【短編】ウルトラマントリガー~Pull the Trigger by Commonplace Alchemist~ 作:???second
仲間たちの援護を受けつつ、ベヒモスの突貫から逃げ延びようと、脱出地点である上層への階段に向かって駆け出していくハジメとミウラ。
「もうすぐだ!最後まで気張れよ!」
「はい!」
言われるまでもない、ハジメはミウラに強く返事した。こんなとこで死んでたまるものか。古い友人との約束とか、そんな綺麗な思い出を糧に…などといったことがなくても、単純に生き延びたいと願う必死さが、魔力も体力も限界であるハジメの足を限界以上に動かしていた。
「南雲君、早く!」
香織は、ついさっきまでのトラウムソルジャーたちとの戦いでも必死だったことに加え、ハジメがベヒモスを足止めしていたと聞いた時は、もうハラハラさせられて仕方なかった。微妙な距離感がハジメとの間にできているとはいえ、気になる少年が、クラスでもっとも弱いステータスでもあっただけに、自分がやはり着いてあげたかったという思いもあった。なんとか、自分達が脱出できる余裕を持ち直し、その間もハジメはミウラが傍にいたこともあって持ちこたえてくれた。
お願いだ。このまま無事に戻ってきてほしい。そう香織は切に願う。
しかし…獅子身中の虫の邪な心が、そんな彼女の思いを打ち砕いた。
後少しで、皆のもとへたどり着ける。そう思っていたハジメだったが、
「っ!あぶねぇ!」
ミウラが、ベヒモスに飛ぶ火球のひとつが、ハジメを狙って来たことに気付いた。脱出地点の方角に向けて投げ飛ばして彼だけでも助けようと一瞬考えたが、もう火球が眼前にまで迫っていてとても間に合いそうになかった。
やむを得ず、彼はハジメを腕の中に包み、自ら背中を迫りくる火球に向ける。
「っぐあああ!!」
「!?」
ハジメは、今何が起きたのか理解するのにわずかな時を要した。そして、ミウラが自分をベヒモスとは真逆の味方側からの砲撃から庇ったことに気づいた。
ミウラが火球を受け、その拍子で二人は追ってきたベヒモスの方へと吹っ飛ばされてしまう。
「ミウラさん!な、なんで!?」
なぜ味方側から火球が飛んで来た!?まさか誤射か?…いや、さっきの火球についてだが、ハジメも見ていた。誤射というには、あまりにもまっすぐ正確にこちらを狙っていた。誤射なんかじゃない。
誰かが僕らをどさくさに紛れて殺そうとしていたんだ!
味方の中に最悪な存在が隠れていたことも衝撃であったが、それに対する驚きも一瞬。ハジメたちに、その犯人の正体を予想する余裕さえなかった。
ミウラはハジメを抱えて脱出を、せめてハジメだけでも出口方面に投げつけて脱出させようと図ったが、さっきの火球のダメージのせいで体が思うように動かせなかった。
「れ、錬成!」
真上から迫る無慈悲な鉄槌が迫り、咄嗟にハジメが再度、残り少ない魔力でベヒモスの後ろ片足の床を液状化させる。っと言っても、泥水の溜まりになったと言うよりも滑る床にするのがやっとで、それでも効果はあった。ベヒモスはバランスを崩し、振り上げた豪腕は二人の頭上ではなく、傍らの床を踏み抜いた。
そこから無情にも、橋全体に行き渡るほどの亀裂が走り、たちまちハジメたちの足元もひび割れ、まだ残っている足場にしがみつこうにもそれらもまた次々と崩れ落ち、奈落の底へと消えていく。
「南雲君!!」
「坊主、ミウラ殿!」
脱出地点から香織が悲鳴をあげる。
メルドも、ハジメたちの脱出を援護する魔法の雨の中の一発が、よりにもよって彼らを襲ったという思わぬアクシデントが起きたことに驚きを隠せなかった。
このタイミングで、ハジメたちがドジをこいてしまったことで、辛うじて消えかけていた危機感が、再び彼女の中で息を吹き返してしまう。
まずい!あのままでは…南雲君たちが!
脳裏に、これまで学校でハジメと触れ合った時の記憶が走馬灯のように過る。
高校で再会し、それ以来毎日のように話しかけて、いつしかもっと彼のことを知りたい、仲良くなりたいという思いが日に日に増していく。異世界に来てからも、ステータスの低さもあって一層、ハジメの力になりたいと強くなることを願った矢先、実はハジメが自分に対して苦手意識を抱いていたという、知らなければよかったと思えるほどの事実を聞くことになった。だからだろうか。この大迷宮への実地訓練の前日の夜、ハジメが闇に消えてなくなり…入れ替わるように異形の巨人が現れるという悪夢を見たのは。それが現実となるかもしれない、ハジメが消えてしまう、謝ることも二度と言葉を交わすこともできないのではという恐怖が香織の心を支配した。でも同時に、ハジメが自分を苦手に思っているという現実との間で、彼にこの不安を打ち明けることもできず、葛藤するばかり。
そして今、迫りくる絶望が香織の脳裏をよぎる。このままではハジメが死んでしまう。
確かにハジメから苦手に思われていることはショックだった。
でも、だからこそ…
今度こそ、仲良くなりたい…守りたいと彼女は願った。
香織は本能の赴くままに、ハジメたちの元へと駆け出して行った。
「香織!?待ちなさい!」
「香織!」
雫や光輝、龍太郎の引き留める声が響くが、彼女の耳に彼らの声は届かなかった。味方側の魔法がベヒモスに向けて放たれていく中、香織はそれにも構わず、ハジメたちの元へと走り続けた。香織が自ら身を投げ出すようにハジメたちの元へ向かったことで、遠距離魔法の援護を行っていくクラスメイト達も驚いて援護を中断してしまう。
「いかん!!香織に続け!坊主たちのもとへ急げ!」
メルドが、謎のフレンドリーファイアで二人が撤退がままならなくなったのを見て、急いでハジメたちの確保に向かうように呼びかける。だが、走って間に合うような距離ではなかった。香織がハジメたちの元へ着く前に、ほんの一瞬でもあればベヒモスは二人を殺せるだけの至近距離にいるのだ。
その予想通り、ベヒモスの前足の鉄槌がハジメたちの頭上から振り下ろされた。
ハジメはそんな状況下でも、錬成で再びベヒモスの足元を掬ったことで直撃を免れたが、空振りしたはずのその足が、ハジメたちのいる橋の足場を粉々にしてしまう。
「南雲君!手を!」
香織がハジメたちの方へと手を伸ばしながら叫んだ。
それを見て、ハジメも生き延びたいという本能から香織に手を伸ばす。
だが、すでにミシミシミシ!と、二人の耳にひび割れ行く音が聞こえた時にはもう遅かった。ベヒモスが崩れた橋から奈落へと落ちていく。
メルドたちや光輝をはじめとしたクラスメイト達が脱出地点の方角から急ぎ足でこちらに来ていたが、彼らが到着する前に、橋は完全に崩壊してしまう。
「うわあああああああああああああああ!!!」
走る体力も残っていなかったハジメとミウラは、崩壊する橋とベヒモスと共に、届かない足場に向けて手を伸ばしながら、深い奈落の闇へと落ちていった。
―――あぁ、やっぱり無理だったんだ。僕みたいな無能が異世界に来て、ラノベやゲームみたいに活躍するなんて…
―――ねぇ…マルゥル
「南雲くううううううん!!!」
自分の手が空を切り、想い人が奈落の闇へ落ちていく。非情な現実を目の当たりにし、香織の心を絶望が支配していく。
ハジメを助けなければという一心のあまり、自分も飛び降りようと身を乗りだしたが、後から追い付いてきた光輝たちが香織を取り押さえた。
「香織、ダメだ!君まで落ちてしまう!」
「離して!南雲君が、南雲君を助けなきゃ!離して!」
「バカ!離すわけないだろうが!」
「香織、ダメ!」
龍太郎と雫も必死に香織を奈落の反対側へ引っ張り出そうとする。だが香織はハジメのことしか頭になく、仲間たちの拘束を振り払おうとする。メルドは香織の心に深く同情し、己もハジメたちを守りきれなかった自分を恨む。彼も、こちらの掩護射撃の誤射と思われる一発の魔法が、逆にハジメたちを窮地に追いやるとは思いもしなかったが、責任ある立場である以上、そんなことは言い訳に過ぎない。自分の先を見る目の足りなさが、この悲劇を生んだ。
(これ以上香織には傷ついてほしくない)
今でも雫たちを振り払って自ら奈落に向かおうとする香織を気絶させるべく、メルドは手刀を叩き込もうとする。
「退いて!南雲君を助けなきゃ…
退いてよぉ!!!」
その時であった。香織の身に…誰にとっても予期せぬ事態が起きた。
彼女の手にある指輪の菱形が光り輝き…
香織の髪が、灰色白く光り始めた。
「グア!」「きゃあ!」
その輝きと共に、メルドや光輝たち、他にも追ってきたクラスメイトたちに強い衝撃波が発せられ、光輝たちは吹き飛ばされた。
「な、なんだ…いったい何が…!?」
衝撃のダメージから、メルドがいち早く起き上がる。そこで彼が目にしたのは、信じがたい光景であった。
目に映った香織の髪の色が、神々しい銀色に光り輝いていた。
(な…なんだあれは…!?)
見たこともない現象に、メルドは言葉を失う。
「か、香織…?」
香織の身に起きた予期せぬ現象に、全員がその場で硬直し、目を奪われていた。
それは親友の雫も、幼馴染みの光輝、龍太郎も同じであった。香織のことは昔からよく知っている。でも、彼女にこんな現象が起こるなど…。
知らなかったと言うべきだろうか。それとも、この世界で彼女に宿った力の一端が髪色にも変化を及ぼしたのだろうか。
だが、衝撃のあまりその場で固まったのが過ちであった。
髪が銀色に輝いたまま、香織は自ら奈落へと飛び降りていった。
「いやああああああああああああ!!香織いいいいいいいいいいいい!!」
「香織!!!」
雫、光輝、龍太郎。彼ら3人が真っ先にたどり着いた時には、香織もハジメたちが呑み込まれた暗黒の奈落へと姿が消えてしまっていた。
親友が奈落に落ちる様を見て、絶望の叫びを上げる光輝に龍太郎。特に酷いのは雫で、彼女は錯乱しきっていた。奈落に向けて手を伸ばし、己の身をも奈落に落とそうとすらしている。これをまずいと見た恵理や鈴が彼女を羽交い締めにして取り押さえた。
「シズシズ、ダメ!」
「雫ちゃん落ち着いて!」
「放して!放しなさい!香織が、香織がぁ!」
さっきの香織と同様、雫は二人を払いのけようと暴れ狂う。なんとか二人で取り押さえているが、ステータスにおいては彼女の方が上だ。いずれ二人を払いおとして、香織の後を追いかねない。それほどまでに、雫にとって親友である香織の奈落落ちは大きすぎるショックを与えた。
「雫、だめだ!君まで落ちたら!」
光輝も、龍太郎も雫の身投げを防ごうと、必死に彼女を食い止める。その精神的な不安定さを見かね、メルドは雫の首筋に鋭い手刀を叩き入れ、彼女の意識を削いだ。
「雫!?メルドさん、何を!」
「光輝、生き残った者をそろえ、一度地上へ脱出するぞ!いいな?」
手刀を入れたメルドに、意識を失った雫を抱きとめた光輝は食いかかるが、メルドに脱出を促される。
「で、でも香織は!ミウラ隊員に、南雲のことは…」
香織たちのことを、このまま見捨てるのかと抗議する光輝。
「今は一刻も早くこの迷宮から脱するのが先決だ!これ以上お前たちの中に犠牲者を出すわけにいかん!ましてやお前は勇者なんだぞ。いずれこの世界の人間たちの旗印にならねばならん。お前を含む全員が酷く消耗している今、無謀な行動をとってみろ。もっと多くの仲間を失うことになるぞ!」
「けど、落ちていった香織たちだって仲間…」
「光輝!さっきのベヒモス戦でのお前自身の失敗を忘れたのか!?
それともお前は、自分の我儘のために他の仲間が犠牲になることを良しとするのか!?」
尚も引き下がろうとせず、香織たちの救出を求める光輝だが、最後まで言う前にメルドは光輝の言葉を遮る形で、他の仲間たちのことも引き合いに出した。他の仲間と聴いて、光輝は龍太郎に鈴や恵理、多くの仲間たちのことを見やる。クラスメイトたちもメルドが指摘した通り、酷く消耗しきっている。突然のトラップに加えトラウムソルジャーとの戦いでいつもの訓練の成果を出しきれず、持ち直すまでの間、無駄な動きが多すぎてまともな連携が取れずにいたこともあって誰もが体力的に消耗しきっている。加えて、GUTSの隊員と、頼れる治癒師でもあるクラスの二大女神の片割れが落ちた。これにおいても精神的なダメージを全員に与えていた。
光輝は、認めたくない現実を認めざるを得なかった。今の自分達に、香織たちを助けに行くだけの力はない。
「…光輝、行こうぜ」
「…」
龍太郎の言葉に、光輝は無言だったが、上層への階段に向かって歩み出した。
その後、ほぼ休憩無しに光輝たちは急いでオルクス大迷宮を脱出。
ハジメと香織、そしてミウラの死の報告も兼ねて、1日の休息の後、王都へ帰還した。
光輝たちが去った後、魔人族の女は、崩れ落ちた橋の淵から、ハジメたちが落ちた奈落の底を見下ろした。
「つくづく哀れな女だね。まさか守っていた連中の中に、裏切り者が潜んでいたなんて。」
女…というのは、間違いなく香織のことだろう。あの状況下で、力を発揮した者と言えば香織以外に該当者がいない。でもその香織もハジメたち共々奈落の底へと消えていった。
「けどまぁ、奴のおかげであの女の覚醒を促せたみたいだ」
だというのに、この女は…香織の生存を信じていた。信じている、と聞こえはいいが…邪なる目的意識から来た言葉であった。
「でも、まだ完全じゃないみたいだね。全く、世話の焼ける女だよ。
…ま、さすがにこの先でなら、少しは覚醒に近づけるだろうさ」
普通に考えれば、この先にあるのは死の闇しかないであろう奈落の闇の底に、彼女はなぜかその先にも道があるかの如く呟く。
「長年あんたを待ってたんだ。この先で死んだなんて間抜けな展開だけは止してくれよ?
『あれ』を手に入れるためにも、たーっぷりこき使ってやるつもりだからね。
せいぜい首を洗って待ってるんだよ。
『□□□』」
魔人族の女はそう呟くと、何の躊躇もなく自らも奈落へと身を投じた。