「うっ……」
「大丈夫……ではなさそうだな。まさか、あんな光景を見させられることになるとは……」
吐き気を堪える香織。彼女がこんな風になったのは、先ほどまで見されられていた幻影によるものだ。
それは、船団の中でも最大の船に降り立った時だった。空間が歪んで現れたのは豪華客船であり、立食式の料理が並んでいて人々が談笑している、パーティーの光景だ。先ほどの凄惨な光景とは程遠いものである。
人々の会話を聞いてみると、これは終戦を祝う海上パーティーらしい。人間族だけでなく亜人族や魔人族もおり、種族関係なく談笑していた。
しかし、現在の状況を考えると、この和平も神の介入で崩壊することになるのだろう。このパーティーが凄惨な光景に変わる可能性は十分にあった。
やがて、人間の王が現れて演説をする。最初は和平への喜びや和平への足がかりとなった事件、すれ違い、疑心暗鬼、それを覆すためにした無茶の数々、そして、道半ばで散っていった友……とても感動的な演説だったのだが、王は豹変する。
突然、これまでの話を完全にひっくり返したのだ。彼は熱に浮かされたように演説を続け、亜人族と魔人族の存在を否定し、天を仰いで哄笑を上げた。
「さぁ、神の忠実な下僕達よ! 獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ! ああ、エヒト様! 見ておられますかぁ!!!」
嫌な予感はしていたが、ここまで早く崩壊してしまうとは想定外。王の恍惚とした表情を見るに、間違いなく神に洗脳されたのだろう。
ここから始まるのは殺戮だ。船員に扮した兵士が現れて乗客を包囲し、各国の重鎮や異種族を一方的に皆殺しにし、海に逃げた者も待ち構えていた兵士によって殺される。豪華客船は地獄へと変わった。
そして、空間が歪んで元の朽ち果てた豪華客船へと戻った。どうやら、解放者はこれだけを見せたかったらしい。
「香織、少し休め」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと、キツかったけど……それより、あれで終わりかな? 私達、何もしてないけど……」
「あれでいいんだ。信仰心の行き着く果てにある凄惨さを知らせることが目的なんだろう。その上で船を探索させる……本当に趣味が悪いな」
ハジメと香織は出口を求めて船内へと足を踏み入れる。中は完全に真っ暗で、光源はハジメのバリアスーツのみという状況である。
ハジメは技能があるので大丈夫だが、香織はそうはいかない。そこで、香織は輝く光球を浮かべる魔法を発動して船内を照らした。
「さっきの光景……終戦したのに、あの王様が裏切ったっていうことかな?」
「おそらくは……だが、王の様子がおかしかった。あの王に対する人々の親愛の込められた眼差しといい、内心であのように思っていたとして、魔人族や亜人族から慕われるとは思えない」
「やっぱり、洗脳されちゃったのかな……」
「そうでなければ説明できない。あの変わり様は……」
「イシュタルさんみたいだったよね。何か気持ち悪かったし……」
二人であの凄惨な光景を考察しつつ船内を進むと、光球が前方にある白くてヒラヒラしたものを照らし出す。それは、白いドレスを着た女の子であり、ペシャと廊下に倒れ込んだかと思うと、手足の関節を有り得ない角度で曲げ、まるで蜘蛛のように手足を動かし、真っ直ぐハジメ達に突っ込んで来た。
ケタケタケタケタケタケタケタッ!
女の子?は奇怪な笑い声を上げ、前髪の隙間から炯々と光る眼でハジメ達を射抜きながら迫る。まさにどこかの都市伝説のような感じだ。
「はあっ!?」
「いやぁあああああああああああ!!!!」
突然の出来事に悲鳴を上げ、香織はハジメにしがみつく。そのまま怪異は二人に向けて飛び掛かってくるが、魔力を纏わせたアームキャノンによる打撃を受けて盛大に吹き飛び、壁や廊下に数回バウンドしたあと、廊下の奥で空間に溶けるように消えていった。
「今のは驚いたな。こういった系統は好きじゃない」
「私は無理……反撃できるなんて凄いよ……」
「しばらく同じようなのが続くと思うが、もう少し頑張ってみよう」
「う、うん……」
その後も怪異による襲撃は続いた。生首と斧を持った男に、ゾンビ軍団、大きな鉈を担いだ三角頭、某SFホラーに出てきそうな黒光りする異星人……といった、ホラー的な連中のオンパレードであったのだが、香織は悲鳴を上げながらも聖弓と回復魔法によって撃退しまくっていた。
やがて、二人は船倉に辿り着く。ハジメが先行して扉を開けて突入し、その後に香織も続こうとしたのだが、その前に扉がバタンと勢いよく閉まってしまった。
「ちょっ!? ハジメくん!?」
香織は慌てて扉を叩くが、返事はない。ハジメが簡単にくたばるとは思えないので、魔法で空間ごと分断されてしまったのだろう。
「ど、どうしよう……え?」
すると、周囲に霧が発生して視界が悪くなり、香織の不安を倍増させる。恐怖から体を震わせるが、そんな彼女の肩をポンポンと叩く誰かがいた。
「は、ハジメくん……じゃない?」
最初はハジメかと思ったが、彼に触られる感覚ではないと直感で悟る。何なら、全く温かみを感じないどころか冷たいのだ。油を差していない機械のように背後を振り返ると、こちらを取り囲んでいる三体の鳥人の幽霊の姿が。彼らが襲い掛かってきたのと同時に香織は意識を手放した。
「香織と分断されたか……何とかして合流しなくては……」
そうはいいつつも、ハジメは船倉内にて幾度も襲撃を受けていた。それも、達人クラスの腕前をもつ戦士達の亡霊である。
例えば、騎士のような男が凄まじい剣技を繰り出してきたりする。それを見切ってアームキャノンで剣を弾き、魔力混合ビームを直撃させて消し去った。
しばらく亡霊軍団の襲撃を凌ぎつつ、船倉の奥へと進入する。そこで、ハジメは探していた者の姿を目撃した。
「香織!?」
船倉の奥に椅子があり、そこに香織が眠った状態で座っていたのだ。罠の可能性もあるのでアームキャノンを向けながらも近づこうとするのだが、そこで変化が起きた。
なんと、香織の前に立ち塞がるように三つの青白く発光する球体が現れ、鳥人の亡霊のように姿を変えたのだ。ハジメはその正体を知っていた。
「チョウゾゴーストだと?」
それは、惑星ターロンⅳの鳥人族が生み出した、彼らの残留思念を実体化させた存在である。
チョウゾゴーストは厄介だ。可視領域と不可視領域を行き来する上、自然界のエネルギー……炎や電気、氷といったものが通用せず、純粋な生体エネルギー由来の攻撃しか効かないのだから。
アイスビームもウェイブビームも、氷や電気の属性が含まれているので使えない。生体エネルギーから生成されたミサイル類も、近くに香織がいるので封じられたも同然。使えるのは通常のパワービームのみである。
「仕方がないか……」
不意にゴーストが消える。別空間に入り、不可視状態となったのだ。姿が見えないのは不利と思われるが、解決策はあった。
『Xレイバイザー、オンライン』
ハジメの視界がモノクロに変わる。これが、不可視の物体を視認可能なXレイバイザーの視界である。見れば、目の前に二体のゴーストが浮遊しており……
(後ろか!?)
咄嗟に横に転がると、エネルギー弾が先程までいた場所に着弾する。振り向き様にチャージビームを直撃させ、ワープして背後に回り込んでいた一体を仕留めた。
「さあ、残りも仕留めるとしよう」
チョウゾゴーストとの戦闘は続く。動きと特性は分かりきっているため、数分も経たずに幽霊狩りは終了した。
「香織……起きるんだ」
眠り続ける香織に、ハジメは優しい声色で声をかける。
「う、ううん……はっ! ハジメくん!?」
「そうだ、俺だ。大丈夫か?」
「わ、私ね、鳥の幽霊に襲われて……」
「チョウゾゴーストか。それなら全て俺が倒した。だから、安心しろ」
「そうなんだ……よかった……」
香織は安堵し、胸を撫で下ろす。
「やっぱり、ハジメくんには敵わないね……私なんて、あれを見ただけで気絶しちゃったし……」
「あの手の奴に慣れるには経験がいる。香織の反応は正常といってもいいだろう。だから、無理はするな」
「ありがとう、ハジメくん……」
船倉の奥では転移魔法陣が輝いている。この幻影空間から脱出すべく、二人は戸惑いなく足を踏み入れた。
それは、周囲を海水で囲まれた神殿であった。その中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれている。神殿からは四方に通路が伸びており、その先にも魔法陣が存在する。
その四つの魔法陣の内の一つが輝き、そこからハジメと香織の姿が現れた。
「これで攻略に成功したようだな。おそらく、あの魔法陣がゴールだろう」
「私もついに、神代魔法を?」
すると、他の二つの魔法陣も同じく輝き、ユエとシアのペア、ティオと清水のペアが現れた。どうやら、向こうも何とかなったらしい。中央の神殿で合流し、話を聞いてみると……
「そうか、そちらも同じように……」
ハジメ達が凄惨な光景を見せられたのと同じく、彼らも幻影空間に入り込んでいたとのことだ。
例えば、ユエとシアが遭遇したのは魔人族による侵攻を受けている人間族の都市だった。当然、両者から襲われて返り討ちにしたが……
その争いの発端は、和平を望まず魔人族を根絶やしにしようとした教会の高位司祭の陰謀だ。あろうことか人間族の村を自ら焼き払い、それを魔人族の仕業として戦争を始めたのだ。
しかし、結果的に魔人族によって返り討ちにされ、王都まで攻め入られるという事態となってしまう。その際、追い詰められた司祭は神に生贄を捧げて助力を得るため、女子供を集めて大聖堂で虐殺したのだとか。
「私は大丈夫だったけど、シアがヤバかった」
「その、吐いてしまいまして……すいません、師匠、耐えられませんでした……」
「そうか、ここまでよく頑張ったな」
「えへへ、やっぱり師匠は優しいですね」
ハジメはシアの頭を撫でる。耐えられなかったとはいえ、ここまで来れたのだ。褒めない理由はない。
「ところで、ティオさん達の方は?」
「あれは酷いものであった……」
「あぁ、あれは……」
ティオと清水が見せられたのは、全世界から攻め入られて竜人族が滅びていく様であった。多くの竜人族が討ち取られ、戦利品として鱗や爪を剥がれていくのだ。その中には、ティオの両親の姿も……
「今思えば、あれは邪神の仕業だったのであろうな。目障りな我らを消し去るため、竜人族に対して敵意を持つように洗脳したとしか考えられぬ」
「そうだろうな。俺が見た王様も、和平を願っていたはずが豹変し、式典で異種族を騙し討ちしていた……」
悪辣な神の介入により、一度は勝ち取ったはずの平和が瞬く間に崩壊していったこと。それをこの迷宮は伝えたかったのだろう。
そして、全員で魔法陣に足を踏み入れる。脳内を精査されて記憶を読み取られるのだが、今回は他の者の記憶が流れ込んできて、追体験させられることになった。
ようやく記憶の確認が終わり、無事に全員攻略者と認められたようである。ハジメ達の脳内に新たな神代魔法が刻み込まれていった。
「そうか、ようやくこの魔法か……」
「……見つけた、“再生の力”」
思い出すのは、【ハルツィナ樹海】の大樹の下にあった石版の文言。先に進むには“再生の力”が必要とのことだが、それは海の果てにあったらしい。
「ハジメくん……私、ようやく神代魔法を手に入れたよ!」
「やったな。香織、本当によく頑張った。これは君自身で勝ち取ったものだ。誇っていい」
「ふふっ、ありがとうハジメくん……」
そして、魔法陣の輝きが薄くなっていくと同時に、床から直方体がせり出てきた。それは淡く輝いたかと思うと、次の瞬間には立体映像が映し出された。
それは、白いゆったりとしたワンピースのような服装の、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っている女性であり、解放者の一人メイル・メルジーネと名乗った。
「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」
オスカーと同じような話をした後、そう締め括った彼女は再び淡い光となって霧散した。直後、直方体があった場所にメルジーネの紋章が掘られたコインが置かれていた。
それを宝物庫に収納した直後、神殿を囲む水面の一部が巻いて凹んでいき、そこから何かがせり上がってくる。まるで水面下の秘密基地から航空機が発進するシーンのように。
「あれは、あの時の?」
それは、魔装潜闘艇であった。あれに乗って迷宮から出るようになっているのだろう。早速乗り込み、操作盤に触れてみると魔力の直接操作で操れることが分かった。そのまま天井が開いて大量の水が流れ込み、神殿も水没したので魔装潜闘艇を発進させ、迷宮を後にした。