない。イシュタルを含めた異世界の人々は軽蔑するような目でその様子を見ていた。このままパニックが続いた場合、ハジメ達を洗脳なり薬漬けにして操り人形にしようとするかもしれない。それが、ハジメが最も危惧している事態である。

 

 だが、その事態は訪れなかった。

 

 突然、誰かが机をバンッと叩いて立ち上がる。全員の注意がそこに向いた。そこにいたのは天之河光輝であり、全員に対して話し始める。

 

「皆、ここで文句を言っても仕方がない。俺達が帰れないのは紛れもない事実なんだ。俺は、魔人族によって苦しんでいる人々の存在を知った以上、見捨てるなんてことは出来ない。それに、人々を救いさえすれば地球に帰してくれるかもしれない。イシュタルさん、どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「説明にあった通り、俺達には大きな力があるんですよね?」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!」

 

 光輝のカリスマは効果を発揮した。絶望していた生徒達が活気と冷静さを取り戻す。彼を見る目は光り輝いており、希望を見出だしていた。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。気に食わないけど、私もやるわ」

「雫……」

 

 香織を除いた彼の幼馴染が賛同し、それに追随するようにしてクラスメイト達も賛同していく。平和な世界であれば、これは感動的な場面だろう。しかし、彼らが挑もうとするのは体育祭などではなく、戦争である。これは、独裁者によって戦争に突き進む国家と同じ状態だった。

 

 それではいけないのだ。彼らは理解していない。戦争という行為を、戦うということを、相手の命を奪うということを。このままでは、彼らは今の選択を後で後悔することになるだろう。

 

「ちょっと待った。これから何をしようとしているのか分かっているのか? これは戦争だ、敵の命を奪うということだぞ?」

 

 ハジメが声を上げる。その場のノリで賛成したも同然のクラスメイト達は、現実を突き付けられてどよめいた。

 

「南雲、どうしてクラスの和を乱すようなことを言うんだ!? この世界の人達が困ってるんだぞ! ここは一致団結するべきだ!」

 

 案の定、光輝はハジメを批判する。だが、ハジメは批判に怯まずに話を続けた。

 

「天之河、魔“人”族というくらいだから、間違いなく彼らは人の形をしているはずだ。平和に生きてきた俺達が、人の形をした存在を殺せるだろうか?」

「まっ……魔人族は化け物なんだ! 人の形をしていたって殺せる!」

 

 光輝が彼らを化け物と呼ぶ理由は、イシュタルの説明にあった。イシュタルは魔人族の冷酷非道さや残酷さを強調して話しており、正義感の強い光輝には彼らが化け物であるとしか思えなかったのだ。魔人は魔獣の上位種であると説明されたのも、それに拍車をかけた。

 

「確かに殺せるかもしれないが、精神的にくるものがあるかもしれない。ここは、全員参加ではなく志願制にすべきだ」

「困ってる人がいるというのに、何もしない奴がいていいのか? 俺達には力があるんだ。だったら、戦わないと!」

「適材適所という言葉があるだろう? 別に、全員が前線に出る必要はない。後方を守る者や、生産する者も必要だ。戦いだけが戦争ではない」

「でも……」

 

 ここまで言ってもなお、力があるから戦うという考えを捨てきれないらしい。二人の問答でクラスが揺れる中、イシュタルが助け船を出した。

 

「では、こう致しましょう。ひとまず、皆様方に対して前線に出ることは強制しません。ですが、自衛のための戦闘訓練や座学は受けて頂きます。そうすれば、自らの力の強さも分かるはずです」

 

 事情を察したイシュタルは自衛ということでハジメ達に戦闘訓練を受けさせることを提案した。自身が持っている強い力を理解すれば、戦争に参加する気が起きると考えたのだろう。

 

 こうして、戦争への強制参加という事態は回避されたわけなのだが、ハジメとしてはこんな所から抜け出したかった。元の世界へ帰る手段を探し、リドリーとマザーブレインを倒してゼーベスを奪還しなければならないのだから。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 南大陸一帯を支配し、人間族と敵対している魔人族の国家、ガーランド王国。そこは、魔王と呼ばれる存在によって統治されていた。魔王の名はアルヴといい、ガーランド王都上空に浮かぶ魔王城から国を支配している。

 

 人間族が勇者召喚を行ってから数日が経過した頃、勇者召喚に対応するかのように魔人族の所にとある集団が来訪した。それも、異世界から。

 

 王都上空に浮かぶ魔王城。魔王のいる謁見の間に繋がる巨大な廊下を進む異様な一団がいた。ドラゴンを思わせる紫色の巨体に、その周囲を甲殻類のような多数のヒト型が固めている。すれ違った魔人族の文官や近衛兵は、彼らを必ず二度見していた。

 

 この時点でお分かりの人もいるだろうが、彼らはハジメの宿敵、スペースパイレーツである。ハジメがこの世界に来たのと同様に、彼らもこの世界にやって来たのだ。

 

 紫色の巨体はリドリー、甲殻類のようなヒト型はゼーベス星人である。ゼーベス星人は両手がハサミになっているが、決してバ○タン星人とは関係ない。ちなみに、ゼーベス星人というのはゼーベスを支配した彼らが勝手に名乗った種族名だ。アメリカ大陸に渡ってきた移民がアメリカ人を名乗るのと同じ理屈である。

 

「ここから先は魔王様の居られる場所だ。リドリー、くれぐれも無礼を働かないことだな」

 

「フンッ、そんなことは分かってんだよ フリード。俺だってなぁ、ある程度の礼儀は弁えてるぜ?」

 

 リドリー達を先導していたフリードという名の魔人族が注意する。赤髪で浅黒い肌の彼はガーランドの将軍であり、着込んでいる漆黒の鎧が特徴的だ。

 

 やがて、フリードの合図で謁見の間の入り口にある重厚で巨大な両開きの扉が、門番の手によって重い音を立てて開く。その場にフリードを残し、リドリー達は謁見の間に入っていった。

 

 再び扉が閉まり、リドリー達の姿が完全に見えなくなった時、フリードはこう呟いた。

 

「魔力を持たぬ獣共め……!」

 

 魔人族からのスペースパイレーツに対する評価は、総じて彼の呟きとほぼ同じだと言えるだろう。彼らからすれば、リドリー達は亜人族と同列の存在だったのだ。

 

 彼らの来訪が“神託”で事前に伝達されてなければ、間違いなくパイレーツと魔人族は武力衝突していただろう。

 

 この世界では、魔法は神から与えられたギフトであるという価値観が強く、魔力が無いために魔法が使えない亜人族は、神から見放された悪しき種族とされている。

 

 魔力が無いとはいえ、スペースパイレーツの戦闘員であるゼーベス星人の戦闘力は高く、一般兵や並みの騎士では相手にならない。人間族が異世界から呼んだ神の使徒であれば、戦闘力だけなら互角かそれ以上だろうが。

 

 リドリーの強さはそれ以上だ。口から放つ熱線やその巨体から繰り出される格闘など、攻撃力の高さは然ることながら、強力な武装の数々を防ぐ強固な外皮で覆われており、それが巨大な翼によって高速で空を飛び回る。加えて、高い知能と残虐性、ならず者集団を纏め上げるカリスマ性を持っているなど、とても厄介な存在である。もはや、勇者が敵う相手ではない。

 

 交渉の結果、スペースパイレーツと魔人族は協力する関係となった。普通のリドリーなら手始めに魔人族を虐殺する道を選ぶだろう。だが、現在のパイレーツには最高の司令塔たるマザーブレインが君臨している。協力関係になったのも、全て彼女の指示によるもの。狂暴なリドリーも、彼女の指示には従うのだ。

 

 トータスにやって来た南雲ハジメとスペースパイレーツ。やがて、異世界の大地にて彼らは再び激突するのだろう。両者の存在がトータスに何をもたらすのか、それは誰にも分からない。

 




・リドリー&ゼーベス星人
メトロイドシリーズから参戦。他にもパイレーツに所属するエイリアンを出していく予定。

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