「お師匠!! お帰りなのー!!」
長い時間をかけて迷宮から脱出したハジメ達を出迎えたのは、ホルアド支部長のロアと彼に肩車されたミュウだった。
大迷宮のゲート付近は商人達の喧騒に包まれているが、ミュウはそれに負けない程の元気な声を張り上げており、周囲の冒険者や傭兵達も微笑ましいものを見るように目元を和らげていた。
「すまない、預からせてしまって……」
「いいってことよ。俺のには可愛い孫がいるんだが、ミュウと同じくらいの年頃なんだ。孫が増えたようなものさ」
「そうか……ミュウ、良い子にしていて偉いぞ」
「ミュウ、冒険者のお姉さん達に可愛がってもらったの!それに、美味しいお菓子も食べさせてもらって……」
ハジメはロアからミュウを受け取り、抱っこした状態で彼女の話を聞く。ミュウは待っている間に起こった出来事について楽しそうに語ってくれた。
「依頼達成の手続きはこの場でしようか。これにサインをしてくれ」
「あぁ、これでいいか?」
ギルドより発行された正式な依頼書にハジメはサインする。冒険者は依頼を終えてギルドに戻った後、依頼書にサインしてから報酬を受けとるルールとなっている。
「依頼達成を確認した。これが報酬さ」
「すまないな」
これで勇者パーティ救出ミッションは完遂された。これでホルアドに用はないも同然なのだが、ここに滞在する理由ができることとなる。
「ハジメ君……お話があるんだけど、いいかな?」
「白崎さん、どうかしたか?」
重要な話の気配がしたので、ハジメはミュウを降ろしてシアの元へと行かせると、話しかけてきた香織と真っ直ぐに向き合う。
「ハジメ君……私、貴方が好きです。ハジメ君と二度と離れたくない……私はそう思っているの」
それは、愛の告白だった。元より、二人はお互いに惹かれ合っていたが、気持ちをハッキリと示したのはこれが初めてだ。
「白崎さん……俺も、君のことが好きだ」
「ハジメ君……」
相思相愛ということで普通に考えたら二人はこのまま結ばれるのだろう。周囲にいる者達もそう思ったはずだ。だが、一筋縄でいくものではなかった。
「だが、俺では君を幸せにすることができない。それどころか、君を不幸にしてしまうかもしれない」
「それって、どういう……」
「俺には多くの秘密がある。情報が不十分な状態で判断してほしくはない。白崎さんには全て語るつもりだ。それを聞いた上で判断してほしい」
それはハジメなりの優しさだった。自分は戦いに身を置く人間であり、鳥人文明という重いものを背負っている。一般人に過ぎない香織をそれに巻き込みたくなかったのだ。
「ハジメ君は優しいね」
「俺は暴力を使うことを厭わない人間だ。君が思ってるほど、俺は優しい人間じゃない」
「でも、ミュウちゃんだっけ……あの女の子はハジメ君に懐いてたよね。それほど、信頼されているんだね」
「ともかく……俺達は一日だけここに滞在する予定だ。今夜、俺のところまで来てほしい。そこで全てを話す。場所は……後ほど伝えよう」
ハジメはそう言って香織に通信機を渡す。簡易的なものであるが、連絡するだけなら十分な性能がある。
「ハジメ君……連絡待ってるね」
「あぁ。必ず連絡する」
香織に背を向けてハジメは仲間の方へと戻る。それ以降、ハジメが彼女の方へと振り返ることはなかった。
(これで……これでよかったんだ……)
その日の夜。ハジメが泊まる宿の一室に香織が訪れていた。
「ハジメ君……お邪魔します」
「白崎さん、よく来てくれた……でも、本当にそれでよかったのか?」
「うん。私、ハジメ君のことをもっと知りたいから。どんな過去があっても、私はハジメ君のことを受け入れるよ」
そして、二人は窓際のテーブルセットに座る。窓からは美しい満月が見え、月明かりが射し込んでいる。
「とりあえず、お茶でも……」
ハジメはお茶を準備する。水差しに生成魔法で作った発熱する小さな鉱石を入れて沸かすと、ティーパックのようなものを放り込む。数分で異世界の紅茶モドキの完成だ。
「しかし、俺の所に来るのに周りから反対はなかったのか?」
普通に考えて、夜に女子が一人で男の部屋へと行くなんて無用心である。それほどハジメのことを信頼している証なのだが、周囲が何も言わないはずがないのだ。
「ううん。雫ちゃんとかは背中を押してくれたし、みんな反対はしなかったよ。でも、天之河君が五月蝿かったかな。あはは……」
「だろうな。大体、想像はできる」
ちなみに、光輝は「あいつは隠し事をするような奴だ! 何をされるか分からない!」とか言って反対したようだが、勇者への信頼は終わっているので香織は取り合わなかった。
「それで、本題だが……最後に一度だけ聞きたい……俺の過去を知って後悔はしないか?」
「うん……」
「分かった……では、俺の過去について話そう……俺は、六歳のとき……」
ハジメは宇宙戦士となる切っ掛けとなった出来事から話し始める。それは、そこから今に至るまでの長い物語の始まりだった。
「ハジメ君は……重い過去を抱えて生きてきたんだね。たった一人になって地球に戻ってきて、こんな世界にも飛ばされて……私、知らなかった……」
ハジメの過去を聞いて、香織の表情が暗くなる。地球人なら経験しないような出来事の数々は刺激が強かったようだ。特に惑星ゼーベスが壊滅する辺りで涙を流していたりする。
「君は知らなくてよかったんだ。本来、俺と白崎さんは別世界の住人……俺は君に、残酷な世界のことは知らずに生きていてほしかった……」
「そんなに、私のことを大切に思ってくれていたんだね。秘密を隠し続けるなんて苦しかったよね……」
「あぁ。ようやく、君に全て話すことができた……どのような結末が待っていても、心残りはない」
自身の素性を知った香織が自分から離れてしまっても、ハジメには受け入れる覚悟があった。引き留めるつもりはない。彼女のことを決めるのは、彼女自身なのだから。
「ハジメ君……私は貴方と一緒にいたい。貴方の隣を歩き続けたいと思ってるの」
「白崎さん……俺は戦いの場に身を置く人間だ。地球に帰れたとしても、任務があれば長く一緒にいられない。君を待たせてしまう……」
「でも、ハジメ君は必ず戻ってくるでしょ。私は何ヶ月でも待つし、ハジメ君の帰る場所になりたい」
「白崎さん……ありがとう」
ハジメの過去や素性を知っても、香織は変わらなかった。それどころか、ハジメのことを積極的に支えようとしている。
「私のこと、香織って名前で呼んでほしいな。これから恋人になるんだから、慣れておかないと」
「か、香織……」
「これで、私達は恋人だね。これからよろしくね、ハジメ君」
「よろしく、香織……」
そう言って、香織がハジメの顔に接近する。次の瞬間、ハジメの唇に柔らかい感触があった。二人の間はゼロ距離であり、彼女の唇が触れていたのだ。この日、二人は初めてキスをした。
そして、翌日になるまで二人が部屋から出てくることはなかった。その間に何があったのかは、皆さんの想像にお任せしよう。
一方その頃、町外れのとあるベンチに腰かけている誰かがいた。
「はぁ……」
それは、黒髪ポニーテールのクールビューティー。勇者パーティでサブリーダーを務める八重樫雫である。そんな彼女は深いため息をつき、頭を垂れていた。
(光輝……どうして貴方はいつまでも変わってくれないのかしら……)
雫の悩みは光輝に関することだ。これまでも光輝は自分の歪んだ正義感から周囲に迷惑をかけてきたが、異世界に来てからはエスカレートしており、ついには雫や香織の命を脅かす事態にも発展した。
これまでの光輝の行動で迷惑をかけた分は、幼馴染みである雫が頭を下げることで何とか収めてきたが、彼女の限界は近い。幼馴染であっても庇いきれない域に達していた。
(もう、限界よ……)
「お困りのようだな」
「え……?」
気配もなく聞こえてきた男の声に、雫は顔を上げる。そこに立っていたのは仮面を着けた人物であり、彼女を助けた剣士の片割れだった。
「貴方は……」
「悩みがあるようだな。あのバカ勇者のことだろ?」
「ええ……バカは言い過ぎだけれど、光輝の行動は目に余るわ……もう、彼を庇いきれない……」
「だろうな……相当、ストレスが溜まっているようだ。もし良ければ、話くらいは聞く」
いつの間にか、仮面の剣士は雫の隣に腰掛けていた。気配を一切感じさせない素早い動きに、彼が紛れもない強者であると認識する。
「あまり抱え込むものじゃない。誰かに話した方が楽になるときもある。そのうち、君は精神を壊すことになる……」
「そこまで言うのなら……でも、私に愚痴を話させたら相当な量になるわよ」
「満足するまで話せばいい」
雫は愚痴を話し始める。その多くは光輝に対するものであり、細かいものから大きな出来事まで満載だった。仮面の剣士……いや、清水はそんな彼女の話に相槌を打ち、否定せずに全て聞いてあげた。
「ふう、全て吐き出して満足したわ……」
「本当に、相変わらず苦労しているんだな」
「相変わらず……? 貴方、何者なの?」
まるで以前から自分のことをずっと見てきたかのような発言に、雫は警戒して腰の剣に手を掛けるが……そこに感触はない。そもそも、彼女は剣を持っていなかった。
「私の剣は……折れてしまっていたわね」
「八重樫さん、今のは良い動きだった。柄に手を掛けるまでに迷いがない。まあ、剣はそこに無かったけどな」
「貴方、もしかして……」
「予想通りだ」
その瞬間、彼は仮面を取り去る。そこにあったものは、記憶よりも精悍な顔つきになったクラスメイトの顔であり、最後に話した後に行方不明になった彼だった。
「清水君……随分と変わったわね。気配も全然違うし、体格も顔つきも変わっているわ。剣術も体得しているみたいだし……」
「色々とあった……何なら死にかけた」
「死にかけたって……何があったのか教えてくれないかしら?」
「そうだな……八重樫さんになら話してもいいか。俺は数ヶ月前、魔人族に捕まって人体実験のモルモットにされた……」
清水は自分の身に起こったことについて全て雫に語り始める。彼は初めて部外者に自分が人外と化したことを告白することになった。
「人体実験……そんなのあんまりだわ。どうして清水君がそんな目に遭わないといけないの……」
清水は異世界に来る前から虐められていたし、トータスに来てからもそうだった。そして、それから逃れるために王宮から出ていったかと思えば、今度は人体実験の材料にさせられたのだ。これを不遇と呼ばずして何と呼ぶのか。
「俺は終わらない苦痛の中で何度も正気を失いそうになった。一歩間違えれば、戦うだけの兵器にさせられていた。でも、八重樫さんのお陰で正気を保つことができた」
「私のお陰って……何かしたかしら?」
「八重樫さんとまた話したいと思うことで乗り越えることができた。あの時、王宮を出る前に話さなかったら、今の俺はない」
「そこまで私のことを思い浮かべていたなんて、何か照れるわね……」
雫の顔は少しばかし紅潮している。普段は凛としている彼女だが、清水が自分のことを常に思い浮かべていたことを知り、流石に恥ずかしかったようだ。
「でも、そんな清水君が戻ってきて私のことを助けてくれたなんて、ロマンチックだわ。そう、白馬の王子様みたいな?」
「八重樫さん、結構そういうのが好きなんだな」
「失礼ね、私も一人の乙女よ。可愛いものは好きだし、姫になりたいと思ってるわ」
「残念なことに、助けに来たのは白馬の王子様じゃなくて野獣だったけどな」
「それでも、私からしたら王子様だったわ」
瀕死の雫を護衛してくれたのは清水である。光輝の行動によって死にかけ、光輝に幻滅した彼女からしたら、それがどんな存在であろうと王子様だった。
「それなら、姫と呼んでやろうか?」
「遠慮しておくわ。流石に姫なんて恥ずかしいもの……」
「別にいいじゃないか。こんなに凛々しくて強い姫、俺は好きだぜ」
「清水君、本当に変わったわね……あの頃の貴方は何処に行ったのかしら?」
「多分、その辺で寝てるよ」
「フ、フフッ……」
清水の返しに思わず雫は笑ってしまう。いつしか、彼との会話は楽しいものになり、彼女の悩みなんて吹き飛んでしまった。
「ありがとう、清水君。貴方のお陰で元気が出たわ。また今度会った時は……姫って呼んでくれてもいいわ」
「分かったよ、お姫様」
「もう……フライングしてるじゃない」
二人の掛け合いは熟年夫婦のそれである。お前ら、とっとと結婚して幸せになれ。
「八重樫さん……もし良ければこれを使ってくれ」
別れる直前、清水は雫に一本の剣を渡した。あの時、折れてしまった剣の代わりである。そして、その形状は彼女が慣れ親しんだものであった。
「これって……刀?」
「あぁ……南雲に頼んで一緒に作った。あの剣だと八重樫さんの剣術に適合しないと思ってな」
「たしかに、あの剣はあまり馴染まなかったわ」
「取り敢えず、持ってみてくれ」
「え、ええ……」
刀を受け取った雫は、早速鞘から本体を引き抜くのだが、刀身を覆うように絶えず電撃がバチバチと走っていた。
「何これ?」
「高周波ブレードっていう奴だ。刀身自体はこの世界で最も硬い金属を圧縮して薄く整形したものだが、刀身を振動させて威力を上げ、電磁パルスを流すことで強度を上げてある」
「よく分からないけど、よく斬れるってことね」
「そうだ。それと、この高周波ブレードには幾つかの機能があってだな……」
雫は新しい相棒を手に入れた。彼女の剣術を活かしやすい刀タイプであり、今後の活躍が期待できる。幾つかの機能があることが明かされたが、それを見るのはまた別の機会になるだろう。
「ありがとう、大切に使うわ。いつか、清水君と肩を並べて剣を振るってみたいわね」
「俺も楽しみにしてるよ」
「それと、ティオさんだったかしら。いつか、あの人と手合わせしてみたいのだけど……」
「俺の方から言っておくよ。ティオさんも、八重樫さんに興味があるみたいだし……」
そして、二人は密会を終えて別れた。二人とも互いに話すことを楽しみにしており、そう遠くない内に再び会うことになるだろう。