ジャガーノートが行きよりも早い速度で帰り道を爆走していた。高性能な車両なので乗員が大きくシェイクされることはないものの、整地機能が追従しきれていないために行きと比べたら快適性は低下している。
「あの、南雲君……」
そんな中、先ほどはショックで話せなかった愛子が、ある程度は精神が落ち着いたのか操縦席のハジメに後ろから話しかけてきた。
「先ほどはごめんなさい。南雲君が助けてくれたというのにあんなことを言ってしまって……」
「別に気にしてはいませんよ。先生が言っていたことはその通りですから」
ハジメは振り向かずに背中越しに返答する。パイレーツには人権など存在せず、銀河連邦において抹殺が許可されているが、地球での価値観が強い先生の前でパイレーツの捕虜を殺したのは誤りだったと思っていた。
「でも、私は心配なんです。生徒達が力に溺れてしまわないか……南雲君に限ってそんなことはなさそうですが、檜山君のことを考えると……」
「先生、俺は決してこの力を一般市民に向けないことを約束します。人々を守る戦士となる……かつて、俺はそう誓ってパワードスーツを手にしたので……」
「南雲君……いつか、話していただけませんか? トータスに来る前に南雲君の身に起きた出来事について……私は先生として、地球から来た唯一の大人として生徒のことを把握しておきたいので」
「ええ、約束します……」
そうこうしている内に、ウルの町と北の山脈地帯のちょうど中間辺りの場所に出た。そして、町の方から完全武装した護衛隊の騎士達が猛然と馬を走らせているのが見えた。先頭をデビッドが鬼の形相で突っ走り、その後ろを仲間達が焦った表情で追随している。
彼らもジャガーノートを視認したのか、何やら騒がしくなる。彼らから見ればどう見ても敵にしか見えないだろうから当然だろう。武器を取り出し、隊列が横隊へと組み変わる。流石は重要人物の護衛隊である。
「ここは俺と愛子に任せてくれ。あいつらに攻撃を止めさせる」
アンソニーがそう提案したので、ハジメは上部のハッチを開放する。アンソニーがそこから身を乗り出し、魔法の発射態勢に入った騎士達に呼びかけた。
「お〜い!俺だ、アンソニーだ! これは敵じゃないから撃たないでくれぇ!」
「ア、アンソニー…?! 待て、攻撃中止だ!」
デビッドは手を水平に伸ばし、攻撃中断の合図を部下達に送る。部下達にもアンソニーの姿は見えていたので、命令に従う。やがて、その目の前にジャガーノートが急停止した。
「アンソニー、それは何だ?」
「質問は後で頼むぜ。今は緊急事態だ!数万の魔獣の大軍が町に向かってる!」
「それは本当なのか……?」
数万の魔獣が迫るなど、荒唐無稽な話にも程がある。デビッド達はすぐに信用できなかったが、とある人物の登場で流れが変わった。
「本当です、デビッドさん! 私が保証します!」
それは愛子である。彼女に心酔している護衛隊は、愛子の言うことならば信じるようになっていた。彼女の力なら、町の人々も信用してくれるだろう。
「愛子がそう言うなら……総員、町へと引き返すぞ!」
踵を返して町へと戻るデビッド達。ジャガーノートは再び動き始め、彼らを余裕で追い抜いてしまった。
ウルの町に到着すると、ハジメ一行は早足で町長のいる町役場へと向かう。その後ろをウィルや愛子達が着いていくが、走って追い付くのがやっとだった。
町中はいつも通りに活気に満ちており、人々は一日後に万単位の魔獣軍団が襲来するなんて夢にも思っていない。事実を知ったらパニックに陥るだろう。
人々が日常を過ごしている中を通り抜けて町役場に到着し、ウィルと愛子が町長に報告する。情報はすぐさま町の上層部に伝わり、ギルド支部長や役場の幹部、司祭といった連中が役場に詰めかけた。
皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達やウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。
普通なら戯言だと言われて終わりだが、愛子は“神の使徒”にして“豊穣の女神”であり、そんな彼女の言葉を無視できるはずがない。魔人族が魔獣を操るのは事実であるため、なおさら無視はできなかった。
未知というものに人は恐怖するものだ。辺境にある平和な町に万単位の軍団が襲来するという未曾有の事態への恐怖から、少しでも愛子達から情報を引き出そうとしていた。
彼らはさらに詰め寄ってくるが、このままでは愛子を怪我させてしまう可能性があるため、ティオが彼女の前に出て声を響かせる。
「落ち着くのじゃ!」
ピシャン!と雷に打たれたかのように停止する重鎮達。全員が黙ったことを確認してティオはさらに話を続ける。
「冷静さを欠いてはならぬぞ。我らはこの事態に一丸となって対処し、被害を減らさなくてならぬのじゃ」
王族であるティオの言葉は威厳に満ちており、全員が冷静さを取り戻して耳を傾ける。彼女のカリスマ性はかなりのものだ。まさに女傑である。ユエはその姿を見て尊敬の眼差しを向けていたりする。
とりあえず、この場は落ち着いた。だが、重鎮達は思った。いきなり現れた彼女達は何者なのだろうかと。疑問の視線を察した愛子がすかさず説明する。
「か、彼らは私が信頼を置く人達です。彼らの話を聞いていただけませんか?」
豊穣の女神の一声で一点突破する。ティオが情報交換と対策会議の場を設けることを提案し、状況がようやく動き始めた。
二時間後、大まかな方針が決まった。非戦闘員の中でも女子供や高齢者を優先的に避難させ、交戦した際の人的被害を最大限に抑えることが大前提である。
そして、防御設備が全くない辺境の平和な町であるため、打ち漏らしの侵入を防ぐための防壁の設置が急務だ。
そんなことが決まった会議が終わった直後、とある用事のために町中を移動しようとしていたハジメは、愛子に呼び止められた。
「南雲君。実を言うと私は大切な生徒の一人であるあなたに戦ってほしくないのです。住んでいる人々のことを考えると残酷な考えかもしれませんが、それが先生としての願いです」
ここで迎撃戦など行わずに人々を全て避難させ、王国軍の増援を待ってウルを奪還することが彼女の理想だった。それならば生徒がメインとなって戦うことなく終わるのだから。
だが、それはウルの町が大群に飲み込まれ、美しい町並みが瓦礫に変わるということでもある。人々さえ生き残れば再建もできるだろうが、それまで苦しむことになる。
それを犠牲にしてでも、彼女は生徒達を矢面に立たせたくなかった。
「先生の考えは理解できます。ですが、それでも俺は戦うつもりです。ここでやらなければ、町の人々は故郷を奪われてしまう。大切な場所を奪われる苦しみはよく知ってますから……」
「南雲君……」
悲しい顔をするハジメ。パイレーツによって占領された惑星ゼーベスは本当の故郷ではないものの、ハジメにとってはこれまでの人生の半分以上を過ごしてきた大切な場所で、精神的な故郷である。故郷を奪われようとしている人々を見て、自分と同じ苦しみを経験させたくないと思っていた。
「……今は、南雲君を頼るしかない現状です。ごめんなさい、本当ならば矢面に立つ責任は私にあるというのに……」
「安心してください。ある意味、先生も矢面に立つことになりますので。そこで先生には責任を果たしてもらいます」
「あ、ある意味って何ですか?!」
「俺の仲間の一人が奇策を考えてます。先生はその作戦の一端を担うので、覚悟を決めてください」
仲間の一人とは、某S君である。ハジメにも思いつかないような一風変わったアイディアを出してくれるので、彼のことを気に入っていた。
「ちょ、それはどういう……!」
「では、また明日」
ハジメは逃走した。付近の建物の屋根に飛び乗り、その上を駆け抜けて愛子の目の前から姿を眩ましてしまった。
「南雲殿、待っておったぞ」
「すまない、遅れてしまった」
姿を眩ましたハジメが行く先にはティオが待っており、彼女の後に続いて狭い路地裏に入っていく。そこにはフードを被った男が待機していた。
「あなたが南雲ハジメか。我が名はノクサス、反魔王派の代表を務めている。同志達に助太刀すべく、参上した次第だ」
「南雲ハジメだ。よろしく頼む」
「此度の戦いではノクサス殿が助太刀してくださる。今後の連携を考える上で、戦場にて肩を並べてみるのも良いじゃろう」
男の正体は魔人族だ。清水を鍛えたもう一人の師匠にして、魔剣イグニスの継承者である。
「援軍はありがたい。だが、魔人族が人間族の前に現れたら問題にならないだろうか? この町には神殿騎士もいる」
「問題はない、同志ハジメ。私は認識阻害の効果を持つアーティファクトを持ち込んでいる。周囲からは人間族にしか見えんよ」
そして、ノクサスは認識阻害のイヤリングを装着する。同時に周囲の空気がボヤけ始め、それが晴れた頃には、魔人族ではなく人間族の姿に変わっていた。
「これは見抜けないな……なるほど、そういうアーティファクトもあるのか。同志ノクサス、あなたの戦いを見るのを楽しみにしている」
「それはこちらも同じことだ。」
ハジメはしばらくノクサスと談笑する。自然とお互いを同志と呼ぶようになっており、気づけば完全に意気投合していた。
「ふむ。良好な関係を築けているようじゃな」
そして、ティオはそんな二人の様子を微笑ましそうに眺め、二人の話が終わるのを待った。
翌日、ウルの町は昨夜まで存在しなかった外壁に囲まれ、異様な雰囲気に包まれていた。
土で構成されるこの外壁は、ハジメがジャガーノートを町の周囲に走らせ、整地機能を応用して造成したものだ。高さはおおよそ五メートルくらいとなっている。
ただの土壁である上にあまり高くないので、無いよりはマシだろうの精神で作られているが、そもそも壁に取り付かせる気はない。
町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、翌日の夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。
案の定、住人はパニックになった。町の重鎮達に罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。
彼らは愚かに見えるが、これは仕方がないことだ。翌日には生まれ育った故郷が滅び、留まれば命を奪われ、ありふれた日常が消え去る。このような状況で冷静になれるものはいないだろう。
だが、愛子によってパニックは治められる。遅れて町に戻り、詳しい事情を聞いた神殿騎士達を従え、高台から声を張り上げたのだ。“豊穣の女神”は常にあなた達と共にあるのだと。
小柄ながらも凛としたその姿と、その知名度により人々は冷静さを取り戻し、今後のことを考えることができた。愛子は全く戦えないが、勇者よりも勇者らしいことをしていた。
人々は二つに分かれた。故郷を捨てることができず、場合によっては町と運命を共にする残留組と、避難して町の再建に備える避難組である。
なお、残留組の中には妻子のみを避難させて自分だけ残る者や、別の土地に行くことを拒む老夫婦がいたりと、人によってそれぞれだ。
すでに夜明け前の時点で避難組は全員が出発しており、その直前には町のあちこちで別れに涙する人々の姿が見られた。現在は日も高く上がり、敵の襲来もそう遠くない。
ハジメはパワードスーツ姿で壁の外側に待機していた。今回の作戦において、パワードスーツの姿はギリギリまで秘匿することが重要だからだ。
「来たか……」
しばらくして、ついにその時が来た。ハジメが視線を北の山脈地帯の方向へと視線を向け、バイザーの倍率を上げる。
そこに映ったのは大地を埋め尽くす魔獣の群れ。例のブルタールの他に、体長三メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇が現時点で確認されている。
また、大群の上空には飛行型の魔獣が飛んでおり、一際大きな“機械化”個体には魔人族と思われる人物が騎乗していた。
魔獣の中に機械化された個体が含まれていることが確認され、間違いなくパイレーツの手が入っており、パイレーツと魔人族の協力体制の存在は明らかである。
「南雲、手筈通りに頼むぜ」
「あぁ、任せろ」
やがて、肉眼でその姿を確認できるようになり、振動が伝わるようになった頃、残留組の中でも戦うことを決意した者達が動きだし、弓や魔法陣を携えて壁際に集合する。神に祈る者や死にそうな顔で生唾を飲み込む者ばかりだ。
その時だった。五人の人影が外壁の上に現れ、敵に背を向けて壁の上から人々を睥睨したのは。特に仮面を付けてマントを羽織った怪しい男に視線が集中していた。
仮面の男、清水は視線が自分に集まったのを確認すると、すぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。
「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」
いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。清水は彼らの混乱を尻目に言葉を続ける。
「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう……皆も知っている“豊穣の女神”愛子様である!」
その言葉に、人々は口々に「愛子様?」「豊穣の女神様?」とざわつき始める。騎士を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとして仮面の男を見た。
「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして“豊穣”と“勝利”をもたらす、天が遣わした現人神である!」
これが清水の考えた奇策だった。元々、豊穣の女神という異名で呼ばれていた愛子を神格化し、魔獣撃退の立役者として矢面に立たせるのだ。
豊穣の女神が町の危機を救ったと噂が流れれば、女神の存在は人々の心を掴み、支持する人々が増える。こうなってしまえば国や教会を余計な手を出せず、強化された女神の発言力はハジメ達を守る盾になってくれるだろう。
また、自分達の持つ強大な力を女神がもたらしたものだと思わせることで、恐怖や敵意を抱かれないようにする目論見もある。たとえ、ハジメ達が教会に指名手配されたとしても、協力してくれる人も現れるだろう。
「我らは愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応え、この地にやって来た!」
その時、外壁の上にパワードスーツ姿のハジメが飛び移り、元より一人分のスペースを空けておいた場所に降り立つ。人々の視線はそちらに集中する。
「そして、彼こそが我ら六勇士の長にして、鎧を纏いし最強の戦士である! 目撃せよ、愛子様によって我らに授けられた奇跡の数々を!」
『グラビティ機能、オンライン』
ハジメが紫色のオーラに包まれ、重力制御によって外壁の上からフワッと浮かび上がる。その光景に歓声を上げる人々の頭上を滑らかに移動した後、ゆっくりと横回転して魔獣軍団の方を向いた。
「見よ、これは“飛翔の奇跡”である! 愛子様により、彼は人でありながら空を飛ぶことを許されたのだ!」
『ノーマルミサイル、オンライン』
ハジメは空中でミサイルを発射し、プテラノドンモドキを撃墜どころか粉砕した。そのまま第二射第三射と発射を続け、狙杖を構えた清水も加勢したことで、空の魔獣は瞬く間に駆逐されていく。なお、魔人族が乗った機械化個体に関しては逃げられてしまっているが、後で倒せばいい。
ハジメは外壁に降り立ち、清水と共に悠然と人々の方を振り返る。そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。
「愛子様、万歳!」
清水が、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……
「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」
「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」
今、ウルの町に本当の女神が降臨した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。多分、愛子の精神は死んだ。
「では、始めようか」
アームキャノンを構えるハジメの右側にはユエとシアが立っており、シアは大筒のような武器を担いでいる。左側には清水、ティオ、ノクサスの順番で並び、清水は鉤爪を両手に装備していた。
視界は友軍が落とされたのにも関わらず進撃を続ける魔獣軍団によって埋め尽くされているが、負ける気は更々ない。後にウルの六勇士と呼ばれる者達の戦いが始まった。
任天堂作品要素として、“飛翔の奇跡”を何としてもねじ込みたかった
グラビティで浮遊できるのは本作オリジナル設定です。浮遊できるダークサムスの要素が突っ込まれました