【短編】ウルトラマントリガー~Pull the Trigger by Commonplace Alchemist~   作:???second

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ベヒモス

 65層目は大混乱となった。

 

 ベヒモス。それは最強の冒険者でも勝てなかった、魔人族が大型の魔物を使役できるようになったとされる以前までにおいて最強とされた恐るべき魔物である。見た目からして圧倒的な力を持つ強敵であることを察した神の使徒たちは、一斉に上の階層への階段を上ろうとするが、死と、それをもたらさんとするベヒモスに恐れをなすあまり我先とばかりに生徒たちは互いに押し合いながら進もうとする。

しかも、そんな生徒たちに追い打ちをかけるかの如く、それを阻むように大量の骸骨の魔物たち『トラウムソルジャー』が、階段への通路の間に展開された紫に光る魔法陣より這い上がるように現れ、逃がさないとばかりに立ち塞がった。それも100体を超える数だ。ますます神の使徒たちは絶体絶命のピンチに混乱するのだった。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!奴を食い止めるぞ!

ミウラ殿、援護を頼む!」

「っく…了解!」

 即座には以下の騎士たちに命令を下し、名指しされた兵たちはそれぞれ結界魔法の詠唱、ミウラも攻撃魔法の詠唱を始める。

「光輝、香織、雫、龍太郎!早く階段へ向かえ!」

メルドは光輝たち勇者パーティーに向けても撤退命令を下す。

「で、でもメルドさんたちは…!」

「お前らが撤退しきったらすぐに追い付く!心配するな、GUTSをやってる俺からすりゃいつものことだ!そもそも死ぬつもりはない!だろ?メルド団長!」

「あぁ、お前たちは俺たちのことより自分達を優先しろ!」

 ここにメルドたちを置いていくという行為に、良心から躊躇する香織に、ミウラたちは自分達に構わず先に撤退するよう再度促した。

 だがこの時、光輝の耳にはメルドたちの声は届いてなかった。

 

ベヒモスを見る彼の目は、遠い在りし日の光景を写し出していた。

 

――――じいちゃん!目を開けてよ!じいちゃん!!

 

 祖父が瓦礫の下敷きになって息絶え、彼の死を受け止められない幼い自分が、必死に祖父を呼び続けていた、あの最悪の出来事を。

「…き!光輝!」

 体を揺すられ、光輝は我に返った。

「こんな時になにボケッとしてるの!早く撤退するわよ!」

 真っ先に飛び込んできたのは雫の鬼気迫る顔だった。

雫の口から撤退という言葉と、聖絶を張るメルドたち、それを援護するミウラ。光輝は今自分達の身に起きている状況に気が付いた。

「待ってくれ雫!メルドさん、ミウラ隊員!俺達もやります!あの怪獣みたいなのが一番やばいでしょう!俺達も……」

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!奴は65階層の魔物。かつて『最強』と言わしめた冒険者も歯が立たなかった化け物だ!

さっさと行け!お前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

「け、けどメルドさんたちを置いてなんて!」

 光輝は、ここでメルド達を置いていくことは、すなわち彼らを見捨てて自分たちだけでのうのうと生き延びることを意味していると捉えていた。だから、一緒に戦うことを進言するが、メルドとしてはここで光輝が残るのは得策とは言えなかった。

「メルド団長たちの言う通りにしろ!早く行くんだ!」

 ミウラもなんとか光輝を撤退させようと説得を続けようとするも、そうしている間にベヒモスがこちらの方角に向けて突進してきた。

「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〈聖絶〉!」

 カイルたちが結界魔法を発動し、ベヒモスの進行を防ぐ。1回限りだが、この〈聖絶〉という魔法はあらゆる攻撃を防御できるとされている。だがベヒモスは聖絶を破ろうと、再度を仕掛けてくる。

「ここに焼撃を望む。〈火球〉!」

 聖絶でベヒモスの攻撃が防がれる間、ミウラの放つ火属性の球がベヒモスに浴びせられた。だが、ミウラの火球にベヒモスはまるで怯まない。さらに、〈聖絶〉の障壁とベヒモスの攻撃が激突した瞬間の衝撃が周囲に地鳴りとなって響き渡った。

 

 

 

 

「おい、押すなよ!」

「くそ、こっちくんな!」

「なにやってんだよ!早く進めよ!」

「無茶言わないでよ!骸骨が邪魔してるのよ!」

「だったらそいつらをはやく始末しろよ!」

「だったらそっちに退いてろよ!当たるだろ!」

「もうイヤだぁ!助けてぇ!」

 トラウムソルジャーの群れによって退路を断たれ、通路の橋の方角にはベヒモス。生徒たちの混乱は全く収まらなかった。自分達が助かりたいからと階段へ向かおうにも、トラウムソルジャーが邪魔をする。ならばトラウムソルジャーを倒そうにも、相手はまだ自分達が相手にするにはやや早い強敵の群れ。それ以前に自分だけが先に助かりたい、一秒でも早く安心できる場所へ移りたいと本能が働くあまり、全く連携が取れずにいた。

「皆、落ち着いて!こいつらは38層目の魔物だ!落ち着いて対処していけば…こら!陣形をちゃんととるんだ!聞こえないのか!」

 メルドからここを託されたアランの呼び掛けも誰の耳にも入らず、虚しくこだますだけだ。

 状況が状況とはいえ隊列が乱れきり、訓練で積んだことを全く生かせずにいる。

そんな中、ベヒモスの一撃がメルドたちの展開する魔力障壁とぶつかった瞬間の衝撃で迷宮の床が大きく揺れ、女子生徒の一人…園部優花は、誰かによるものか混乱のあまりわからないままその拍子に突き飛ばされる。すぐに立ち上がろうとしたが、目の前には既に剣を頭上に振り上げていた。

 それを見た園部は、瞬時に悟った。もうここで自分は死ぬんだ、と。剣が振り下ろされると同時に死を覚悟して目を閉ざす。

 しかし…

 

「〈錬成〉!」

 

その声とともに、トラウムソルジャーの内、園部を殺そうとした個体を含め数体の足が突然発生した地面の隆起でバランスを崩し、さらにドミノ倒しのように次々と倒れていく。隆起はその後数秒続き、通路の両端のトラウムソルジャーたちを奈落の底へ突き落とした。

「大丈夫?!」

「南雲!?」

 声の正体はハジメだった。まさか彼に助けてもらうとは思わなかっただけに、園部や他数名、トラウムソルジャーにやられかけた生徒の一部は絶句する。

「皆、落ち着いて!こんな骸骨、冷静になれば大したことない!」

 ハジメの激励を聞いて、園部を含めた数名の生徒たちは、はっとした後、気力を起こしてトラウムソルジャーの群れを相手に各個撃破に取りかかった。しかし、トラウムソルジャーの数は未だ多く、パニックに陥ったままの生徒たちの方が圧倒的多数を占めていた。

 リーダーシップを誰よりも持っていて、圧倒的な火力を持ち合わせている者…やはりこの状況を打破できるのは一人しかいない。

「永山君、アランさん!聞こえる!?」

「!」

 名前を呼ばれたアランと一人の大柄な男子、永山重吾がトラウムソルジャーを組み強いながら振り返る。

「今から天之河君を連れてくる!それまで皆を落ち着かせて!」

 ハジメがアランに加え永山を名指ししたのは理由がある。彼は光輝とその幼馴染みたちで構成された勇者パーティーとは別パーティーのリーダー。龍太郎に匹敵する巨漢であり、地球でも柔道部に所属していたこともあって戦い方も似ている一方、慎重かつ冷静な判断力の持ち主でもある。そのため光輝ほどではないがリーダーシップを持ち合わせている。

「わ、わかった!頼むぞ南雲!」

 永山とアランはハジメに言われた通り、まずは永山のパーティーメンバーらを落ち着かせ、他のクラスメイトらの沈静化に取りかかるのだった。

 

 

 

 

 

 障壁にベヒモスが体当たりする度に衝撃波が周囲に響き、橋全体が地震のように揺れ動く。聖絶の結界も既に全体に亀裂が入っていて、いつ砕けても不思議ではない。メルドに加え、ミウラも今の自分では攻撃魔法もハイパーガンの攻撃も無意味と悟り、騎士団と共に聖絶の展開加わっているが、このままではいず結界を破られ全滅だ。

「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!ミウラ殿、光輝を連れていって退路を確保してくれ!」

「わかった!ほら、天乃河君早く!」

 メルドに言われた通り、ミウラは光輝の肩を掴んで後方へ引っ張り出そうとしたが、光輝はその手を振り払った。

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!

それに、メルドさんたちの指導のお陰で、俺たちはもう十分強くなった!怪獣を相手にただ逃げるだけだった頃の俺じゃない!ましてやこいつは、いくら最強とは言っても怪獣よりずっと小さい!だったら俺たちの手で倒せます!」

「くっ、こんな時に我儘を……」

 メルドは苦虫を噛み潰した。橋という一直線上の空間ではベヒモスの突進を回避するのはほぼ不可能。そのため聖絶の結界で防御し、遭えて避けずに持ちこたえることで、ベヒモスの突進を利用して押し出される形で脱出を計っていた。だが神の使徒と言えど、未熟な光輝たちにそんな細やかなところを意識したさじ加減はできない。

(そうだ、こいつを倒しさえすれば、ミウラ隊員も俺のことをGUTSに、勇者に相応しい人間だって認めてくれる!俺がウルトラマンになるべき選ばれた人間であることも証明できるんだ!)

 しかも力をつけてきた分、自分達ならできるという驕りが露だ。加えて今の光輝には、GUTS隊員であるミウラから、自分は単純スペックにおいて万能である上に、勇者なのに認めてもらえないことへの不満があった。ベヒモスを倒すことで認めてもらおうという、妄執に囚われている。

 加えて、ベヒモスは最強の魔物と扱われているが、怪獣よりずっと小さい。その分だけ怪獣より弱いだろうと、なら自分たちの手で仕留められるという確信(…という名の思い込み)があった。

 光輝はその妄執に従うまま詠唱し、聖剣に光を灯しながらそれを、メルドたちの聖絶の結界を壊さないよう、結界の脇からベヒモスに向かって振り下ろした。

「食らえ!〈天翔閃〉!!」

 一直線に向かう光属性の魔力光線。それはベヒモスに見事に直撃する。どうだ!と口角を上げながら光輝は、自分の一撃がベヒモスにもろに当たったことと、おそらくこれで酷く大ダメージを受けているはずだと、己の勝利を疑わなかった。

 

…が、その結果は非情であった。

 

「グルルルル…」

「な……」

 土煙が晴れたその場所にいたのは、全く無傷のベヒモスであった。まるで虫にでも刺されたかのように、光輝の天翔閃の当たった顔をかゆそうにさすっている。

「そんな、そんな馬鹿な…」

「光輝の魔法でも…?」

「かすり傷すらない…!?」

 光輝は自分の一撃がまるで聞いていなかったことへの絶望を抱き始める。雫や龍太郎、そして香織も同様だ。が、持ち前の思い込みの強さでその恐怖を誤魔化した。

(いや、きっと威力が天翔閃ではたりなかったんだ!だったら…俺の今の最高の一撃…〈神威〉で!)

 光輝は往生際の悪いことに、相手と自分の力量の差が圧倒的であるということを信じなかった。自分は勇者だから。正義の味方たらんとしているから。GUTSの隊員であるミウラの前で、未来のGUTS隊員として、いずれウルトラマンになる者として恥ずかしくないようにあるべきだから。思い込みに思い込みを重ね続け、さらなる一撃を、天翔閃以上の一撃を見舞おうと魔法の詠唱を始める。

「ダメよ光輝!メルドさんたちの言う通り撤退しましょう!」

「う、うん!雫ちゃんの言う通りだよ!光輝君、早く撤退しなきゃ!」

 それを見て雫は、光輝が焦り出したことに気づいた。後ろには混乱の中にあるクラスメイトたち。そして今光輝が放とうとしているのは、彼の最大威力をもつ必殺の魔法攻撃。当然魔力を多量に浪費する。天翔閃でも傷一つ付けられなかったのだ。威力が上がるだけでどうにかなる問題ではない。下手に使えば、脱出のためにとっておくべき魔力を使い果たしてしまうだけだ。他の皆が気がかりで、この状況から抜け出せる鍵たる光輝に香織も撤退を推奨する。

「っへ、光輝の無茶は今に始まったことじゃないだろ。俺も付き合うぜ」

「ありがとう、龍太郎…」

 しかし、ここで龍太郎が余計なことを口走ってしまったせいで、光輝も今やろうとしていることにやる気を増してしまう。

「はぁ!?」

「ば…状況に酔ってんじゃないわよこのお馬鹿共!」

「雫ちゃん…」

 雫が咎めの一言を二人に向けてぶつけるが、光輝は焦りの気持ちが龍太郎からの激励でやる気に塗り替えられ、そんな光輝に龍太郎もテンションを上げてファイティングポーズをとっている。後ろでパニックになっている他のクラスメイトたちのことが眼中にない状態だ。こいつら正気で言ってるのかと、ミウラは明後日の方向にやる気を見せてしまう二人に絶句。足並みがそろわない幼馴染たちに、香織はおろおろさせられるばかりだ。

「ガアアアア!」

 ベヒモスの猛攻は光輝の詠唱中も続いており、メルドたちが光輝たちの撤退のために聖絶を維持しているというのに、光輝はそれを、自分の最大の技を見舞うための時間稼ぎ用のものとして利用してしまっている。龍太郎もいつでもベヒモスを殴りつけてやろうと意気込んでいる。光輝の詠唱が完了する前に、ベヒモスがメルドたちの聖絶を破ってこちらを一人残らず全滅させる可能性が大きすぎた。

もう結界にヒビが広がりつつある。

「仕方ねぇ…!」

 ミウラは、ついにGUTSハイパーをホルスターから引き抜き、カードリッジを装填、銃口をベヒモスに向け、引き金を引いた。貴重なカードリッジだが、もう出し惜しむ場合ではない。

「グガ…!」

 レーザーガンを受けたベヒモスの動きが、止まった。怪獣の動きを封じる麻酔効果の弾丸、パラライズだ。

「ベヒモスの動きが鈍った!」

「ミウラ隊員、ありがとうございます!これで詠唱が…うわ!」

「光輝!?」

 ミウラに感謝しつつ、光輝は詠唱を続けようとするが、ぐいっとミウラから首根っこを捕まれ、そのまま後ろの方へと引っ張られてしまう。

「み、ミウラ隊員!何を…」

「南雲君、今だ!」

「はい!〈練成〉!」

 何をするんだと文句を言おうとする光輝だが、そこから入れ替わるように、ハジメがやってきて即座に地面に手を付け、練成魔法を発動。メルドたちの聖絶の結界そのものを守るようにベヒモスの前に石壁を生成した。少しでもメルドたちの負担を和らげるための措置だ。

「な、南雲!?」

「南雲君!どうして!?」

 思わぬ来訪者に香織たちはハジメに注目する。

「天之河君!早く皆のところに行って!」

「何をやってるんだ!ここは俺たちに任せて下が「っっ…!いい加減にしろ!このクソガキ!」がっ!」

 暗に戦力外通告を通達し、再びベヒモスに向けて魔法を放とうと詠唱を続けようとする光輝だが、直後に脳天に拳骨を叩き落とされた。

「光輝!?て、てめえなにしや「てめえもだこの筋肉馬鹿!」が!?」

 光輝を殴られた怒りでミウラに詰め寄ろうとする龍太郎だが、今度は自分が顔面に拳を叩き込まれてしまう。

「何を…するんだ!」

「まだわからないの!?後ろを見て!」

 光輝が頭を、龍太郎が顔面を押さえながら睨み付けるが、ミウラの苛立ちの意味を理解しようともしない光輝たちにしびれを切らしたハジメに胸ぐらを掴まれ、後ろの方向に無理矢理顔を向けられた。

 見えたのは、トラウムソルジャーの群れに苦戦を強いられ続けるクラスメイトたち。それぞれが訓練を通じて学んだはずの連携を意識できず、生き残りたい一心のみで闇雲に戦っている。遠目から見ても、事態が好転する兆しもないまま彼ら全員が疲弊しきっているのがわかる。

「今の見えただろ?君がいないせいで、皆の連携が全くとれてないんだ!皆をまとめて、あの骸骨たちを一掃できるのは天之河君だけなんだ!勇者なら、未来のGUTS隊員を、ウルトラマンを名乗りたいなら、ちゃんと後ろも見てよ!地球で僕にあれだけ偉そうなこと言って、仲間の命より少年漫画の主人公みたいに、かっこつけたりすることを優先するっていうのか!?

 坂上君、君もだ!君は天之河君の親友なんだろ!金魚の糞なんかでも、ご機嫌取りなんかのために一緒にいるんじゃないだろ!?友達のために何をするのが正しいのか、ちゃんと自分の頭で考えろよ!

皆の命がかかってるんだぞ!」

「な、南雲…」

 普段の大人しい、やる気の見られないはずのハジメの凄まじい気迫に圧されていた二人は、勢いのままに浴びせられた厳しい言葉に、返す言葉を見失った。

「南雲君…」

 あの普段は大人しくて感情を爆発させたことなど一度もない、光輝たちにどれだけきつく生活態度について言われても笑って受け流してきたハジメの、鬼気迫る勢いで光輝たちに説教する姿を見て、傍らの雫と香織も言葉を失った。

 その一方で、香織はハジメを見て気づいたことがあった。

(南雲君、悲しそう…)

のぼせ上っていた二人に怒りをぶちまけた彼の、悲しみを抱えているような横顔に。

「…聞いたよな二人とも。わかるだろ、俺の言いたいこと」

 ハジメが、自分が言うつもりだった二人への説教をぶつけたこともあって、ミウラは同じことは言ったりはせず、次に何をすべきなのかちゃんと理解できているかどうか、二人に確認を取る。さすがの光輝と龍太郎も、頭が冷えたことで揃って頷いた。

「…はい。すみませんメルドさん、先に」

「いかん!お前たち、下がれ!下がれええぇ!!」

 先に撤退することを詫びてから撤退を決断した光輝の言葉を遮るように放たれた、メルドの叫び声と同時に、聖絶の結界が爆ぜ飛んだ。

「グガアアアアァァァ!!」

「ぐあぁ!!」「きゃ…!!」

 ベヒモスの剛腕の一撃のみで破壊され、その衝撃で香織たちは大きく吹き飛ばされてしまった。

 メルドと騎士たちは、衝撃波のせいですぐに身動きが取れずにいた。その傍にいた光輝たちも立ち上がろうとするも、起き上がるのがやっとだ。

今の一撃は相当応えてしまい、すぐに立ち上がることはできそうになかった。錬成で作った壁も焼け石に水だったらしい。とはいえ、何もなかったよりもダメージは少しだけ軽減できたかもしれない。

 結界を打ち破り、ベヒモスは血肉を求める猛獣のごときうなり声を漏らしながら、ハジメたちを見下ろしていた。

 そんなハジメたちに、無情に止めを刺そうとその剛腕を振りかざすベヒモス。なす術もないまま、暴走していくベヒモスに食われるのか…

 だがそのとき、ハジメは咄嗟に、地面に手をバン!と叩きつけた。

「れ、〈練成〉!」

 すると、ベヒモスの足元から異変が起きた。暴れるベヒモスは、突然地面が泥となってぬかるんだことでバランスを崩し、四肢を地面に着けた。それを見たハジメがさらに錬成をかける。すると、ベヒモスの四肢をとった泥沼の地面が一瞬にして硬化する。

四肢を封じられたベヒモスが、自分の手足を固めている地面から引っこ抜こうと踠きだすが、ハジメの必死の魔力を込めて硬化された地面はわずかにヒビを入れるまでに留まっていた。

「マジか…!ベヒモスの動きを封じやがった…!」

 思わず感嘆する龍太郎。

「ぼさっとするな!八重樫さん、坂上君は今のうちに白崎さんたちを!早く!

天之河君!君は白崎さんの回復を受けたら後ろの皆を助けに行け!南雲君はベヒモスをそのまま固定するんだ!」

「は、はい!」

 いち早く再起したミウラが即座に光輝たちに指示を出し、雫と龍太郎はメルドたちのもとへと駆けつける。

 だが、メルドたちが復帰しきる前にベヒモスが封じられた四肢を引っこ抜こうと暴れ狂い、その豪腕と両足を縫い付けてる地面にヒビが入り込んでいく。ハジメはベヒモスを絶対にその場から逃がすまいと錬成を維持し続ける。

「香織、もう回復は使える?」

「う、うん!すぐ回復するね!

天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん…〈天恵〉」

 あの衝撃の際、メルドたちが咄嗟に盾となったことでダメージが少なく、すぐに香織は復帰できた。すかさず光輝ら幼馴染みとメルドたちに回復魔法をかけて傷を癒す。白い光が光輝たちを包み、傷を癒すと共に魔力も回復させる。今の香織の魔法は魔力をも回復させてくれる高性能なものなのだ。

「助かった!香織、お前も下がって皆の治療を急げ!」

「え、でも…」

 メルドはすぐに動きだし、再度神の使徒たちの盾としてベヒモスと対峙する。

 香織は、不意にハジメに目を向ける。このままここに彼を置いていくとなると、後ろ髪を引かれる思いを抱く。

「早く!君の治癒を待ってる奴らが後ろにたくさんいるんだぞ!」

 ミウラからも叱咤され、仲間たちの治癒のために、先にベヒモスの前から離脱していった。

 その間光輝は、トラウムソルジャーたちに混乱したまま苦戦を続けていたクラスメイトたちのもとに駆けつけ、ベヒモスに打つつもりだった最大の技を披露した。

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!

〈神威〉!」

 天翔閃以上の光線が聖剣より放たれ、トラウムソルジャーたちの大半を瞬時に消滅させた。生き残りについても、雫に切り伏せられ、龍太郎の鉄拳で風船が割れるような勢いで頭蓋骨を粉砕される。

「皆、諦めるな!いつもの連携を思い出せ!」

 光輝らが戻ってきたことでクラスメイトたちの目に希望の光が再び灯る。

そこから、彼らはすぐに持ち直した。ハジメに皆の維持を任された永山と、ハジメが間一髪助け出した優花の、そして騎士たちの尽力もあって、光輝たちが戻るまでなんとか戦線を維持できたことも大きかった。

 でも、ハジメの錬成による拘束は長く持つことは無理のようだ。もう右前足を引っ張り出している。

 ミウラはハジメを援護すべく、これまでの訓練で習得した魔法を、四肢を地面に縫い付けられたベヒモスにぶつけていくのだった。

 

 

 

 光輝が後方のクラスメイトたちをトラウムソルジャーの群れから救出し、戦線を持ち直したことで次第にハジメたちは、最悪のピンチから脱出への光明を見出だしつつあった。

とはいえ、余裕がないことに変わりはない。そもそもこの65層そのものが、今の彼らには分不相応な場所だからだ。未だに増え続けるトラウムソルジャーと、すでにハジメの錬成の縛りから逃れ、再び動き出していたベヒモスがその証拠だ。メルド以外の騎士団員たちは光輝たちに先に援護のため、メルド自らの指示で先に離脱させてある。

 メルドもミウラ、神の使徒や護衛対象であることを除いても、自分達より若く未来の可能性に溢れたハジメたちを誰も死なせないため、ここを死地とする前提で逃がすつもりでいた。だが、ハジメは全員無事で帰るための算段をメルドとミウラに提示、それを今実行していた。だがこの方法は、ハジメがもっとも危険に晒される危険な賭けでもあった。

「吹き散らせ、〈風壁〉!」

「ここに風撃を望む。〈風球〉!」

 メルドとミウラがバックステップと共に起こした風で、突貫してきたベヒモスが一瞬だけ足を止め、突き出していた角が、ついさっきまで二人が立っていた地面に突き刺さる。

「錬成!」

 そこから入れ替わるように、ハジメが二人の前へと現れ、錬成を仕掛ける。

突き刺さった角を引き抜こうとしていたベヒモスだが、ハジメの錬成で地面が硬質化したことで、今度は角を引っこ抜けなくなり、必死に角を引っこ抜こうと踠き出した。

「今です、メルド団長、ミウラさん!皆を!」

 ハジメが魔力ギリギリまで錬成を維持するため、メルドたちに先に離脱するように促す。これが、皆が無事に帰るためにハジメがもっとも危険になる理由であった。錬成でベヒモスを拘束し続けるためにも、ハジメが一番最後に残らなければならない。

「いや、万が一に備えて俺もここに残る!団長、あんたは子供たちを頼む!」

「…わかった!必ず戻ってこい!」

 ミウラはGUTS隊員として、ハジメを守るべく共に残り、先に脱出先で奮戦中の光輝たちを託す。一瞬の躊躇も許されない状況下、メルドはミウラの判断を受け入れる以外になく、先に光輝たちのもとへと急いだ。

 角を地面から引っこ抜こうとするベヒモスは、避けられないミウラの放つ魔法を受けて妨害され続け、その分だけ角を引っこ抜くのに手間取っている。そしてハジメは、ベヒモスが少しでも長く角を引っこ抜けずにその場にとどまるように錬成をかけ続けている。

(っく…!だめだ、魔力がもうすぐなくなる…!)

 だが、もとよりステータスの低いハジメだ。魔力量も特別高くはない。この作戦では、自分がベヒモスを封じ込めている間に、メルドが光輝を導きつつ、向こうのクラスメイトたちを脱出を確実なものとした時に、最後に残った自分をクラスメイト達の遠距離魔法攻撃でベヒモスの動きを抑え、その間にハジメは全力ダッシュで逃がすというものだが、この調子では逃げるだけの体力までもなくなりそうだ。

「南雲君」

 嫌な予感がよぎるあまり、それもまた脂汗となって表れるハジメの肩を、ミウラが掴む。

「今の君なら、このデカブツを封じ込めることができる。ただ数値に目がくらんでいるだけの奴らにはできないことだ。信じるんだ。数値化できない、人間が持つべき本来の強さを持っている、今の君の力を」

「み、ミウラさん…」

「心配すんな。万が一の時に備えて俺がいる。全力ダッシュで一緒に逃げ切ってやろうぜ」

 GUTSハイパーガンをベヒモスに向け、俺がいれば大丈夫だと、ハジメに安心を促す言葉を贈る。現職の防衛組織の隊員の、自分を信じてくれる言葉が、ハジメにはとてつもない安心を与えた。

 後は、メルドたちが脱出ルートを確保しきるだけだ。それまで自分が錬成を維持し続けていれば、僕たちの勝ちだ。

「準備ができたぞ!坊主、ミウラ殿!」

 後ろからメルドの声が飛んで来た。振り返ると、既に光輝たちによってクラスメイト全員と騎士たちが65層目の入りの階段周りに集まっていた。遠距離魔法が発動可能なクラスメイト達も、いつでも魔法が放てられるように前衛側で待機している。

 今なら!そう思い、ハジメとミウラは共に走り出した。もう錬成は解除され、思った通りベヒモスがハジメたちを食らわんとする勢いで襲い掛かってきた。

「今だ!走れ!」

 ミウラとハジメはともに出口方面へ走り出した。

「総員、魔法攻撃用意!放てぇ!」

 それと同時に、メルドの指揮のもと、クラスメイトたちの二人の脱出を援護するための掩護射撃魔法が次々と飛び交う。

 ベヒモスは、ハジメが錬成の維持を止めて脱出を図ったことで、錬成で地面に縫い付けられていた角を引っこ抜いて、ミウラとハジメに襲おうとするも、遠距離からの魔法の雨を浴びせられて、ダメージこそないが足を止められてしまう。それでも二人の命を奪わんとするために、魔法の雨を浴びながらも突貫しながら、ハジメたちに魔手を伸ばす。その足取りは非常に荒れており、ベヒモスが足を踏み込む度に、橋の床はひび割れを起こしていった。

 

 

 

(クソが!何でこんなとこであのキモオタとクソオヤジのために、いつまでこんなとこにいなきゃいけねぇんだ!)

 檜山は、今の現状が自分のせいで起きたことによるものとはいえ、今すぐに逃げ出したかった。でも、ハジメを含めた全員で地上へ戻るという空気がそれを許さなかった。もし自分だけ逃げれば、その瞬間に自分はクラスで除け者にされる未来が確定する。香織も当然、仲間を放って逃げた自分を許さない。だから、今ベヒモスから逃げきろうとしているハジメとミウラのことも助けなければならない。最悪の気分だ。

 檜山にとって、あの二人は目障りで仕方ない。GUTSの隊員だからって、赤の他人の癖にさんざん耳障りな説教をかまし、人の邪魔をしては、上から目線で偉そうにしているのも気に食わない。しかもあいつは、模擬戦であの天之河にも勝った。自分ではどうにもならないと諦めていたあの香織の幼馴染みである勇者、天之河に。GUTSの隊員とはいえ、気に入らない奴が、ステータスでの差をものともせずに天之河を越えて見せた事実に、檜山は胸糞を覚えた。

 ハジメに至っては貧弱無能なキモオタの分際で香織に構ってもらっている身の程知らずの生意気な奴だ。檜山は、香織に天之河という完璧超人の幼馴染みがいるため、香織に近づきたくても近づけない日々にやきもきする一方で、諦めも付けられた。どうやっても光輝に敵わないとわかっていたから。でも、ハジメは自分よりも劣る存在。少なくとも檜山にとっては。なのに香織の方から積極的に構ってもらっている。異世界に来てからも、無能なステータスとありふれた天職持ちという、わかりやすいパワーバランスが顕著になって、そして今二人の間に微妙な距離感が生まれて実に愉快である。

 

 なのに、そんな距離感がありながらも、香織の目に映るのはいつもハジメであった。

 

あの夜、偶然トイレに起きて香織を見かけた時も、ちょうどあのキモオタの部屋の前だった。どんな理由で香織がハジメの部屋の前にいたかなんて、理由は嫌でも理解させられた。

 檜山は気に食わなかった。自分よりも劣るハジメに構うくらいなら、俺の方が良いに決まってるだろう!なのに天之河も、自分のことも眼中にないとばかりにて…。

 しかも、あの無能なキモオタと見下してハジメが、ミウラがそばにいるとはいえ、逃げ腰状態の自分と違い、ベヒモスを押さえ込んでいたという事実も、檜山のハジメに対する筋違いな憎悪をさらに増幅させた。無能なはずのあいつが、自分よりも優れている。そんなことを暗に突きつけられているかのようにも見えて…

(ふざけんな!この俺が、あんなキモオタごときより劣ってるだと!)

 認めてなるものか。あんなキモオタも、それを支えこっちにクソみたいな説教をかますオヤジも…!

 

いっそあの二人が消えてしまえば…

 

「待てよ…」

 

皆が一斉にベヒモスに攻撃を集中させてる今がチャンスではないか?誰も自分のことを気に留めていない今なら…

 

 

 

 

目障りなあいつらを消して、香織を自分だけのものに…

 

 

 

 

 

檜山の口角が、つり上がった。

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